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なんだか…見られてる?
そおっと顔を視線が飛んでくる方向へ向けても誰もいない。いるけど、誰も私達を注視してなんかいない。
いやだいやだ、私ったら自意識過剰過ぎでしょ。あの人達のせいで警戒センサーが過剰反応してるんだわ。OFF、OFFっと。
「どうしたの?」
「いえ。何でもありませんわ?もう決まりました?」
「うーん。あと少しかな」
さっきからずっとショーケースの前を行ったり来たりしている彼、有馬君は眉をハの字に下げている。
こんなに一生懸命に選ぼうとするなんて、ますます好印象だ。
……入学式の時に影が薄…気の弱い人なんて思ってごめんなさい。奴等に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいのだが、どうだろうか。そもそも爪の垢だけでは足りないかもしれない。全身どっぷりと鍋の中に入れてぐつぐつと…というのはほんの冗談だ。この世から善良なる若者が一人消えてしまう。このとんでもない世界では良識ある人は希少動物並みの扱いを受けるべきだと私は思うね。
「神宮寺さん?疲れたならどこかのカフェテリアに入ろう」
「いえいえ、お気遣いなく。ちょっとこの世の無情さについて考えていただけですから」
「む、無情?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、わずかに困惑の色を見せる有馬君に私の考えは難しかったらしい。そりゃそうだ。この年でこの世の無情さなんて私だって知りたかない。だけど知ってしまったんですよ、残念ながら。あー製作会社を恨みたい。
「そういえば妹さんはおいくつでいらっしゃるの?」
「今度の誕生日で七歳になるんだ。初等部の一年だよ」
「まぁ。とっても可愛らしい妹さんですわね」
いや、お世辞抜きで。マジです。
見せられた写メには有馬君と有馬君の腰にじゃれつくようにして妹さんが笑顔で写っている。この可愛さじゃあ誘拐されるのはまず間違いない。外出の時は送り迎えなんかじゃなかったら確実に私はこの子にありとあらゆる防犯グッズをプレゼントしている。いや、むしろ私が誘拐犯だ。
……私の時はどうせ金品目的だろうけどね。ふっ。
「……そうですわね。それくらいの女の子なら…香りつきのものが喜ばれますわ」
「香りつきのもの?」
「えぇ。コロンでもいいのですけれど、消ゴムなんかにも香りつきのものがあるんですよ?」
「へぇ」
ちなみに私も買ってもらったクチだ。イチゴの甘い香りに何度本物が食べたくなってデザートに加えてもらったことか。
……食いしん坊なんかじゃないからね!?本物そっくりの香りに作り上げる開発者が悪いんだから。
「本当にありがとう、神宮寺さん」
「いいえ。妹さん、喜ばれるといいですわね」
「うん」
まぁ写真を見た限りお兄ちゃん大好きっ子ぽかったから大丈夫だと思うけど。なにせそのお兄ちゃんからのプレゼントだしね。
っと、いけないいけない。忘れるところだった。
「これ、私からも妹さんに」
「えぇっ!いや、いいよ!」
「ほんの気持ち程度ですから。どうかお受け取りになって?」
有馬君の妹さんへの私からのプレゼントは青い薔薇の髪留め。そんな遠慮されるようなものじゃないんだけど。誕生日プレゼントは多い方が嬉しいはずだし。うん、私は嬉しい。
「…本当、ありがとう」
「いいえ」
「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼にしよう。美味しいパスタのお店が近くにあるんだ」
「まぁ。それはいい案ですわ。参りましょう」
「うん」
私達はプレゼント選びを終わらせ、お店を後にした。
「今日は本当にありがとう。とっても助かったよ」
「それなら良かったですわ。では、私はこれで」
向こうに車を待たせているという素振りを見せ、別れの挨拶をしてこの場を去ろうとした。しかし、私の足は見事にたたらを踏んだ。
「神宮寺さんっ!」
うおっ!びっくりしたぁ!
有馬君に腕を掴まれた。彼の体温はこれが平熱というならば少し高い、けれど不快ではない温かさを持っていた。
な、何事?そんな大声をだして。君、キャラそんなんじゃないでしょ。
有馬君は男子の中では影がうす…大人しく優しい人だ。間違ってもこんな町中で大声を出すような人には見えない。
「どうしたんですの?」
「あ、ごめん。いきなり」
パッと手を離すと顔を俯けてしまった。ちょっとちょっと、これじゃあ私がなにかしたみたいじゃないか。道行く人の目が有馬君に同情の念を送っているように見えるのは私の気のせいだろうか。
いや、違うんです!私、なにもしていません!無実なんです!
「………神宮寺さん!」
「はいっ?」
顔を勢いよくあげた有馬君はキリッと何かを決意した表情を浮かべていた。通行人の方達に思考回路がいっていた私は思わず声が上ずってしまった。
「あ、あの…僕と…つ、つき
「あのう」
後ろからかけられた可愛らしい声に振り返ると、小学校入学前くらいの男の子が立っていた。
服をぎゅっと両手で握りしめるその姿はもう…可愛すぎる。
鼻血、出てないかしら。………よし、大丈夫。
「どうしたんですの?」
私が屈んで男の子と目線を合わせると、男の子は慌てて私を立ち上がらせた。
「こっち!こっちきてください!」
「え?」
「神宮寺さんっ!?」
「おにいさんはいりません!」
……なんと。どうしよう。私、今、可愛い誘拐犯に拉致られてます。え?顔がにやけてる?気のせいです。こんな可愛い誘拐犯なら毎日大歓迎だぁ。
まぁとりあえず。
「有馬君、また学校で!ご機嫌よう!」
「え、あ…」
角を曲がって有馬君の姿が見えなくなると途端に男の子の歩くスピードが遅くなった。さっきからしきりに誰かを探している素振りを見せている。
…なんか嫌な予感がする。この子は一体どちら様だ?
今さらすぎるけど逃げた方がいいんじゃないか、なんて考えているうちに男の子の探し人は見つかった。
「拓真君、ご苦労様です」
「せんせい!」
「……………」
現在、可愛い誘拐犯によって癒しを得られた神宮寺奈緒さんは百のダメージを受けました。ウマイ話にゃ裏がある。まさしくそうでしたよ、この野郎!
……ん?…先生?
はてさて、私は目の前の人は、滝川由岐は今まで同じ学年だと思っていたんだけど。
「拓真君はうちの流派の門弟さんの息子さんで、僕が時たま教えて差し上げているんですよ」
「もうしおくれました!ぼく、さいかわたくまです!」
「えっと…」
礼儀正しいのは先生譲りか。こんなに小さいのに。
頼むから先生やその周りの奴等のように人の人生を脅かすような男性に育っちゃダメよ?いや、本当に頼むから。切実だから。いや、これ本当に。
名乗られたら名乗り返さぬわけにもいかず、私も再び腰を屈めて挨拶した。
どうやら拓真くんは洸蘭の幼等部らしい。
あらあらまぁまぁ可愛い後輩ってことじゃないですか。うん、可愛い子供に罪はない。今度幼等部にも遊びに行ってみようかな。癒しだ癒し。千鶴も誘って二人っきりで行けば何の問題もないっ!
そうだ!私に必要なのはアグレッシブな毎日でもバイオレンスな毎日でもましてやデンジャラスな毎日でもない!癒しだ!ヒーリングな毎日だ!それ以外は必要ない!断固拒否!
「でも、せんせい?」
「どうしました?」
「おねえさまはどうしてせんせいたちにつめたいんですか?」
「「……………………」」
……………子供って無邪気で怖いぃぃぃ!癒し要素カムバック!
純粋にただただ疑問だけで尋ねてくる瞳はなんの曇りもない。いや、曇ってたら曇ってたで怖いけど。
私はさっきまで浮かべていた笑顔を顔面に張りつけたまま固まり、滝川由岐は困ったように苦笑を浮かべている。
彼だからこんなだけど他だったらここぞとばかりに重ねて聞いてくるわね。それを考えるとこの場にいたのが滝川由岐で良かった……なんて思えるかいっ!
そうですか。幼等部まで私の奴等嫌いは知れ渡っているということですか、そうですか。
………お願いだからそんなキラキラした目で見ないで!
私の心は色々ありすぎて食器の頑固汚れ並みに汚れてるから!ま、まぶしいっ!
「あ、ああああああーら、こんな時間。私、用事を思い出しましたの。お二人共、ご機嫌よう」
退散、退散。早く行かないとこの目から逃げられなくなっちゃう。
回れ右をして、一歩踏み出した時
「なーおーちゃん!」
「………」
………どっから湧いてきた?君達は真面目に怖いです。ただただ怖いです。ヤンデレ+神出鬼没ですか。…私、死にますね。
両腕に西條呉羽、神園瑠偉にしがみつかれ、身動きがとれない。なんだこの連行される犯人みたいな図は。
そしてこいつらが出てきたということは当然のようにあいつもいるんだろう。…ほら、やっぱりあいつも姿を現し…はい?
千鶴ちゃん?なんで君がそこにいんの?しかもなんか目ウルっちゃってるし。
それを見た時、私の思考能力はプチンと切れた。
「ちょっと!どうして千鶴が泣きそうになっているんですの!?あなた方何かしたんですの!?」
「何もしていない」
「千鶴!」
「う~奈緒ちゃん!」
私が呼ぶと千鶴は駆け寄ってきて、今だ拘束されている私の手を諦め、脇腹にひしっと抱きついてきた。
おい、西條呉羽に神園瑠偉、離さんかい。
「約束破ってごめんねーっ!」
「わ、わかったから!泣かないで!」
人目が少ないとはいえ、外だからね?ここ。
「とりあえず場所を移動しましょう。あなたも帰らなければいけないでしょう?」
目をパチパチとさせながらこちらをじっと見てくる拓真君のことを引き合いに出すと皆も頷いてくれた。場所はどうやら滝川家らしい。
…もういいです。好きにしてください。
あ、ヤンデレ化はなしだからね!?それ以外ではってことだからね!?
はぁ。いつかストレスではげそう。その時は彼らから慰謝料を思いっきりふんだくってやる!私は密かに心に決めた。




