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次の日。
久しぶりに魔術を使った疲れか、起きてみるともう昼過ぎだった。
寝過ぎた所為か、頭がひどくぼんやりとする。全身も重い。だるい。なんでさっさと起きなかったのかと悔やまれる。
「おはようございます、お嬢様」
着替えていると、エリスが入って来た。
「おはよう」
「お嬢様にお客様がお見えです」
「客?」
「はい、ヒロセエリ様です」
「ヒロセ、エリ……ああ」
一緒に連れてきた子か。あの活発な方。物怖じしない子で、私に声かけてきたのもあの子の方だ。
「一人で?」
「はい。付き添いの神官様はすぐに帰られました」
もう一人の子は来てないのか……まあいいけど。神官様方もそう邪険には扱わないだろう、勇者様の友人達なのだし。
「分かった、すぐに行こう」
「そのお召し物で?」
「え、駄目?」
いつもの白ローブ。別におかしくはないと思うが……。
「駄目です。おかしいです。それは魔術士の証の白ローブではありませんか。お嬢様はもう魔術士ではありませんから、白ローブをお召しになるのはおかしいです」
「え」
「お聞きになってないのですか? お嬢様の称号は昨日をもって返上されています。今のお嬢様はただの良家のお嬢様です」
「ええ」
そんな勝手に、と思うのと同時に、ああやっぱりなと思う。
思い返してみればロクスさんも言っていた、『君の本質は使者だ』って。用が済めば、使命が終わればもう要らない存在。いくら世界最高の魔力を持っていったって、何の役にも立ちゃーしない。
「ですから、そのお召し物は駄目です」
「……じゃあ今日だけ。他に入る服持ってないし」
「お嬢様」
「いいじゃない、別に。新しい服買うまでのちょっとの間だから。家紋とかは見えないようにするし」
「そういう問題ではありません」
「そういう問題。お客を待たすのも悪から、もう行くね」
「お嬢様、」
尚も食い下がるエリスを無視して、私は待たしている客の元へと急いだ。
多分応接間に通されただろうと、応接間に向かっていると、
「あ」
「おや」
何故かばったりと廊下で会った。
「感心しませんね、人の家を勝手にうろつくのは」
「ごめんなさい。なんだかちょっと、落ち着かなくて……」
意地悪く言うと、エリは素直に謝った。服は白のシャツに赤のジャケット、茶色のズボンといった、何故か男性物だった――いや、向こうじゃ女性でもズボンを履くのは一般的だったか。こっちでは有り得ない事だけど。
「冗談ですよ。今日はどうしたんです? 何か困った事でも?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけど……」
俯きがちで、それに歯切れも悪い。こんな子じゃなかったと思うが、どうしたんだろう? 思い返せば、この子と会った時の第一声は「あなたが変な人?」だったもんねぇ。いきなり身知らずの人間に失礼な子だ。
しかし、まあ……いきなり異世界に来て戸惑わない方がおかしいか。
「そうですか、じゃあ私にちょっと付き合って貰えませんか?」
「え?」
「これからちょうど、買い物にでも行こうかとしていた所なんです。一緒に如何ですか?」
「いいの?」
「一人で行ってもつまらないですしね、なにか美味しい物でもご馳走しますよ」
「本当!?」
「お口に合えばいいですが」
「ううん、すごい楽しみ!」
エリはそこで、ようやく笑ってくれた。
まるでお日様みたいな暖かい笑顔。その笑顔を見るだけで、私は癒された。
「それでは行きましょうか」
「うん!」
私はシャツが好きだ。こう、ボタンが大きくてはっきりとしたシャツ。色は茶色とか黄色とか、まあ緑も好きです。それに焦げ茶色や紺色といった濃い色のロングスカートが私の定番。
「ここってスカートばっかりなのね」
馴染みの衣料店の中をきょろきょろ見回しながら、エリが言った。どうやら彼女の趣味には合わないらしい。
街の中心街の一角。高級店ではないが生地は上等な物を使い、デザインも洗練された上品な物が多いこの店。向こうで言うバーバリー、シャネルといった高級ブランドと、ユニクロ、島村屋の間って所のお店にて。
「この世界では女性はスカートを履くものです。よく用意してくれましたね、そのズボン」
あの頭の固い神官共がと、感心する。店もはっきりと紳士服と婦人服の店は分かれている。同じ店で両方売ることすらしない世界なのに。
「そうそう、結構揉めたんだから! なんかこう、はっきりと駄目だとは言わないんだけど、用意してくれないのよね」
「彼ららしいやり方ですね」
「でもあの執事っぽい人が」
「執事?」
「あ、違う、あの、えーと、あの眼鏡の人! 金髪の!」
「アシュレイ、ですか? 昨日出迎えた神官ですよね?」
「そうそう、その人が用意してくれたの」
「へぇ……」
なかなか良いとこあるじゃないか。なんて、感心したのも一瞬。
「で、暇してるだろうからエレンの所でも行って、服とか揃えておいでって」
「……へぇ」
あの野郎。なら私がクビになった事を知っているという事。ちょっとは落ち込んでいるかも、なんて想像できないのかね、あいつは。落ち込んでいる時はそっとしておいて欲しい。
「本当は瑠璃も誘ったんだけど、本読んでるって。あー、だから瑠璃の分も買っとかなきゃ。まあ瑠璃は何着ても似合うからいいんだけど」
「あなただって何着ても可愛いですよ」
「ありがと」
はみかみながら、エリは手近にある服を取った。
白と青のワンピース。なかなか良いんじゃないかと思う。
「……うーん、あたしってばスカート本当に履かないのよね。こういうの好きだけど、絶対レギンスとか履くし。生足とか無理。絶対無理」
「ふーむ、レギンスですか。ストッキングならありますよ。黒とか色が濃いのも」
「嫌。ストッキングは嫌」
エリはワンピースを握りしめたまま、ふるふる首を横に振る。
似たようなものじゃないか。我が儘だなぁ……。
「あのぅ……」
「あ、はい」
店員さんがみかねたのか、声を掛けてきた。
「もしよろしければ、その『れぎんす』とやら作ってみますけど、如何ですか? よかったらどういう物か教えて下さい!」
「え、いや、そこまでは……」
無いから作ろうなんて、ちょっと大げさじゃないか。別にそこまでしなくても……。
「そんな、是非!」
店員さんは意気込んでいる。拳を握りしめ、訴える。
「お客様方はあの、異世界の方ですよね、よ、良かったら向こうの世界の服も教えて下さい! あたしもう、興味津々で!」
「ええ……」
面倒臭い。というか、情報早いな。もう公開されているのか……ふむ。
嫌がる私とは対照的に、エリは乗り気だ。
「本当に? いいの? あたし何すればいい?」
「そうですね、よかったら紙を持ってきますから、絵に描いてもらっても大丈夫ですか?」
「勿論!」
ええ……面倒くさいなぁ……。
店員さんとエリは頭を付き合わせ、盛り上がっている。「成る程」とか「おお」とか歓声が上がっている。私はもう、ご飯食べて帰りたいんだが……仕方ない。置いて帰る訳にもいかないし。
もう一人の店員さんが申し訳なさそうに出してきた椅子に腰掛け、私は二人の盛り上がりが治まるのを待った。
「ごめん、お待たせ!」
「いえいえ」
すっかり遅くなって、もう夕方に近い。外を見れば暗い。空腹はもう通り過ぎ、何にも感じない。
「今日はありがとうございます。早速明日からこれを基にして作ってみます! 出来上がり次第お持ちしますから、是非感想を聞かせてくださいね!!」
「うん、楽しみしてるからね!」
「はい!」
店員とエリはすっかり意気投合している。まあ、悪い事ではないけど。
「ありがとうございました~」
店を出ると良い匂いに包まれる。現金なもので、そうすると忘れていた空腹が思い出される。
「では帰りましょうか。神殿まで送りましょう……でもその前に、何か買って行きましょうか。お腹空きましたね」
「あはは……ごめんね」
「構いませんよ。そうだ、ついでに勇者殿やもう一人の女の子の分も何か買って行きましょうか。好物とか分かります?」
「いいわね、それ。そうね、瑠璃は甘い物が好きよ。拓馬もああ見えて、って言ったら怒られるけど、拓馬も甘い物好きなのよ」
「甘い物ですか」
私の苦手分野だ。
「エリも好きですか、甘い物」
「勿論! こっちの世界のお菓子ってどんなの? すごい楽しみ!!」
「……いや、そんなに期待されても大して変わらないですよ? 昨日や今日もご飯食べたでしょう? そんなに驚くくらい変わった料理はなかったと思いますけど」
「んもう、人の期待を速攻で裏切らないでよ! でも、それなら不思議ね。飲み物とかも結構同じ物があったし、なんか異世界じゃないみたい」
「まあ、でも同じ人間が居て、植物も動物も同じ物が居れば同じ物ができても不思議ではないでしょう」
多少姿形は異なるものの、動植物は向こうの世界の物と一部そっくりそのまま。名称まで同じ……って、これはただの翻訳機能の所為かもしれないが。
「えー、つまんないー」
「そう言わずに。ああでもこっちは魔法とマグニがありますよ。あっちにはないですよね?」
「確かに無いけど……」
何故不満気なんだ。
なんて事をああだこうだと言っている内に、寄り道の場所に着いた。
店の名前は『フルージュ』。店名の看板だけ出ている小さな店だ。昔からよく使っている店で、母のお気に入り。母も菓子作りはよくするが、この店のお菓子も好物でよく買ってきている。
「うわぁ、可愛い~ これなんてケーキ?」
文字までは翻訳してくれないようなので、代わりに読み上げる。
「えー、季節のフルーツタルト、桃のケーキ、ラズベリーパイ、レレルのタルト、フルージュケーキ」
店の中は向こうの世界のケーキ屋さんと変わらない。冷蔵機能のついたケーキを並べるガラスのショーケース。棚にはクッキーなどの焼き菓子が並んでいる。
「やっぱりおすすすめはフルージュケーキ?」
店の名前を冠したケーキ。当然おすすめだろう。
この世界ではチョコレートの原料、カカオは貴重だ。そのカカオをふんだんに使ったチョコレートケーキ。それがフルージュケーキ、値段も割高だ。
「そうですね。こっちじゃチョコは貴重品ですから」
「このレレルってどんな果物?」
くし形にカットされた青色の果肉。いつも思うけど、青色って食べ物の色じゃないよね。
「そうですね、サクランボが青くなって、もっと大きくなった感じです。食感はマンゴーで、味はサクランボですね」
「ふぅーん、じゃこれにしよっか。異世界っぽいし」
「これ下さい」
「あとねー、これとこれと、これ」
エリは順々に指さしていった……なら最初からそう言えよ。
「……一種類ずつ全部下さい」
「ありがとうございます~」
さて買うものも買ったし、行くか。彼は元気にしてるかな? たったの一日ぶりだけど。
神殿の最下層に彼の部屋は用意されていた。
「……よぉ」
出迎えてくれた彼は随分と疲れているようだ。覇気がない。
「お疲れのようですね」
「ああ」
「お疲れ様です」
「ああ……入れよ」
ドアを大きく開けて彼は部屋の中に戻っていき、そのままソファにぐったりと腰を下ろした。恨み言の一つでも言われるかと思ったが、彼は文句も愚痴も何一つ言わない。疲れているだけかもしれないが、元々そういう人間なのかも。
エリはルリを呼びに行って、今この場には居ない。二人きりだ、少々気まずい。
「……失礼します」
部屋の調度品はどれも見事なもので、生活に必要な物は全て揃っている。不自由はなさそうだ。
テーブルにケーキの箱を置きながら、お茶の準備をする。
「これお土産です。エリとルリが来たら皆で食べましょう。飲み物は何が良いです?」
「コーヒー」
えーと、エリはリンゴジュースにルリは紅茶だったっけ。私は……コーヒーで良いか。
向こうの世界の冷蔵庫や水道とは勿論全く違う原理だが、似たような機能を備えた物は存在する。それに果汁を粉末にしたジュースの元もあって、飲み物は簡単に用意できる。
「お口に合えばいいですけど」
「ああ……」
「……」
降りる沈黙。気まずい。なんだろう、すっごく気まずい。
私は、だからという訳じゃないが、つい口をすべらしてしまった。
「君は……輪廻転生を信じますか」
なんて馬鹿な事を言ったんだと、口にした瞬間に後悔する。
今更、私は、何言ってんだろう? 馬鹿じゃないか!?
「……あ?」
彼は当然の事だが、何いってんだこいつみたいな顔で私を見た。全くその通りだと思う。
これで二章終わり! 次はまた勇者サイドからお送りします。
あけおめ!