10.欠片
夜も暮れた公園で、虫の音だけが響いている。
動揺をして私みたいな小娘にプライベートな話をしてしまったのを後悔しているのかもしれない。
実際の所、光司さんはあんな事件で動揺していなかったら絶対にあんな話をしなかっただろう。
そうして、多分自分の心の奥の本音を吐露してしまった事を恥じてもいる。
彼は私を気に入ってくれている。
それでもそれは妹の様な扱いだった。
多分、今の話は光司さんの特別な女性が聞くべきだったのだ。
次に会う時には、忘れたように振る舞おう。
そう、私が決心していると長い沈黙の果てに彼が顔を上げた。
酷く顔色が悪い。
まるで、蝋人形の様で放っておけなかった。
だって、何時も強い人だと言うイメージがあった光司さんが参っている所を見るのは衝撃だった。
「カナコ、妙な話を聞かせて悪い。」
「いいえ。」
やはり、ばつの悪そうな顔をしている。
彼が打ち明けた話を私が負担に感じたとでも考えているのだろう。
それが伝わってきた。
だから私は慰めの言葉を伝えるよりも別の言葉を伝える事にした。
それは今まで口にしなかった話だ。
「光司さん、私は、」
「ああ。」
彼は静かな顔をして、私の言葉を待ってくれる。
「私はお見合いの相手として会ったのが貴方で良かったと思います。」
思い切って言った言葉は、確かに彼に届いた。
目元を緩ませて、困ったように苦笑する。
「本当に?」
穏やかにけれど疑問を含んだ声を出した光司さんに、
自分の気持ちが伝わるように一生懸命考え考え喋っていく。
「私はお見合いを受けた時、祖父を亡くしたばかりでした。祖父は私をとても可愛がってくれて…。
両親は、その、冷めた関係だった所為もあって私も酷く懐いていて。
酷く自暴自棄な気持ちになっている時に、父に命令されて貴方に会いました。」
「そっか、悪いな。そんな時にあんな申し出を…。」
傷ついて疲れている光司さん、今話すような話題ではないかもしれない。
それでも、時間が経ってからでは遅い気がした。
だって、さっきから彼は謝ってばかりだ。
否定しないと、婚約を解消されそうな気すらした。
光司さんと会えなくなるのは嫌だと、心が何処かで叫んでいた。
私は思いっきり首を振ると、声を咄嗟に張り上げた。
こんな振る舞いをするのは、ひょっとして初めての事かも知れない。
「光司さんと会う前は、毎日鬱々と過していました。
だから、毎日色々な所に連れて行ってくれて楽しかった。
貴方は私をいつも気遣ってくれて、嬉しかったです。」
「俺は俺の為にあんたを連れ回していただけなのに?」
そう言って、彼は口の端を皮肉気に上げた。
良かった、いつもの光司さんになった。
そう思った。
彼を少しでも支えたかった。
それが欠片でも成功したのが嬉しい。
「知っています。それでもです。」
そう私が言いきると、彼はくすくすと笑い始めた。
やがて、静かになった光司さんを心配して私が覗きこむと口を開いた。
それじゃあと低い声で呟いて、
「物好きなお嬢さん。これからもよろしく。」
そう言って、差し出された彼の右手を、
私は物好きじゃありませんと口を尖らせて取る事になった。
後から考えると、何時も年上として振る舞っていた光司さんが、
初めて素顔を見せてくれたのがこの夜だった様に思う。
そうして、夜も遅いからと言われてタクシーを呼ばれて家に帰る事になった。
自分で払うと言ったのに、タクシー代を運転手さんに先に渡されたのが業腹である。
彼は姿が見えなくなるまで、私の事を見送ってくれた。
私もゆっくりと小さくなる光司さんの姿を見ていた。
自宅に帰ると父には帰りが遅いと叱られた。
いつもは酷く答える叱責も、この時は然程気にならなかった。
シャワーを浴びて、自室に戻ると携帯にメールが届いていた。
彼からだった。
今日は色々とありがとう。
おやすみ。
素っ気のない文章が逆に彼らしかった。
何だか、胸が温かくなって笑ってしまった。
私こそ、素敵なドレスをありがとうございます。
おやすみなさい。
色々と考えた末に、光司さんの家であったことは触れないことにした。
眠る前に余計なことで悩ませたくなかった。
せめて、彼が今日ゆっくりと眠れる事を私は静かに願った。
アルバイトやお稽古事等の合間を縫って、私はエステに通った。
どうせなら、次にパーティーで会う時に綺麗になって光司さんを驚かせたかったのだ。
しかし、それが原因で大学で久しぶりに会った恵子に私に内緒で彼氏を作ったのかと問い詰められてしまった。
「恋人なんていないわよ。本当に。」
そう言いつつも、私の胸を少し痛んだ。
光司さんは私の恋人ではない。
婚約者とも言えない、この関係を人にどう説明していいのか分からなかった。
「それに、私はモテないもの。」
「そんなことないよ。可奈子は清楚系美人だし。ただ高値の花でアプローチしずらいと言うか…。」
恵子は私が逸らした話題に乗ってくれた。
これで追及されずに済むと安堵した私を尻目に彼女はあっさり言い放った。
「それじゃあ、カナコの片思いだね。」
そう、天真爛漫に言い放った恵子に私は頭を抱える事になったのである。
その後無自覚だったのかとか、どんな人なのか教えろと言う彼女の追撃をかわして、
次の授業の教室に辿り着いた時は、私は満身創痍になっていた。




