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第二十八話 群れのみんなと旅に出かけるよ!

 翌朝。アヅキさんの提案で、リリィの街へと向かうことが決まった。

 森を出る前に、焼け焦げた大地を踏み締め直す。

 僕は、月痕の中心に分霊剣を棄て、不文の誓いを立てた。

 隣で、ニルが自ら首輪を嵌めている。

 その横では、マシロさんが朝日に髪を曝していた。

「いいんだな?」

 アヅキさんの問いに、二人は苦しそうに笑う。

「なんの話ですか?」

「詮無いことだ」

 仲間外れにされた気がして頬を膨らませていると、ウズラさんが肩に飛び乗ってきた。

 声をかけようと口を開くと、静かに嘴を差し入れられて、舌の上にそっと薬を置かれる。

「……んっく」

 優しい眼差しに見つめられて、堪らず飲み込んでしまった。

 恍惚と目を細めるウズラさんを見て、背筋に悪寒が走り、我に返る。

「な、なんの薬……?」

「お前の気持ち次第だそうだ」

「……名前も言えないものなんですね」

 不安をこぼすと、下からすっと腕が伸びてきて、手繰った袖が口元を拭った。

「……順番は守れ」

 拗ねたように、ニルが唇を見上げてくる。

 悦びが抑えきれず、番を抱き寄せて耳を撫で回した。

 しかし、踵でつま先を踏みつけられて、痛みに悶絶する。

「こんなところで、不謹慎だ」

 ニルは真っ直ぐな瞳で叱ると、マシロさんを連れて旅の支度へ戻ってしまった。

 番の背中が遠のくにつれ、僕を包んでいた優しい空気が、ゆっくりと薄れていく。

(早起きしてベリー集めたのに……)

 ポケットに手を入れると、熟れた果肉が爪の間に詰まって、苛立ちに身の毛が逆立った。

 もどかしさに指を突き立てると、甘酸っぱい香りだけが虚しく広がる。欲した血肉の匂いは、どこにもない。

 腹の虫を慰めるように指に牙を当てても、冷たい屍肉を喰むようで、自分を惨めにするだけだった。

 その場にかがみ込むと、ティルが大声で餌をねだってくる。

 喜んでベリーをあげようとすると、今度は大鷹の夫婦に叱られた。

「……厳しくないですか?」

「初めての子だ。神経質にもなる」

「何なら食べられますか?探して取ってきます」

「ティルは渡さないぞ」

「別に、そんなつもりじゃ……」

「いいから、出発の準備を済ませろ。今のティルには、人目が必要なんだ」

 アヅキさんは、翼を鳴らして飛び立つ。

 ウズラさんも雛を鞄の奥に抱き込むと、あとを追って巣に戻ってしまった。

「……どうして、上手くできないんだろう」

 群れに置いていかれて、弱音が漏れそうになり、咄嗟に論理にすげ替える。

 訳もなく、怒りが湧いてきた。

 けれど、焦土を前に忽ち湿気り、心は腐ったように動かなくなる。

「……おかしいな。頑張ったのに、もっと悪者になっちゃった」

 焼け焦げた森の淵で、涙を飲むように喘いだ。

 朝日がやけに眩しくて、逃げるように木陰に入り、震える体を抱えて踞る。

 獣たちの足音が赦しのように聴こえて、慌てて耳を塞いだ。

 流れる血潮に意識を向けると、世界を穢しているような罪悪感が胸を満たして、重たい吐き気に苛まれる。

 それでも、不思議と気持ちは晴れやかだった。

「誰かひとりを幸せにできればって、思ってたのにな……っ」

 祝福を受け入れられなかった僕には、誰かの特別なんて望むべくもなかったのだろう。

 夢は、叶わなかった。

 けれど、これ以上ない理由が、心を優しく潰してくれる。

「……みんなが、いつまでも笑顔でいられますように」

 胸に手を押し当てて祈っても、夏空の下に、一瞬のそよ風すら喚べない自分が嫌だった。

 憾む言葉を飲み込んで、レストの街に帰ろうとすると、不意に石礫が転がってくる。

 夢が叶ったようで、嬉しかった。

 けれど、同時に報いが返ってきたようで、無性に腹が立つ。

 マシロさんの幸せを願っておきながら、悪い夢に縛り付けていたのかと思うと、全くもって笑えなかった。

「レイ」

 未練を断ち切るように、無視をする。

 しかし、影を踏むように、ぴったりと足音がついてくる。

「私、ずっとね、レイのこと……」

 勇気を振り絞るような声が、僕の心を掴んで離さなかった。

 それでも、甘えた考えは許せなくて、立ち止まる理由も見つけられず、逃げることしかできない。

 前を向くのが怖かった。気を抜くと転んでしまいそうだった。

 これ以上情けない姿を晒したくなくて、俯いたまま、足を進めることだけに心血を注ぐ。

 けれど、背中を追いかけてくる足音が、にわかに勢いを増した。

「……私が、レイを狼にしてあげるわ!」

 予期せぬ言葉に、思わず足が止まる。

 背中に触れた温もりに、息が詰まった。

 理由をつけて振り返ると、マシロさんは責めることもなく、赤らんだ鼻を恥じることさえ忘れて、ただ幸せそうに笑ってくれた。

「……マシロ」

 今の僕では、声をかけて引き留めるのが精一杯だった。

「レイのために作ったのよ」

 マシロは、手縫いの服を僕の体に当てて確かめると、満足そうに小さく頷いた。

「……着てもいいのかな」

「もちろんよ」

「でも……僕には可愛すぎませんか?」

「服に、性別は関係ない。必要だと思ったから、そう作っただけよ」

「じゃあ、このヒラヒラは……?」

「見かけで判断するのね」

「そういう意味じゃなくて……!」

「なら、どう言う意味かしら」

 マシロは、人に愛される資格を持っているのに、僕だけを見つめて離れない。

 無能の奴隷は自由を手にした。もう、相手に縛られてはいけない。幸せは、自分で選べる。もっと相応しい人が、幾らでもいる。

 なのに、どうして彼女は僕を呼ぶのだろう。

「私の服を、着てほしい」

 切な気な表情でわがままを言うマシロに、心が勝手に頷いていた。

「ひどい顔ね」

 慣れた手つきで上着のボタンを外される。

 促されるままに水浴びをして戻ると、着替えの服が下着以外なくなっていた。

「こっちよ」

 髪も乾かせてもらえず、僕は下着姿のまま、森の中を歩かされる。

 羞恥で足腰が立たなくなると、木陰の小岩に座らされた。

「……寒い」

「ちゃんと狼にしてあげるから、安心して」

「この格好じゃ、ただの負け犬です……」

「着替えは、魔法と同じ。気持ちが大事なの」

 マシロは僕の膝に深く腰を下ろすと、首輪の痕を気にも留めずに髪をかきあげて、くすりと笑う。

 僕が贈った服は、もうボロ布の代わりではなくなっていた。体を守るための衣服から、自由を飾る衣装へと変わっている。

「レイも、変わったね」

 白い髪が、僕の形を確かめるように素肌をなぞる。

 強張っていた体から力が抜けると、形を整えるように、脇腹をやさしく押された。

 撫でられた肌の感覚が研ぎ澄まされて、吐息が掠めるだけで、跳ねるような刺激が走る。

「両手をあげて。そう、ゆっくりよ」

 心と体に寄り添うように、マシロが服を被せてくれる。

 ひんやりと冷たいアイスブルーのキャミソールを身につけると、不安に凍りついた心が、日差しを浴びたようで、息がつけた。

 短いパンツは、少し窮屈で落ち着かない。

 それでも、ワンピースに袖を通すと、背筋の紐を結ぶ手の体温がくすぐったくて、また心がほどけていく。

 生きていてもいい。そう言われているようで、胸の奥に触れた知らない感情に、表情が静かに崩れていった。

 頭にベールを被せられると、ずっと閉じ込めていた感情が飛び出してくる。

「こんにちわ、狼さん」

 差し出された手のひらに誘われて、森を散歩することになった。

 慣れない格好をしているせいか、正しい歩き方がわからない。

「思うままでいいのよ」

 人目を気にして縮こまる僕を、マシロは急かすでもなく、隣で静かに見守ってくれた。

 僕は、野生の狼を想い、自由を求めて一歩を踏み出す。

 太ももを隠さないパンツが、夏の空気を肌に感じさせてくれた。

 上衣の裾は花びらのように広がり、腰の動きに合わせて、背の布がふわりと浮いた。

 一泊遅れて揺れる尻尾飾りが、陽気を連れてくるのが、どうしようもなく愉しい。

 気づけば、自然と駆け出していた。

 長髪を模したベールが肩を掠めて靡き、狼耳を象った装飾も、風に煽られて倒れそうになる。

 慌てて耳を押さえると、手のひらがもふもふでいっぱいになった。

 血が通っているみたいに柔らかく、それでも力強く、ぴんと立つ耳が誇らしい。

「とってもオオカミっ!」

 口に出すと、少しだけ恥ずかしくなる。

 それでも、胸が弾んで、思わず声が跳ねた。

 上着の裾が太ももの内側に、そっと触れる。頼りなくも重さはなく、進む先へ寄り添うようについてきて、日差しに抱かれて守られているようだった。

 大きな尻尾が膝の裏を掠めて、こそばゆい。

 逃げるように走れば、背筋を撫でるように空気が通り抜けて、もっと早く走りたい衝動に駆られる。

 ぴたりと後ろをついてくる陽だまりの匂いが、僕のすべてを応援してくれるみたいだった。

 服を変えただけなのに、世界が鮮やかに色付いていく。

 いそいそと巣へ帰ると、ただ求めるだけの視線に晒されて、ぞくりとした。

 僕は、満ち足りた心を曝け出すように笑う。

「ただいま!」

 弾む気持ちに声が跳ねて、はっとして手のひらで口元を押さえた。

「に、似合うな……」

「渾身の出来よ」

 マシロが胸を張って笑う。その姿が、自分のことのように嬉しかった。

「仕草があざといのに、見ていて嫌な感じがしない。不思議だ」

「レイは、出逢った頃からあんな感じよ」

「無防備と言うべきか、いじらしいと言うべきか……微かにだが、必死さを感じる。まるで子供のようだ」

「……誰も守ってくれなかっただけよ。誰だって、ひとりでは立てないし、折れた足じゃ歩けない」

「それで、洋服を作っていたのか」

「違うわ」

「だったら、何のために作ったんだ」

「いつまでも、奴隷のままではいられないから」

 マシロはたっぷり息を吸い込むと、僕と衣装を、まるで我が物のように誇らし気に語り始めた。

「頭には獣耳付きのロングベール。フレアトップスに、内側はふわふわのファーテイル。フレアの丈ぎりぎりまで切り詰めたミニボトムが、ひるがえる裾の奥にちらっと覗くのが、とってもレイらしい。男の子らしさを無理強いしないで、女の子の気分も味わえるようにしたの。風を織るみたいに軽く作った。縫い目も肌に触れないように工夫したの。夏でも袖を長めにした。綺麗な肌を日焼けから守ってくれるはず。トップスは肩口が広くとっているのがチャームポイントよ。背中は大胆に開けて、白と橙が交差するレースアップ。可愛さと格好良さの両立を目指したわ」

 マシロは息継ぎも忘れて続ける。

「肩口から、キャミの紐が少しだけ覗くの。ズレた紐を直す仕草ひとつで、自分の魅力を確かめられるから。これだけでも、自然と胸を張れるのよ。胸元はギャザーで柔らかく包んで、体温を抱いてくれる。でも、走れば追ってきて、追いかけたら逃げる風みたいに、触れると萎んでしまう、意地悪な可愛さ。これも、またレイらしい」

 愉しげに微笑むと、静かに視線をおろす。

「スカートは、前だけ短くしてあるの。これで、狼みたいに走っても汚れない。ミニボトムが全体をきゅっと引き締めて、着ていて安心感を与えてくれる、形が崩れないように縫うのには、苦労したわ。でも、窮屈なだけは辛いから……ほら、ここ。ふわっと広がった裾が、遊び心をくすぐるでしょう?」

 上気した顔で同意を求めてくるのに、返事を待たずに体を撫で回される。

「尻尾は言うまでもないわ。狼の耳も形崩れしてない。青銀のロングレースも、我ながら素晴らしい出来よ。ワンポイントで入れたミント色の結び紐が、単調さをわざと崩して、自由さを際立たせてる」

 愛され過ぎて、思わず逃げ出しても、マシロの熱は衰える気配すら感じない。

「走ると、月の落ちた夜の、彗星の尾みたい。森に生まれ落ちた、一条の黎だわ」

 額に浮かんだ玉の汗がとろりと垂れて、涎のように口元を濡らす。

 アヅキさんは、呆れたように目を細めた。

「……マシロ、ひとことでまとめてくれ」

「とても捗ったわ!!」

 マシロは言い切ると、その場にへたり込んで、幸せそうに笑う。

「マシロ」

 心の赴くまま、僕は真白な髪に顔を埋めた。

 艶やかな束を小さく噛むと、彼女は怯えたように息を呑む。

 それでも、ふっと笑って、僕の求める分だけ、何も言わずに撫でてくれる。

 マシロが、自分の意思で触れてくれた。その事実が胸に落ちた瞬間、狂おしいほど血が滾り、体が脈を打って、涙が溢れた。

 切ない体を押し付けると、甘い吐息が鼻腔をくすぐり、目の前が真っ白になる。

「……ダメよ」

「……うん」

 仲間の視線が無ければ、きっと僕はこの細い首筋に噛みついて、消えない傷痕を刻んでいただろう。

 せめて、誰にも奪われないように、愛しい命を抱き上げて独り占めにする。

 体が浮いたマシロは、降ろしてほしいのか、もっと強く抱きしめてほしいのか分からない顔で、不貞腐れたようにこちらを見ていた。

「レイは、わたしのだ!返せ!」

 ニルが、焦ったように怒鳴る。

 けれど、マシロは僕を譲らなかった。

「今は、私の人よ」

 浮いた体で微笑む彼女が、まるで天使のように見える。

「奴隷のくせに、生意気だ!」

「今は……今だけは、違うって信じられる。だから、渡さない」

 ニルに凄まれても、マシロは願いを曲げなかった。

「そばに居させて」

 他人に命を預けて笑っていた奴隷が、過去を許したように願いを口づける。

 ニルは、喉が詰まったように喘いだ。

「やだっ……っ。こんな、こんな……っ!なんで……レイは、わたしのなのに!!」

 暴力に訴えようとするニルを見かねて、アヅキさんが間に割って入る。

「ニルの前で、堂々といちゃつくな」

 きつく叱られて、僕は惜しむように離れる。

「それにしても、一体どこからこれだけの布を調達した?かなり上等なものに見えるが」

「……ロウにつけてもらったわ」

 マシロの返答を聞いて、アヅキさんが固まる。

「……いくら払った」

「銅貨二十五枚」

「嘘をつくな」

「……銀貨も、十八枚よ」

「ほぼ金貨一枚じゃないか!」

「そうかもしれないわ」

「軽く七日は宿で過ごせる金額だぞ!?」

 アヅキさんのお説教に巻き込まれように逃げると、図らずもニルと目が合った。

 気づかないふりをして、小走りで逃げる。

 けれど、不安に駆られて、こっそりと振り返った。

 彼女は、その場にしゃがみ込んで、寂しい口を指で慰めながら、じっと僕を見つめていた。

「ニル」

 命の危機を感じながらも、僕が誘うように苦笑すると、番の目が一気に爛れた。

「……あ゛あ゛ぁ、あ゛れがほしいっ!虐めたいっ!泣かせたいぃ……っ!」

 ニルの唸り声が、熱い涎に濡れて、鼓膜にべったりと絡みついて離れない。

「拗らせたか……」

「尻尾が地面を叩いてるわ」

「ウズラ、鎮めてやれ。見てられん」

「はう゛っ……!?くぅーん……」

 ニルは怪しげな薬を飲まされて、へなへなと地面に倒れ込んだ。

 心配して駆け寄ると、彼女が足に抱きついてくる。

「ばかっ。鈍感、ニート……っ」

 太腿に深く牙を立てられて、鋭い痛みに苦悶した。

 けれど、ニルを悪者のように見る仲間たちの視線に気がついて、僕は庇うようにスカートの中に番を隠す。

 布越しに頭を撫でてあげると、熱い吐息が肌を焦がした。

 襟を摘んで足元を覗くと、薄闇の中で緋色の瞳が怪しく揺れていた。

 足の傷が塞がると、獣は舌舐めずりをしながら顔を出す。

「……順番は守れ」

「うん」

 僕は拗ねた番を抱き寄せて、尖った耳が溶けるまで想いを伝え続けた。

「……いじわるっ」

 足腰の立たなくなった番を抱いて、僕は魔人の楽園を目指して歩き始める。

「もうすぐ、リリィだな」

「ですね」

「今まで世話になった」

 アヅキさんの言葉を受け入れる者は、群れの中にひとりもいない。

「……先に様子を見てくる」

「あ、ずるい!」

「照れてるのよ」

「言ってろ」

 森を抜けると、一陣の風が吹く。

 けれど、群れを成した僕らには、向かい風も、鋭い日差しでさえ、もう遊び相手だ。

「街まで競争っ!」

 荷馬車の間をすり抜けて、団子になった冒険者たちをかき分けて、僕らは無能のまま、全力で走る。

 明日を考えると、不安になる。他人の視線に晒されると、心が折れそうになる。

 だから、嫌なことからは逃げて、やりたい事だけを追いかけて、今日を生きていく。

「勝ったら、キスしてあげる」

「本当!?」

「うん」

 僕は目先の幸せに、迷わず飛びついた。



優しい世界でありますように。

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