心の蓋を開けましょう
彼は私が本気を出さなくなってしまった理由が知りたいと言っていたので、過去と現状を全て話すことにした。
まず最初に言ったのは自分には鈴野亜莎紀と違う人生を歩んできた記憶があることだ。
彼は私が話終わるまで口出しはしてこないようで、驚いてはいたものの喋りはしなかった。次に話したのは、自分は普通の人よりも桁外れで、大抵何でも出来てしまうことを話した。
化け物とか言われていたことも、それから本気を出さなくなって他人から心を閉ざしたことも話した。
そしてこの世界が鈴野亜莎紀ではない私の世界にあった乙女ゲーム、『私が進む花の道』と言う世界と同じ世界だと言うことも話した。でもゲームのシナリオと現実は全くの別だと言うことも話した。
周りの皆が女神だの聖女だの言っている彼女も私と同じく違う人生を歩んできた記憶があることも話した。ゲームでは彼女は悪役令嬢と言う役割にいて、この世界がゲーム通りに進んでいくと信じきっていることも話した。ついでに貴方もゲームに出てきて、ゲームでは攻略対象キャラだよと教えてあげた。
彼女は無自覚で雪野木さん以外の攻略対象を攻略してしまったことも、そして、彼女が破滅フラグを折るために私と友達になろうとしていることも話した。
嫌で断ってもしつこくて、彼女のせいで私が周りからはいじめられていることも、それを誰にも言っていないことも話した。彼女は自分をゲームの自分と同じだと思っているようで、体が未だに弱い私の事をもうなおって健康だと言い張り、休もうと思っても休めないことも話した。
「それで何もかもめんどくさくなって屋上から飛び降りようとしたんです。これで大体話しました」
彼は無言になった。やっぱり、これは信じてくれなかったか。
と思ったらふるふると体が小刻みに震えていた。どうしたんだ。
「そいつ最低だな!よく今まで我慢したものだ。そんな奴が女神だの聖女だの言われてるのか?全て自分のためじゃないか。」
あれは怒りに震えていたようだ。初めて、人に話した。今まで何も感じなかったはずなのに、心が軽くなった気がした。
私のことで怒ってくれる人がいる。否定しないでくれる人がいる。なんで、こんなにも安心するんだろうか。
「怖がらないんですか?」
化け物の私を。
そう言うと、優しく笑って、
「怖がるわけないだろ。鈴野は鈴野だ」
私が、ずっと欲しかった言葉をくれた。誰も言ってくれなかった。綺麗事でも何でもない、本心からの言葉。私は…ずっと待っていた。貴方みたいな人を。
何を…考えているんだろう。めんどくさいはずなのに。…私らしくない。
「鈴野って本当に感情がなくなったのか?」
何を言っているんだろう。そんな、当たり前のこと。
「そう……ですけど…」
「ただ、感情を押し殺してただけじゃないのか?だって鈴野…今泣いてるぞ」
嘘だ。いつも泣くことなんて出来なかった。何も感じなかった、はずなのに。ただ、気持ちに蓋をしていただけだったの?
だって…今確かに私は、嬉しいと思っているのだ。
涙が、溢れてくるのだ。どうして…、とまらない。
ぽろぽろと溢れてくる涙を、彼は指ですくってくれた。優しく、抱き締めてくれた。
「頑張ったらお母さんは褒めてくれるかなって、思ったんです。最初のうちは褒めてくれて、もっと褒めてほしくて、頑張ったのに、怖いって、化け物って言われて…すごく、辛かった…私が私じゃなくなった…いつの間にか、心に蓋をしていたんです…」
一度思いが溢れると、もう止まらなくなってしまって、私の心はもう限界だった事に気がついた。心が悲鳴をあげていたことに気づいた。
誰かに、褒めて欲しかった。優しくして欲しかった。そう、思っていたのに誰からも避けていた。これ以上傷つきたくなかった。
「俺が、鈴野の味方になる。頑張ったら頑張った分だけ褒める。だから、これからは素直に生きていいんだ。今まで辛かったな」
いつもならダルい言葉も、彼が言うと信じられた。これからは、素直に生きていいの?
「いつか彼奴らを見返してやろう。そして鈴野にしてきた事をきちんと謝ってもらおう」
「ふふっ心強い味方ですね」
「えっ?」
いきなり大きな声を出した彼。どうしたのだろうか。
「さっき笑っただろ?今のもう一回!」
そんな事言われても困る。
死ぬのはまた今度でいいかもしれない。今は、まだ生きていたい。これからは逃げずに前を向く。ありのままの私で。
そんなときに彼が言ってきた。
「あ、そう言えば鈴野あと一週間入院するそうだ」
…………ダルい。
そんなことを考えながらも、早く治そうとひっそり思った。
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