楽しい旅の始まり
旅行の支度が整った頃、茶黒コンビが遊びに来た。
「旅行の支度は終わったのかな?ミーア」
「いいなあ、僕も海に行きたいよ。絵葉書のお土産を頼むよ。それを見て三年後を楽しみに待つんだ」
二人は、とても羨ましそうにしている。
今の彼らは働いているのだ。だから気ままに旅には出られない。自由なら、ぜひ一緒に旅に行きたかったと、お父様も残念がっている。
卒業後、パーシーはオーケストラに入り、バイオリン奏者として働いている。ピアノを弾くのも上手で、将来は作曲をしたいそうだ。
がさつそうなビリーは、人間の伯爵家の三男だった。だから、自動的に猫の国の王宮の仕事を割り振られ、戸籍の登録係をやっている。
王宮は実は人間の侯爵家の屋敷だった。レジーナ侯爵家という、とても古い家門で、人間界の中でも別格扱いされている。古いしきたりが多く、謎めいた家門との評判だ。
この侯爵家とつながりが深いのは、皆貴族猫の家門だ。結構な数が居るのと結束が固いので、一大勢力になっているそうだ。
だからビリーの人間界での仕事は、レジーナ侯爵家の従僕だ。
本当は猫の姿で、南の国の木陰で寝て過ごしたかったそうなので、とてもがっかりしている。
三年の任期の後、次の三年は休みをとって、海のある暖かい所に住もうと計画中だ。全部で五期15年間、王宮の仕事をしないといけないらしい。
彼らが学校を卒業した頃には、私は一人で皇宮に通うようになっていた。もう送り迎えは必要ない。
それでも彼らは時々、様子を伺いに来てくれる。お父様とも仲良しで、三人で良く喋っている。
先日は一緒にパブに飲みに行ったようだ。
「猫は酒に強いのかね?」
お父様が聞いた。
「どうでしょうか。普通に飲みますが、大量に飲むことはありません」
そんな会話をしていて、その夜、御父様だけがベロベロになって帰って来た。
本当は猫ってお酒に強いのかしら?
「分からないよ。僕らはあんまり酔っ払わないんだけど、ひとなめで酔っ払う奴もいるからね」
パーシーとビリーはすました顔でそう言う。個人差というものかしら。私も今度試してみようと思う。
二人には絶対にあの水着を見せたかったので、私の部屋まで連れて行き、きっちり詰め込んだスーツケースを開け、水着を取り出して見せた。
「わ~、凄い色と柄の水着だね。そんなにビラビラしていたら溺れない?」
「さあ、泳ぐのは初めてなので、わからないわ」
「何で、そんな柄なの?」
「さあ、お魚に見えるように、かな」
「イソギンチャクじゃないか?」
「クラゲかも」
ルルが横で見ていて口を挟んできた。
「全部違います。これが今一番の流行の水着なんです。着るとふんわりして、かわいらしく見えるんです」
そういえば着てみたことはなかった。それでは着てみましょうとなり、さっそく試着をした。
かぼちゃのようなショートパンツと、ひだやシャーリングがいっぱいのブラウスは、全体的にサーカスのピエロのような感じだった。
おまけにナイトキャップのような帽子に、髪の毛を全部しまい込む。
ルルが、かわいい~と叫び、パーシーとビリーは大笑いした。
「これ、着るの?」
「とっても、素敵です。お嬢様。それに海に行けば、皆同じような恰好をしていますから大丈夫」
ルルがそう言うが、これはちょっと、間違えているような気がする。皆がそうだから、皆一緒におかしければ大丈夫と言われても、困ってしまう。
これは着ないで済むよう、努力することに決めた。
私達が馬車で旅立ったのは、その3日後だった。
長い馬車の旅も、猫の姿になれば楽に気持ちよく過ごせる。
丸くなって、椅子の上で眠って過ごし、時々ルルの膝の上で眠らせてもらう。
休憩の時には人間になって体を伸ばし、そこらを歩き回って気分転換する。
人間のお父様とルルは、体が固まってしまって痛いと嘆いている。彼らも猫になれたらいいのに。
旅の途中の宿場での休憩はすごく楽しい。
見たことのない料理や、果物が出てきて驚く。ゆっくりの旅程なので、何回も休みを取るし、宿への宿泊も二回ある。帰りも同じ宿に予約をしてあるので、お土産を予め選んでおいた。
馬車を乗り換えながら、だいぶ海の近くまで来た所で、パイナップルを串に刺した物を売っていた。
すぐに馬車を止めてもらい、冷たく冷やしたパイナップルを三本買った。
「これ甘い。大きい果物ね。小さく切ったのは、食べたことがあるけど、こんなのは初めて」
縦にスライスされ、バナナみたいな形になったパイナップルを、むしゃむしゃ食べた。甘い果汁が口の中に広がって、最高だった。もう一本買ってもいいかな、と聞いたらお腹を壊すから駄目と言われてしまった。
仕方なしに、帰りも絶対に同じ道を通って、とお父様に頼んだ。
笑いながら絶対に同じ道を通って貰うよ、と約束してくれたので、渋々諦め、お父様のを一口貰って我慢した。
ようやく海辺の宿泊先に付くと、ベッドにダイブして、猫になってジャンプしまくった。
もう馬車に乗らなくていいんだ。
馬車の旅も楽しいことはあるけど、退屈だった。たくさん寝られたのは良いけれど、お父様とルルは体が大きいから横になれず、とっても大変そうだった。
でも、もう終わった。やったー。
ルルがやってきて、お着替えして散歩に行きませんかと言う。
「休まなくていいの? 疲れたでしょ」
「嬉しくて寝てなんか居られませんよ。まだ四時過ぎだし、ちょっと街を歩いてみましょう」
私は一番お気に入りのワンピースを着せてもらい、つばの広い帽子を被り、首の所でリボン結びにしてもらった。リボンを結ぶ位置で、恰好良く見えたり、もっさりしたりと、雰囲気が変わる。
ルルはセンスが良いので、ミーアは一端のおしゃれな貴族令嬢に仕上がった。
自分の姿に満足し、ポーチにハンカチを入れて持つと、意気揚々と散歩に出かけた。
ホテルの前の道には、色々なお店やお土産屋さんが並んでいる。
すぐ隣がケーキ屋さんで、甘い匂いが漏れでてくる。窓から小さくて美味しいそうなケーキが並んでいるのが見え、もうすぐにでも買いに入りたい。
その隣は帽子のブティック。ショーウインドには、きれいな造花がこんもりと飾られた、麦わら帽子が幾つも飾られている。
欲しい。ものすごく可愛いし、きれい。
ナターシャ先生のお土産に買いたい。
「ルル、ナターシャ先生に似合うのはどれだと思う?」
「あの上から2つ目の、白と黄色の造花とレースが一杯付いたのはどうでしょう。
繊細で儚げな雰囲気が、ナターシャ様ぴったり。でもリボンの色は替えてもらわないと。色が合っていませんよ」
じゃあ、となって早速店に入り、帽子をウインドウから降ろして見せてもらった。すごく素敵。でもリボンの色はルルの言う通りだ。
店員さんと三人でリボンをあれこれ試して、やっとナターシャ先生の帽子が決まった。
リボンに合わせて少し造花を追加してもらい、出来上がってからホテルに届けてもらうことにした。
ルルがお嬢様の分もと頼むと、私にピッタリの白と水色の帽子を店員さんが選んでくれた。それは直さなくても良かったので、そのままもらうことにした。
「ちょっと待ってくださいね、もう一色、花を追加します。きっと素敵だわ」
店員さんはそう言って、濃いスミレ色の小花を二箇所に追加した。すると可愛いだけでなく、すごくおしゃれな感じになった。
その店で1時間以上楽しく過ごしてしまい、夕食の時間が迫ってきたので、ホテルに戻らなくてはいけなくなった。
結局この日のお散歩は、ホテルから二軒目で終わってしまった。
新しい帽子を被ってホテルに戻ると、お父様がロビーで待っていた。
私を見ると、感激したように両手を差し伸べてソファから立ち上がった。
「なんてことだ。驚くほど粋だね。その帽子はどうしたんだ」
「二軒隣の素敵な店で買ったの。ナターシャ先生のおみやげと一緒に」
伯爵は帽子と、それを被った私を絶賛し、明日また他の帽子を見に行こうと約束してくれた。




