↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/24

第一話 異世界初出勤、最初の仕事は村人のバグ修正

「おい、起きろ!」


肩を揺さぶられている。


「……あと五分」


「五分で世界が滅ぶぞ!」


「じゃあ、もう少しだけ寝かせてください……」


「お前、勇者だろうが!」


勇者。


聞き慣れない単語に、小真はまぶたを持ち上げた。


目の前に、しわだらけの顔があった。白いひげの老人が、木の棒を握りしめてこちらを見下ろしている。


背中が、やけに硬い。手のひらには、湿った土の感触があった。鼻の奥に、草と土のにおいが流れ込んでくる。


サーバールームの、あの乾いた空気のにおいはどこにもない。


上体を起こして周りを見渡す。木造の家が数軒、同じ高さ、同じ形で並んでいる。道は踏み固めた土。遠くには山の稜線が見え、空は絵の具で塗ったように青かった。


病院の天井でもない。


「……どこだ、ここ」


「何を寝ぼけておる! 魔王が復活したんじゃ!」


「魔王?」


「そうじゃ! 勇者よ、世界を救ってくれ!」


老人の指が、肩に食い込む。


「いや、待ってください。俺、勇者じゃないです」


「名前は?」


「本城小真です」


老人は、小真の顔をじっと見た。


瞳が、一瞬だけ焦点を失って、すぐに元へ戻る。


「ほう。小心者か」


「違います。ほんじょう、しょうしんです」


「小心者が勇者とは、愉快じゃのう!」


老人は腹を抱えて笑い出した。


帰りたい。


小真は、心の底からそう思った。


* * *


とりあえず、持ち物を確かめた。


腰に、何かがぶら下がっている。手に取ると、節くれだった一本の木の棒だった。


「これ、武器ですか?」


「勇者の初期装備じゃ!」


「剣は」


「ない」


「防具」


「ない」


「仲間」


「おらん」


「……それで魔王を倒せと」


「うむ!」


小真は空を見上げた。雲がゆっくり流れていく。


きっと、疲れすぎて見ている夢だ。そう片づけるのが、いちばん楽だった。


老人は気にする様子もなく、村の掲示板を杖で指した。


「まずは村人の頼みを聞くのじゃ。勇者なら、困っている者を助けねばならん!」


掲示板には、紙が一枚だけ貼られていた。


『村長の家まで案内してほしい』


依頼人の欄には、目の前の老人の名前があった。


「……村長の家って、どこですか」


「知らん」


「え?」


「だから、案内してほしいんじゃ」


「あなたが?」


「うむ!」


小真は、掲示板と老人を交互に見た。


頼みごとを書いた人間が、案内する側ではなく、案内される側で。しかも場所を知らない。


断る理由は、いくらでもあった。夢なのだから。


それでも、困り顔の老人を前にして、小真の口は勝手に動いていた。


「……とりあえず、探しましょうか」


「おお! さすが勇者!」


老人に背中を叩かれ、小真はむせた。


「では、わしについてこい!」


老人は村の北へ、元気よく歩き出した。


三歩目で、ぴたりと止まった。


「……あれ?」


「どうしました」


「道がない」


老人の足先の向こうは、一面の草むらだった。


「さっきまで、あったんじゃが」


小真は草をかき分けた。


奥のほうに、うっすらと踏み跡のようなものが見える。だが、それも十歩ほど先で、ぷつりと途切れていた。切り取られたように、その先は何もない。


途中まで描いて、鉛筆を置いたままの地図みたいだった。


昔、似たものを見た気がする。


「……作りかけの、ゲームのマップ」


口にした途端、視界の端に白い文字が浮かんだ。


【イベントエラー】


【村長の家への移動イベントが設定されていません】


小真は、動けなくなった。


「……は?」


目をこすっても、文字は消えない。


「どうした、勇者」


「今、何か見えませんでした? イベントエラーとか」


「いべんと?」


老人は、きょとんと首をかしげた。この人には、見えていない。


そのとき、文字がもう一行、増えた。


【編集モードを起動しますか?】


【はい / いいえ】


編集モード。


ゲームを作る人間だけが触れる画面だ。どうして、それが自分の目の前にある。


夢だから。


それとも――。


喉が鳴った。指は、迷わず【はい】を押していた。


景色が、音もなく暗転する。


次の瞬間、目の前にマップの設計図と、イベントの一覧が広がった。


その隅に、小さな文字が一行だけあった。


【最終更新:25年前】


「……二十五年前?」


理由は分からないのに、胸の奥がざわついた。


だが、考えている暇はなかった。


イベント一覧を上から順に追う。村長の家への移動イベントは、確かに空欄だった。これでは、老人が辿り着けるはずがない。


小真は空欄にイベントを書き込み、テストプレイを走らせた。


景色が戻る。


草むらだった場所に、土の道が一本、まっすぐ伸びていた。


「おお! 道ができたぞ!」


「……直った」


声が、勝手にこぼれた。


原因を見つけて、直して、動作を確かめる。会社で毎日やっていることと、何も変わらない。


ただ、今度は直した先に、一つの世界があった。


「お前は天才じゃ、勇者よ!」


老人が、小真の手を両手で包み込んだ。


「いや、これくらいなら……」


そのとき、視界の隅に、また文字が浮かんだ。


【イベント修復完了】


【警告:不明なアクセスを検知しました】


「……え?」


文字は、すぐに消えた。


慌てて編集画面を開き直す。修正は、正常に保存されていた。


ただ、操作ログの一番下に、見覚えのない一行が残っている。


ユーザーIDは、小真のものではない。しかも、時刻は小真の操作より、ほんの数秒早かった。


誰かが、この世界に触れた記録だった。


「誰かが……触った?」


「どうしたんじゃ、勇者」


小真は、画面をそっと閉じた。


「……いえ。何でもありません」


まだ、夢だと思いたかった。


けれど、もし夢でないのなら。


この世界には、誰かが作った、人の目には見えない仕組みがある。そして、その仕組みの中に、自分以外の何者かがいる。


小真は、老人の背後にまっすぐ続く道を見つめた。


「……明日、病院に行こうかな」


つぶやいた声に、老人の元気な叫びが重なった。


「よし! 次は魔王退治じゃ!」


「いや、まず村長の家でしょう!」


こうして、本城小真の異世界初出勤は始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。