事件の後
帰宅後のどさくさに紛れて、あの貴族猫の少年は消えていた。家に戻って、私達が屋敷の中に入るまでは一緒にいたのに、そっと立ち去ったようだ。
私はお礼を言いたかったし、なぜだか彼にもう一度会いたかった。
どこの誰かもわからないし、どうしたら会えるのだろう。そう考えて、ふと自分が初めて貴族猫の登録をしたときの事を思い出した。
王宮に一人一人の姿絵と共に登録した名簿があるのだ。あれを見せてもらえば、彼の事がわかる。
私はさっそくビリーに声を掛けた。
「ねえ、ビリー。私達を助けてくれた貴族猫がいるのだけど、彼の名前も知らないの。貴族猫の名簿で調べることは出来る?」
「へえ、どんな貴族猫だったの? 特徴はわかるかい」
「オッドアイで青と黄色の目をしていて、十五歳くらいの男の子よ。毛の色はグレイ。それで、すごく強いの」
ふ~ん。と言ってからにこっと笑い、ビリーはふんふんと頷いている。
「それは、頑張って探してあげよう。ところで、どこで会ったの?」
「屋敷の前の公園に、私の水着にそっくりの猫がいて、その子を見ていたら、彼が後ろの茂みから出てきたの。私が攫われるのを見て、すぐに後を追ってきてくれたの」
ビリーはピクッとして、ほおを掻いた。
「彼は猫の姿だったということかな? その水着似の猫は貴族猫の女性だったかい?」
「いいえ、平民猫だったわよ。なあに?」
「いや、なんでもないよ。ところでミーアは大人の貴族猫教育はもう受けたの?」
「まだよ。リンスのお友達に選ばれて、そっちの方が優先になったから、後で受けることにしてもらったの。なあに。なにか関係があるの?」
ビリーはなにか躊躇うような様子をしている。
そのまま、しばらく何か考えていたが、うん、と一つ頷いてから言った。
「ミーア、僕がちゃんとその子の事を調べるから、しばらく待っていてくれ。見つけたら、一緒に彼の家を訪ねよう。僕もミーア達を助けたお礼を言いたいからね」
私はなんだか変だなと思ったが、気にする間もなくリンスに引っ張られた。
「何を二人きりで話しているの? 私に言えないような秘密の話?」
リンスを見て思い出した。家に呼ぶなら、その間リンスは私が守ると、王配と約束したのだった。今回は守るどころか、危険にさらしてしまったのだ。
まずはリンスを王宮に帰さないといけない。今は自分の事だけを考えていられる場合ではないのだ。
「リンス。今日はありがとう。この先の事は明日に考える事にして、今は家に戻ってもらえない? 王宮のみんなも心配していると思うの。それに、私はこの国の警備隊に今回の事を話さないといけないから、今からお父様と一緒に出かけて来るわ」
バーバラが、私も行くと言い張った。
リンスも行くと言ったが、侍女や護衛達に止められていた。
「リンスは、王宮に帰って、まずは皆を安心させて欲しいの。それから、できたら女王様に今回の件を話して、泥棒横丁の捜査を侯爵家として後押ししてもらえるとありがたいわ」
あ、そうだったわねと小声で言い、リンスは頷いてくれた。
侍女や護衛が、私に目配せして、お礼のジェスチャーをしている。
リンスは王女様なので、王女モードに入ると、侍女たちの言うことは全く聞かず、いつもとても手こずるそうだ。
「助かりますわ。ありがとうございます、ミーア嬢」
そう言う侍女を見て、お父様が、そっと近寄り耳打ちした。
「うちのミーアは凄いでしょう。始めはみんなが手こずっていたバーバラを、本当にうまく導いてくれたのですよ。私も、屋敷の使用人達も、家庭教師たちも、ミーアには本当に感謝しているのです」
侍女は、ミーアを見て、バーバラを見て、リンスを見た。
「リンス様もとてもしっかりして、大人っぽくなりました。ミーア嬢とお付き合いを始めてから、見違えるように感情も豊かになってきました。私共もとても感謝しています」
聞こえていますよお父様、と私は思ったが、そういえばリンスは変わった。初めて会った時のリンスはお人形のように無表情で、笑いも怒りもしなかったし、それ以前にしゃべらなかった。
今は感情を素直に見せて、笑って喜んだり、怒ったりしている。色々な人と喋って、色々な面を見せてくれる。
私は、リンスの友達に選んでもらえてよかったなと思った。そして今回の事件のおかげで、もしかしたら悪者達をこの街から一掃出来るかもしれない。これはいいきっかけだ。
よおし、頑張るぞと私は気合を入れた。




