8.母親
光司さんが爆弾発言をしたのはお店を出た後の事だった。
世間話をする様な気軽さでこう切り出されたのだ。
「あ、そうだ。パーティーには母さんも来るから、一応先に挨拶しておいて。」
お見合いの時には顔を合わせたが、余り話はしなかった。
なので公式の場所で再開する前に交流をしておいた方がいいと言うのは分かるが…。
「パーティは来週ですよね。何時お会いすればいいのでしょうか?」
向こうも忙しいだろうし、私にも心の準備と言う物が必要だ。
当然のことながら、婚約者の母親に挨拶をするんなんて言う経験はない。
「カナコが良かったら、今日にでも。」
「今日!?」
「急すぎるか?ジジイがあんたを連れて来いって言ったのもつい先日だったからな…。」
「いいえ、驚いただけです。ドレス代の分は働かせて頂きます。」
「まだ根に持っていたのかよ、それ。」
「気軽に払っていい額ではありません。アレは。」
そこで私は深呼吸をする。
これから、彼の母親に好印象を与えないと不味いだろう。
「そのどういった方ですか?」
「苦労人だ。前に会っただろう?」
「正直な所、よく覚えていないんです。申し訳ないですが…。」
「まあ、ちょっと経っているしな。当然と言えば当然か。まあ、怖い人じゃないから安心しろ。」
とにかく、パーティー等の同じ要領で礼儀正しく振る舞えばいいのだろう。
何故か、光司さんの祖父に紹介されると言われた時より段違いの緊張が私を襲った。
私はお年寄りには好かれやすいのできちんとした振る舞いをすれば大丈夫だという意識があったのだ。
それに加えて、年のかなり離れた男性よりも年齢の近い女性の方が見る目がずっと厳しいからだろう。
「格好はこれで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ。そう言うのを気にする人じゃない。」
後それから、と彼は静かに言葉を続けた。
空気に溶け込ますような密やかさで光司さんは言う。
「母さんと俺は血が繋がってないから。俗に言う義理の母親だ。」
「お見合いの時にそれは伺いましたが…。」
「そうか。けど一応言っておこうと思って。」
「いえ、」
お見合いの時は然程仲が悪そうには見えなかったので気に留めなかったが…。
ひょっとして、色々複雑な関係なんだろうか。
ふと、そんな事を思った。
そう言う訳で、私達は宮之瀬邸に行く事になった。
夜も暗くなってきたし、危ないと言うのでタクシーを使っての移動になった。
窓の外を見る彼の横顔は無表情で端正なだけに何処か人形めいた無機質さを感じさせた。
今日一日でやや疲れていた私は軽く目を閉じると、睡魔に襲われて行った。
車が止まる振動で目が覚めた。
窓の外を見ると、規模の大きいお屋敷が見える。
如何にも名家の住む家と言う感じで、正直な所イメージ道理だった。
広い玄関を通ると、荷物を受け取る為に使用人が出てくる。
如何にも有能そうな彼女は私を見かけると品の良い笑みを浮かべて、お辞儀をした。
多分、私が婚約者だと言う事は知られているんだろう。
それを思わせる対応だった。
「母さんはいるか?」
「ええ、奥の間にいらっしゃいます。後でお飲み物とお茶菓子を持って行きますね。」
「頼む。」
光司さんはそう言うと、背を向けて歩き始める。
私はその後を慌てて追った。
「貴方が可奈子さんね。今日は遊びに来てくれて嬉しいわ。」
そう言って笑う、彼の母親は何処か儚さを感じさせた。
見合いの時も思ったが彼女はとても若い。
私と10歳も変わらないのではないのだろうか。
和服を着ているせいで、多少は年嵩のように見えるがその稚さは隠せなかった。
「私もお会い出来て嬉しいです。」
そう言って、私が意識をして優しげに微笑むと場が和むのを感じた。
その時に光司さんの携帯の電話が掛っていた。
彼は咄嗟に電話に出ると、顔を顰めた。
「カナコ。悪いけど、仕事の話になるから一旦席をはずすわ。母さんと話していて。」
「ええ、いってらっしゃい。」
私がにこやかに微笑むと光司さんは退出してしまい、
彼のお母さんと二人きりになった。
「あの子は貴方に気を許しているようですね。」
「そうですか?」
「ええ、私にはそう見えます。お見合い相手と上手くいくのか心配しましたけど、少し安心しました。
気難しい所のある子だから…。貴方達は幸せになってね。」
彼女は酷く傷ついている人特有の悲しい優しさで穏やかに言った。
その様子は何処か、踏みにじられた白い花を思い起こさせた。
多分、彼女では彼が本意ではないお見合いを止められなかった事を後悔しているのだろう。
だから、私達が親しそうにしているのを見て安堵している。
私は光司さんの母親の感情には答えられない。
それでも友人として光司さんを支えられる、そんな事を思った。
「可奈子さんも茶道をやってらっしゃるの?」
「ええ、教養の一環として幼少の時から。お義母様も?」
「宮之瀬に嫁いでから始めました。心が落ち着きますよね。」
「本当に。穏やかな気持ちになります。」
どういった人かと思ったが穏やかな人で安心した。
光司さんと彼女は親子と言うのにはぎこちないが、お互いを嫌いあってはいない。
それは本当に幸いなことだった。
私がそんなを考えていると、ふと玄関の方面からざわめきが聞こえてきた。




