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狂犬チワワと浮遊する存在のラビリンス  作者: 伊藤宏


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狂犬チワワ -014 エアでキック!

 態度の悪い方のお巡りは、

「とにかく一回離れろ!」

 てあたしには乱暴に言うくせに、笹川にはまるで小学生に話しかけるみたいな甘ったるい声で、

「大丈夫?」

 ときやがった。


 笹川は、

「はいぃ?」

 て、意外にもちょっとワルっぽい返し。


「お腹を殴られてるって110番通報があったんだけど」

 何!

「はあ? おいテメ、何言ってんだ」

 あたしの声が車両に響きわたり、その鋭さに空気が凍り付いた。


 まともな方のお巡りがあたしに向かって「静かに」って言って、それから笹川に事情を説明し始めた。


「通報があったんです。ハマ女の生徒らしき女子高生が不良っぽい複数の高校生に囲まれて腹部を殴られている、と」

 何を! と動きだそうとするあたしの肩を文斗が押さえた。


「わたし殴られてなんていません。何もされてません」


「何も?」


「はい」


「じゃあこの子たちは、知り合い?」


 笹川が順番にあたしと文斗を見た。

 あたしは思わず「つぇッ」と舌打ちして目を逸らした。こうなっちったらおしまいだ。もう何言ったって信じちゃもらえない。そう腹を括ってたら、笹川は意外が返事をした。

 

「友達です」

 うちらは「えっ」ていう顔で笹川を振り向いたんだけど、笹川は目を合わせない。


「ていうと部活かなんか、繋がり、とか?」


「いえ、さぼり仲間ですけど、何か」


「さぼり仲間って」


「法律違反ですか」


「いや違法じゃないけど、何? さぼり仲間って」

 て表向きは訊いてるけど、そのあと顔を寄せて「ほんとのこと言って」って囁いたのが口の動きで分かった。


「あのぉ、高校生だからまじめに学校行って勉強して先生の言うこと聞いてって、そういうの分かるんですけど、いろいろあるんです、わたしたちにだって、親にも先生にも言えないいろんなこととか。

 お巡りさんにはそういうの、ないんですか。ありますよね。そういうときはどうするんですか。非番のときに息抜きとか、されるんでしょう?

 わたしたちは土日だって塾とか部活とかでけっこう忙しいですし、そういうのがない日だって親と一緒って、かえって休まらないんです。だから普通の日にちょっとくらいさぼったっていいですよね。学校にはちゃんと休むって連絡してますから行方不明にはなってませんから、あとは家庭の問題ですよね」


 理路整然とした答えに気圧されてお巡りが黙った。


 頭の整理がついたらしいまともな方のお巡りが笹川に確認した。

「じゃあ暴力はなかったんですね」


「ありません、ねえ亜矢さん」

 あたしは目を白黒させながらも「おう」ってぶっきらぼうに答えた。


「じゃあ腹部を殴られたっていうのは」


「それは、亜矢さん達がじゃれてただけ、ねえ文斗君」

 急に君付けで呼ばれて驚いた文斗が「おう」、と恥ずかしそうに答えた。


「ではしつこいようですが誰も怪我をしていないし暴力も振るわれてもいない、でいいんですね」


 よかった、これで終わりだって思ったのに、もうひとりの方がまだ疑いの目で見てる。なんでつい、 

「だからなんもねえっつってんだろ!」

 て言ったら、また文斗があたしの肩に手を置いた。

 

 まともな方のお巡りがまとめた。

「わかりました。じゃあ誤報だっていうことで、この通報は処理しておきます」


「通報って、いってえ誰だよ」

 もちろんお巡りは答えない。

「だからあ、誰が通報したのかって聞いてんだろうがぁ、おぉ?!」


「言えないんですよ、通報者のことは」


「でも現場を見たってことだよなぁそいつは」

 目を(すが)めて車両のなかを()め回したら、ほぼ全員が下を向いたり目を逸らしたりした。


「誰だなんだよぉ!」

 ()の部分に自然と巻き舌が入った。


「亜矢さん、もういいじゃないですかぁ」


 笹川のしゃべり方はなんか拗ねた子供みたいだ。最初はめっちゃ芯が強そうにしてたのに。笹川っていったいどっちが地なんだろうって思って見てたら、なんかあたしも拗ねてみたくなった。

「だってさぁ……」


 列車が相模原に着くと、ずっと態度の悪いまんまのお巡りが笹川だけに訊いた。

「ほんっとに大丈夫なんだよね」

 ほんっとにしつこい。だから笹川が答える前にあたしが言っちゃった。

「しつけえお巡りだな。さっさと消えろ!」

 文斗がまたあたしの肩を押さえたんで、それを振り払ってからお巡りを見返したんだけど、なんかもう、容疑は晴れたみたいで目が笑ってた。



「ねえ亜矢さん文斗さん、町田に戻って遊びませんか」

 君付けは一回オンリーのサービスみたいだ。でも、

「お、いいねえ。何する、カラオケ?」

 と即答した文斗にすかさずボディーブローを叩き込む。何なんだこのニヤけ顔は!


「亜矢やめろって、電車んなかだと大ごとになるんだから」


「提案ですけど、カラオケよりボーリングにしません? 平日の昼間なら空いてますし、わたしクーポンあるんで」


「いいじゃんボーリング、久しぶり」

 昔パパに鍛えられたからちょっとは自信がある。でも文斗は「え?」てなってた。

 ははん、やったことないな、ボーリング。



 ウチらのようすを見てお巡りもやっと安心したみたいで列車を降りて階段方向に去っていった。

 それを見て、ウチらも別のドアから列車を降りた。


「ありがとよ笹ガワ」


「笹カワです、それに有希でいいですよ」


「なんしろ叩かれるといろいろ出っからさぁ、ウチら」


「ウチらとかって一緒にすんな! お前だけだろ」


「みんなそんなもんですって亜矢さん」


「てかおまえ敬語やめろよな、友達なんだったらさ」


「そうですね」


「だからそれぇ」

 指さして笑いながら、うちらは肩を並べて上り列車に向かった。


 降りたばっかの八王子行きが動き出してた。

 あたしは電車のクソ忌々しい乗客に向かって思いっきしエアのキックをかましてやった。ついでに尻を向けて盛大にスカートをまくり、二度振って見してやった。てめえらなんざ、あたしの▽×穴でも舐めてやがれ!


 走り去る列車のなかから乗客の何人かが、目を(゜゜)まん丸くしてこっちを見てた。

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