運命の4 現れたのは悪役(?)王女でした
ここにいるはずのない美女の登場に、私はテンパりにテンパっていた。いや、ハードモードっていうかお話改変は無しでしょうよ! 本物のイェルダ! 何でここに彼女がいるの? 王子といっしょに来たのか?! いや、何のために?!
ぼろぼろと止まらない涙をどうにか手の甲で何度も拭っても、涙は止まらないし彼女の質問にも答えられない。こんなイレギュラーは想定してないんだから、私専用攻略本だって何の意味も持たないのだ。
「……ふふ。そうですわよね。突然、お前が聖女だなんて言われたら、混乱しますわよね」
アレクサンドラ王女はそう言って、穏やかに笑った。私は流れる涙もそのままにその笑顔に見惚れてしまう。絶世の美女。正妃様のたった一人のお子で、でも女だったために後継になることを許されなかった天才。いろんなキーワードが頭をよぎるけど、この人、こんな人だったのだろうか。
「落ち着いてきましたか?」
「ふぇ、ふぁ、ふぁい」
くしゃみが出かかった時のような間の抜けた声を出して、私はアレクサンドラ王女をまじまじと見る。本当に美女だなぁ。王族系のルートに入るとことごとく妨害をしてくる悪役とは思えない。優しくて穏やかなその表情は、まさに彼女こそ聖女にふさわしい。
「いいことを思いつきました」
「へ?」
いや、もういっそ不敬罪でしょっぴかれてもおかしくはない勢いで、変な声ばかり出る。頑張れ私! 頑張れヒロインの乙女力!
「お兄さまといっしょに王宮へ向かうのでは緊張しますでしょう? わたくしと一緒に王都へ行けばよろしいわ」
にっこりと笑うと、薔薇が舞い散るような気がする。強引さは王族特有なのかな。そりゃそうか。
「大丈夫。きっとわたくしが守りますわ」
悪役とは何ぞや。いや、本当にどういうことなの? 私は鼻をずびずび啜りながら、魅力的な提案をしてくるアレクサンドラ王女をまじまじと見つめてしまう。いや、本当に何でだ? イレギュラーがすぎる。こんなことが起きるなんて、ハードモードがすぎる。
なんでこんなに、優しくしてくれるの?
「イェルダ、と言いましたね。わたくしはアレクサンドラ。この国の第一王女です」
潤んだ視界に映る彼女は本当に綺麗で、村娘に声をかけるような優しさもあって、なんで悪役になるのかが意味が分かんない。
イェルダの行動次第、ということなのだろうか。そういえば、こんなところで一人で泣いている描写なんてゲームの中ではなかった。
運命の神はもうループしないと言った。なら、私はきちんと考えてこの先を決めなければならない。
彼女がどんな人なのか、周囲がどんな状況なのか、ちゃんと考えないと生き抜けない。
今更ながら、そんなことを考えてゾッとした。
何度か失敗した時だって、またやり直せるなんて思っていた自分に。
「もう泣くのはおやめなさい、イェルダ」
ぎゅっと抱きしめられて、優しい花の香りに包まれて、私はそれでもこの人を信用しきれないことに怯えていた。いろんなことを思い出さないといけない。そのための私専用攻略本もある。
ただ、ぽんぽんと背中を叩く手が、まるで子どもをあやす母親のようだったので、この手の感触だけは信じてもいいのかな、と思い始めていた。