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番外編『災厄の姉』

今日は爽やかな日曜日。

こんな日はベタとノンビリ過ごすに限る。


穏やかな気持ちでマスタードドラゴンクラウンテールにエサを与えていると、ドアがガンガンと打ち鳴らされた。姉だ。


「いーずーみー!!!!おはっよーーー!起きてるーー!?!?」



部屋のドアに付けられた3つの錠がガチャガチャと鳴る。

姉対策として付けた錠だが、毎朝あんな風にされたら保たない。


「起きてるからやめて!ベタたちにストレスを与えないで!」


「もう10時だよ!ほらほらあ!」


姉は私の制止を聞かないでドアを開けようとする。

このままではドアが壊れてしまう。仕方がない。


「なに!?」


錠を外しドアを開けた途端、目に飛び込んできたのはあの男、遥だった。


遥を認識した瞬間、ドアを再び閉ざす。


「あっ!依澄!遥ちゃんに挨拶しないとダメじゃない!」


「なんでいんの……。」


「香澄……さんに捕縛されて気が付いたらここに。」


「いやあ、遥ちゃん大っきくなったよねー!なに?何食べてんの?

依澄の魚?アレまずそうだけど。」


私のベタを食わせてたまるか!


「私まだ寝るから帰って。」


「何言ってんの!これから、そう、能登半島に行こう!3人で!」


なんで能登半島?

ああ、姉を拘束し続けることが出来る手錠があればいいのに。


「……依澄。頼むから助けてくれないか……。」


遥の弱々しい声がドアの向こうから聞こえてきた。

そうだった。遥はこの姉がとても苦手だ。

いや、苦手というよりは……。


「このままだと手を上げそうだ。」


嫌いなんだろうな。

殴りたくなるほどに。


仕方がないことだ。


「……お姉ちゃん、すっかり忘れてたんだけど、今日私と遥は用事があって学校に行かなきゃいけないの。

だから能登半島には行かない。お姉ちゃんだけで行ってきて。」


「えー、つまんないの。

じゃあ今日は家にいようかなあ。」


全く。ノンビリしたいときに限ってこの姉がいるんだから。


適当な服に着替えてドアを開ける。

遥がこめかみを抑えて目をつぶっていた。


「支度するかは遥は部屋で待ってて。」


「ん?私は?」


「自分の部屋に行ってたら。」


遥の手を引いて部屋に押しこみ、錠をする。

姉は暫く私の部屋の前をウロついてたようだが、諦めてどこかに行った。


「バイオハザードのゾンビみたい……。」


遥の方を見ると、顔を赤くし立っていた。

……気色悪い……。


「もう少ししたら帰って。」


「……分かってるよ。」


ドアに耳を当て、部屋の中から姉の様子を伺う。

暫くゴソゴソ動いていたが、やがて家から出て行く音がした。


「……お姉ちゃんどっか行ったみたい。

さ、出よう。」


遥は小さい声で「はや……」と呟いていたが、私は遥をこの部屋に長居させるつもりはない。


慎重に部屋を出て、玄関に降りる。

姉に見つかる前に遥を追い返さなくては……!!


私はこの時焦っていた。

その為に忘れていたのだ。姉が災厄を呼ぶ女だということを。


「あれ?遥ちゃんもう帰るの?」


姉は玄関に立っていた。

……悪魔を抱えて……。


悪魔は私の姿を捉えるとバウバウと鳴き出した。


「ひっ……!」


「あ、依澄。あのね、山中さんが旅行に行くからワンちゃん預かって欲しいんだって。」


悪魔の尻尾が左右に動き、暴れ出す。

姉が手を離したら悪魔はこちらに飛んで来そうだ。


「可愛くない?ポメラニアンのポンちゃん。」


「ち、近づかないで……。」


私が何度も何度も何度も犬は怖いって言ってるのに!なんでそういうことするの!?


私が玄関先で動けずにいると、遥は私の横を通り抜けた。

今遥に行かれたら私と姉と悪魔のみになってしまう。


思わず彼のシャツを掴んでいた。


「ま、って……」


「依澄……?」


助けてほしい、と言おうとしてふと思う。

遥を頼るの?

私を散々虐めた挙句、私のことが好きだと言った遥を?

……やめておこう。

こんなのに頼ったらどうなるかわからない。


「なんでもない……。」


遥のシャツから手を離す。

が、その手を遥が掴んできた。


彼は何か言いたそうに口を開けたが何も言わず手を離して行った。

そして、彼は姉に近寄り眉間にシワを寄せながら話しかけた。


「香澄……さん、依澄は犬が嫌いなんだから預かるのはやめてくださいよ。」


「あれ?そうだっけ?」


「そうですよ。

忘れたんですか。香澄さんが大型犬怒らせて何故か依澄が追っかけられたことあったの。」


あれは小学校入る前のことだっただろうか。

それ以来犬が怖くて堪らない。

遥よく覚えていた……。


「……覚えてないなあ……。

でもほら、ポンちゃん小ちゃいし。」


「大きくても小さくても犬は犬。

はい、返した返した。」


「ええ〜〜!?

依澄、ポンちゃんもダメ?」


姉が悪魔を手にしたまま私に近づこうとするが、遥がそれを押さえた。


「ちょっと、離してよ。

私は依澄に……」


「ほんっと話聞かないな!

返してこいって!」


とうとう遥がキレた。

まあよく今までもってたと思う。


「遥ちゃんが怒ることじゃないじゃない!

それに、ウチが預からなかったらポンちゃんどうなっちゃうのよ!」


「知るか!他の奴に預けろ!

大体香澄は昔から人の話を聞かないでなんでも勝手に決めるよな。少しは依澄の話聞いて決めろ!」


遥は姉を山中さんの家の方向にグイグイ押していく。

姉は諦めたのかブツブツ文句を言いながら歩いて行った。


「……ったく。

依澄、もう平気だから。」


「……ありがとう……。」


私が小さい声でお礼を言うと、遥は目を丸くする。それからちょっとだけ笑った。


……もう少しだけ、遥と仲良くするべきかもしれない。


しかし、後日山中さんの悪魔は遥の家で預かることとなり、暫く遥に近づくことはなかった。

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