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9.騒動

ガタン、派手な音が襖越しに聞こえた。

これには流石に光司さんのお母さんも首を傾げた。

そうして、とうとう収まらないざわつきにちょっと見てきますねと言って席を外したのだ。


当初は大人しく待っていようと思ったのだが、

女性の物らしき叫び声が聞こえて来て、黙って座っている訳にもいかなくなった。


駆け足で玄関先に行くと、そこには派手な女の人がいた。

濃い化粧が似合う目鼻立ちのはっきりした美しい容貌に、

高級品であろうスーツに包まれた豊満な肢体が合わさって自然と目を惹いた。


そんな如何にも性格のきつそうな女性に対して、和服姿の細い彼女は背筋を伸ばして相対している。


「だから貴方の旦那が本当に愛しているのは私なの!あの人を幸せにしたいなら解放してあげて。」


美しい女はそう金切り声を上げて、私は一瞬でこれがどういった事態なのか悟ってしまった。

多分、女を門前払いにしようとしたのだろう使用人たちは険しい表情を浮かべている。


「貴方の意見を聞く事はできません。いきなり尋ねて来て不躾ではないですか。」

お母さんは静かでよく通る声で言った。

儚げな彼女にきつく言えば、あっさり言う事を聞くと思ったのだろう。

女の表情が見る見るうちに紅潮して行く。


「何よ!澄ました顔をしちゃって。前の奥さんが亡くなったのをいい事に、

品のよさそうな顔をして付け入った癖して。偉そうな顔をするんじゃないわよ。」


パァン

派手な音がした。

お母さんが女の顔を叩いたのだ。

彼女の美しい容貌に思いっきり紅葉の様な手形を付いている。

女は何が起きたか分からないと言うように呆然とした顔をして、

ゆるゆると事態を認識するとお母さんを般若の様な表情で思いっきり睨みつけた。


それから彼女も手を上げようとして。


「何をやっているんだ。」

光司さんの低い声が響いた。

無意識の内に緊張していた体が緩む。

女は体格のいい彼に一瞬怯んだが、すぐに持ち直した。


「あの人の息子さん?この頬を見てよ、酷いでしょう。こんな女に育てられるなんて可哀相。

私が新しいお母さんに、」

「いい加減にしろ。」

光司さんはぴしゃりとした声で言った。

私が聞いたこともない触れれば凍傷を起こしそうな位冷たい声だ。


自然、背筋が震えた。


「あの男が外で何をやっているか知った事じゃない。

金が欲しいのか、立場が欲しいのか知らないが直接交渉すればいい。

最もそんな事をしたら、すぐに捨てられるのがオチだけどな。」

淡々と言い捨てた光司さんは無表情でだからこそ、凄味があった。

そことで彼は一呼吸置くと、顔が青ざめている女に憐れみを見せた様に言葉を続けた。


「あんただって、本当は分かっているんじゃないのか。」

光司さんがぽつりとそう言葉を零すと、

固まっていた女が身を翻して逃げて行った。


途端、崩れ落ちたお母さんに使用人達が集まると、奥の部屋に連れて行った。

そんな彼女に光司さんは耳元で何かを囁くと、私の腕を掴んで玄関から外に連れ出した。


生ぬるい外独特の空気が体を包んだ。

外はすっかり暗くなっていて、それでも彼が倦怠している事が分かった。

行く先を告げるでもなく、歩いて行く光司さんの後を私は小走りになってついて行く。


こんな時になって、初めて彼が歩調を合わせてくれた事を悟った。


辿り着いた先は公園のベンチだった。

そこに座っている光司さんの隣に黙って寄り添う。


「悪い。」

暫くして光司さんは口を開いた。

横顔を見ると、少しづつだが血の気が戻っている事が分かる。


「貴方が謝る事じゃありません。」

「けど、嫌な気分になっただろ。」

「家が複雑なのはお互いさまです。光司さんが思っている程、私は繊細じゃありません。」

そう私は断言すると、彼はクツクツと笑い始めた。


「そうだな。偽装婚約の話に乗って、ジェットコースターが好きで、映画はアクション物が趣味で、」

そこで話は一旦途切れた、

そうして、


「何時も人の目を見て、はっきりと意見を言う。」


小さな声で言ったその言葉は何処か甘さを感じさせた。

心臓が誤作動を起こした様に、一拍撥ねる。

顔が僅かに赤くなっているのが分かって、今が夜で良かったと思った。


「母さんと父さんは恋愛結婚だった。俺を産んでくれた女の人とは会社絡みだったらしい。

もう、俺はぼんやりとしか覚えていない。薄情だよな。」

私は黙って光司さんの話に耳を傾ける。

そうして欲しいのだと、隣の彼の体温が強く訴えている気がした。


「今でも父さんは母さんの事を愛している。それは間違がいない。二人でいる時は優しい目をする。

それでも、あの人は彼女を傷つける振る舞いばかりする。父さんにもどうしようもないんだよ。

人の上に立つ強いプレッシャーによるストレスを女遊びで解消しようとする。

あの人はああ言う生き方しか知らない。変えられないんだ。」

そうして、光司さんは髪を乱雑に掻き上げた。

それから長い沈黙の果てに言った。


「俺も父さんみたいに成りそうで怖い。」

そう零した彼は、傷ついた男の子の様に見えた。

私は光司さんの冷たい手の上に手を重ねた。

それぐらいなら、今の立場でも許されるだろう。


面倒見の良い光司さんが如何して結婚を嫌がっているか分かった。

きっと、大事な女性を致命的に傷つけてしまうのが怖いのだ。


恋愛感情が人を幸せにするとは限らないと彼は既に知ってしまっていた。


辺りの光景が闇に溶けて行く。

それでも私は彼の傍から離れようとはしなかった。

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