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その造型は魂にも似て 作者:道化屋

第三章 曲がるか、折れるか

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3-2 重視すべきは

 見上げれば、夜空には幾本もの巨大なクレーンの影が横並び。その向こう側には青色と赤色の月がふたつ。仕事を終えた労働者たちが、酒場で一杯引っ掛けている時分だ。
 人気の失せた工場が並び立つ裏路地。俺は今、そういう所で座り込んでいる。周りには剥き出しの鉄骨ばかりで、漂うのは金属と油と潮の香りが混じり合った独特の匂い。時折、鉄を叩く甲高い音が聞こえてくるのは、居残り仕事をしている奇特な労働者がいるからだろうか。
 ここは、首都から駅四つ離れた造船街。

「奴があの建物の中に消えてから小一時間」

 壁の隙間から、ひょいと顔を出す。視線の先には二階建ての小屋がひとつ。

「どうやら、こっちの目論見通りに泳いでくれたようですね」

 独り言じゃない。俺が身を潜めているのは巨大な工場と工場に挟まれた狭い通路だが、さらに奥に入った所にもうひとつ人影がある。クライセン。今日の任務で俺の相方となった不幸なお嬢様。傍らには奴の【狩りは貴族の嗜み(フォックスハンター)】が一匹、本物の犬のごとく座り込んでいる。その鼻先は常に例の小屋へと向いている。

「あの中に『兄貴』とやらがいればいいんですが」

 銅像にでも話しかけている気分だった。任務が始まってからこっち、奴は徹底して俺を無視し続けている。全く嬉しい話だ。
 ――不良集団のアタマを捕まえて来い。
 これが今回の仕事だ。依頼主は警察。
 最近、この辺りで労働者が襲われ金を奪われる事件が多発している。
 証言によれば、犯人は俺と同世代の若造ばかり。ここいらを根城にしている不良集団の仕業――警察もそうアタリをつけて捜査を進めていたのだが、中々尻尾を出さない。だが先日とうとう殺しにまで発展した。それで警察も本気になった。
 そんな折り、集団の一員と思しき男をやっと一人捕らえた。しかし所詮は末端。尋問攻めにしても成果は上がらない。そう判断した警察はここで一計を案じる。

 要するに、釣りだ。

 ミスを装い、捕らえた男をわざと取り逃がす。そいつの足取りを追うことで連中の溜まり場を嗅ぎ付け、首謀者と思われる男を引っ捕えてやろういう魂胆なのだ。
 結果、ウチに依頼が来た。放った餌を見失うわけにはいかないからだ。【狩猟犬】(フォックスハンター)があれば、尾行失敗は起こり得ない。
 どこに逃げても絶対に嗅ぎ付ける模型(モデル)に覚えられたと知らない哀れな男は、今日の昼、めでたく警察から逃げ出し、俺たちはその足取りを追った。
 そして――今に至る。
 問題は奴が駆け込んでいった造船業者の事務所然とした小屋こそが奴らの隠れ家であるのかどうかなのだが。

「今、リーフィとシュレンが聞き込みも兼ねて裏を取っているところです。しばらくは、このまま待機ですね」

 別に返答は期待していない。一方通行で構わない。段取りさえ把握していてくれたらいい。

「……ふん」

 だが意外にも反応があった。背を壁に預けつつしゃがみ込んでいるクライセンが疎ましそうに首をもたげる。おそらく今日初めて、この女は俺をまともに見た。

「野良犬と同じ空気を吸わねばならない苦行が、まだ続くというわけね」

 ようやく口を開いたかと思えばそれか。ま、気持ちは解らないでもない。今日の配置に文句を言いたいのは俺も一緒だ。

「いい気味だ、とでも思っているのかしら」

 そのまま黙り込むかと思いきや、意外にも会話は続く。

「せいせいしているのでしょう? 目障りな男がひとり、ギルドに顔を出さなくなったのですから」

 誰のことか考えるまでもない。リヒトだ。

「仕事には差し支えると思ってますよ」

 いつも通り、嫌味をたっぷり混ぜて溶かして答えた。

「未だに信じられませんわ」

 クライセンは昏い瞳で俺を睨みつけている。

「けれど、現にお前に負けたという日から、私はリヒトの顔をほとんど見ていない……」

 思い出す。そう言えばリヒトは男爵家に居候の身だったか。

「失踪こそしていない。けれど、屋敷にいない間一体どこで何をしているのか、全く判らない。確かなのは、大量の酒瓶が部屋に転がっていることだけ」
「気になるならこうして後を尾ければ済む話でしょう? 自慢の模型(モデル)で――、ッ!」

 咄嗟に目を閉じる。顔に砂粒の群れが襲いかかった。クライセンが地面の砂利を俺へと向けて払ったのだ。

「っ……ぺっ」

 唇についた砂を吐き飛ばし、目を開ける。眼前には怒りを滾らせた似非淑女。

「信を置く仲間の行動を姑息に嗅ぎ回れと? 野犬にお似合いの下世話な発想だわ」

 下世話、下世話ね。ギルドメンバーを模型(モデル)で嗅ぎ回し、挙句秘密にしていた貧民街の廃教院のことを平然と人にバラしたのはどこの誰でしたっけね? ああそうか。俺はあんたの仲間じゃないもんな。下世話な真似をしても、一向に問題なしってわけだ。

「私はリヒトを信頼しているのです。大切な兄であり……親友なのだから」

 今まで黙っていた分を取り返すと言わんばかりの勢いだった。

「ハヴェスト家の没落が決定的になってからも私から離れて行かなかった、ただ一人の仲間」

 珍しい。このお嬢様が自分のことを語ってやがる。怒りで我を忘れているのか?

「その親友に屈辱を与えた男と組まされるなど」

 握りしめられた拳が震えている。

「貴族たるお方の都合とやらは、平民の俺には難しすぎて解りませんね。とりあえず文句なら団長に言って下さい。俺と貴方を組ませたのはあの人です」

 言い放つとそれきり黙り込む。この女と俺の数少ない共通点。それは、団長を尊敬しているということだ。名前を出されると弱いのだろう。
 ――火傷寸前の雑談に興じていられたのは、そこまで。

「なんですって?」

 クライセンが唐突に驚きの声を上げた。

「どういうこと?」

 何事かと振り向くと、これまで大人しく座り込んでいた【犬】が、その場でせわしなくグルグルと歩き回っていた。まるで目的を見失ったかのよう。

「何が起きたんです?」
「……例の男の居場所を見失ったようですわね。匂いが途切れてしまった」
「どういうことです?」

 お前の模型(モデル)は一度覚えた相手を決して見失わない。それが売り文句だろう。

「有り得るんですか、そんなことが」
「ひとつだけ」

 白い手で口元を覆う。

「獲物が死んでしまったなら、狩りはそこで終わりですもの」
「――――っ!」

 泳がせていた男が死んだ?
 咄嗟に裏路地から顔を出した。例の小屋に変化はない。相変わらず静かなもの。だがクライセンの言うことが正しければ、奴は今しがた死んでしまった。あの小屋の中で。
 想定外の事態が起きてしまった。
 どうする? 事情は判らないが、とにかく餌は失われてしまった。ならばここは。
 後ろで立ち上がる気配。クライセンが俺を追い越し、裏路地から出ようとしていた。おい待て、ちょっと待て。

「何を、するつもりです」

 慌てて静止する。

「まさか踏み込むつもりですか。アレが連中の溜まり場と決まったわけでもないのに」
「だから、何ですの? 手がかりを失っておきながら、指を咥えて成り行きを見守れとでも?」

 クライセンの言う通りだった。今の俺たちは、餌を食い千切られた釣り人なのだ。

「結び付けていた紐は切れてしまったのです。であれば別の紐を括りつけておく必要がありますわ」
「確かに、そうですが」

 いや、その通りか。例えあの中に奴らの頭目がいないとしても、他のメンバーの匂いさえ覚えさせておけば、またこうして溜まり場を嗅ぎ付けることは出来る。

「解りました」

 段取りを即座に頭の中で組み立てる。

「襲撃をかけましょう。リーフィやシュレンの到着を待って」
「まごついている間に取り逃がしては元も子もありませんわ。建物の出口が、ここから見えているひとつだけとは限らないのですから」
「ならば二人でやりましょう。お互い不本意でしょうが、貴方の身辺は俺が固めます。貴方は【狩猟犬】(フォックスハンター)で」
「……御免よ」
「は?」
「お前に護られるくらいなら、あえて傷を負うと言っているのです」

 クライセンが手を一振り。練られた幻料(ファテ)が奴の手から滲み出した。もう一体の【猟犬】が形作られていく。

「一人で突っ込むつもりですか? あの中へ」
「その通りですわ。お前は必要ありません」
「落ち着いて下さい。団長がわざわざ相性の悪い俺たちを組ませた理由を考えて下さい」

 クライセンの肩を掴んで、引き戻そうとする。頭を冷やせ。私情を挟むな、この馬鹿め。

【狩猟犬】(フォックスハンター)を維持している間、貴方は他の模型(モデル)を作れない。咄嗟に身を守る【盾】すらままならない筈だ」

 以前聞いた通りだとすれば、こいつは犬二匹の形成に、持てる幻料(ファテ)のほとんどを費やしている。しかもあれらは据え置き(ロング)。形を維持する為に常に幻料(ファテ)を食われ続ける。

「だから、何ですの?」

 肩を掴む手を跳ね除けられた。

「私には、頼もしき二匹の供がいます。幼き頃、父と共に野を駆け回った我が愛犬たちと同じ姿をした供が。この子たちこそ我が剣であり、盾なのです」
「数で押し包まれたらどうするんです。見知らぬ狭い室内だとしたら? 貴方自身は立ち回りが得意じゃない」

 この女は体術全般が不得意なのだ。

「それに」

 畳み掛ける。

「俺たちの最終目標である、連中の頭目。奴が幻料(ファテ)を認識している可能性は高い」

 よくある話なのだ。ふとしたきっかけで自分の中の幻料(ファテ)に気づいた野良創作家(クリエイター)が、不良共を力で纏め上げ、調子に乗ってデカイ犯罪を仕出かす、なんて事は。
 どんなに未熟であろうも、模型(モデル)を作れる相手に油断は禁物。

「それでも」

 クライセンは俺を憎々し気に睨みつけた。

「このままでいるよりも、余程居心地が良いに違いありませんわ。言ったでしょう? お前と同じ空気を吸うなど、苦行以外の何物でもないと!」

 言い捨てると、折り畳んだ日傘を握り締めて走り出した。敵陣の真っ只中へと、一人で。
 完全な、独断専行。

「あの女!」

 叫ばずにはいられなかった。
 どうする? 俺はどうするべきだ? 団長からはクライセンを護れと言いつけられている。奴が贔屓されてるわけじゃない。追跡任務においては【狩猟犬】(フォックスハンター)こそが要だからだ。
 失うわけにはいかない。だったら選択肢はひとつ。後を追い、小屋へと乗り込み、奴を護るのだ。何も連中を全滅させる必要はない。誰かの、特に頭目と思しき男さえ覚えさせてしまえば任務は達成したも同然。撤退だって可能。
 だから絶対に護らなくてはいけない。逆恨みを募らせ、執拗に俺を罵り続けるあの女を。
 入団以来、俺を汚点扱いし続けてきたクライセンを。

「…………クソ」

 顔の横にあった壁を殴りつけた。

「知った事か。勝手にしやがれ」

 護衛は要らないと、本人自らの申し出だ。ありがたく受けとってやる。責任は自分で取れ。俺は俺で勝手にやらせてもらう。
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