女王の決断
◇
パーラーに出掛けた日、王宮に戻ってから、侍女たちは昼間の体験を、何度も感慨深く思い返していた。
この夜、王女はなかなか寝てくれなかった。興奮して、時々猫になったりする。そして猫になって踊っているなと思ったら、そのまま寝てしまった。
猫の姿で眠る王女も、こんなに興奮して楽し気な王女も、侍女たちは初めて見た。
ベッドの真ん中に丸くなって寝る王女を、ひざ掛けでくるんでから、二人でゆっくりとお茶を飲んだ。
「緊張したけど、楽しかったわね」
「そうね。何にも問題なかったわね。なんで、今まで駄目なのだったかしら?」
「解らない。考えたことが無かっただけかしらね」
王女のドレスは、今まで王宮御用達の者をこちらに呼んで、自分たちが選んであつらえていた。王女が自分で選んだことなど一度もないし、着せたドレスに何か言うことも一切なかった。
ずっとこの部屋で過ごし、誰かに見せることがないため、気にしたことも無いだろう。
「今日は街で、すごく褒められていましたね」
「王女様、可愛いですもの。当たり前だわ。次はもっともっと、可愛くしてお出かけしなくてはね」
いつの間にか侍女たちも、お出かけを楽しみに思うようになっていた。
◇
女王は宰相からの手紙に目を通していた。
またミーア。
最近ミーアの名が頻繁に耳や目に飛び込んでくる。
今度は貴族猫の家に遊びに行く許可についてだ。
さて、どうしたものだろう。
女性だけに限定すれば、問題が無いとはいえ、王女をここまで自由に行動させたことは、いまだかつてない。自分自身もなかった。宮殿の中だけで暮らし、宮殿に来る者だけと接する生活をしていた。
そして、それについて考えたことはない。
先日のパーラーは概ね好評だったようで、侍女たちも護衛たちも良い報告を上げてきている。
実際にやってみて、全く不都合が無かったことで、次回のブティックについても了解したが、特定の貴族の家との交流はどうなのだろう。
今までの女王は、まさに女王として、たった一人で全貴族猫の上に君臨している。
誰とも特別な関係を持たないおかげで、誰にも特別な感情を持たない。それで全ての貴族猫に平等に接することが出来る。
王女の時から、一部の貴族猫たちと特別な関係を持った場合、それはどう影響していくのだろう。
人間界を見ると、それは当たり前に行われているようだ。
自分に近しいものを重用し、便宜を図り、そのくせなぜか裏切られたりすることもあるようだ。
私たち貴族猫には理解できない構造だが、人間界では容認されているようで、それを止めようとする様子もない。
だから何回も争い事が繰り返され、時に血が流れ、国が乱れ、民が迷惑をこうむる。
全く懲りない種族だ。
だが、我々は貴族猫だ。考え方も生活も、哲学も人間とは違う。これは、どうしたものだろうか。
宰相からの手紙を手に考え込んでいたら、夫が横に立ち、肩を抱いて来た。
「何を、難しい顔をして考え込んでいるの? 珍しいね」
「ミーアが、貴族猫の家に王女と一緒に遊びに行きたいそうなの。それを了承するか、却下するか悩んでいるのよ」
ネイトは微笑んだ。
ミーアも彼の子だ。しかもたった二人の子の内の一人だ。少し興味があるのだろう。
「おもしろい子だね。ちょっと興味が沸いて来たよ」
「他の女性に興味を持たれるのは嫌だけど、彼女はあなたの子供だものね。本能があの子を恋愛対象から外しているでしょうから、興味は許してあげる」
「君以外は、恋愛の対象外だよ。で、どうする気なの。王女の交流を許すの?」
女王はもう一度考えた。
自分が王女から女王になった時、自分の周囲にいる者は、王宮に勤める者達だけだった。それで問題は無かったし、その者達に特別に何かの特権を与えることも無かった。
そう考えれば、一部の者達と交流をしたからと言って、何か困ることが起きるとは思えなかった。
王女が女王になることは変わらない。
王女の伴侶は大会の勝敗で決まる。王配になった者は、その瞬間から家族との縁が切れてしまうので、その後の付き合いはとてもあっさりしている。
ふうっと息を吐き、女王は決定した。
この変革を進めてみよう。いつも、いつまでも同じ事の繰り返しがいいとは限らない。やってみて問題が起これば修正すればいいのだ。
手紙に了承の印を押した。
その横に、監視役を付けて様子を報告すること、問題が起こりそうなら、すぐに知らせることと大きく書いた。
それを控えている侍女に渡してから、夫に向きあった。
「認めることにしたわ。やってみましょう。ミーアの提案はおもしろいわ」
「たぶん、ミーアは君に似ているんだよ。従来と違う事にひるまないその性格がね」
ネイトは楽しそうに笑った。




