リンスとバーバラの冒険
◇◇◇
そのころ、伯爵邸では、大人達が大騒ぎをしていた。ミーアが誘拐されたのだ。
リンスも護衛達も真っ青だった。
ルルとリンスたちの話で、ミーアをさらった二人組は公園の中を走って行ったと言うので、使用人達も総出で公園と周辺を探した。だが、今のところ何も見付けられていない。
伯爵はバーバラが攫われた時の事を思い出し、涙目になって探し続けていた。バーバラとリンスは伯爵邸に留め置かれたが、二人共じっとしていられるわけがなかった。
リンスが魔法を使って、護衛達に幻術を掛け、二人がいるように錯覚させて、そっと屋敷を抜け出した。魔法の事をバーバラは知らないので、少し不思議そうだったが、細かい事を考えている余裕はなかった。
「公園からどっちに向かったのかしら。バーバラなら公園の反対側にある下町を知っているでしょう? なにか思い当たる場所とかはない?」
「うん、公園から横に抜けた辺りに、泥棒横丁っていう場所があるよ。悪い事をする人たちしかいない地区なんだ。ここに来た時に、あそこに行っては駄目だと注意されたよ」
バーバラの言葉にリンスが頷き、二人はその地区に向かった。
バーバラはリンスの前に立ち、公園の中を進んだ。公園と隣接する森の境に、細い獣道のようなものがある。そこを進んでいくと、リボンが落ちていた。バーバラが見つけて手に取り、叫んだ。
「これ、今朝ミーアが付けていたリボンよ」
この道を通ったのは確実になったので、リンスは目を凝らして周囲を見ながら歩いた。
道に向かって伸びている小枝の所々に、ほんの少量の血が付いている。ミーアの血だ。思わず怒りがこみ上げ、背中の毛が逆立ちそうになったが、ここで猫に変身したら駄目。
犯人を見つけたら、噛み殺してやる。リンスはそう心に決め、怒りをなだめすかした。
その道を歩いていくと、森の中へ向かう別れ道に行きあたった。
「どっちかな。泥棒横丁はもう少し先の方なんだけど」
「ここを曲がるのよ。小枝にミーアの血がついているわ」
血と聞いてバーバラは真っ青になった。
「ミーアはケガをしているの?」
「血と言っても、引っ掻き傷程度よ。でも私には分かるの。こっちの道を進んでいるわ」
二人は森の中の本当に獣道としか思えない程度の道を進んでいった。
二人のドレスや手の甲や脚にも、ミーアと同じような、引っ掻き傷が幾つもできたが、二人とも気にも止めず、どんどん進んでいった。
しばらく歩いて森を抜けた先は、リンスが知っているようなゆったりとした品の良い住宅街ではなく、細い道の両横に背の高い建物がぎっしりと並ぶ下町だった。
そのうちの一つのドアが開き、中年の男が出て来た。男は二人を見てキョトンとしたあと、ニンマリ笑った。
「お嬢さん達。迷子かな?」
声を掛けながら、ゆっくりと近付いて来る。男はとても嫌な感じの笑い方をしている。バーバラが後退ってくると、リンスはその前に出てすたすたと進んでいった。
「リンス、逃げなきゃ危ないよ。森に戻ろう」
後ろから引き止めようとするバーバラの手をそっと外し、リンスは物も言わずに男に近づくと、伸ばしてきた男の腕をバシッと叩いた。すると、男は横に吹っ飛んで、出てきたドアの向こうに倒れ込んだ。
「さあ、行きましょう。こんなのに構っている暇はないわよ」
そのタイミングで唐突に、どこか上の方からミーアと少年がストンと降りてきた。すごく軽やかだったけど、目線よりずっと上から降りてきたのはわかった。
「バーバラ、リンス。一体なぜこんな所にいるの?」
二人は一瞬固まったように動きを止めた。ミーアがいる。無事だ。
まずバーバラがミーアに飛びついた。
次にリンスが二人をまとめて抱いた。
リンスとバーバラは、安心したのと、何だかわからない気持ちでワンワン泣いてしまった。しばらくしてから、ミーアはハンカチで、二人の涙を順番に拭き取ってくれた。
「私を探しに来てくれたのね。ありがとう」
少年が、ハンカチを受け取って、ミーアのポシェットにしまった。
「早く逃げないと、犯人たちが戻ってきてしまうよ。急いで家に帰った方がいい」
そう言うと、三人を先に歩かせ、一番後ろに回った。リンスは先頭を歩くと言い張り、二人の妹を小枝から庇いながら歩き始めた。
リンスの中に湧き上がった新しい気持ちは、相変わらず何だかわからなかったが、力がぐんぐん湧いてくるような気がした。
◇◇◇
森を抜け、公園を抜け、伯爵邸に戻ると、屋敷の中も外も大騒ぎの最中だった。
私に続き、バーバラとリンスもが消えるという、とんでもない事態に、皆パニック状態のようだ。
私の姿を見て慌てて駆け寄る使用人達に、三人共無事だと伝え、探しに出ている大人たちに連絡しに行ってもらった。
屋敷内に入ると、そこではリンスの護衛と侍女達が激しく言い合いをしていた。彼女たちはリンスの幻術から覚めたばかりのようで混乱している。
リンスが急いで仲裁に入り、言い合いを止めると、三人を見て、侍女と護衛達はその場にへたり込んでしまった。きっとすごく緊張していたのだろう。
しばらくすると、バラバラと大人たちが帰ってきた。泣く者も、笑う者もいたし、怒る者もいた。
お父様は泣きながら私を抱きしめ、バーバラを抱きしめ、リンスを抱きしめた。リンスはこんなことは初めてだったので、緊張して体がピーンとなっている。
捜索隊の中にはビリーもいた。ちょうど遊びに寄ったところにこの騒ぎで、一緒に捜索してくれたそうだ。
「ミーア。なんてことだ。怖かったかい」
そう大声で言った後、ビリーがそっと耳元で聞いた。
「犯人を叩きのめしてきたのかい?」
「いいえ、ちゃんと貴族猫の教えを守って、静かに逃げてきたわ」
私の横にやってきたリンスは、あら? と言った。
「貴族猫の教えってなあに。私は邪魔な男を一人殴って来たわよ」
貴族猫たちは、皆えっという顔でリンスを見た。私はリンスを見たあと、侍女達に目を移し、それからそっと貴族猫だけで部屋の隅に移動した。
私は侍女に、小さい声で、なんで? と問いかけた。
侍女達はオロオロした後、はっとした表情を浮かべた。
「だいぶお小さい頃に、貴族猫教育を受けておられます。王女様には不要な内容が多いので軽めでしたし、覚えておられないのかも....」
「それはマズイでしょう」
皆がハモってしまった。
リンスは少し困ったようだが、困ったことがあまりないのか、首をかしげている。
「何かまずかったの? 教えてくださる」
私はリンスの肩に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。
「今度教えるわ。まず宰相に相談するわね。今日のところは、ここまでにしましょう。犯人を捕まえたいのよ。たぶん、あの犯人たちは常習犯よ」
私の言葉に、リンスはバーバラから聞いた泥棒横丁のこと、それにリンス達が横丁を歩いていたら、襲われそうになったことを話した。
私も担がれている間に何人かが道に出てきたけど、誰も驚かなかったので、おかしいと思ったのだ。
あの一帯はやはり犯罪者の巣窟なのだろうか。
「どうあれ、ミーアを拐ったことは許しがたいわ。あの横丁は潰すべきです。お母様に頼んで、一掃してもらいます」
その言葉を聞きつけてバーバラが小走りにやって来た。
「私が昔誘拐された時、あんな場所に連れていかれてから、街外れの道に捨てられたの。それは私がすごく泣いて暴れたからで、面倒だって言ってた。今日あそこに行って思い出したよ」
リンスが再びキッパリ言った。
「住人は全員捕らえて、建物は取り潰します。そして過去の犯罪と誘拐した子供の売り先を聞き出しましょう」
さすが猫の国の王女様兼人間の国の侯爵令嬢。言い切るさまが堂に入っている。




