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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第一章 捨てられ猫姫の新生活
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伯爵様の前で猫になってみた


 腕の良い彫金師のおじいさんの家には、お客様や業者の人がやって来る。


 今日は、立派な馬車に乗ったお客様がやって来た。人間の貴族だそうだ。おじいさんはこの貴族のおじさんに、立派な細工のキセルを頼まれていた。


 どうやったのかわからないほど、細かい模様で埋められた銀のキセルが、出来上がっていた。


 完成品を見てもらい、最終調整をするそうだ。拡大鏡を手にじっとキセルの柄を見ている貴族のおじさんに、お茶を出した。おじさんは拡大鏡を置いて、私に微笑み掛けた。そして、ありがとうと言った。


 このおじさんは優しいので好き。


 二年前に、私と同じ位の年の娘を攫われたそうだ。ずっと探し回り、私の噂を聞きつけて、ある日おじいさんの家を訪ねてきた。


 そして私を見るなり、ああ、違う、と言って項垂れた。四年前に奥方を病で亡くし、娘まで失って、彼は独りぼっちなのだ。

 全身から悲しみがにじみ出ていたから、手を引いて椅子に座らせ、背中を撫でた。

 私が不安になった時に、おじいさんがやってくれることだ。


 おじさんは顔をあげて私を見た。しばらくじっと見てから、ありがとうと言って頭を撫でてくれた。


 それからおじいさんに一本目のキセルを注文した。


 時々進み具合を見に来ては、おじいさんと話している。私にはいつも甘いお菓子を持ってきてくれる。だから私は、もっとたくさん来てね、と毎回言う。

 今のは三本目のキセルで、ブドウと蔓の柄を彫り巡らせた、華やかなものだった。


 おじさんの隣に座って、ミルク入りの紅茶を飲んでいると、おじいさんが言った。


「猫の姿になってごらん」


 いつもは、絶対に駄目と言っているのに、どうしたのだろう。困っておじいさんとおじさんの顔を交互に見た。

 おじさんは驚いていない。


「猫の姿になってもいいの?」


「お願いするよ。伯爵様も見たいそうだ」


 私が猫になって着ていた服の山の中から出ると、今度はおじさんも驚いていたようだ。しばらく見つめていたが、おいで、と言うので、おじさんの側に行って膝に乗り、腕に頭をこすり付けた。

 ブルーグレーの毛がウールのジャケットの腕にくっついた。高そうなジャケットなので、手先でそれを払い、ごめんなさいと言った。猫の姿なので、勿論人間には、ニャー、にしか聞こえない。


 初めは肩のあたりをちょっとだけ触って、猫だ、と言った。

 次は頭をすうっと撫でて、猫だよなと言った。


 そのうち遠慮なく抱っこして撫でまくるまで、そう時間は掛からなかった。



「綺麗な猫だなあ。こんな色の猫は見たこと無いよ」


 おじいさんが私を抱き取り、服と一緒にソファの陰に連れて行った。そして人間に戻りなさいと言ったので、人間になって服を着て戻った。

 人間の女の子は裸で人の前には出ないのだ。私はここで暮らし始めて二年目になっていて、人間界の常識も身についていた。


「ミーア、自分が生まれてから今までのことを、伯爵様に話してくれないか」


 話していいのか迷ったけれど、もう猫の姿を見ているし、おじいさんがそう言うのだから良いんだ、と思って話した。


 女王の娘として産まれたけど、選別式で選ばれなかったので、捨てられ猫姫になったこと。その後おじいさんに拾われて、一緒に暮らしている事。話は一分で終わった。


「どうして君は選ばれなかったの?」


「毛の色にブルーが入っていなかったからよ。ブルーが濃いほど魔力が強いのに、私はだだのグレイだったの」


「今はブルーグレーだよ」


「うん、今はね。でも選別式のときはそうじゃなかったの」


「この子は淡いグレーの毛をした、綺麗な子猫だったのですよ。可愛かったなあ。勿論今も可愛いけどね」


「君はどこに捨てられたの?」


「王宮の門の前よ」


「それから?」


「トンボと遊んで、お腹が空いていたら、おじいさんが食べる物をくれたの。美味しかったわ」


「ねえ、母親が恋しくない?」


「うーん。もう親離れしているから、特には」


「猫でいるのと人間でいるのと、どっちが好き?」


「人間よ。だってたくさん食べられるし、本も読めるし、何でも指で掴めるでしょ。それに、大人の人達は大抵人間の姿だったわ」


 おじさん、いえ、さっき正式に挨拶されたから改めます。ノーザン伯爵は、おじいさんに毎日の様子を尋ねた。


 毎日人間で過ごしていて、ごくたまに猫になると説明している。

 私は説明を追加した。


「だってね、猫になるともう一回服を着ないといけないでしょ。猫には何時でもなれるけど、人間に戻る時が面倒なの」


 そうだよね、とおじ......ノーザン伯爵がしみじみと言う。きっと同じように思っているのだ。気が合うわ。


 それから私の手を取って、目の中を覗き込んだ。


「僕の家で一緒に暮らさないか? 今すぐにではないけど、おじいさんが病気になったりした時にね。一人では心細いでしょ」 


 うんっと。これは本で読んだプロポーズというものだろう。すごい、まだ子供なのに、私ってモテるのね。

 ノーザン伯爵はもう少しで三十歳になるという、薄茶色の髪の毛と茶色の瞳の優しそうな人だ。少し年が上だけど、おじさんのほんわかとした雰囲気は大好きだ。


 照れながら、プロポーズですか? と聞いたら、2人とも顔を真っ赤にして口を手で覆った。


 ぐふぐふしながら、ノーザン伯爵が切れ切れに言った。


「違うよ。こういうのは、養子縁組と言うんだ」


「どう違うの?」


「お嫁さんではなくて、娘になるんだよ。そして私がお父さんになるんだ」


 すごい、お父さんができるんだ。お父さんって、王宮にもいなかったと思う。お母さんのことしか聞いたことがなかったもの。


 それで、聞いてみた。


「王宮にはお母さんしかいなかったの。お母さんは私達を産んだの。お父さんって、何する人?」


 おじいさんと伯爵様は口をパクパクさせながら、お互いに譲り合う仕草をしている。説明が難しい事をする人のようだった。大変そうなので、もういいよ、と言ってあげた。


 ゴホン、と咳をしてから、伯爵様が教えてくれた。


「おじいさんのように、君に寝床と食べ物と服を与えて、一緒に遊んだり本を読んだりするんだよ」


 ふーん、わかった。


「私、伯爵様の養女になります」


 だって、おじいさんはもうすぐ死ぬのだ。猫にはわかる。きっとおじいさんもわかっている。そして、伯爵様も。


 おじいさんの手を見たら、彫金の道具で引っ掻き傷ができていた。私はそこに手を翳して、治ってと頼んだ。


 傷がすうっと消えていった。こういうふうに治る病気だったら、私にも治せたのに。

 おじいさんの病気は治せない。

 治った手をスリスリとさすっていると、おじいさんが、ありがとうと言って頭を撫でてくれた。




 その半年後、私は馬車に乗って、伯爵様と一緒に新しいお家の門をくぐった。

 持って来たのは、宝物二つだけで、伯爵様が、それを仕舞っておく、小箱をくれた。


 大きな門だなあ、と思って見ている内に、銀色の門を通り抜け、更に庭園を抜け、邸の玄関前に馬車が止まった。


 伯爵様が手を取って、馬車から降りる手伝いをしてくれた。


 今日は新しい服と靴、それも今までとは違う、豪華で飾りやひらひらがいっぱいの物で装っているので、動きにくい。


 地面に足がついて、スカートがフワっとなったのが面白くて、スカートを揺らして遊んでみた。伯爵様は笑って見ている。



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おじいさん…良い人だ… おじさんも良い人だ。
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