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昨日寝たのが何時なのか、正確な時間は分からなかった。何故ならこの部屋には窓がないし、時計もない。
今日の(多分)朝はあの白眼鏡がやって来て、着替えを渡され、これからのスケジュールを言い渡された。午前中は勉強、午後は屋上(?)での鍛錬。夕方からは自由時間。正し部屋から一人で勝手に出ないようにと釘をさされた。
んで、一日目。
この世界の事について習った。文字は何故か読めた。ミミズがはたくったようにしか見えんが、読もうと意識すれば読めた。理由は分からん。
昼食は最初に通された部屋で、広瀬達と一緒に飯を食った。味付けは塩胡椒でシンプルなもの。素材の味を引き出すってヤツか。なんつーか、期待していた程奇抜な野菜や調味料は出てこなかった。ちょっと形が変わってるかな? ぐらいの変化で、正直がっかりだ。
昼食の後は鍛錬、剣術を習った。基本的な型を習い、それをえいえんと繰り返す。無心になった。いつの間にか身体が勝手に動いていた。心地良い時間だったが、同時に少し、気味が悪かった。終わって振り返ってみれば自分だと思っていた自分の上に被るよう、誰かが居た感覚がわき起こった。あれか、生まれかわりってヤツか。マジかよ?
「君は……輪廻転生を信じますか」
と、少しばかりぼんやりしていた所に、あのクソ女のこの発言。こいつは、どんだけ空気読まねぇんだ!? つーかお前だろ、勇者の生まれかわりだのなんだの言い出したのは!?
「……あ?」
しかし言い返す気力もわかず、ただ見返せば、
「あー、……なんというか、その……」
クソ女は動揺している。初めて会った、あの余裕しゃくしゃくな生意気な態度は何処へ行った?
深いため息一つ。女は観念したようにぺらぺら喋り始めた。
「君の世界では魂の在り方は様々ですが、我らの世界では違います。魂は力の一つであり、一種のエネルギー源でもあります。全てのものには等しく魂が宿り、死すれば空へと還り、アガスティアを護る大いなる流れへとなります。そして、また生まれ出でる」
それは、つまり生まれかわりという訳じゃないのか?
「エネルギー体なんです。君の世界の魂とは違う……」
ため息混じりにクソ女は言った。なんだよ、オレはそんなに分かりやすいか?
「記憶とは身体に刻まれる刻印。感情とは記憶によって揺り動かされる波紋。なんていうか、君の世界では魂に価値が置かれていましたけど、ここではそうでもないんです。むしろ肉体にこそ価値が置かれます。だから火葬とか鳥葬とか、初めて見た時は衝撃でしたね……ああ、つまりですね、転生というのは有り得ないんです。肉体が復活するならともかく、魂だけの転生なんて有り得ない……私の世界ではね。君の世界では違いますけど。だから、勇者様は向こうの世界に、転生されたのかなと、今ふと思ったんです」
つまり、こいつは何が言いたいんだ?
「……忘れて下さい。君が勇者様の生まれかわりである事には違いありません。向こうでは魂が視づらかったですけど、君の魂だけはよく視えた……それに、神官様に見せられた勇者様の魂と君の魂は色も形も、波長でさえも寸分違わない。まさしく、君は勇者様の生まれかわりです」
「お前、何が聞きたいんだ?」
「……ですから、ね、」
クソ女は自分から振った話題の癖に、逆切れを起こし始めた。
「忘れてください! ちょっとした失言です! 失礼しました! それにしても二人は遅いですね、私ちょっと見てきます!」
おまけにすげーわざとらしく退室。
なんだあいつは。言いたい事だけ言いやがって。訳わかんねぇよ。つまりなんなんだ? オレは勇者の生まれ変わりじゃないのか? だったらなんなんだ、この文字が読めたり身体が勝手に動くような気色悪い感覚は。
文字はもしかしたら、広瀬達も読めるかもしれない。言葉は通じていたしな、確認する価値はある。昼食の時はオレは疲れていたし、二人の様子はどこかおかしかったからろくに話もできなかったが、あのクソ女が居ればちったぁ違うだろう。
なんてうだうだ考えている内に、オレの意識は闇に沈んだ。
起きた時、部屋には誰も居なかった。時計も窓もないこの部屋ではあれからどれくらいの時間が経ったか分からない。テーブルの上のケーキ箱はそのまま。箱を開けてみると、中には青色の果実が乗ったケーキが一つ。流石に皆で食べようとしていたのに、買ってきたのがケーキ一切れってこたぁないだろう。持って帰ったのか、ここで食べていったのか……どちらにせよ、起こしてくれても良くないか? 何故オレの分だけ置いてこっそりと帰っていく? どうせなら一緒に食えば……聞きたい事も色々とあった。話したい事も。別に寂しい訳じゃねぇ。寂しくなんか、ない。ただ、なんだ、なんだよ、面白くないだけだ!
あれから数日。世界についての講義と鍛錬の日々。
世界についての講義といっても面白くともなんともねぇ。この世界の歴史といえば、ただ何代目の王様がいつ死んで誰が後継いだとか、歴代の神官長の名前とか、そんなんばっかし。後は芸術・文化の流行廃りとか。なんとかが発明されたとか、制度が変わったとか、そういうのは一切なし。
元々この世界は切り離された世界だという。汚れた大地を捨て去り、アガスティアという賢者が勇者とともに創り出した世界。大地を汚してしまったのは人間の傲慢が原因で、それに反省したアガスティア達指導者は「賢者の教え」という、シンプルかつ絶対的なルールを作った。
そのルールとはただ一つ、『世界と調和すること』。
要するに、あるもので頑張れってこと。俺はそう解釈した。
人間ってのは罪深きもので、そういや倫理の授業で性悪説だの性善説だのあったっけ?この世界では性悪説を採用。人間ってのはどうしようもない生き物で、己の欲望に忠実でその欲望は果てなく深い。だから、己を律する必要があると。
まあ、どこにでもある話だよな。珍しくはない。ただこの世界のすげーところは、実際にこの教えを今までちゃんと守ってきたこと。だからだろう、この世界にやって来てから発明も発見もないのは。
なんてつまらない世界だ。
俺は正直、講義を受けながらそう思った。
あのクソ女もそう思ってるだろうし、だからこそ初めて会った時あんなふざけた態度だったんだろうと、今はそう思う。
で、だ。
「勇者殿を放しなさい!」
「馬鹿を言え。誰がそう簡単に放すものか、折角手に入れた切り札を」
この状況はなんだ?
目が覚めて気づくと、オレの自由は全て奪われていた。足首をくくられ、手首をくくられ、おまけに目隠しと口には猿轡。麻袋のような、目の粗い丈夫な布袋の中にオレは入れられていた。居心地は最悪だ。
「お前は阿呆か、馬鹿か。苦労して手に入れたものを、たかだか声をかけられた程度で手放すか。阿呆だな。返して欲しければもっと差し出すがいい。その差し出し物が見合うものならば、俺は喜んでお前が返せというものを返そう。最も俺を満足させることは難しいがな」
野太い野郎の声。オレを担いでいるヤツか。不遜な野郎だ。しかしいいガタイをしているのはよく分かった。何せこのオレを軽々と担いでいる。おまけに袋越しに伝わる感触はすげー硬く、広い。
「くぅ、世界の理を恐れぬ不届き者が、何を偉そうに!!!!」
「お? 差し出す気になったか?」
オレを担いでいる男は身体を震わせ、笑う。
「失望させんでくれよ、お前らはただ祈っとるだけだと、失望させてくれるなよ」
「だ、黙れ!」
「はっはっはっはっは! 威勢はいいが、震えているじゃないかお前。剣を持つのがそんなに恐ろしいか? 世界の理とやらを守るのが使命なのだろう? そんな弱腰でどうする? それとも、今まで相手にしてきたのは剣を持たぬ者ばかりだったか?」
絶望的な状況。見えなくても分かる。俺を担いでいる野郎に彼らは勝てないだろうと。俺はこのまま訳も分からないままどこかに連れ去られるんだ。しかし、世界の理を恐れぬ不届き者? 犯罪者か? 講義の中では一言も出なかったな。
状況を変えたのは、知った声の持ち主だった。
「神官は祈りが使命、剣は我らが魔術士の使命。理を知らぬ者は哀れですね」
あのキザ眼鏡野郎。後ろの方から聞こえた。野郎がぐるりと振り返り、オレは遠心力というものを身を以って体験した。
「ほうほう、その赤色のローブは魔術士の中でも宮廷魔術師の証! これはこれは、なかなかいい差し出し物だな。ふむふむ、楽しませてもらおうか」
「まずは勇者殿を放しなさい。もし万が一の事があればアガスティアは滅亡してしまいますよ」
滅亡って、そんな大げさな。勘弁してくれよ。つーか、俺は何の為に喚ばれたんだ? そういや何も聞いていない。魔王でも復活すんのか?
「はっはっはっはっはっは! 滅亡か! それもいいな! 我らは反乱軍。こんなつまらん灰色の世界なら滅んだ方がましだ。滅ぶ時ぐらいは鮮やかだろうよ」
大男の言葉を聞いて、不謹慎ながらオレはほっとした。
ああ、やっぱりか。やっぱり居るんだ、この世界をつまらないと感じるヤツは。反乱軍、ってことはそこそこ規模が大きいのか?
「世界の理を乱す賊共が。勇者殿のお手を煩わせるまでもありませんね。ここで滅しなさい」
「はっ、そう言うからには楽しませてくれよ! 最近ちと運動不足でな!」
白眼鏡の挑発に、大男はあっさりと乗りやがった。
白眼鏡。そこでオレは唐突に気づく。そういえばオレあいつらの名前知らねぇ。
「おおおおおっ!」
大男は俺が入った袋を置いて、白眼鏡に突進。ずどんずどんと振動がすげぇ。一体何キロあるんだ、こいつの体重。
ともかく、じっとしているのはオレの性にあわねぇ。腕は動かないが、足は辛うじて動いた。閉じ口はどこだと、動く。もしかしたら開くかもしれない。
!!!!
唐突に響く轟音。揺れる地面。小さな欠片が袋越しに飛んでくるのが分かる。癪だが、袋詰めの状態で良かったと少しだけ思う。
!! !! !!
何かの魔法だろうか、爆発音は立て続けに起こった。続けて硬い金属同士がぶつかるあのイヤな音。戦いは激しさを増していく。
「それ以上暴れるのはお止めなさい。神殿に穴開けたいんですか、あなた方は」
クソ女の声がした、それもすぐ近くで。
「エレンフリート? 何故あなたがここにっ!?」
「ほぉう、お前があのエレンフリートか」
白眼鏡はあせっており、大男は嬉しそうだ。
「エレンフリート・ファーレンハイト、感謝するがいい、己の窮状に。お前の偉大なる兄に。この二つのうちどちらかが欠けていればお前はここで殺されていた。この俺によってな……あ、三つ目だ。お前と遭遇したのが俺であった事も感謝するがいい。俺以外の人間ならお前、殺されていたぞ」
「――戯れ言を」
クソ女のこんな声、初めて聞いた……すげー冷たくて、こ、怖くなんかねぇぞ!
「あなたは下がりなさい! そんな状態のあなたに何が、」
「てめぇは黙ってな!」
「ぐぅうっ!!」
重たい物がぶっ飛ばされる音。それきり白眼鏡は沈黙した。大丈夫か、あいつ?
「さて、ではそれではそろそろ帰るか。今日はお前の相手はできんからな、勇者を渡せ」「それは私の台詞です。彼の姿が見えませんが、一体何処に隠したんです?」
! ここだー!!
すっかり話に聞き入っていて、止まっていた動きを再開する。
「っ!」
近くで何かが倒れる音がした。どうやらクソ女がびびってこけたらしい、いいざまだ。
「はっはっはっは! その袋の中さ! 流石勇者! 活きがいいな!」
人を魚みたいに言うな! そもそもてめぇだろ、オレをこんなのにしたのはっ!!
「……びっくりした」
クソ女の声は呆然としている、さっきまでの冷ややかな声とはまるで別人だ。
そんなに驚く所か、ここは!? つーかこのクソ女、こんな袋が転がっている事をなんとも思わなかったのか? おかしいだろ、こんなデカイ袋が転がってるのは! ……いや、袋に人が入ってるのは確かに普通じゃねぇな。
「さて、遊びはここまでだ。帰るとしようかね。さあ、勇者を渡せ」
「勝手な事ばかり言いますね」
「ふふん、人間とはそんなもんだ」
「それは、確かに」
つまんねぇ事言ってないで、さっさとオレを自由にしろ! オレはこんな袋の中で、じっとなんかしてられねぇ! つーか、オレは勇者だろ!? オレには力があるんだろう!?
クソ女は、オレがじたばたと暴れ、存在を主張しても無視しやがった。足音で分かる、コツコツと、クソ女は静かに素早く大男に向かっていった。
「ふん、残りカスのお前に何ができる?」
「確かに今の私には魔力はほとんど残っていませんが、だからといって大人しくお見送りはできませんね。大人ですもの」
「ははっ、影で人が斬れるかな?」
「あなたで試してみましょう」
挑発の応酬が続くが、斬撃音も爆発音も何一つ聞こえず、まるでダンスでも踊っているように軽快な足音だけが響く。
「面白い、が、言っただろう? 今日の俺はお前の相手はできん。それよりも、」
一瞬の無音。なんだ、何が起こった!?
「後ろに気をつけた方がいいと、もう遅かったか」
どさりと倒れる音。お前らそんなんばっかしだな! 侵入されるわ好き放題されるわ、スゲ―不安。
「俺が内通者だと、気付かれたらどうするつもりだ。余計な危険を冒すな」
新しい男の声だ、聞き覚えがない。
をいをいをい、内通者? あれか、スパイ? 大丈夫かよこの世界、いや、国?
「なに、それもまた面白そうだと思ってな。エレンフリートはどうやら我らに近い考えを持っているらしいしな、お前の顔を見たらどんな反応をするかと思ったら、ついな」
大男はそこでわざと一呼吸置いた。まるで誰かによく言い聞かすように。
「なあ、宮廷魔術士のクライブ・ロイエンタール殿よ」
知らない名前だ。当然か。オレがこの世界で知っている名前といえば、エレンフリート・ファーレンハイトとそれに、それにアガスティア。
アガスティア。
それはある女の名前だった。世界の名前なんかじゃねぇ。賢者だと? 一体いつから、いつからアガスティアはそんな大層な響きになったのか? って、おいおいおい、これはなんだ?
目眩がする。オレの頭の中は一体どうしちまったんだ? アガスティアって、それはこの世界の名前。聞き覚えはある。ありまくり。何度だって聞いた。そいつがこの世界をこんなのにしたヤツだってことも。だから、大層なヤツなのだ。それはそうだ、軽く創造主じゃねぇか。オレは一体何言ってんだ? 大層な響きだって? いつからって? そんなの、この世界が始まった頃からだろう? オレこそ何言ってる。
「さっさと行け」
「お前に命令される筋合いはないのだがな、まあ、十分に楽しんだ。仕事に集中しよう」
大男はそう言うと、オレが入った袋に近づいて、持ち上げた。
「開け」
大男の声。これも何かの魔法か、それともマグニとかいう超能力か。大男の言葉と同時に微かに空気が震えた。気のせいかもしれないが、何かが開いたようだ。
「伝言はなにかあるか? 伝えておくぞ」
「何もない。早く行け」
「へいへい、相変わらず愛想のない奴だな」
ぐにょり。
生温いゲル状のなにかに、触れた。気色悪過ぎて鳥肌物だ。袋越しで助かったが、気色悪いのには変わりない。
あっという間だ。数秒程進んだだろうか、そのゲル状の中を通り抜けると、オレは下ろされた。
硬い地面の感触。神殿の石の感触ではなく、乾いた土の感触だ。
「おっ帰りー、ロイ君! 勇者様は? その袋の中? まさか失敗って事はないよね? 俺一人で十分だ!って、あれだけ息巻いて出て行ったのにね! もし失敗してたら大笑いしてあげる、あはははっ!」
甲高いガキの声。大男に一切口を挟ませず、一気にしゃべった。
「お前その一気に喋るのやめろ、疲れるから」
げっそりとした調子で大男は言った、全く同感だ。イラッとする。
イラッとしている間に、袋の口が開いた。
冷たい空気が流れ込んでくる。中と外との気温差が激しい、ぶるりと震える。
大男の手によって、オレは外へと引っ張り出された。
「お? お? おお? これが噂の勇者様? 聞いてた通りの顔だねー、全然似てないや。黒い髪に大きな身体! 金髪碧眼で細身だっていう勇者様とは大違いだね!」
うるせぇ。
大男は相手するのが面倒くさくなったのか、無言のままオレの拘束を解いていく。腕がとれ、足がとれ、最後は目。
真っ青な空と眩しい光を想像してみれば、そこは薄暗い灰色の世界だ。そして、オレの顔をしげしげと覗き込む金髪碧眼の少女がどアップであった。
「!」
ぎょっとしてのけぞるとガキはケラケラと笑う。ムカツクくそガキだ。
「初めまして、勇者様! あたしはアスティよ」
名乗りながら、ガキは手を伸ばしてきた。華奢な手だ、ちょっとでも乱暴に扱えば折れてしまいそうな、細くて小さい腕。
アスティは年の頃なら14,5の金髪碧眼の美少女。ややつり目で、猫みたいな印象を受ける。服装はまるで踊り子のような、緑を主とした生地が少なくて色っぽい服。胸ペタのアスティが着ても色気はゼロだが、不思議な事に妙に似合っている。
「そういや俺も自己紹介がまだだったな。俺はロイだ、よろしくな」
大男を改めてみると、やっぱり大男だ。オレよりも頭一つ分は高く、ガタイもめっちゃいい。ムキムキだ、どう鍛えたらあんな筋肉になるっつーんだ? 着ている物は山賊、モロ山賊の親分。
「ああ……」
アスティの差し出された腕を取りながら、オレは立ち上がる。
見渡してみると、そこはくすんだ空と大地が広がる世界。寒々しい世界だ。ちょうどオレ達が立っている場所が小高い丘になっており、向こう側まで見渡せた。遠くには青い空と、その下に広がる島々と白い雲海。この場所とはえらい違いだ。
ぼんやりと風景を眺めていると、閃光が走る。
「あーなーたー達! 勇者様はひどくお疲れのご様子、早く休んで頂かないと」
そして女が唐突に現れた。辺りに建物はなく、目の前はただの荒野、一体何処から――
「げ、おばちゃん!? どっから湧いて出たの? こっちは読んでないんですけどー」
アスティはおばちゃんと言ったが、現れた女はまだ若い女だった。年は二十代後半といった所か、やや垂れ目でどこか眠たそうな顔をしている。アスティと同じで金髪碧眼。服装は神官みたいなローブで、いかにも堅物そう。胸もぺったんこでくびれも何もありゃしない。
「んま、誰がおばちゃんですの!? 私はまだ19歳です!」
「老けて見えるからおばちゃんなんじゃん! ねー、勇者様!」
ノーコメント。だが確かに、19には見えねぇな。オレと一つしか変わらないのか。
「遊んでないで行くぞ、皆がお待ちかねだ」
「はーい」
「んまぁ、ロイまで失礼ですわね! 私は――」
何かを言いかけた女はそこではっとしたようにオレに目を向けた。
「これはお見苦しい所を、失礼いたしましたわ。私はアスベルと申します。以後お見知りおきを、勇者様」
「あ、ああ」
優雅な一礼に戸惑う。
「では、失礼いたしますわね」
アスベルは指で何か文様を描いた。すると、眩しい光が視界を覆い、次の瞬間には、
『お帰りなさい勇者様!』と、でかでかと書かれた横断幕が吊された、大きな部屋の壇上に立っていた。壇上の下はまるでパーティー会場、各テーブルにはたくさんのご馳走が並んでいる。何人居るかは分からないが、百人はゆうに超えているだろう。年寄りから子供まで、たくさんの人間が居る。
「な、なんだこれ」
「君を歓迎する会だよ。お帰りなさい、っていうのが適切かどうかは分からないけどね」
壇上に立っていた一人の男が進み出た。どっかで見たような顔だ。またデジャブか?
「初めまして、ボクはギルベルト・ファーレンハイト」
ファーレンハイト。聞き覚えのある名だ、忘れるはずがない。
「妹が世話になったね、あの子は元気かな?」
あのクソ女の兄貴か! 髪は茶色、目は茶色で似てないが、顔の造りはどことなく似ている。服はごく普通のシャツにズボン。素っ気ない。ついでにこいつ、存在自体が素っ気ない。淡々としている。今だって妹の話だっていうのに、全く表情が変わらない。なんだこいつ? 機械じみた無表情とはまた違う。
「あ、ああ、元気だ」
面くらいながらもオレは答える。なんというか、顔は似ているのに中身は全然違う。クソ女はむしろ表情豊かだ。呆れてみたり馬鹿にしてみたり怒ってみたり。顔が似ているだけに、なんつーかすげー違和感。
「はーい、積もる話は後後! さあみんな、いっぱい楽しんじゃお!」
アスティにぐいぐいと背中を押され、オレは前に出た。やめろ、落ちるだろっ!
「勇者様、こちらをどうぞ」
アスベルが大げさな動作で、盆に載ったグラスを勧める。
酒っぽいな、オレ未成年なんだが、どうするか? いや、ここで断るのもなんだしな、ああ。なんたって異世界だし! いいよな?
オレは疲れているのかもしれない。そりゃそうだ、攫われたばかりだ。平気な方がどうにかしている。戸惑いながらも、誘われるがままにオレはグラスを取った。お前らはなんだんだとかオレをどうするつもりだとか、そんな当たり前な事も聞けずに、オレは杯を取った。
「乾杯」
オレがグラスを受け取るのを見計らい、ギルベルトが言った。
「かんぱーい!」
アスティのはしゃいだ声が後に続き、
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯っ」
「乾杯ー」
「かんぱい~」
「「乾杯!!」」
「「「「乾杯!!!!」」」」
次々と唱和していく。
活気に満ちあふれている。神殿とは大違い。あそこは静かで仕方なかった、ここに比べると全然違う。あそこにはなかった、活気と言うヤツにここは満ちあふれている。
だからだろう、オレは気に入っていた。あの辛気くさい神殿よりも、名前すら知らない白眼鏡の野郎よりも。
「うん、みんなで飲む酒はなんでも旨いね。最高」
グラスを空にしながら、ギルベルトは何の感慨もなさげにだが良い事を言った。もし本当に旨いと感じるならもっと旨そうな顔しろよ。
「ほら、勇者様も飲んで飲んで!」
アスティのグラスも空だった。アスベルも、ロイのグラスも空だった。
だからという訳じゃないが、オレは自分のグラスの中身をぐいっと、飲み干した。
なかなかにきつい酒だ、口ん中が辛い。頭が沸騰しそうだ。未成年に飲ます酒じゃねぇだろうと思ったが、そういう気遣いはされた所で逆にムカツク。
「さっすが良い飲みっぷり! はらもう一杯!」
アスティは調子良くオレに杯を勧めた。オレも調子に乗って受け取り、一気飲み。
視界がぐらりとまわる。だが同時に視界が急に広くなったような、そんな開放感。そして、オレの意識はそのまま開けた世界へと拡散していった。




