悪女代行ってことですか?
人生には、ここだけは失敗できない瞬間があると思っていた。
私にもあった。
それが今日だった。
今日という日をどれだけ待ち望んでいたか、それなのに。
ーー気がつけば、白い部屋にいた。
「残念ですが、貴方は死にました」
人間では無いその女がそう言った。
冗談であって欲しかった。まだ、終わらない理由があったから。
女は少し考えてからこう続けた。
「一つだけ生き返る方法があります。生き返りたいですか?」
女は夕飯の献立を聞くように軽い口調で言う。
「帰りたいです」
私は即答した。
「そうですか」
あまりにもあっさりとした返事に少しだけ怖くなる。
「では、働いて下さい」
「……は?」
女神がパチンと指を鳴らすと、空中に一人の女性の姿が浮かんだ。
美しく、高慢そうで、誰からも愛されない顔。
その横には赤い文字でこう記されていた。
【処刑予定】
「この悪女を救ってください」
ーーこれは悪女を救い続けた私の話
今日はちゃんと間に合った。
家を出る三十分前に起きて、珍しく朝ごはんも食べて、忘れ物していない。
いつもなら二度寝をする私にしては上出来だ。
鏡の前に立ち、軽く寝癖を直す。
大丈夫、ここまで来た。今日の為に今日まで頑張ってきた。
玄関を開けると、六月の空気は少しだけ湿っていた。
ふとスマホを見ると、通知が一件来ていることに気がついた。
『終わったら連絡して』
私は小さく笑って、返事は後でいいか、と画面を閉じた。
今日が終わったら言おうと思ってた。
全部終わったら。
ちゃんと。
ーーそう思ってた。
駅への道中の信号待ち。隣には学生が並んで待っていた。犬を連れた散歩中の人もいる。
いつも通りの景色。なのに少しだけ、世界が綺麗に見えた。
信号が変わり足を踏み出すと、誰かの声と小さな悲鳴が聞こえた。
そして、視界の端で速すぎる何かが通り過ぎた。
やけに空が近感じた。変な考えだった。
今日なのに。まだ、終わってないのに。
意識が沈む最後に思った。
ーーお願い。もう少しだけ。
目を開けると、真っ白な世界が広がっていた。天井も床も壁もない。そんな不思議な空間に立っていた。
さっきまで全身を潰されたみたいだったのに、腕を見ても、足を見ても傷一つ無かった。
あー、そうか。これは夢か。
『残念ですが、夢ではありません』
声がした方に振り向くと、少し離れた場所に女が立っていた。
年齢はわからない。見た目は若く見えるが、その白っぽい服や、佇まいが神様っぽく見える。
いや、逆に神様っぽすぎる。
「誰ですか」
警戒しながら問いかける。
女は少し考える素振りを見せた後答えた。
『分かりやすく言うなら、女神です』
変な宗教の勧誘かなとも思ったが、考えるよりも先に、一番聞きたく無い事を口にしていた。
「、、、私、生きてますか?」
『いいえ』
女神は即答した後に、一拍置いて。
『貴方は死亡しました』
まるで、天気を答えるように、なんでも無いような感じに言った。
死んだ?私が?そんな訳ない。だって、やっとだったのに。今日だったのに。まだ、まだ終わってない。
「嘘」
『嘘ではありません』
「いや、違う。だって私、、、」
続きの言葉が出てこない。そんな私を女神は静かに見つめていた。その淡白さが少しだけ腹立たしかった。
「、、、戻して下さい」
『戻る?』
女神は瞬きをしながら、宛ら何を言っているのかわからないという様子だった。
「お願いです。まだ終わってないの」
初対面の相手に縋るなんて嫌だった。でも、そんなの関係なかった。戻れるならなんだって良いとさえ思った。
女神は少し悩んだ後
『方法はあります』
顔を上げながら女神を見つめた私は、その次の言葉に耳を傾けた。
『ですが、条件があります』
女神がパチンと指を鳴らすと、空間に一人の女が映った。
豪華なドレスに身を包み、端正な顔立ち。でも、どこか嫌われそうな笑い方をしていた。
横には赤文字でこう記されていた。
【処刑予定】
その文字に私は目を瞬く。
『この人を救って下さい』
「、、、は?」
『正確にはこの人物として生きて下さい』
意味がわからない。でも、女神は只々笑うだけだった。
『悪女になって下さい』
「、、、意味がわからない」
映し出された女性を見ながら言った。
豪華なドレス、宝石、端正な顔出ち。なのに、目だけ妙に冷たい。なにより、【処刑予定】の文字。
嫌な予感しかしない。
『この人物として生きて下さい』
「いや、何で?」
『それが、生き返る条件だからです』
「いや、飛躍しすぎじゃ無い?」
女神はまた、少し考える顔をした。
『順番に説明します』
そう言って女神は、空中を指でなぞった。
景色が変わり、見たことの無い石造りの建物、高い塔、馬車、それだけで現代では無いことがわかる。
そして、人々が行き交うその中心に先ほど映された女性が立っていた。
陰口や避ける人、そして笑う人。
私はその光景に眉を顰めた。
「うわぁ、嫌われてる、、、」
『えぇ』
次の瞬間。また、女神が空中をなぞる。
そこには、大きな広場と大勢の人、その中心の台には、縛られた悪女がいた。
誰かが叫ぶと、歓声が上がった。そして、視界が白く切れた。
私は反射的に目を逸らした。
「、、、今の」
『処刑です』
私が何も言えずにいると、女神は続けた。
『本来、この世界はここで安定する予定でした』
「、、、予定?」
女神は頷いた。再度空間の方に目を向けると、空に幅が入り、景色が崩れ、人が消え、空だけが残った。
その光景に私は息を止めた。
『処刑後、世界が壊れました』
「、、、意味がわからない」
『この人物が居なくなると困るのです』
私は何も言えず黙った。更に女神は続けた。
『悪女は必要です』
理解できない。嫌われて、捨てられて、最後は殺される。
そんな役が?必要?意味がわからない。
「、、、救うって?」
女神は少しだけ微笑むと
『処刑されない未来へ導いて下さい。私が導きます』
嫌だ。面倒だ。意味がわからない。
なのに、頭に浮かぶのは、現世での出来事だった。
まだやりきれていないもどかしさだった。
『やりますか?』
女神は静かに問いかけてきた。
「、、、成功したら」
私は下を向きながら小さな声で問う。
「ちゃんと、生き返れますか」
女神は迷わずに答えた。
『はい』
その返事を信じた。信じるしか無かった。私は頷くと、差し出された女神の手に触れた。
『契約成立です』
触れた瞬間、視界が落ちた。最後に女神の声が聞こえた気がした。
『では、一人目の悪女代行を始めましょう』




