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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第一章 捨てられ猫姫の新生活
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選別の日、私は捨てられ猫姫になった


「さあ、王女様、こちらにお並びください」


 そう促され、私ともう一人は壇上に登った。


 私は猫の王国の王女だ。隣に居るのも王女。私たちは二人一緒に生まれた。そして母はこの国の女王。

 猫の王国は代々女王によって統治されている。


 普通の猫は一度に四匹から五匹の子供を産むと言うが、女王からは一度に二匹しか産まれない。しかも女王の出産は人生で一回こっきりなのだ。


 そうして生まれた私たちは、どちらも王女様と呼ばれて育つ。私達には、王女様という呼び名以外の名前は無い。

 同じ服に、同じ食事、同じおもちゃ、何もかも同じ物を与えられて一緒に育てられる。


 産まれてちょうど四ケ月後の今日のこの日、選別の日まで。


 

 猫の国の貴族は貴族猫と呼ばれる。猫と人間の両方の姿を持っていて、どちらの姿にも、自在に変身出来る。

 貴族猫は生まれて四ケ月後まで、平民猫と同じペースで成長するが、それからは人間の成長ペースに切り替わる。つまり人生の大きな区切りの時なのだ。


 この選別の日、どちらかが王女として選ばれ、プリンセス・ブルーという名を貰う。そしてもう一人は、捨てられ猫姫になる。



「さあ、王女様、猫の姿をお採りください」


 そう言われて、猫に変身する。


 今日、この場で猫の姿になるのは、二人の毛色を比べるためだ。

 全ての猫の中で、ブルーの毛を持つのは女王のみ。それが王族の証であり、色の濃さは魔力の強さに比例する。 

 私たちは幼いので、グレーベースにブルーが少し混じるだけだが、毛色がブルーに近い方が王女として選ばれる。

 

 貴族たちの、ざわめきが聞こえる。

 隣の王女は少しブルーががったグレーの毛並み、私は淡いグレー単色。ここまでブルーが入っていないのは珍しいらしい。今までも、猫になる度にそう言われてきた。


 結果は一目瞭然だった。微妙なところで意見が割れて揉める、なんてことが起こらなくて、いっそすっきりしている。


 私は壇上から降ろされ、壇上に残った王女の頭にプリンセスの冠が載せられ、拍手が鳴り響いた。


 そして私は、身一つで王宮から放り出された。

 だけどそれで困るわけでも無い。どちらかが捨てられる前提なので、私達は猫としての基礎をしっかり教わっている。四ケ月目というのは猫にとって、親離れと独り立ちの時でもある。平民猫ならば、あたり前の自立の日なのだ。


 

 私は生まれて初めて、門の外から王宮を見上げた。


 金色の門がしっかりと閉まっていて、戻ることは出来ない。それに戻っても居場所がないので、とぼとぼと王宮を背に真直ぐ歩いて行った。

 もちろん猫の姿でだ。だって、服を着ていない。


 そこのところはしっかり言い聞かされている。人間の六歳の女の子は、一人ぼっちで、しかも裸で歩き回ったりしないそうだ。だから、ずっと猫の姿で生活するようにと教わった。


 トットっと歩き、森の茂みの影で少し眠り、そこら辺の草や実を食べて水溜まりの水を飲み、またトットっと歩いた。天気がいいので気持ちが良かったが、お腹が空いた。


 トンボが飛んできたので、追い掛けて走って、また走って、でも逃げられてしまった。ジャンプで爪が届きそうなところまで迫ったけど、少しだけ届かなかった。


 一旦休憩、と思って陽だまりに座り込んだら、すごくお腹が空いているのに気が付いてしまった。


 少し離れたところで、男の人が座っているのが見えたので、何かもらえないかなと思い、近寄って行ったら、追い払われてしまった。

 おいしそうなパンを食べていた。あんなにあるのに分けてくれないなんて。私はまだ小さいし、猫だからほんのちょっぴりで足りると言うのに。

 意地の悪い人間だわ、と腹を立てながら他を探した。


 もう少し離れたところに、また男の人が座っていた。棒の先に糸を付けたものを持っている。何をしているのだろうと思って見に行ってみた。


 今度の男の人は、私を見ておいで、と言う。年齢が高そうなので、おじいさんと言ったほうがいいだろう。

 近くに行くと、パンにハムを挟んだものをちぎって私の鼻先に差し出した。


 なんていい人なんだろう。ありがとう(みゃあ)とお礼を言ってから、顔と手を洗い、毛繕いをして、それからパンをいただいた。

 これでも、元王女候補だ。下品なふるまいは出来ない。


 品よくパンを平らげ、ごちそうさまでしたとお礼を言う私を、彼はずっとにこにこしながら見ていた。急に紐がピンとなり、おじいさんが棒を引っ張り上げると、糸の先に魚が付いていた。


 私は、魚はグリルした物か、ムニエルにした物しか見たことが無い。

 こんな風に動いている魚は初めてだ。


 おじいさんが、私の前に魚を置いた。ぴちぴち跳ねている。


 遊ぶの? とおじいさんを見ると、どうぞというように手を出した。さっそく、魚の腹に手を置いてみた。ビクンと跳ねる。

 うわ~気持ち悪い。

 思わず猫パンチを数発繰り出してしまった。


 おじいさんは楽しそうに笑って見ている。魚とたくさん遊んだ後で、おじいさんが私をジャケットのポケットに入れた。


 それから魚をバケツに入れ、棒を持って歩きだした。私はゆらゆらするポケットの中が気持ちよくて、そのまま眠ってしまった。



 暖かくていい匂いがして目を覚ますと、私は畳んだ毛布の上で寝ていた。


 おじいさんが野菜のスープと、さっき遊んだ魚を、生のまま皿に乗せて出してくれた。

 皿は床の上に置いてある。それでは食べられないので、人間の姿になった。


「おじいさん、ありがとう。でも生のお魚は食べられないの。スープもスプーンが無くては飲めないわ。用意してもらって悪いのだけど」

 

 おじいさんがその場に尻餅をついた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 王宮の執務室で、叫び声が上がった。


「捨てられ猫姫の行方を見失った!」


 王宮の従僕達が小さくなっている。


「門の外に座って、こちらをじっと見ている姿を確認しています。迎えに行くまでの、ほんの少しの間に、姿が見えなくなってしまいました。もちろんすぐに追い掛けましたが、どこにもいなかったのです。子猫だし、そんなに遠くまでは行けないと思うのですが」


 報告を聞きながら、まずい事になったと宰相は慌てた。捨てられ猫姫が、人間の前でいきなり人の姿になったら、大騒ぎになる。


「さんざん言い聞かせていても、八歳以下の子供は時に変身してしまう。そのたびに忘却魔法を掛けて、人の記憶を消すことになる。捨てられ猫姫は六歳。その辺りの認識がかなり甘いはずだ」


「そうですね」


 うなだれる従僕を睨み付けながら、宰相はこの先の流れを思い浮かべた。

 貴族猫になるためには、六歳の誕生日とそれから三日間が大切なのだ。


 まずは誕生日に名前を付ける。この日に名前を貰って初めて、人間としての意識が確立される。名前を貰えないと、猫の意識しか持たない半端な猫人間が出来上がってしまう。

 そして子供達は誕生日からの3日間を人間の姿で過ごす。その期間中ずっと猫の姿でいると、人間に変身できなくなり、平民猫に変化してしまうのだ。


 その二つが揃って、正式に貴族猫の一員として登録される。


 捨てられ猫姫は、その三日間を猫の姿で過ごすのが決まりだ。そうしてただの猫、つまり平民猫に変わるのだ。その時、毛色からブルーの色味も抜ける。


 それは別に不幸な事ではない。平民猫になり、平民猫としての一生を送るだけのことだ。

 そこまでが選別の日の儀式なのに、これは大失態だ、と宰相は豊かな髪を掻きむしった。


「人間だったら、選ばれなかった方を殺してしまうのだろう。だが我々はそんなに野蛮ではないのだ。同族の命は大切にする」


 そう言って宰相は胸を張った。

 宰相は兵士達を呼び、すぐに捜索を始め、捨てられ猫姫の居場所を探し出すよう命令した。



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