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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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使徒なるモノ

「え? 義父さまと一緒にいて、いちばん思い出に残っていること?」


ルーシュは問いを聞き返すと、しばらく考え込んだ。


華やかな出来事はいくらでもあったはずだった。


けれど、彼女が思い出したのは事件でも旅行でもない。


「そうね……ザレイドにいた頃、みんなでリビングに集まって遊んだことかな。稀人がこの世界に持ち込んだゲームで、『人生ゲーム』っていうの。知ってる? 駒を進めながら就職したり、お金を稼いだり、結婚したりするやつ」


話しているうちに、ルーシュの口元が少しずつ緩んでいった。


「それでね、何回やってもギルエルだけまともな仕事に就けなかったの。ずーっとアルバイト。やり直してもアルバイト。そのたびにシュモーが『食べることしか能のない人間なのですから、身の丈に合った結果でしょう』って真顔で煽るし、義父さままで『ホームレスよりはマシだろう。住居があるだけ人生としては上出来だ』なんて言い出して……ギルエル、本気で拗ねちゃったのよ」


くすくすと笑っていたルーシュの声が、そこで少し弱くなった。


「ゲームなのにね。みんな本気になって、ギルエルは怒るし、シュモーは楽しそうに追い打ちをかけるし、義父さまは止めるどころか一緒になって面白がってた。私も笑ってた。あの時は……何も考えなくてよかったから」


遠くを見る。


そこにあるはずのない、ザレイドの屋敷のリビングを見ているようだった。


「別に、大した思い出じゃないの。誰かを倒したとか、どこかへ旅行したとか、そういう話でもない。ただ、みんなが同じ部屋にいて、馬鹿なことで笑ってただけ。でも今になって思うと……私、ああいう時間がいちばん好きだったのかもしれない」


笑みが消えた。


代わりに、濃い隈の残る目元へ寂しさが滲んだ。


「また、ああいう生活に戻れるのかしらね。義父さまがいて、ギルエルが怒って、シュモーが意地悪を言って……明日のことなんて何も心配しないで、くだらないことで笑える生活に」


そこまで言って、ルーシュは自分が余計なことを喋ったと気づいたらしい。


薄く笑って誤魔化した。


「……まあ、人生ゲームなら、またどこかで買えばいいだけなんだけど」


ナニレスクは何も言わなかった。


ただ、その最後の一言まで記録へ書き留めた。


――ルーシュ・オクタヴィアヌス取材記録より抜粋。


◇


異変は、音より先に来た。


アウグストゥスとアエーシュモーが今後の対策について話していた、その最中。


アウグストゥスが顔を上げた。


扉の向こう。


廊下。


そこから、剥き出しの殺意が真っ直ぐこちらへ向けられている。


「――来るぞ」


次の瞬間。


ズドンッ!


スイートルームの扉が、壁ごと吹き飛んだ。


爆煙と炎が一気にリビングへ雪崩れ込み、高級家具を呑み込んでいく。窓硝子が震え、天井から細かな破片が降った。


アウグストゥスはソファから腰を上げた。


その顔には驚きより先に、うんざりとした色が浮かんでいた。


「新しい使徒とやらを用意するまで、もう少し間があると思っていたのだがな。どうやら管理者は、俺が考えている以上に仕事熱心らしい」


使徒。


この世界の流れへ上位存在――管理者が介入する際に用意する駒。


時代によっては、その者たちは英雄と呼ばれる。


あるいは勇者と呼ばれる。


本人が望んでいたかどうかとは、関係なく。


アウグストゥスは炎の向こうへ視線を据えたまま命じた。


「アエーシュモー。ルーシュとギルエルを頼む。前回と同じなら、狙いは俺だ。寝室まで巻き込ませる必要はない」


「承知いたしました。では旦那様、お戯れになるのも程々になさってくださいませ。ホテルを変えるたびに破壊なされていては、宿泊先がなくなりますので」


「壊しているのは俺ではない」


「結果だけ見れば、毎回旦那様がお泊まりになった部屋が壊れております」


「……後で議論しよう」


「楽しみにしております」


アエーシュモーはスカートの端を軽く摘まみ、いつもと変わらぬ優雅さで一礼した。


その背後では火が壁紙を舐め、煙が天井を覆い始めている。


それでも彼女は走らない。


まるで食事の時間になったのでルーシュを呼びに行く程度のことしか起きていないかのように、背筋を伸ばしたまま寝室へ向かった。


その異様な落ち着きを見送りながら、アウグストゥスは鼻から息を吐いた。


「さて」


爆煙の中で、人影が揺れた。


一歩。


また一歩。


光の剣を携えた男が姿を現す。


エー・アスイズミ。


だが、昼間までの彼を知る人間が見れば、同じ男だとは思わなかっただろう。


白目を剥き、口元から泡を垂らしている。


首が不自然に傾き、呼吸のたびに喉の奥から潰れた音が漏れた。


「うぐ……ぅ……あ、ぐっ……」


握っているのは光の剣。


ニンザ・フルハタが襲撃してきた時と、同じもの。


アウグストゥスの目つきが変わった。


恐怖ではない。


確認だった。


剣。


眼球。


呼吸。


意識状態。


歩き方。


一つずつ眺めていく。


「なるほど。別の人間へ同一の武器、似たような意識障害……偶然ではないな。個人の能力を増幅しているのではなく、ある程度同じ形式へ加工して使徒を作っているのか?」


「う……うぅ……」


アスイズミの顔が一瞬だけ歪んだ。


口が動く。


声にはならない。


アウグストゥスは、それを見逃さなかった。


「ほう」


アスイズミが踏み込んだ。


一瞬で距離が消える。


光の剣がアウグストゥスの首を狙って横薙ぎに走った。


アウグストゥスは上体を僅かに沈めてかわす。


背後のテーブルが斬撃を受け、音もなく二つに割れた。


「完全に壊れているわけではなさそうだな。今、俺の声へ反応した。ニンザの時もそうだったが、管理者は人格そのものを消しているのではなく、どこかに残したまま身体を奪っているらしい」


アスイズミの喉が震えた。


「に……げ……」


アウグストゥスが眉を上げる。


「何?」


「に、げ……ろ……」


次の瞬間、アスイズミ自身の口を塞ぐように身体が大きく痙攣した。


頭を抱え、悲鳴を噛み殺す。


キイイイイイン――。


アウグストゥスには聞こえない音が、彼の頭蓋の内側を焼いた。


「がぁあああああッ!」


アスイズミが再び剣を構える。


先ほどよりも速い。


先ほどよりも殺意が強い。


それでも頬には涙が流れていた。


アウグストゥスは、その涙を見た。


一瞬だけ沈黙する。


「……哀れなものだな」


同情した声ではなかった。


死体を解剖して病変を見つけた医者が、その症状を評するような声音だった。


「神だか管理者だか知らんが、他人の身体を借りなければ俺一人殺せんらしい。しかも、借りた人間の意識を残したまま自分の罪を実行させる。随分と趣味の悪い正義だ」


アスイズミが低く唸る。


「お前に個人的な恨みはない。むしろ生きたまま捕まえて、管理者について色々聞いてみたいところではある。だが――俺も殺されてやるほど善人ではないのでね」


アウグストゥスが右手を何もない空間へ差し入れた。


空間が水面のように揺らぐ。


そこから刀を引き抜く。


アスイズミが跳んだ。


「うぁああああああッ!」


「来い」


刀と光の剣が正面から激突する。


ガキィン――!


耳を刺す金属音が、炎と黒煙に包まれたスイートルームへ弾けた。


火の粉が舞う。


そしてアスイズミの奥歯から、血が滲んだ。


彼はまだ。


自分の身体の中にいた。

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