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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第二章 ミーアの困った姉妹たち

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旅行の支度


 私の腕は細かくぷるぷる震えていた。


 精いっぱい伸ばした指先に神経を集中させ、美しく見えろ、と念じる。

 その目の前にプリマドンナがふわっと舞い降りる。

 

 くるっと回って回って、何回か数えるのが難しくなった頃、ぴたっと正確に停止した。


 今の私には到底真似できない美しく切れのある動きだ。

 素敵、先生、最高!


 感激している私と同じように、観客たちが感激して拍手している。それがようやく収まって、挨拶に移るころ、観客席から色々な声が聞こえて来た。猫は人間よりずっと耳が良いのだ。


『まだ小さいのに、動きがすごくなめらかできれい。プリマドンナのナターシャのデビュー当時を彷彿とさせる。そしてとても可憐でかわいらしい。

 今回はいいものを見た。帰ったらみんなに教えてやろう。小さな妖精の王女を踊り切った、王立バレエ団の期待の新人ミーア嬢の事を』


 どうやら、私の事を褒めているようだ。私にとっては不本意な出来だったのに。


 観客席の一角にお父様が友人知人を招いて座っている。

 周囲の驚きと称賛の声に、お父様自身が舞い上がりそうになっている。さんざん褒められ、おめでとうの言葉をシャワーの如く浴びた後、お父様は大きな二つの花束を抱えて舞台に近付いて来た。

 一つをプリマドンナのナターシャ先生に、もう一つを私に手渡した。


「素晴らしかったです。ナターシャ嬢。そしてミーア、お前は最高だよ」


 私はスタッフが渡してくれたタオルを首に掛けて、汗をぬぐっていたが、その誉め言葉に下を向いてしまった。


「一か所、間違えてしまったの。勢いが付きすぎて、少し行き過ぎてしまった所があって、先生がそれに合わせてくれたの」


「ミーア、それくらい良くあることよ。気にしないでね。それらをリカバリーして、きれいに収めるのもプリマドンナの役目なのよ」


「私、もっと練習してプリマドンナになる」


 お父様はお前なら絶対になれるよ、と言って私を抱き上げくるくる回った。


「本当に仲の良い親子ね。うちの父も、少し見習って欲しいわ」


 ナターシャ先生の父親は、気ままに旅をしては、その地で猫の姿で過ごす生活をしている。そのため、あまり家族と一緒に暮らしていない。

 だから、私達の親密な様子を、時々うらやましがるのだ。


 ナターシャ先生はきれいな短毛種の白猫で、ほっそりとした、しなやかな体をしている。人間の姿もやっぱり似ていて、白い肌にほっそりとしなやかな筋肉質の体をしている。


 私が貴族猫の世界と関わり始めてすぐに、ナターシャ先生はバレエの個人教師になってくれた。

 王立バレエ学校での私達は、プリマドンナと一般の生徒としてお付き合いしていて、個人レッスンを受けていることも、仲良しなのも内緒だ。

 

 今回の公演で私は小さな妖精の王女に抜擢され、ソロで踊ることになり、バレエ団でも、ナターシャ先生と一緒に練習するようになった。そのため、仲良しなのを隠さなくて済んで、とっても楽になっている。


 お父様の手が下がっていくと、私はふわふわのスカートをふんわり膨らませて、床にトンとトウで立った。


「立ち姿がすごくきれいよ。やるわね」


 王立バレエ団の先生が、満足そうに言って手を叩いた。


 その後しばらくは、新聞記者や、友人知人の訪問、ファンからの手紙などで落ち着かない日々が続いた。華麗なるデビューを果たし、新聞でも踊りと愛らしさを絶賛され、すっかり人気者になっている。

 そんな中、お父様が旅行を提案してきた。私へのご褒美だと言う。

 二人で、どこに行こうか楽しい相談をして、私が海を見たいと言うと、お父様が場所を選んでくれた。


 海は見た事が無い。

 絵本や本で読んだことはあるけど、ずーっと水があって、その先も水だなんて無茶なもの、あるはずが無いと疑っていたのだ。

 そして、もし本当なら、ぜひ見てみたい。


 水はどこで止まるの?

 端っこが無ければこぼれるじゃない。

 もしかしたら、海を見るには、高い崖のようなものを登らないといけないの?


 私は体力を付けるため、食事をいつも以上に摂り、運動もたくさんした。


 ルルは、最初色々と言っていたが、その内にあきらめたようだ。今は黙ってせっせと旅の荷物を詰めている。


 昼間のドレスに夜用のドレス、下着に水着。

 この水着がすごい。ビラビラがいっぱいついて、長毛種の猫のような見た目になる代物だ。しかもツートンカラーの横縞模様。

 横縞模様の長毛種っていたかしら。今度、生物学の先生に聞いてみよう。



 私は今年十歳になった。

 人間の学校に通い始める来年までは、家庭教師と猫の国のカリキュラムに沿って、勉強をしている。


 どちらもすごく面白い。中でも特別に面白いのは魔法学だ。今最も熱中しているのが空中飛行で、鳥のように飛ぶのではなく、一蹴りでの飛距離を数倍、数十倍に伸ばすものだ。


 上達すると、一キロの道のりを数歩で行けるし、木の天辺から他の木の天辺を渡り歩くことも出来る。

 私は今一蹴りで三百メートルまで飛距離を伸ばしている。

 今でそれなので、成猫になったら一体どこまで飛距離が伸びるのかと、先生達を驚かせている。


 ほとんどの魔法に関して、私は破格の成績を叩き出していた。その理由は王女猫で、特別に魔力が強いからだが、それは一般の貴族猫には伏せられている。

 知っているのは、国の要職に就いている猫達だけだ。



 宰相が先日、政治、社会の授業で言っていた。

 国の要職についている猫達。それは決して望んで、その地位についたのではない。中でも、人間界で貴族家門として生活している一族は、問答無用でその職を割り当てられる。


 貴族家門は人間界との接点であり、ボロを出されては困るので、好き勝手をさせないためでもある。

 大体において自由を好む猫の中で、そういったややこしく責任のある仕事をしようと思う者は少数派だ。大抵は、楽なこと、楽しいことの方を選ぶ。


 特に宰相になど、なりたい猫は一匹もいない。彼はくじ引きで負けたので、仕方なくやっているそうだ。

 猫の国の大臣たちは、人間達が地位に執着する様を、とても不思議に思って見ている。

 まあ、お金がないと生活できないからだろう、と推測している。


 猫は違う。服は自前の毛皮、食のハンティングは本能だし、家が無くても特に困らない。つまり衣食住は働かなくても賄える。お金があって、人間の世界で美食を味わう生活をしていても、ベースにはそれがある。

 人間の美食をしたければ人間のお金を稼ぐ。

 どっちでもその時の気分で選ぶのだ。

 もし老衰や怪我、病気などで狩りができなくなれば、王宮と猫の国が保護する。

 猫の国は自分達の在り方に、充分満足している。


 文句があるのは、要職を押し付けられている家だけだ、と。それを宥めるため、年に二度、高純度のマタタビパウダーが女王から贈られる。あれには、誰も逆らえない。



 宰相の話を聞いて、私はおじいさんを思い出した。そう言えば、おじいさんは猫に近い生活をしていた。


 魚を釣り、ウサギや鳥を狩る。

 庭で野菜を育てる。

 それを食べて生活する。


 半日お金をもらうために働いて、後は昼寝してから私と遊ぶ。

 夜は一緒に星を見て、温かいミルクを飲んで寝るのだ。


 宰相が言った。


「それは珍しいくらい上等な人間ですな」


 私もそう思う。


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