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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第一章 捨てられ猫姫の新生活
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初めてのブティックとパーラー


 ノーザン伯爵邸の入り口前には、使用人が並んでいた。


 一番偉そうなおじさんが、伯爵にお帰りなさいませと言い、お嬢様よろしくお願いします、と私に言った。


 王女様だったことはあるけど、お嬢様は初めてだ。伯爵にそう言うと、内緒だよ、と言われた。


 そうだった、王女だったことも、捨てられ猫姫だったことも、猫なのも内緒なのだ。


 屋敷内は広くて、どこもピカピカで、床は滑る。もう滑って遊びたくて仕方がなかったが、今は我慢して、後で猫になってから遊ぼうと決めた。


 お部屋に案内されると、侍女が待っていた。専属の侍女はルルと名乗った。


 伯爵様が執事と侍女長を部屋に呼び、私のもう一つの姿を紹介した。全員に隠すのは無理だから、この三人にだけ本当の事を教えておく。困った事があれば、彼らに頼るようにと言われた。


 私は、猫の姿のまま皆によろしくと挨拶した。侍女は猫好きを選んであったようで、すごく触りたそうにしている。


 側に寄って、手に顔をこすり付けると、可愛いと言いながら頭を撫でてくれた。


 侍女長は難しい顔をして、どうやってお守りしていけば良いのやらと言ったが、猫好きなのは隠せていなかった。手は上手に私をあやしていた。


「旦那様、この方にレディ教育ができるのでしょうか」


「多分、問題ない。昼食の時に見ていてごらん」


 その後部屋でお昼ごはん用のドレスに着替え、食堂に案内された。

 前菜の次に、じゃがいものポタージュが出て来た。これは王宮でよく出て来た大好物だった。生クリームをたっぷり掛けてくださいね、それとパセリは入れないでね、と給仕の係に頼んだ。


 久しぶりなので、味わってゆっくりと食べた。


 給仕係から魚の調理方に付いて聞かれたので、フリットにしてもらった。エシャロットのソースと、クリームチーズとレモンのソースを添えてもらうようお願いした。


 伯爵様はグリルしてバルサミコのソースを頼んだ。


 侍女長は、私がこういう料理に慣れているのを見て驚いている。他の使用人達も驚いているようだ。


 おじいさんの家では、こういう物は出て来なったけれど、小さい頃の記憶は残っている。おじいさんと食べていた食事は美味しくて大好きだったけど、こういった食事も大好きなのだ。


 デザートをどれにするか聞かれて、私は戸惑った。

 伯爵がどうしたのと聞くので、デザートも食べてもいいの、と聞いた。


「いいよ。でも、何故聞くの?」


「乳母がもう少し大きくなって、たくさん食べられるようになるまで、デザートは無しにしましょうねって言ってたの。私達、ずるしてアイスクリームを食べて、お腹を壊して叱られたの。もう一人の王女と一緒に、罰でおやつを抜かれてしまったわ」


「そうだね。食べ過ぎたらお腹を壊すよ。でも、もう八歳になるから、小さいデザートなら大丈夫」


 そう言ってデザートに進めてくれと、給仕係に頼んだ。


 そして唇に指を当てて、王女だった話は内緒だよ、と言った。


 いけない、すっかり忘れていた。


 その後、使用人達の間で広がったうわさ話を、ルルが詳しく教えてくれた。


 彫金師の親戚の娘を、養女に迎えると聞いていたけど、じつは貴族の生まれではないか、と言っているらしい。

 顔立ちに品があるし、それでいて愛嬌がある。淡いグレーの髪が、ほんの少し青っぽく見えるのも珍しい。それに、以前は乳母がいたとか、王女が一緒にいたと話していた。

 そういう噂が集まって、事情のある高位貴族の娘を、伯爵様が引き取ったのだ、という話に落ち着いたという。

 あながち間違いではないので、全く都合の良いことだった。


 


 邸の使用人たちは優しくて、皆大好きだ。時々猫になって遊んでいたけれど、その時も優しかった。


 猫の姿の私は、私のペットとして、邸の皆に紹介されていた。だから猫の姿でも可愛がってもらえた。


 そうやってお嬢様という立場に慣れた頃、マナーや一般科目のお勉強を始めた。学ぶのは楽しい。昨日知らなかったことを知り、分からなかった事が分かるようになっていく。


 時々、侍女のルルに、足し算をしてみせた。正解するとすごく喜んで、すごく褒めてくれる。そうすると、猫ダンスをしたくなってしまう。時々踊っています。


 そして、ダンス。これ大好き。

 身が軽いし、体が柔らかいので、アクロバットみたいなこともできてしまう。その様子を見て、教師がバレエを習うといいと勧めてくれた。


 そういうことをしながら食べて寝て、遊んで踊って、勉強して、猫になって、二ヶ月ほどが経った。


 お父様が、街に買い物に連れて行ってくれるという。私は張り切った。だって町には一回しか行ったことがない。人がたくさん居て、店もたくさんあって、賑やかで楽しかった。


 今回はもっと大きな街だそうだ。

 パーラーにも行く。お茶と美味しいお菓子を食べさせてくれる所らしい。家で食べるお菓子も美味しいけど、他所で食べるのはきっと最高だ。


 それにパーラーという響きがいい。私は前の日からパーラー、パーラーと言い続けた。


 街に向かう馬車の中で、お父様が、パーラーは買い物の後だからね、と念を押した。ちょっとがっかりしたけど、早く買い物を済ませたらいいのだと思い直した。


 まずはブティック。今から寒くなるので、コートや温かいドレスや襟巻きや、手袋を注文することになっている。

 ブーツも二足は必要だと言われた。侍女のルルが一緒に来ていて、すごく張り切っている。


 ルルはブティックの鏡の前で、私を着せ替え人形にして遊んでいた。

 ささっと決めたらいいじゃない、と言うのに耳を貸さず、次から次へと着換えさせる。店員さん達も嬉しそうにあれこれ持ってくる。


 ドレス毎に帽子やブーツ、コサージュなんかもとっかえひっかえするから、ちっとも終わらない。


 一体何着買う気なのだろう。困ってお父様を見たら、目を逸らされた。巻き込まれたくなさそうだ。

 それはそうだろう。私だってうんざりしている。


 お父様がソファに座って新聞を読みながら、ちらっとこちらを見た。目が合ったタイミングでお父様に向かって言叫んだ。


「お父様、私このドレスにします」


 もう、どれでも良かった。猫はのんびりして見えるが、気が短いのだ。興味のないことには特に。


 それで、目の合った時に着ていた物一式を選んだ。


 ルルが、さあ次のドレスを選びましょう、と言い出したので、すぐ横に置いてあった、一つ前に着たドレスを指差して、これがいいわと言った。とにかく早く終わらせたい。


 けれど、ルルが非情なことを言う。


「さあ、こっちのドレスに合わせた帽子や靴を選びましょうね」


 嫌だああ、の限界で、背中の毛が逆立ちそうだった。


 するとお父様が、帽子はこれ、靴はこれ、このショールがよく似合っていたからこれと、このリボンと、という風に、一気に全部選んで、終わらせてくれた。


 お父様に飛びつき、思いっきり頭をグリグリして、好きな気持ちを表した。


「良し良し、頑張ったね。じゃあ、次はパーラーだ」


 私は嬉しすぎて、爪を立てそうになってしまった。

 選んだドレスは、出来上がったら送ってもらうことになり、持って帰る物は馬車に運んでもらった。


 パーラーはブティックから近いので、三人でゆっくりと歩く。途中、昼寝している猫が目をパチっと開けて私を見た。


 瞬きの挨拶をして、そのまま通り過ぎたが、何故かずっとこっちを見ている。


 何か用かなと思ったけど、パーラーが先だ。




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