第五章「夏休みは、これから!」
いよいよ最終章です!
二泊三日の臨海学校も、ついに最終日。
海に温泉、キャンプファイヤーに肝試しと、いろいろあった三日間でした。
そして臨海学校が終われば――いよいよ夏休み!
直人たちの夏は、まだまだこれからです。
第五章「夏休みは、これから!」
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです!
臨海学校、最終日。
窓の外から聞こえるセミの鳴き声で、僕はゆっくりと目を覚ました。
「ん……」
布団の中で大きく伸びをする。
二泊三日なんて長いと思っていたのに、気がつけばもう最終日だった。
昨日の肝試しやキャンプファイヤーを思い出す。
……最後は本当に怖かった。
先生に驚かされた瞬間、足に力が入らなくなって、その場に座り込んでしまった。
慎太郎に手を引かれて歩いた帰り道。
『変わってるの、お前自身が一番気付いてないんじゃないか』
あの言葉だけは、今も頭の片隅に残っていた。
「直人、起きた?」
隣の布団から彩香が顔を出す。
「あ、おはよう」
「おはよう」
部屋の女子たちも、少しずつ起き始めていた。
布団をたたむ音。
洗面所へ向かう足音。
昨日までの賑やかさとは少し違う。
今日は帰る日だからだろうか。
どこか少しだけ名残惜しい空気が流れていた。
「もう終わりかぁ」
僕がぽつりと言うと、
「そうね」
彩香が笑う。
「でも」
窓の外を見る。
「夏休みはこれからでしょ?」
「あっ、そうか!」
思わず笑ってしまう。
そうだった。
臨海学校は今日で終わる。
でも、学校は明日から夏休みだ。
「じゃあ帰ったら何するの?」
「ゲーム!」
「即答ね」
「彩香は?」
「私は宿題を少しずつ終わらせるかな」
「えぇー」
「最後に泣きたくないもの」
「僕は最後にやる派」
「知ってる」
部屋のみんなが笑った。
◇
朝食を終え、荷物をまとめる。
先生たちの点呼も終わり、生徒たちは旅館の前へ集められた。
青い空。
眩しい日差し。
海から吹く潮風。
昨日まで遊んでいた海が、すぐ目の前に広がっている。
先生が前へ出た。
「これで臨海学校は終了だ!」
拍手が起こる。
「みんな事故もなく帰れそうで安心した」
先生が少し笑う。
「……一部、先生を本気で驚かせた生徒もいたが」
みんなの視線が一斉に僕へ集まる。
「僕ですか!」
思わず声を上げる。
「先生の方が驚かせたじゃないですか!」
周りから笑い声が上がった。
「まあ、それも含めていい思い出だ」
先生も笑っている。
「それじゃ、バスへ荷物を積み込んだら自由時間を少しだけ取る」
「そのあと学校へ戻るぞ」
「はーい!」
あちこちから返事が聞こえた。
◇
旅館の前では、最後の自由時間を惜しむように、あちこちで写真を撮る生徒たちの姿があった。
「直人も入る?」
彩香がスマートフォンを取り出して指をさす。
「最後に一枚撮っとかない?」
「いいね!」
女子グループのみんなで並ぶ。
海を背にして、
「はい、チーズ!」
パシャ。
「もう一枚!」
「今度はジャンプ!」
「えぇっ?」
みんなでタイミングを合わせて飛び上がる。
何枚も撮っては笑い合う。
「あとで送ってね」
「もちろん」
そんな話をしていると、
「あの……。」
後ろから男子の声がした。
振り向く。
同じ学年の男子が三人、少し緊張した様子で立っていた。
「あの、中村さん」
「え?」
「よかったら、一緒に写真撮ってもらえませんか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「僕?」
「うん」
三人とも少し照れくさそうに笑っている。
「いいよ!」
僕は何も考えずに頷いた。
でも、その瞬間。
隣にいた雫ちゃんの姿が目に入った。
「あっ」
「雫ちゃんも一緒に撮る?」
僕は自然にそう言った。
三人の男子は、一瞬だけ顔を見合わせる。
「あ……」
誰も何も言わない。
少しだけ気まずい空気が流れた。
僕はその意味が分からない。
「えっと……」
三人とも困ったように笑うだけだった。
雫ちゃんも、小さく笑っている。
でも、何も言わない。
僕は少し考えてから言った。
「じゃあ、僕だけでいいかな」
「……」
誰も反対しなかった。
男子たちと並んで写真を撮る。
「ありがとうございました!」
三人は嬉しそうに頭を下げ、そのまま去っていった。
「なんだったんだろう」
僕は首を傾げながら戻る。
雫ちゃんは、さっきと変わらず小さく笑っていた。
その時だった。
「直人」
彩香が手招きしている。
「ちょっと来て」
「え?」
少し離れたところまで歩いていく。
彩香は僕の方を見て、小さく息をついた。
「直人」
「うん?」
「あんた、自分で何言ったか分かってる?」
「え?」
「何が?」
彩香は少しだけ困ったように笑う。
「あの子を誘ったことじゃないの」
「そこはよかった」
「じゃあ?」
「男子が困ってたでしょ」
「うん」
「そのあと」
彩香は僕をまっすぐ見る。
「『じゃあ僕だけでいいかな』って言った」
「ああ」
「だって、あの空気じゃ仕方ないかなって」
彩香は静かに首を振る。
「直人」
「あれ、雫ちゃんからしたら一番きつい言葉だったと思う」
「え?」
意味が分からない。
彩香は続ける。
「あんたに悪気なんてない」
「そんなことは分かってる」
「でも」
「悪気がないからって、相手が傷つかないわけじゃないの」
僕は黙った。
彩香は少しだけ表情を和らげる。
「ちょっと考えてみて」
「……うん」
そう答えたものの。
僕にはまだ、何がいけなかったのか、本当の意味では分かっていなかった。
バスがゆっくりと走り始める。
窓の外では、海が少しずつ遠ざかっていった。
行きとは違う。
みんな疲れたのか、車内は静かだった。
お菓子を食べる人。
イヤホンで音楽を聴く人。
窓にもたれて眠る人。
そんな中、彩香が立ち上がる。
「直人」
「ん?」
「私、ちょっと前の席行ってくるね」
「えっ?」
「たまには他の子とも話したいし」
そう言うと、小さく笑って前の席へ歩いていった。
僕の隣には、雫ちゃんが座っている。
少しだけ気まずい沈黙が流れた。
さっき旅館の前で言われた、彩香の忠告が頭から離れない。
「……雫ちゃん」
「はい?」
「さっきは、ごめんね」
雫ちゃんは少し驚いたように僕を見る。
「どうして謝るんですか?」
「いや……」
うまく言葉が見つからない。
「なんか、雫ちゃんに悪いことしちゃった気がして」
雫ちゃんは小さく笑った。
「気にしないでください」
「慣れてますから」
その笑顔が、かえって胸に刺さる。
僕は少し考えてから言った。
「でもさ」
「はい?」
「雫ちゃん、もっと自分を出した方がいいと思うんだけど」
一瞬。
雫ちゃんの表情が止まった。
でも、すぐに笑顔へ戻る。
「そう……ですか?」
「うん」
僕は続けた。
「せっかく絵もうまいし」
「もっと前に出たら、みんな気付いてくれると思う」
雫ちゃんは窓の外へ目を向けた。
しばらく何も言わない。
バスのエンジン音だけが静かに響く。
やがて、小さな声が返ってきた。
「……それは」
「中村さんだから言えると思うんです」
「え?」
僕は思わず聞き返す。
雫ちゃんは僕を見ないまま、静かに話し始めた。
「私も、一年生の頃は頑張ってました」
「え?」
「自分から話しかけたり」
「笑ったり」
「手を振ったり」
「友達を作ろうって」
少しだけ笑う。
「でも」
「可愛い子がいると」
「みんな、そっちへ行っちゃうんです」
胸が少し苦しくなる。
「海の家でもそうでしたよね?
あの男の人たち、私が何を言っても無視されていました」
「さっきの写真の時もそうです」
「私は最初からいないみたいで」
「だから」
少し間が空く。
「そういうの、慣れちゃったんです」
僕は何も言えなかった。
そんなふうに考えたことなんて、一度もなかった。
「でも……」
ようやく言葉を探す。
「僕は」
「雫ちゃんと普通に話してるよ?」
言った瞬間だった。
雫ちゃんは少しだけ困ったように笑った。
「中村さん」
「それも、中村さんだから言えるんです」
「え?」
「中村さんは」
少しだけこちらを見る。
「可愛いから」
「みんな話しかけてくれるんじゃないですか?」
「彩香さんとも」
「佐藤くんとも」
「自然に仲良くなれたじゃないですか」
「それは違う!!!」
彩香と慎太郎が同時に立ち上がる。
バスの中は静まり返った。
「待って」
二人とも動きを止める。
「ありがとう」
「でも」
「今回は僕がちゃんと聞きたい」
彩香は悔しそうな顔をした。
でも、ゆっくりと席へ座り直す。
僕は男の子だった頃から慎太郎と友達だった。
彩香とも、いろいろあって仲良くなった。
それは間違いない。
でも。
女の子になってから。
見た目が変わったことで、周りの反応が変わったことも事実だった。
男の子の時の僕なら、同じように頑張っても、こうはなっていなかったかもしれない。
僕は雫ちゃんを見る。
「彩香の言うことも本当なんだ」
「僕はちゃんと頑張ってきた」
「でも」
「雫ちゃんの言うことも、本当なんだよね?」
雫ちゃんは何も言わない。
「僕」
「本当に気付かなかった」
「もっと自分を出した方がいいなんて」
「そんな簡単な話じゃなかった」
小さく息を吸う。
「ごめん」
雫ちゃんは少しだけ目を丸くした。
そして。
ふっと笑った。
「謝ってもらえただけで」
「十分です」
その笑顔は。
さっきまでの笑顔とは、少しだけ違って見えた。
少しだけ。
本当の笑顔に近かった。
少しだけ空気が軽くなる。
僕はふと思い出した。
「あっ、そうだ」
「雫ちゃん」
「はい?」
「コミケって知ってる?」
雫ちゃんは少し驚く。
「はい、知ってます」
「でも……」
「行ったことはありません」
「一人じゃ行けなくて」
僕は笑った。
「じゃあさ」
「夏休み、一緒に行かない?」
「え?」
「お、いいんじゃないか?」
慎太郎も思い出したかのように話に入ってくる。
「僕たち、毎年部活のみんなで行くんだけど、
雫ちゃんも一緒にどうかなって」
「結城さん、興味があるなら一緒に行かないか、俺も行くし」
「佐藤くんも?」
「長谷川くんも来るよ」
うんうんと長谷川が遠くで頷いている。
「それに紹介したい人もいるんだ」
「紹介…したい人」
「きっと」
「雫ちゃんと気が合うと思う」
雫ちゃんは少しだけ首を傾げる。
「……そんな人、いるんですか?」
僕は自信を持って頷いた。
「いるよ」
「僕が、一番尊敬してる先輩」
「たぶん」
「雫ちゃんの話を、最後までちゃんと聞いてくれる人」
バスはゆっくりと高速道路へ入っていく。
夏の空は、どこまでも青かった。
数週間後。
八月中旬。
待ち合わせ場所の新宿駅は、夏休みということもあって朝から大勢の人で賑わっていた。
「あっ、二人とも、おはよう」
「おはようございます」
改札前には、慎太郎と雫ちゃんが立っていた。
雫ちゃんは少し緊張した様子で周りを見回している。
「ごめん、待った?」
「今来たところ」
慎太郎が笑う。
「今日はよろしくお願いします」
雫ちゃんが軽く頭を下げた。
「こっちこそ!」
「去年も、このメンバーで来たんですか?」
「去年?」
「うん。卒業した三年生の先輩もいたんだけど」
僕は頷く。
「一年生の夏休みに、文研のみんなで」
「そのとき僕も初めてコミケに行ったんだ」
「そうだったんですね」
電車がホームへ滑り込んでくる。
「じゃあ行こうよ」
三人で乗り込む。
車内では、今日どこを回るかなんて話をしながら時間が過ぎていった。
◇
国際展示場駅。
改札を出ると、見慣れた姿が二つあった。
「おーい、こっちこっち!」
大きく手を振っているのは、西園寺先輩だった。
その隣には長谷川くん。
「おはよう」
「おはようございます」
長谷川くんが自然に笑う。
一年前なら、人前でこんなふうに笑う姿なんて想像もできなかった。
「雫ちゃん、紹介するね」
僕は雫ちゃんを見る。
「現代文学研究会の部長、西園寺弘樹先輩」
「それから、長谷川くん。臨海学校のときも一緒だったよね」
雫ちゃんは少し緊張しながら頭を下げた。
「二年の結城雫です」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
西園寺先輩はいつもの穏やかな笑顔で頷いた。
「直人から話は聞いているよ」
「今日は楽しんでいこうね」
「はい」
五人で歩き始める。
人の流れについていくと、巨大な建物が見えてきた。
「……すごい」
雫ちゃんが思わず立ち止まる。
東京ビッグサイト。
会場へ向かう人の列はどこまでも続いていた。
「こんなに人が来るんですね」
「毎年こんな感じだよ」
僕が笑う。
「初めて来たときは僕もびっくりしたけどね」
すると。
西園寺先輩が、にやりと笑った。
「結城さん」
「はい?」
「まず最初に」
先輩は人差し指を立てる。
「コミックマーケットというイベントは」
一拍置く。
「ただ漫画を売る場所じゃない」
その瞬間だった。
慎太郎が小さく笑う。
「始まった」
「今年も始まったな」
長谷川くんも苦笑している。
「え?」
雫ちゃんが首を傾げる。
僕も思わず笑ってしまった。
「創作の話になると、先輩こうなるんだ」
「え?」
雫ちゃんが少し驚くも、西園寺先輩は構わず続ける。
「ここには漫画を描く人がいる」
「小説を書く人もいる」
「ゲームを作る人もいる」
「アクセサリーを作る人」
「評論を書く人」
「音楽を作る人」
「全部」
先輩は楽しそうに笑った。
「創作なんだ」
雫ちゃんは真剣な表情で聞いている。
「だからね」
「上手い下手は、もちろん大事だ」
「でも、それより先に」
「好きだから作る」
「その気持ちの方が、もっと大事なんだ」
その言葉に、雫ちゃんは小さく頷いた。
「はい」
「そして」
先輩は会場を見渡す。
「ここでは」
「誰も」
「『そんなもの作ってどうするの?』なんて言わない」
「みんな」
「『面白いね』から始まる」
少し照れくさそうに笑う。
「私は、その空気が好きなんだ」
雫ちゃんの表情が、少しだけ柔らかくなった。
◇
会場へ入る。
広いホール。
ずらりと並ぶサークル。
あちこちから聞こえる笑い声。
作品について語り合う人たち。
「すごい……」
雫ちゃんは歩きながら何度も周りを見回していた。
あるサークルの前で足が止まる。
一枚のイラストをじっと見つめる。
「気になる?」
西園寺先輩が尋ねた。
「はい」
「この背景……」
「遠近感が少し変わってる気がして」
その一言で、西園寺先輩の目が輝いた。
「おっ」
「そこに気付くか」
僕たちは顔を見合わせる。
また始まった。
「普通なら一点透視で描く構図なんだけど」
「この人は少しだけ崩してる」
「でも、なぜか違和感がないだろ?」
「なんでだと思う?」
雫ちゃんは真剣に考え始めた。
「えっと……」
「光……ですか?」
西園寺先輩は嬉しそうに笑う。
「正解」
「背景の情報量を減らして」
「視線を光に集めてる」
「だから崩れていても自然に見える」
「なるほど……」
雫ちゃんは何度も頷く。
さっきまでの緊張した表情は、もうほとんど残っていなかった。
好きなものの話をしている。
しばらく会場を歩き回り、休憩スペースで一息つく。
雫ちゃんはペットボトルのお茶を飲みながら、どこか嬉しそうに周囲を見回していた。
「雫ちゃん、コミケは楽しめてる?」
僕が聞くと、
「はい」
雫ちゃんは素直に頷いた。
「思っていたより、ずっと楽しいです」
「よかった」
その笑顔を見て、僕も嬉しくなる。
すると、不意に思い出した。
「あっ、そうだ」
「雫ちゃん」
「はい?」
「この前言ってた設定画」
「持ってきてる?」
雫ちゃんは少し驚いたように目を丸くする。
「……はい」
バッグの中から、一冊のスケッチブックを取り出した。
「でも」
「こんなの、人に見せるほどじゃ……」
「見たい!」
僕が言うと、
「俺も」
慎太郎が笑う。
「せっかくだし」
長谷川くんも頷く。
雫ちゃんは少し照れくさそうに笑ってから、西園寺先輩へスケッチブックを差し出した。
「お願いします」
西園寺先輩は静かに受け取る。
そして、一ページ目を開いた。
僕たちも横から覗き込む。
誰も話さない。
ページをめくる音だけが聞こえる。
一枚。
また一枚。
キャラクター設定。
服装。
武器。
町並み。
モンスター。
細かく書き込まれたメモ。
西園寺先輩は、一つひとつ丁寧に目を通していく。
やがて、静かに顔を上げた。
「結城さん」
「はい」
「ちょっと聞いてもいいかな」
「はい」
「この主人公」
設定画を指差す。
「どうして剣じゃなくて槍なの?」
「えっ?」
雫ちゃんは少し驚いたようだった。
「えっと……」
「この子、小柄なので」
「剣だとリーチで負けちゃうかなって」
「だから距離を取れる武器の方が」
西園寺先輩は頷く。
「なるほど」
次のページを開く。
「じゃあ、この服」
「袖だけ色が違う理由は?」
「この世界では」
「魔法が使える人だけ、その色なんです」
「なるほど」
さらにページをめくる。
「この町は?」
「山の中なのに、港がある」
「そこには理由が?」
雫ちゃんの表情が少しずつ変わっていく。
さっきまでの遠慮がちな話し方ではない。
「実は、この世界は……」
言葉が止まらない。
「昔は海だったんです」
「だから地形だけ残っていて」
「町の人はその名残で港って呼んでるんです」
「面白いね」
西園寺先輩が笑う。
「そういう設定、冒険心をくすぐるね」
雫ちゃんは少し照れながらも続ける。
「あと、この敵なんですけど……」
「最初は悪役じゃなくて」
「実は」
慎太郎が小さく笑った。
「すごい」
「こんなに喋るんだ」
長谷川くんも驚いたように頷く。
「学校じゃ見たことない」
僕も笑ってしまう。
学校では、いつも少し遠慮して話していた雫ちゃん。
でも今は違う。
好きなものの話をしている。
西園寺先輩は最後のページを閉じる。
少しだけ考えるように黙り込んだ。
そして。
いつもの穏やかな笑顔で言った。
「結城さん」
「はい」
「夏休みが終わったら」
「よかったら」
「現代文学研究会に入りませんか?」
雫ちゃんが目を丸くする。
「……私ですか?」
「うん」
西園寺先輩は頷く。
「絵が上手いから誘うんじゃない」
「設定が面白いからでもない」
少し笑う。
「君は、人の作品を見るのも好きだろう?」
雫ちゃんは少し考えてから頷いた。
「はい」
「だから」
「きっと向いてると思う」
「創作っていうのは、自分が作るだけじゃない」
「誰かの作品を見て、面白いと思うことも創作なんだ」
その言葉に、雫ちゃんは静かに聞き入っていた。
「うちの部はね」
西園寺先輩はみんなを見回す。
「小説を書く人もいる」
「ゲームが好きな人もいる」
「設定だけ考える人もいる」
「読んで感想を言うのが好きな人もいる」
「好きなことを好きって言える場所なんだ」
僕は一年前のことを思い出していた。
ラノベが好きだった僕は、クラスで少し肩身が狭かった。
だから廊下で隠れて読んでいることがあった。
それを見た西園寺先輩が、
『好きなことをするのに隠れる必要なんてないと思うぞ』
そして、今みたいに。
『自分でも書いてみたらいいんじゃないか?』
あの一言で。
僕は文研へ入った。
今度は。
その場所を、僕が誰かに紹介できた。
雫ちゃんは少し俯き、小さく笑った。
「……私でも」
「大丈夫ですか?」
西園寺先輩は即座に答える。
「もちろんだよ」
「創作が好きなら、それだけで十分だ」
雫ちゃんはゆっくりと顔を上げた。
「よろしく……お願いします」
「こちらこそ」
西園寺先輩は嬉しそうに笑った。
その横で慎太郎が小さく拍手する。
長谷川くんも笑っている。
僕も思わず笑ってしまった。
◇
帰り道。
夕焼けに染まる駅前を歩きながら、僕は空を見上げた。
去年の夏。
僕は、この場所で居場所を見つけた。
そして今年。
今度は僕が、その場所へ誰かを連れてくることができた。
臨海学校は終わった。
でも。
夏休みは、これからだ。
僕たちの夏も。
まだ、始まったばかりだった。
――第五章 完
――『イジメられっ子の僕がオタサーの姫になっちゃった?3』 完――
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
『イジメられっ子の僕がオタサーの姫になっちゃった?3』、これにて完結です!
今回は夏の臨海学校を舞台に、直人たちの楽しい夏休みを描きつつ、これまでとは少し違ったテーマにも踏み込んでみました。
一作目から少しずつ変わってきた直人ですが、今回の三日間でも、またいろいろなことを経験しました。
そして臨海学校は終わりましたが、夏休みはまだ始まったばかり。
直人たちの物語も、もちろんまだ続きます!
次回のオタサー姫4は秋を予定してます。
今度の舞台は――文化祭!
また直人たちに会いに来ていただけたら嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




