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夏休みの終わりも近づいたある日のこと。
千鶴も実家帰っちゃったし、何をしようかな。師匠も御門君も学園にいない。
というか今学園に残ってるのはよほど家から離れたい子息令嬢か、ここから離れられない理由があるかどちらかだ。かくいう私も家にいるよりもここの方が色々言われずにすむから気が楽なんだよなぁ。監視カメラの位置取りだってあるし。まぁ、それが離れられない理由になるかといえばなるかもしれないけどね。
天気もいいし、校舎の中へは生徒証があれば入れるから生徒会室の和室ブースでお昼寝もいいかも。畳って洋室ばっかりで過ごしてると恋しくなってくるもんなんだよねー。ちょうど窓際にあるし。
よし、生徒会室へ行こう!彼らがいる時じゃ絶対にならない心境だよ。
校舎の玄関口で生徒証をスキャンさせて扉を開いた。やっぱり校舎の中には誰もいない。シーンと静けさが音になって耳に入ってくる。靴を履き替えて生徒会室へ向かった。
それにしても、二学期からは行事が山盛りで今から気が重くなる。こうしている今にも会長である朝霞恵斗の家にはたくさんの書類が送られていることだろう。
……………辛すぎる。
生徒会室の前に着き、持っていたカードキーでロックを解除してドアノブを回した。
ガシャン
……ん?鍵がかかってる?え?今まで開いてたってこと?
……………てことは、誰かいる?
もう一回キーを認証画面にあて、ドアノブを回すとゆっくりドアを押し開いた。
「誰かいるんですの?」
返事なし。おーい、返事くらいしようよ?むなしくなるじゃんか。
ドアを閉め、奥に進んだ。
あれは…
畳のある和室ブースに誰かが横たわっている。軽く体が上下しているところを見ると寝ているらしい。
…神園瑠偉か。
なにもこんなところで寝なくてもいいだろうに、なんて自分のことは完全に棚に上げてるけどそう思ってしまった。
実家にいなくて大丈夫なの?一応ホテル王の跡継ぎでしょうに。
その時、ポケットにいれていた携帯が鳴った。
やっば!起きる!!
急いで取り出してみると電話だった。相手は颯。出ても出なくても面倒な相手だけど、出ない方が後々さらに面倒なことになる。瞬時にそう判断した私は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
神園瑠偉を起こさないように離れたところに行き、近くにあったソファーに腰かけた。
「奈緒様。本日はお客様がお越しになられるので屋敷にお戻りくださいとあれほど…」
「あ~忘れてはないのよ?でも、ほら、二学期からの準備で忙しくて」
「奈緒様」
反論はこれ以上許さないと颯が語調を強めた。そんなに大事なお客様なら余計私がいない方がいいんじゃないの?私、どこで令嬢らしからぬボロが出るかわからないし。自覚がある分注意はするけど、人間、注意だけじゃ上手く立ち回れないでしょ?まぁここで颯がひくとも思えないし、実際ひかないだろう。
「分かったわ。ちゃんと帰ります」
「本当てすね?それでは後程お迎えに参ります」
「じゃあ、また後で」
「はい」
颯との電話を切って立ち上がろうとした私の身体は、肩にかかった重みのせいで阻止された。
「ちょっ!神園様!?」
「……………」
なに!?いきなりなんなの!!
足音しなかったんですけど!不意打ちはやめよう?ねっ?心臓悪いから。
「………神園様?」
いつもならなにかしら言ってきてもいいのに、今日に限ってなにも言わず私の肩に腕を回している。しかもなんか………熱くね?
「神園様、ちょっと。こちらに座ってくださいませ」
くるりと身体をひねらせ、手を握って隣に誘導した。普段から素直に言うこと聞いてくれるけど、それに輪をかけて大人しい。この頃面倒な西條呉羽や朝霞恵斗を相手にしてたから余計にそう感じるのかもしれない。
すとんと腰を落とした神園瑠偉はコテンと頭をもたれかけてくる…どころか全身を任せてくる。その額に手を当ててみるとやっぱり熱かった。しかも結構高め。
「…………神園様、熱はいつから?」
「……今朝?」
熱のある病人独特の熱っぽい目をしてぼうっと考えてからの答えに信憑性はほぼ皆無。これはそれより前からとみて間違いないな。
こんな時にどうして実家じゃなくてここにいるの。しかもせめて寮の部屋にいなさいよ。
颯が来るし、ちょうどいい。この病人を実家に送り届けてやろう。そしてそのまましばらく寝込んでこれから訪れるフラグが折れるまで家で安静にしているといいよ。うん、少なくともそれで一人は助かる。主に私が。
「颯が私を迎えにくるので、一緒にお家までお送りしますわ」
「・・・・・」
待て。なぜ首を振る。こっちが首を振りたいよ。
病人に選択の自由は与えられません。あしからず。
「駄目です。これ以上酷くなったら今以上にきつくなりますよ?」
なにより私が見つけておいて知らぬフリしたみたいで気分が悪い。できれば現状維持は望むけど、それより悪化はさすがに望まないよ。そこまで鬼畜じゃないつもりだし、まぁ性格悪いのは自覚済みだから文句はなしの方向でお頼みします。
「…家は、イヤだ」
「イヤだって…」
私も嫌だ。あぁ、なんで今日ここに来ちゃったんだろう。
かなり面倒なことになりそうじゃないか。安息を求めていたはずなのに・・・・。
うーん。あー。んー。
……………
「…わかりましたわ。ひとまず家にお連れします。医者もすぐ呼びますので、その後のことはそれからに」
そう言うと神園瑠偉は安心したようでプツッと糸が切れたマリオネットのように眠りに落ちていった。
「…………」
「……怖いわよ、颯」
「気のせいでしょう?」
絶対怒ってるでしょ。眉間にシワ寄ってるんだから丸分かりだって。
あれから人を使ってうちに運ばせた神園瑠偉。
冷えピタを貼ってしばらく経ったけど、熱はどうかな~っと。
あ、薬飲んでない!お医者さんに何か食べて飲むようにって言われてたのに!!
飲め!さぁ飲め!すぐ飲め!!
現状維持を望みたいけど、この家に来られたからにはそうは言ってられない。お兄様が、あの生徒会メンバー嫌いのお兄様が帰ってくるのだ。ただでさえうっとぉ・・・面倒な人なのに、これ以上時間を割かれたくない。
そのためには少しでも良くなって寮に戻ってもらってからの安静状態を私は切に望みます!!
「……けほっ」
「あ、ごめんなさい?」
自分も…前世では薬飲むの嫌いだったのは全力で棚に上げておこう。言わなきゃ分からん。・・・だってアレは激マズだったんだ。最期らへん味覚がおかしくなったんじゃないかと思うくらい。良薬口に苦しというけれど、毒も苦いならその理屈は成り立たないとよく看護婦さんと言い争ったっけ。しまいには取り押さえられる犯人のようにして飲まされていたよなぁ。とんだ問題児だった。
咳き込んだ神園瑠偉の背をさするために私はベッドの脇に座り、その後ろに背後霊のように颯が表情を消して立っている。
「・・・で?どうして拾ってきたんです?」
そんな犬猫みたいに…。
颯さん、ホント目が凍えきってるよ?
いや、私だって本当は放っておけるものなら放っておきたかったさ。でもね?よく考えるんだ。ここで恩を売っとけばいつか大事な時に返していただくことも可能だろう?ヤンデレとはいえ病人。見捨てちゃいかんだろう?ね?ね?これは不可抗力とほんのちょっとの打算的考えの成れの果てなんだよ。けっして逆だろうなんてことは言っちゃいけない。
「あ、そういえば客って誰なの?」
「……九条家の方です」
「そう。ならお父様かお母様が相手をなさるわね」
翁かな?それなら一応挨拶しとかなきゃね。
そうでないなら居留守を使おうかな?本来ならまだ帰ってきてないはずの娘だしね。まぁ、私が帰りたくないってゴネたんだけどもさ。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「分かったわ。今行きます」
・・・・拒否権はなさそうだ。
お父様達がいる応接室に行く前に自分の部屋に立ち寄り、手早く着替えをすませた。さっきまでの服は完全に普段着でとてもじゃないけど九条の人間と会う時には着てられないからね。もし、そのまま行けばお母様が卒倒する。
「・・・・なに?逃げないわよ」
「別に他意はないですよ」
部屋からでてすぐの廊下で待機していた颯はそう言ってじーっと見つめてくる。完全に目が脱走犯を見るソレだ。前科がないわけじゃないからあえて深く掘り下げないでおこう。藪から蛇を出すどころか、虎を出しかねない。
「旦那様、奥様。お待たせいたしました。奈緒様をお連れいたしました」
「あぁ、颯。ありがとう。いいところに来た。お前も同席しなさい」
「はい」
お父様に促され、ソファへと座る私達二人に笑顔を向ける客人は思ってた通り九条の翁。そしてもう一人。パーティーで会った九条翁の孫息子、九条宗一郎だった。
「こんにちは」
「こんにちは。お久しぶりですね」
「えぇ」
「実は、以前お話しがあった高校の件なんですが、あちらで単位はとっているのですが、特別にということで洪蘭への入学が認められたんです。なので、夏休み明けからはよろしくお願いします」
「そうなんですね!一同歓迎いたしますわ」
「宗一郎君はたしか今年十七歳だったね」
「はい」
「ここにいる颯も洪蘭の生徒で君と同じ学年なんだ。それに風紀委員長でもあるから彼を頼るといい。彼の家は代々私の家に仕えてくれているとても頼りがいのある家系だからね」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
九条翁はうんうんと頷き、お父様も満足そうに笑っている。使用人の家系だからと見下す人がいないわけじゃないけど、彼はそんなことをしなさそうだし。いつもは邪険にしてるけど、口うるさいもう一人の兄のようなものと思ってるくらいの存在ではある颯だから。とりあえず交友関係の広がりはいいものだと思う。・・・たとえ、それが本当は意に沿わないものだとしてもね。お願いだから、ニコリとくらいはしてちょうだいよ。
それから色んな学園の話だったり、なんやらかんやらを時間だと九条翁の付き人が告げるまで話していた。
「ではまた。学園で会えるのを楽しみにしていますね」
「えぇ。ごきげんよう」
九条の翁達が車に乗り込み、門を出て行ったのを見届けて、ようやく自分の部屋に戻れたのは部屋を出てから二時間後のことだった。
ふぅっと息をつく私に颯が冷えたジンジャーエールを持ってきてくれた。あんまり炭酸飲料とかはお母様がいい顔しないんだけど、これくらいはってことでお父様やお兄様が説得してくれて解禁になった。というか、人をダシにしてるけど、二人も炭酸飲料好きだよね?お母様の前では大っぴらに飲まないだけで。解せぬ。
「どうぞ」
「ありがとう。・・・・・あ、忘れてた」
冷えたグラスを持った瞬間、客間で冷えピタを触った時の感触を思い出した。
とはいっても放っておくとすぐ抜ける炭酸と、放っておいてもいつ冷めるか分からない熱。しかもあちらは冷えピタと薬つき。
・・・・・・・これ飲んでから様子見に行こう。
そして神様が微笑んでくれているなら、熱もだいぶひいているはず。学園にすぐさま連れて帰って静養させよう。
それにしても、なんで家はダメなのさ。そんなにギスギスした家じゃないでしょうに。
ま、連れて帰るのがダメでも、連絡はダメって言われてないしねー。
もちろん電話させてもらいますよ?私にとってはそうじゃなくても、家族にとっては大事な家族に変わりないしね。ということで、熱がひいて、家族からお小言をもらっても悪しからず。