11.想い
私は光司さんのことが好きなのだろうか。
古典の授業中に、私は機械的に板書をしながらも考えてみた。
高齢の教師の低い声をBGMにつらつらと考えてみる。
答えはYESだ。
何時も私の事を気遣ってくれて、それが押し付けがましくもない。
年上の彼にはっきりと意見を言う生意気な私を好意的に接してくれている。
今まで、些か特殊な育ち方をした私は友達がいても特別に親しいと言う人いなかった。
皆で遊びに行っても何処かしら距離があって、それが時に寂しさすら感じさせた。
光司さんと一緒に居る時は砕けて接してくれるおかげか、気取らないで済む。
気兼ねなく遊ぶ事が気分転換になる事を彼と一緒に居ることで学んだ。
けれど、それは友人とどこが違うのだろう。
そもそも、恋情と友情の境は一体どこにあるんだろう。
これを言うと、大体驚かれるのだが私は恋をした事がない。
男性を男性として好きになる喜びと苦しみを私は知らない。
クラスで流行した恋愛小説を読んでみても、感情の起伏が妙に大きくて大袈裟だとしか思えなかった。
私は出来るなら、光司さんに恋をしたくなかった。
仮面婚約をしている相手に恋をするなんて不毛だった。
お互いに異性として見ないという線引きが何処かにあるからこそ、今の親しさがあるとも言う。
今まで築いてきたこの居心地のいい関係を壊したくなかった。
私が光司さんを男性として好きになれば、間違いがなく亀裂が入るだろうから。
私は彼を失いたくなかった。
そんな事をぼんやりと考えていたら、授業はいつの間にか終わっていた。
後半からは、全然話に集中できていなかった。
こんなことは初めてで、私は思わず何をやっているんだと自分に溜息をついた。
丁度お昼休みの時間なので、食堂に行こうとしたら待ち構えていたと言うように携帯が鳴った。
「カナコ?一緒にお昼を食べよう!」
恵子からだった。
明らかにさっきの尋問が再開される予感がする。
しかし、断るわけにもいかずに待ち合わせをすることにした。
「それで、本当に気になる人はいないの?」
恵子がスパゲッティー、私が定食を食べ終わり、
とうとう彼女は待ち構えていましたというように話し始めた。
「最近、よく会っている人はいるけど…。」
私がそう言うと恵子が先を促すかのように頷いた。
仕方なしに話し始める。
「仲は良いけど、男の人として意識していないわ。」
「本当に?」
いつもは気さくな恵子が眉を顰めて迫ってきた。
何だか妙に迫力があって、少し体を引かせてしまった。
確かにこれは、誇張だった。
光司さんを男性だと思う事は何度もあった。
彼女の質問をはぐらかす為の答えだとばれてしまったか。
「だってカナコ、服の趣味が変わったじゃない。
全体的にシンプルなのは変わってないけど、大人っぽいのを着る様になったって言うか。」
「向こうが年上だから、合わせようと思うとそういう服になるのよ。」
「それよ!」
恵子は思いっきり机をたたえて、私を指さしてきた。
周りの生徒達がこちらをちらちら見て来て、ちょっと恥ずかしい。
「け、恵子?」
私が困惑して声をかけたのもお構いなしに、彼女は勢いこんで話を続けた。
こうなると恵子は止まらないのだ。
「付き合ってもないのに、相手のことを考えて服を選んだりしないわ。
カナコがその人のことを男性として意識している証拠よ。」
「そうなの?」
「そうよ。」
力一杯同意された。
私は女友達と会う時でも服は気を遣う方だが。
納得のいかないような顔をしている私に恵子が気付いたのか急にテンションが下がった。
「ああ、カナコの恋バナを聞くのを楽しみにしていたんだけどな。」
「恵子は付き合っている人がいたんだっけ?」
「うん。まだ、そんなに長くないけどね。」
恵子に惚気話を時折聞かされていたので彼氏がいるのは知っていた。
今は付きあいたての蜜月状態らしく、だからこうも恋愛ごとに敏感になるんだろう。
私はそう結論付けると、お茶を飲み下した。
「カナコはその人と居ると全然ドキドキしないの?」
「しないこともないけど…。今の関係を崩したくないかな。」
「そっか。まあ、そう言うのもあるよね。」
同じような経験があったのだろうか。
恵子は懐かしい記憶を辿る様な眼差しをした。
そろそろ次昼休みが終わる頃になった所で、
彼女は次は体育の授業だから先行くねと言って行ってしまった。
何だか、嵐の様だった。
休憩時間なのに、ちっとも休めた気がしない。
私も一呼吸置くと、次の授業の教室に向かう事にした。
その日は一日、お稽古や家庭教師のバイトをしながら光司さんのことを考えていた。
これ以上考えるのは危険だと思っても考えるのを止められない。
昔読んだ少女漫画やロマンス小説様にドラマチックではない。
彼が傍にいるだけで、胸が高鳴って落ち着かなくなると言うこともない。
それでも、会いたくなる瞬間がある時があるのは確かで、
疲れた時に光司さんの声が聞きたくなって電話をする自分がいる。
この感情は恋なのだろうか。
分からなかった。




