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魂というものは、なんだろう。
クソ女の世界では魂はただのエネルギー体らしい。つまり電気とかガスみたいなもんか? 記憶ってのは肉体に刻まれる情報。そして感情とは記憶によって生じる波だと言ってた。まあ、記憶に関しては成る程と思う。肉体に刻まれたって、要するに脳みそだろう? ただその理屈でいくと潜在意識についての説明がつかないが――
…………きぃぃ…………
そっときしみながら開くドアの音でオレの意識は覚醒した。しかし体が重い。スゲ―重い。頭も痛てぇ。ガンガンする。あれか、二日酔いってやつか?
「……」
何人かが入ってくる気配があった。ノックもなしで勝手に、しかも寝込みを襲うとは不作法な奴らだ。
自由に体が動かないせいか、オレはとっさに寝た振りを決め込んでしまう。重い体で起きてみっともねぇ所を見せたくもないしな。しかし、次に聞こえてきた台詞でオレは後悔する。
「……よく寝てらっしゃるわ。やるなら今ですわね」
「いいのか? 本当に許可は取ってあるんだろうな?」
「私を誰だと思ってますの? 抜かりはありませんわ、ギルの許可はとってあります」
「ギルの、な」
「つべこべ言わず、さあやっておしまいですわ!」
何をやるってんだ!? この声はアスベルとロイって奴らだ。こそこそと、何のつもりだ? ギルベルトの許可は取ってあるらしいが、許可がいるような事ってなんだ? なんなんだ!?
オレはここで起きるべきなんだろう、身の安全をはかるためには。流石に起きてしまえばこいつらも強引に何かしようとはしない筈だ、多分。
だがしかし、オレは好奇心を抑える事ができない。何をするのか、非常に興味がある。別にされるのが好きでどきどきしてる変態じゃねぇぞ? ギルベルトの許可はってわざわざ言うくらいだ、誰かは反対する事らしい。興味ある話じゃないか。それに、何をやると言っても大したことはないだろう、何せオレは勇者だ。賓客だぞ賓客。そう惨い事はしないだろうと、オレはたかをくくった。
「へいへい」
ロイの諦めた返事。お前立場弱ぇな、顎で使われてんじゃねぇか。
ぷすりと細い何かが頬に突き刺さる感触。不思議な事に痛みはなかった。こそばゆいくらいで、まったく痛みはない。
十秒程刺していただろうか、細い針は痛みもなく引き抜かれた。
「これが勇者様の……」
アスベルが感極まった声を上げる。
なんだ? なんなんだ!? そこで止めんな! 分かんねぇだろ! ……っつってもまあ、血かなんかか? 針突き刺してやる事といったら血液採取しか思いつかねぇ。痛みすら感じない針の細さで血液が採取できるかどうかは知らんが、異世界だしな、ああ。
「さっさと引き上げるぞ、誰かが来てもまずい」
「分かってますわよ、せっかちですわね!」
こそこそと、ヤツらは来た時と同じように出て行った。
大した事はされなかったが、どうにも気味が悪い。なんだったんだ、アレは?
……なんて考えている内に、オレの意識はいつの間にか闇に沈んだ。
「おはよう」
その声と共にオレは目覚めた。
おはようと言うより起こされた気分だ、誰だと声の方に目をやると、ギルベルトがベッドの傍に立っていた。
「昨日はよく眠れたかい?」
淡々とした調子でギルベルトは言った。昨日も感じたが、こいつには人間らしい感情はあるのか? 言っていることはまともで親切だが、表情は無表情だし声の響きも均一だ。
「……」
身体がだるい。昨日(?)のアスベル達がこっそり来た時程じゃないが、鈍い頭痛もする。
「身体の調子はどうだい? 昨日は飲み過ぎていたようだから心配でね。だけど、その様子じゃ元気そうだね」
どこがだ。オレの、この様子のどこが元気に見える? オレさっきから一言も喋ってねぇぞ。
しかし答えるのも億劫で、オレは何も言わずゆっくりと上半身を起こした。
「さて、早速だけれど何か聞きたい事はあるかな? ボクの知ってて理解している事ならなんでも答えよう」
それよりも水をくれ。喉が乾いて痛い。干からびた干物になった気分だ、口ん中も乾いてざらざら気持ち悪い。
「ん?」
察しろよこの野郎。
ギルベルトはようやくオレの様子がおかしい事に気付いたが、だからといってこの男は役に立たない。
「どうしたんだい? 気分でも悪いのかな?」
顔を近づけ、ギルベルトはオレの顔をしげしげと覗き込んだ。
答えられるくらいなら大した事はねぇ。まあ今の症状、は大げさだが、ともかく調子としてはヤバくはないが、しんどいことには違いない……つーか、距離近ぇよ。間近と見ると、本当にこいつは感情のないヤツだと思う。感情というか、生気? 死んだ魚の目をしている。
「しっつれいしまーす! 勇者様、ご機嫌いかがですか~?」
対して、こいつは溢れんばかりの元気を振りまいている。ノックもなしでアスティはオレの部屋に入ってきた。
「ってってって、あれれ? もしかしてあたしってばお邪魔虫?」
そして訳の分からん事を言い出す。確かにやかましいが、邪魔って言うほどじゃない。そう答えようとしても、喉が重くてすぐに言い返せない。するとアスティはわざとらしいオーバーリアクションで、
「やだやだ、反応悪い~。つまんない~~」
と騒ぎ出す。
アレだ、ブリッ子のアレ。顎に両手をあてて首を左右に大きく振る。わざとらしいというか、完璧わざとだな。何がしたいんだ、こいつは?
「うるさいよアスティ。何の用だい?」
全く同感だ。
ギルベルトはオレから顔を離し、ドアの方のアスティに顔を向けた。
「もうつまんないんだからうちのリーダーは。そんなんじゃ女の子にモテませんよ~、っだ」
「で、何の用だい? 三回目はないよ」
アスティの軽口にギルベルトは全く取り合うこと無く、淡々と告げる。結構、いや、かなり怖ぇ。変に凄みがあり、怒鳴られるよりもずっと気圧される。
「……別に、ただ昨日勇者様倒れちゃったからちょっと心配で見に来ただけでーす。勇者様、ご飯食べれそうですか? 何かお持ちしますよ?」
しぶしぶと、ベッドの傍まで来てアスティは用件を言った。流石にこいつもギルベルトには敵わないらしい、あっさりとギルベルトの言葉に従う。
「了解です。じゃ、これでも飲んでて待ってて下さい。すぐに持ってきますから~」
黙ったまま肯くオレに対して、アスティは水差しをぽんとどこからともなく取り出し、ベッドの横のテーブルに載せて出て行った。
「……さてと、うるさいのが帰ってくる前にボクの用事を済ましておこうか」
ギルベルトはグラスに水を注ぎ、オレに一つを手渡しながら言った。
「キミはこの世界の魂のあり方について聞いたかい?」
クソ女から聞いた。確かエネルギー体であり、死んだらこの世界を守る大いなる流れの一部になるんだっけか?
オレが小さく肯くと、ギルベルトも肯きながら言った。
「そう、なら話は早いね。ボクは見えないんだけど、魔力が高い人間には魂が見えるらしんだ。キミには見えるかい?」
「いや」
「そう、それは残念だね。エレンが言ってたけど、魂は綺麗なものらしいよ」
全然残念そうに見えねぇな、どうでもいいが。
「まあ、ボク達見えない人間でも魂を観測する方法はある。ボクが開発した。ボク達はその揺らめきをオーロラって呼んでるけど」
さらっとこいつは凄い事を言ったな、開発した? 揺らめき? オーロラ? オーロラってあのオーロラか? 北極とかアラスカで見える、あの空のカーテンか? なんでここでオーロラが出てくる?
「さっきも言ったけど、ボクには魂が見えない。見える人間は貴重だし、それに彼らは一人一人見え方が違う。ボクが考えるに当人の魔力の大きさと、本人の魂に関するイメージに依拠してるんだろうね。エレンは揺らめく炎を纏ったみたいだと言ってたし、アスベルは流れ落ちる水みたいだって言ってた」
アスベルってさっきの人か。ロイと一緒にオレの何かを採取していった女。で、だからなんなんだ?
「でもボクが開発した術は違う。ボクのは一定期間計測して、それを波で表すんだ。波長だよ。波長には当然ぶれ幅がある。大きい人間もいれば小さい人間もいる訳だ」
で?
オレは話について行くので精一杯だ。質問する余裕もない。
「そこで折角だからキミのデータを取らせて欲しい。手間は取らせないよ、すぐ終わるから」
ああ、どうぞ? 別に断る理由はない。オレは快く了承した。
オレが肯くやいなや、ギルベルトはオレの肌にシールのようなものをぺっと貼った。大きさは五百円玉くらいの、丸いヤツ。妙に暖かくて暑い。
こいつもこいつでデータを取って、、ならこいつはアスベルとロイに何の許可を出したんだ? この計測とは無関係なのか?
「……話の続きなんだけど、」
視線はシールに釘付けのまま、ギルベルトは言った。なんだ? まだあるのか?
「キミが勇者としてこの世界に連れてこられたと言う事は、キミの肉体は勇者と同一であるという事で
もある」
「……は?」
待て待て、なんで勇者としてつれて来られた事が身体が一緒って事になるんだ? ありえねぇだろ、勇者ってヤツは何千年前の人間だ? しかもそいつ何人だよ、日本人か? んな訳ねぇだろ!?
呆気に取られるオレに構わず、ギルベルトは自分の話を続ける。
「ぶれ幅があると言っただろう? そのぶれ幅は肉体を構成する元素が死滅していく際に発する、微かな残り火みたいなものなんだ。元素は分かるかい? 肉体を構成する三大元素だよ」
タンパク質、脂質、ミネラルか?
「炎、水、土だよ。これらに風を合わせると世界を構成する四大元素になる。これらの消費の仕方は人によって千差万別でね、声や指紋と同じで個人を特定する事が可能だ。つまり身体を判別できるって事だね」
流石異世界だな、身体を構成するのが炎と水と土ときたもんだ。おまけにだから身体が一緒って、それは強引過ぎないか? なにか、双子なのかオレと勇者様は。
「信じる信じないはキミの自由だけど、これがボク達の結論だよ。長い研究の果てに辿り着いたね」
で、結局こいつは結局何が言いたいんだ? だから何なんだと思う。信じる信じない以前の問題だ、なんかオレにそれが関係あるのか? だからどうだってんだ?
「そこでキミに忠告しておこうと思って。多分あの子と奴らの事だからすぐにでもキミを取り戻しに来るだろう。そうしたらキミは素直に助け出された方がいい。つまらない所だけど、あっちの方が安全だよ。ここの連中は生き急ぎ過ぎるからね」
オレは絶句して、ギルベルトの顔をまじまじと見た。
こいつは、なんなんだ? ここの連中って、仲間じゃないのか? 仲間に対してその言い方はねぇだろ!? それにお前ここのリーダーなんだろ!? リーダーが助け出された方がいいって、馬鹿じゃねぇの? オレを攫うように――自分で攫うとか言うと妙に照れるな――指示したのはコイツだろうし、オレを攫ってくるのには苦労もしただろうに、それをあっさりとコイツは……!!
「?」
ギルベルトは首をかしげた。
「もしかして、怒ってる?」
そして聞く。
「何故? ボクは親切からキミに言ったんだけど、何が気に障ったのかな? よければ後学の為に教えて欲しい」