ダンという名前
警備隊に出向き、私とお父様は事件の報告をした。そして、犯人の住処を覚えているので、捕まえに行って欲しいとお願いした。
私が道案内して、警備隊員数人と共に泥棒横丁に行き、監禁されていた家の前に立った。
隊員が窓から中を覗いたら、誰もいなかった。ドアは開いていたので中に入って見ると、妙にガランとしている。
テーブルや椅子などの家具が無くなっており、更にはキッチンの鍋や食器すらない。
犯人たちは、家財を持って逃げてしまったようだ。
あまりにも素早いし、逃げ慣れていて驚いてしまった。
警備隊員たちは、「毎回この調子なので、なかなか犯人を捕まえられない」と、ぼやいている。
私が思うに、攫われた子供が逃げられるのは、誘拐事件全体のほんの一部でしかない。
殆どはそのまま売られてしまっているだろう。だから、せめて今回くらいは犯人を捕まえたいのに、と悔しくて涙ぐんでしまった。
立ち尽くす私の足首に何かがするりと触れた。見下ろすと、グレイの猫がそこにいた。オッドアイの彼だ。
猫はトコトコ外に出ていき、向かい側の二軒隣の家の窓枠に飛び乗った。そこで家の中を見ている。
後を追った私は、カーテンの隙間から中を覗き込んでみた。
そこに、あの誘拐犯達がいる。二人揃ってもう一人の男と三人で笑っている。部屋の中には家具が積まれて、ごちゃごちゃだった。たぶん慌てて家具を移動させたのだろう。
私はすぐに隊員たちの所に戻り、斜め前の家に犯人たちがいる事を教えた。
隊員たちは家の前に並び、ドアを叩いた。すぐに家の中で、ゴトゴト音がし始めた。犯人たちが動いているようだ。
すると、グレイの猫が窓枠からスタッと降りて、どこかに向かって走っていってしまった。
私がもう一度、窓から中を覗いて見ると、犯人たちは裏口から外に出ようとしていた。さっきのゴトゴトいう音は、家具をどかしている音だったのだ。
「騎士様、犯人達が裏口から脱げようとしています。早く裏口に回ってください」
この家は、両側が道に面しているようだ。裏から逃げられたら見失ってしまう。
ドアには鍵がかかっていて開かないし、家の反対側に行くにはだいぶ遠回りしないとならない。隊員が三人、急いで走っていった。
私たちは危ないからここで待つように言われ、お父様と二人の隊員と共に、家の前でジリジリしながら待つしかなかった。
その時、家の向こう側で人が争うような音と、倒れるような音がした。
隊員たちが到着したにしては早すぎる。
きっと、オッドアイの彼が犯人をのしているのだと思った。辺りはすぐにシンと静かになった。
その後、隊員たちの声が聞こえた。
「犯人を捕まえたぞ」
それから家のドアが中から開けられ、後ろ手に縛られた三人の男が、私たちの目の前に転がされた。
隊員たちは、その後ろで家の中を調べている。
三人の内の二人は誘拐犯で、もう一人は見たことのない男だった。
たぶん、いつもこうやって逃げているのだろう。今日だって、オッドアイ猫がいなかったら、きっと逃げられていた。
彼は人間の姿で裏口側の道に立っていた。私は家の中に入り、積み上げられた家具を避けて歩き、少年の前に立った。
「ありがとう。犯人が逃げるのを防いでくれて」
「いいよ。この辺りに住んでいる人間は皆胡散臭いし、今回の犯人はどう見たって常習犯だからね。牢屋に入れてもらわないと」
女の子三人を家まで送り届けて、すぐここに戻って、犯人が帰ってくるのを見張ってくれたのかと思うと、胸がキュンとなった。
助けに来てくれたリンスとバーバラに感じたものとは、どこか少し違うような気がする。
でも、はっきりわからない。
ただ胸がドキドキして、体が温かくなったように感じる。
「俺はダンっていうんだ。よろしく」
「私はミーアよ。よろしく。それと本当にありがとう」
家を挟んだ向こうの道から、お父様が叫んだ。
「ミーア、何をしている。早くこっちに戻りなさい」
私が聞いたことのないような、少し怒った声でそう言い、こっちに向かってくる。お父様に紹介しようと思い、お父様の方に歩き出した。
「ねえ、お父様に紹介するから一緒に来て」
「お父様って、人間だろ? 屋敷にも人間と貴族猫が混ざっていたし、どうなっているのさ、君の家」
その会話の途中に、真っ赤な顔のお父様が横にやってきた。
「ミーア、それは誰だ」
「私を助けてくれた子よ。それに、今まで犯人の家を見張っていて、裏口から逃げようとした犯人を捕まえてくれたのも彼なの」
なぜだかお父様はぐっと詰まったような声を出した。
「それは、誠にありがとう」
なんだか言いにくそうに、口から押し出す感じで、お父様はお礼を言う。
「ダンっていう名前よ」
私が紹介すると、ダンとお父様は黙って見つめ合った。睨み合ったという方が正しいかもしれないが、状況が飲み込めない私は、二人を誘ってみた。
「一緒に屋敷に戻って、お茶でもいかが?」
残念ながらダンは誘いを断り、「またね」と手を振って去っていき、私は彼の後ろ姿をずっと目で追った。
お父様が私の手を引く。
馬車に乗って家に戻るまでの間、お父様も私も、なぜか無言のままだった。
お父様も疲れているのかなと思いながら、窓の外をぼんやりと眺め、私はダンの姿や言葉を思い返していた。




