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ある世界の「公国の第三魔工兵器観察部」  作者: 野生の南瓜
EXA-101R シラヌイ
9/11

不知火


 なぜ?

 なぜなんだ?

 たった一騎の狙撃型魔工鎧をしとめ、鹵獲するだけで勲章ものの簡単な仕事だったはずだ。

 カールマンは目の前の現実に眩暈をおこす。

 現実。それは目の前の鬼神。


「おりゃあっ」


 『シラヌイ』は炎の剣(フランベルジュ)を振るい、帝国の魔工鎧を叩き伏せる。

 左手に持っていた両手剣はすでに折れ、右手に持っている炎の剣(フランベルジュ)も幾度となく打ちつけられた末にもはや魔工兵器としての機能を失いただの鉄の棒と化していた。


「え、ええい。歩兵隊何をしているであるかっ! あの公国魔工鎧に矢を放てっ!」

「はっ! しかし、味方が居ては」

「何を言っているであるか。あれだけでかかったら頭の方を狙えばよかろうっ」

「了解しました。疾風の矢用意っ! 目標っ、敵魔工鎧頭部っ!」


 『シラヌイ』に向けて次々放たれるカマイタチの矢。しかし、それは『シラヌイ』の装甲に悉く弾き返され、虚空に消える。


「なぜ、軽い疾風の矢を使うのであるかっ!」

「はっ! しかし、質量のある魔矢を使うと味方に被害が」


 カールマンが歩兵班長とやり取りをしている間にも『シラヌイ』は一歩また一歩と魔工鎧を蹴散らしながら近づいてくる。


「このデカブツがぁっ!」

「甘ぇ……。むっ」


 一人の帝国の魔工鎧の剣撃を『シラヌイ』は難なく炎の剣(フランベルジュ)で弾き返す。

 しかし、炎の剣(フランベルジュ)の耐久力はすでになく砕け散る。

 斬り込んできた魔工鎧兵の後ろから嬉々として別の魔工鎧が斬り込もうとする。


「チャンスだ」

「しゃらくせえええっ!」


 『シラヌイ』が弾き返した魔工鎧に前蹴りを入れる。同時にリュウジンノトモシビで固定するためのバンカーで後ろの魔工鎧もろとも二騎を貫いた。

 貫いたバンカーの先から飛び散る鮮血がカールマンの顔にまで飛ぶ。


「ひ、ひいいいいい。これは、悪夢であるか? い、今からでもクレイドル少佐の手を借りるか? いや、間に合わ……。な、何をしているであるか敵の武器はすでにない。一気にかかるのである」


 クシャクシャに崩れた顔のカールマンが震える手で剣を持ち前に振りかざす。

 号令と共に、三騎の魔工鎧が斬りかかる。


「ああ、小物過ぎて見つけるのが遅れたぜぇ。そうか、あれが頭か。確かに、あいつの言ってた通りくそったれた顔してやがるなぁ」


 バーグランドは赤い操魔石のはめ込んであるレバーを引く。しかし、引っかかったように引けない。


「ああ?」

《エラー・マリョクノカイフク・カクニンデキマセン》

「エラーだぁ? 偉そうなこと言ってんじゃねええええっ!」


 力任せにレバーを引く。

 『シラヌイ』の背後の円筒が動くと、一本の砲身となって突きだされる。

 突きだされた際に、一騎の帝国魔工鎧が突き飛ばされた。


「やりゃあできんじゃねぇか『シラヌイ』。オラァ!」


 『シラヌイ』は右腰に抱えたリュウジンノトモシビを薙ぐと、二騎の魔工鎧が弾き飛ばされる。


「見えたぜぇ、くそったれぇ。お前でお終ぇだ」

「ひ、ひぃぃぃぃ」


 カールマンに向かって一直線に向かっていく『シラヌイ』

 カールマンは恐怖のあまり腰が砕ける。


「覚悟はいいかくそったれぇ。心配するなぁ。一瞬だ」


 『シラヌイ』の右手がカールマンに伸びる――。

 寸前の所で手ごたえがなくなる。

 宙に舞う『シラヌイ』の右腕とリュウジンノトモシビの先端。

 それはカールマンの脇に控えていた魔工鎧に斬って落とされていた。


「あん?」


 バーグランドが一瞬その魔工鎧に目を向ける。


「対魔工鎧射出槍(ショットランス)、一斉射撃」


 カールマンの後ろに控えていた、魔工兵による複数の射出される騎兵槍が『シラヌイ』の装甲をも突き破る。

 そのうちの一本は中のバーグランドにまで達していた。


「がはっ。ぐっ。まだまだぁっ!」


 『シラヌイ』が左手を伸ばそうとすると、カールマンが喚く。


「わぁ、まだ動くぞっ! なんとかしろぉ!」

「第二射、第三射。一気呵成にたたみかけろっ!」


 次々と『シラヌイ』に浴びせかけられる射出槍(ショットランス)

 その前面にあらん限りの鉄の杭を打ち込まれると、『シラヌイ』は膝をつき白い脈動は光を失った。



 ◇◆◇



 撤退する第三魔工兵器観察部。

 小型の魔工車の中でビューは両手を組んで祈っていた。


「どうか、どうか。バーグランド軍曹。みなさん。無事で……」

「……ビュー、援軍からの連絡はまだか?」


 魔工車を運転しながらマグナートが問う。


「……はい。まだ通信石の範囲内にいないようです」

「援軍だけが頼りだってのに、公国最速が聞いて呆れる」


 マグナートは苛立たしく魔工車に拳を叩きつける。

 すると、通信石が青く光ると一方的に声がしだす。


「は? 広域通信だと? 傍受されるぞっ!」


 マグナートは疑問に思いながらも耳を澄ます。


「――我が公国が誇るシーデン大佐率いる魔工鎧連隊により、敵本陣を撃滅せり。本陣撃滅により、帝国部隊は撤退を余儀なくされている。これにより、第07作戦区域において我が公国軍の勝利を宣言する」


 この勝利宣言によりマグナートは魔工車をいったん止める。


「我が軍の……勝利? 第ニ一八小隊への援軍は?」


 ビューは虚ろにぼやく。


「ちぃ、そう言う事かっ!」

「え? どういう? ッキャッ」


 マグナートは答えるよりも先に、魔工車を再度動かすと来た道を急いで引き返す。


「援軍。そんなものは最初から無かったんだ。二一八小隊と『シラヌイ』は囮だったんだよ。

 その隙にシーデン大佐が最速で敵本陣に奇襲をかけた。おそらく参謀部は初めから『シラヌイ』のデカイ図体を囮の駒として使うつもりだったんだ。凍結で解体前だったから再利用のつもりだったんだろうよ」

「そんなっ、どうしてそんな味方を騙すような?」

「知らんっ! 知らんが最高の戦果が事実として挙がってる、被害を受けたのは五十人程度、そして敵の損害は四千だ。たいしたもんだよっ! 反吐が出るほどになっ!

 ……最低の気分だっ。とにかく戻る。敵が撤退を始めてるのならいいだろう……」


 ビューはただただ、『シラヌイ』へ繋がる通信石を握って祈った。



 ◇◆◇



「あ、はは。あはははははは、僕の勝ちであるな。はははははは、ふん、しょせんはデクの棒であったか。こいつめっ、こいつめっ。

 うわっ、あれは公国兵の血か? えーい汚らしいっ! 僕の目を汚すなっ!」


 忌々しげに『シラヌイ』を足蹴にするカールマン。搭乗部と思わしき所から流れ出る赤い液体を見ると、露骨に顔を顰める。


「最後まで気分を害するものであるな。さて、そろそろ行くであるか。急がなくてはクレイドル少佐に戦果の分け前をやらねばならなくなってしまうからな。……デカブツの鹵獲とエルドランド陥落。ふふふ、僕の未来は明るいな」


 カールマンが一人勝利と皮算用に酔っているとカールマンに通信が入る。


「僕だっ!」

「カールマン少佐。大変ですっ!」

「ふむ、それは僕が輝かしい未来を思案するより大事なことであるか?」


 興奮に鼻を膨らますカールマン。

 しかし帝国の通信兵はカールマンの声を無視して続けた。


「……本陣が陥落しました。作戦続行不可能です。撤退してください」

「え? はあっ! 本陣、陥落?」


 カールマンの口から漏れた言葉により、周りにいた兵士達にも事態が伝わる。


「なんだって? 本陣陥落?」

「そんな……、何があったんだ」


 帝国兵達は一気にざわめきだす。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ。やむをえん撤退だ、ただちに撤退を開始しろ。せめてもの戦功だデカブツは回収しろ」

「はっ? 本陣がやられた今、我々は囲まれてると言っても過言ではありません。動きに障害のでるデカブツは放棄なさってください」

「君っ! 僕に意見するであるかっ!」

「なにとぞっ! ご冷静な判断をっ!」


 顔を真っ赤にするカールマン。地団太を踏んでから深呼吸する。


「わかった、僕が生きての物種である。撤退だっ。ただちに撤退する」

「はっ!」


 カールマンの号令により、カールマン率いる部隊は急いで川沿いを下って行った。



 ◇◆◇



 気がつけば暗い暗い箱の中。

 そしてふと思い出す、ああ、俺は『シラヌイ』で戦っていたのだと。

 『シラヌイ』の外で何か声がする。

 だが、バーグランドは特に気にしなかった。

 気を失っていたのか、俺はどうなっている? 真っ暗で何も見えないが、とてもぬるぬるして暖かい物が滴り落ちてるような気がする。

 それにしても、妙に冷える。『シラヌイ』の中はこんなに冷えたか? それにやたら鉄くさい。


 ……なんだ、自分の血か。

 バーグランドは納得した。そういえば射出槍(ショットランス)を受けたのだったなっと。自分の腹に刺さるそれを見て思い出した。


「年貢の納め時ってやつか。……がふっ」


 一人ごちては血を吐きだす。

 今外の状況はどうなっているんだろう。ふと気になったが、同時にどうでもいいような気もしてきた。

 たいして力の入らなくなった手でロケットペンダントを握る。


「……イネス」


 これでお終い。

 存外あっけないものだったなと思う。

 いつかはこうなると思っていた。いつでもこうなると思っていた。

 最後はどうしてやろう。そんな事ばっかり考えていた日もあった。

 だが、今。俺はどうしてやりたい?

 バーグランドは朦朧とする意識の中に沈んでいく。


「――グランド軍曹、ジェフリー・バーグランド軍曹聞こえますか?」


 自分を呼ぶ女の声。それが沈むバーグランドを引き上げる。

 誰だったかな……、そうか、俺に美味い飯食わせてくれたお嬢ちゃんだったな。

 名前はビュー・オブザーブ……。あの美味い飯が入った胃袋はたぶんどっかいっちまったな。

 バーグランドは一人そう苦笑いする。


「……ああ、聞こえてるぜぇ」

「良かった……、良かったぁ、今救助に向かいますか――」

《リュウジンノトモシビ・スタンバイ》


 半ば涙声でビューが話す途中で『シラヌイ』の中に響く無感情なアナウンス。


「えっ? 今のは? なぜ?」


 射出槍(ショットランス)まみれで機能はほぼ停止していると思われる『シラヌイ』

 それよりも、激しい魔工鎧戦でバーグランドは魔力を使い切り、そして今の体力では魔力回復など望めるはずもない。

 そうであるならば、『シラヌイ』がリュウジンノトモシビの機能をまだ失っていなかったとしても、パイロットの魔力量を感知して“リミッター”がその起動を弾くはずだった。

 だけど、それが機能していない。……と言う事は。


「……が、はは。ご機嫌じゃないか『シラヌイ』! まだやれるってかぁっ! ごぷっ」


 どんどん奪われる体温とは逆に、闘志と血を湧き立たせ、吐きだす。


「いいぜぇ、『シラヌイ』」

「軍曹、やめてくださいっ! もういいんで――」


 ビューと繋がる通信石を耳から外すバーグランド。


「お嬢ちゃん。もう、無理だわな。……ありがとよ」


 失われた血により震える手を精いっぱい伸ばして、赤い操魔石のはまるレバーに手を伸ばす。


「イネス、ちっとだけ待ってろよ。……いけよ『相棒』、お残しはゆるさねぇ。全部喰らいやがれええええっ!」


 赤い操魔石が、押しこまれる。


《チャージ・カイシ・20、40…… ヘンカン・カイシ ……120》


 光の失われた『シラヌイ』に赤い鼓動が開始される。


「軍曹の反応が急激に……、やめてっ、やめて『シラヌイ』。軍曹の命を吸わないでえええっ!」


 ビューは叫ぶ。

 しかし、それがバーグランドと『シラヌイ』を止める事はなかった。



 ◇◆◇



「なっ、敵の魔工鎧が」

「はぁ? なにっ」


 カールマン率いる部隊も『シラヌイ』の赤い燐光を確認する。


「再起動? 生きていたのか? だが、それがどうしたであるか。立ち上がりもしないじゃないか」


 カールマンは『シラヌイ』を鼻で笑う。


「砲身に魔力が……。ほ、ほほほ、砲撃きますっ!」

「う、うわあああ。逃げろおおおお」


 帝国兵士は思い出される。長い事足止めされていたあの爆炎を。それは最後には自分達の部隊の一部をも飲み込んでいた。その威力は絶大。その爆炎を生み出す砲身が今、自分達を狙っているのだ。


「に、逃げるなぁ! ただちに魔防陣を組んで僕を守れ。こらっ! 逃げるんじゃない! 僕が死んでしまうだろうっ!」


 カールマンが喚くもすでに、本陣陥落で士気が低下しきっていた兵の収拾はつかず、帝国兵はみな思い思いに駆けだしていった。


「ひっ! やめろっ! 撃つなっ! 撃つんじゃないっ!」


 カールマンが腰を抜かして倒れるも、それを助けてくれる人はもう誰も居らず。全ての帝国兵がカールマンを無視して駆けだす。

 リュウジンノトモシビから走る一筋の光はカールマンを照らす。


「あ、あ。うわっ――――――」


 カールマンの悲鳴と身体は火球がかき消す。

 リミッターのないリュウウジンノトモシビが紡ぐ爆炎は、ことごとくを飲み下した。



 ◇◆◇



「……待たせた、……イネス。……今、……逝――」


 落ち窪んだ目。乾ききった唇がわずかに動く。

 誰もが聞き取れそうもないか細い声。ついには最後まで言葉を紡ぐ事はできなかった。

 枯れ枝のごとき腕になったバーグランドの手からロケットペンダントが血だまりの中にこぼれおちる。

 イネスの顔は血だまりの中でもはにかむような笑顔でバーグランドを迎えていた。


《パイロット・ロスト・シラヌイ・テイシ》


 『シラヌイ』の最後のアナウンス。


《……オツカレサマデシタ》


 それは『相棒』への悼み。


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