7.ドレス
映画を見終わって外に一緒に出た。
光司さんはあれで中々忙しいので、今日はこれでお終いかなと考えているとふと目があった。
何やら微妙な顔をしている所を見ると、何か私に言いた事でもあるのだろうか。
道の端の方で会話する訳だが、今聞かないとタイミングを逃すだろう。
そう思って、口を開いた。
「光司さん、ひょっとして私に何か頼みたいことあります?」
「何で分かったんだ?」
彼は微かに驚いた顔をしているが何故分からないと思っているか分からない。
私が人の感情に敏感な方だった事を差し置いても、透けて見える物があるのだ。
それとも、私と彼がそれだけ親しくなったと言う事かも知れないが。
「ひょっとして、婚約破棄をしたくなりましたか?」
「何でそんな話になるんだ?」
「いえ、よほど言いづらい事なのかなと。」
光司さんは困ったように眉を顰めて訥々と話し始めた。
「来週に家のジジイの誕生記念のパーティーがある。
正直な所、面倒だし退屈だから行きたくないが断れない。」
「大変ですね。噂で厳格な方だと聞きました。」
この時点ではまだ、他人事だった。
光司さんの祖父は切れ者だが、息子と折り合いが悪く、
その分、孫である彼に目を掛けているのだと聞いた。
光司さんの父親は優秀だが奔放な方らしいのできっと相性が悪かったのだろう。
「そこでだ。あのくそジジイ、お前の婚約者を連れて来いと言いやがった。
未来の妻に一度会わせろとよ。」
「まあ、当然と言えば当然の流れですね。」
何だか愛されているなと微笑ましくなった。
同時にこれは私が品定めされるのだろうと思って気を引き締めた。
「分かりました。一緒に参加しましょう。
私もパーティーの類は好きじゃありませんがそうも言ってられません。」
「悪いな。何かの形で返すわ。」
その言葉に私はくすくすと笑った。
借りは返すとと言う発想が如何にも光司さんらしかった。
言い育ちをした男性の中には、女性は自分に尽くして当然だと言う考えを持つ人も居るのだ。
以前から思っていたが妙に義理堅い人だ。
そこで私は思いつきを口走っていた。
「そうですね。じゃあ、ドレスを新調したいので付き合ってくれませんか?」
「そんなのでいい訳?じゃあ、これから買いに行くか。」
「お時間大丈夫ですか?」
「今日は一日暇だから。忙しくてもそれぐらいの時間を割けるさ。」
さらっと言った光司さんに行動力のある人だなと感心してしまった。
元々、彼が言いださなければ今の関係もありえなかっただろう。
幾つか店舗を周ったが、気に入った物が中々見つからない。
そこで3店目のお店でこれ以上光司さんを連れ回すのも悪いし、ここで決めてしまおうと思った。
店員にも勧められた可愛らしい水色のワンピースにしようかと、彼を振り返った。
「光司さん、これどうですか?」
「可愛いと言えば可愛いし、似合っているが…。」
女性の衣服に関する質問への回答する時に要するデリケートさを知っているかのように、
光司さんは言葉を選びながら言った。
「そう言うのより、もっとシンプルなのが趣味なんじゃないか?
向こうにあったみたいなやつ。」
彼が指で示した所にはシンプルな紺のドレスがあった。
気に入った物の私には大人び過ぎていると思い、諦めたやつだ。
「よく見ていますね。何だか慣れてません?」
「嫌味かよ。」
「冗談です。似合わないかなと思ったんですが、試着してきますね。」
紺色のドレスを抱いて、試着室に向かった。
女性慣れしていると感じたのは、この時が初めてではない。
光司さんは過去に付き合った女性がいただろうし、それは間違いがない。
幾人ぐらいの女性と付き合ったんだろう…。
ふとそれを考えて、微かに胸が痛くなった。
深呼吸をして、迷子になっていた思考を取り戻す。
そうして、着替え終えたドレス姿の自分と鏡越しに向き合う。
思ったよりは悪くないんじゃないかと言うのが、私の感想だった。
祖父が可愛らしい格好を好んだせいで、反射的にそう言うドレスを選んでしまっていたが、
これからは考えなおしてもいいかもしれない。数年後にはきっと、ピッタリになっているだろう。
そうして、思い切って試着室から出る。
その気配を察した店員さんが駆け寄ってくる。
店の端の方に居た光司さんも、ゆっくりとしたペースで近寄ってくる。
「とてもよくお似合いです。深窓のご令嬢の様ですわ。」
「い、いいんじゃないのか。」
彼の肩が震えている。
どうせ、こいつは本物の令嬢ですよ。とか考えているんだろう。
些か腹が立ったが、見当違いの格好と言う訳でもなさそうなので決めた。
「じゃあ、こちらを購入します。」
私がそう言って、着替え終わってドレスの支払いをしようとすると、
既にお連れ様が会計済みですと言われた。
私が驚いて、光司さんの顔を見ると澄ました顔で笑い返された。
この猫被りモードは久々に見た。
「あの私が支払うつもりだったんですが。」
「そんな事を言われても、もう清算済みだし?」
ニヤニヤした笑顔が憎らしい。
私は思わずむくれて、パーティーでは精々完璧な令嬢を演じますと言い返すと、
彼はクツクツと笑って楽しみにしていると言ってくれた。