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第二段階


 工業都市ザリンツィク中心部。


 市街地の中心部に貴族の屋敷が集中する、というのはノヴォシアでは珍しくはない。ノヴォシアの都市の半分は城郭都市となっており、これはまだ帝国が統一されるよりも遥か昔、群雄割拠の時代の名残とされている。


 中心部に教会を置き、それを守るように、権力を持つ貴族たちの屋敷が立ち並ぶ―――ノヴォシア、特にイライナ地方ではよく見る街並みだ。ザリンツィクにおける違いは、その周囲を無数の巨大な工場の煙突が取り囲んでいる事だろうか。


 平均的な高さで100m、一番高いもので180mにも達する工場の煙突たち。ザリンツィクの工業の基盤を支えるそれらはまるで巨人の如き迫力であったが、それにも負けない貴族の屋敷もまた、存在する。


 高級住宅街の特に内側に位置する―――バザロフ家の屋敷である。


「これはどういうことだ、デニス」


 小柄な初老の男性―――ヴラジーミル・エゴロヴィッチ・バザロフは、膝の上で丸くなっている猫の頭をそっと撫でながら、たった今悪いニュースを報告しに来た執事へと問いかけながら、不快感を露にする。


 それは当然であろう。自分の資産を盗まれて、気分が良くなる貴族などこの世には存在しないのだから。


 金を盗まれた―――貴族にとって、資産を盗まれるというのはそんな単純な話ではない。貴族としての面目を潰され、顔に泥を塗られるかのような屈辱。今、バザロフの内面で赤々と燃え盛っている炎の燃料は、まさにそれであった。


「報告の通りでございます、旦那様」


「白昼堂々中央銀行に押し入り、資産を盗んでいった強盗……それもご丁寧に私の資産だけを、か」


「は、はい……憲兵隊からはそう報告を受けております」


 猫を撫でながら、葉巻を持つ手に力が入る。


 警備員に多少の負傷者(軽度の打撲程度ではあるが)が出ているという報告も聞いたが、従業員、客に死傷者はゼロ。追撃した憲兵隊も返り討ちに遭い、数名の負傷者を出した今回の事件。死者が出ていないのは喜ばしい事なのだが、今のバザロフはそんなことで喜んでいられる状況ではなかった。


 むしろ逆だ、憤怒しかない。たった3人の、それも女の強盗犯相手にあっさりと制圧された警備員たち。銃を突き付けられた程度で制圧され、まんまと金庫の中身を明け渡した銀行員たち。そして逃走する犯人たちを取り逃がし、負傷者まで出した無能な憲兵たち。刺し違えてでも資産を守ろうという気概はないのか、と憤慨していると、膝の上で丸くなっていた猫がびくりと怯えた。


「なんと……なんと無能な」


「憲兵隊は既に犯人の追跡と捜査を開始しているようですが……」


「別に期待はせんよ。ただ……」


「ただ……?」


「……盗まれたのが私の資産だけ、というのが気になる」


 違和感を感じたのはそこだった。


 普通、銀行強盗は金目の物を何でも盗んでいく。これは誰の資産だから、とか、そういう事で区別などはしない。自分たちの利益になるならば手当たり次第に金を盗んでいく、そういう貪欲な無法者たちである。


 それが、今回の強盗たちが盗んでいったのはバザロフ家の資産のみ。あそこに預けていたのは150万ライブル程度であり、資産の一部程度でしかない。全体から見れば軽度の損害と言えるレベルであり、他の金庫にはもっと多額の資産を預けている貴族だっていた筈だ。


 なぜバザロフ家の資産のみを狙ったのか。バザロフ家に恨みを持つ人間の仕業か、それとも―――。


「挑戦状のつもりか」


「挑戦状、でございますか、旦那様」


「そうだ。次はこの屋敷を狙う、という予告に違いない」


「そんな馬鹿な。この厳重な警備を破れる強盗など―――」


 執事のデニスの言う事も一理ある。


 ザリンツィクの統治を行うザリンツィク議会、その中でも重鎮とされているバザロフ家の権力は特に絶大だ。それと豊富な資産を使えば、屋敷の警備に人員を積極的に雇ったり、その警備兵たちに最新兵器を買い与える事など造作もない。


 書斎の窓のはるか下にある庭では、数週間前に購入したカマキリ型の戦闘人形オートマタたちが巡回ルートを移動しながら、屋敷の警備に当たっているところが見えた。あの戦闘人形オートマタだって、兵器開発局の責任者とのコネと金を使って購入したものだ。ザリンツィクの憲兵や騎士団よりも、バザロフ家こそが兵器開発局にとっての最大の顧客であるという自負があるほど、バザロフ家は色々な新兵器を購入している。


 それに加え、警備兵は騎士団から引き抜いた精鋭たちだ。決して装備だけが豪華な素人というわけではなく、それを扱う確かな技量も兼ね備えている。


 もはやバザロフ家の屋敷は要塞と言っても良いレベルであり、生半可な実力の強盗では敷地内に入る事すら叶わぬだろう。


 それも分からぬ愚か者か、それとも知った上で挑戦しようとする猛者か。


 いずれにせよ、次にこの屋敷を狙うというのであれば全力で迎え撃つまでの事だ。


「デニス、憲兵隊に連絡しろ。【今回の失態を帳消しにする最初で最後のチャンスだ】とな」


 膝の上で目を鋭くする猫を撫でながら、バザロフは不敵な笑みを浮かべた。


 来るなら来い、と。


 この屋敷が貴様らの墓場だ、と。













「お金っ♪ お金っ♪」


 盗品の札束を愛おしそうに両手で抱えながらコサックダンスで食堂車をぐるぐる回っているのは、両目がお金のマークになってすっかりスイッチが入ったモニカ氏(17)。まだ資金洗浄マネーロンダリングしてないお金なのでこのままじゃ使えないのだが、とりあえずはまあ、祝杯くらいは上げても良いだろう。


 栓抜きで王冠を外し、タンプルソーダを一気に飲み干した。炭酸が喉を通り過ぎていく感触を楽しみながら息を吐き、空の瓶をカウンターの上へ。空瓶は捨てないで、とパヴェルに言われているのだ。本人曰く『リサイクルに使える』からなのだとか。環境問題なんて気にする男だったか、アイツ。それとも別のお役立ちアイテムでも作ってくれるのか。真相は闇の中である。


 ストロベリー味のタンプルソーダを冷蔵庫の中から3本引っ張り出し、そのうち1本を栓を抜いてからシスター・イルゼに。


「どうぞ。サポート助かったよ」


「い、いえ、私はその……ああ、ありがとうございます」


 まあ、シスターとしては複雑な心境だろう。人々を苦しめている相手だとはいえ、犯罪行為の片棒を担ぐ羽目になったのだ。良心と罪悪感で戸惑っている事だろう。


 ちょっと申し訳ない事をしてしまったな、という後悔もあり、ミカエル君の顔から笑みが消えた。


「シスター、俺たちは……」


「ええ、必要な事をしたのだと思います。中には法の裁きから逃げおおせる相手もいますから」


 法による裁きにも限界はある。法を悪用し、逃げ切ってしまう相手も中には存在するからだ。だから今回の強盗はそういう相手への制裁第一弾。そして次に発動するのは制裁第二弾―――すなわち本命である。


 タンプルソーダの王冠を栓抜きで外し、中身を飲み干した。キンッキンに冷えた、多分この世界で初めての炭酸飲料。久しく炭酸の刺激を忘れていた転生者ミカエル君にとっては本当にありがたい。


 ベースとなるラムネ味の他に、ストロベリー、パイン、アップル、オレンジ、グレープなどの種類がある。最近ではイライナ地方の特産物であるイライナハーブを使った新しい味をパヴェルが片手間で発明中なのだとか。


 イライナハーブは調合次第で麻酔薬にもなるが、主な使い道は回復アイテムだったり、郷土料理の食材だったり。それを炭酸飲料に使ったらどんな味になるのか楽しみである。香りは良さそうだ。


 元特殊部隊指揮官で諜報活動にオペレーターもできる上に、スクラップのレストアと蒸気機関車の運転、果てには装備品の開発や料理、そしてついに炭酸飲料の生産まで全部やってるパヴェル氏。何なんだアイツ。


「なあなあミカ姉、なんだよそれ」


「あ? ああ、飲むか?」


 栓抜きで王冠を外したストロベリー味のタンプルソーダを1本、モニカと一緒に札束を数えていたルカに渡した。くんくんと匂いを嗅いでから首を傾げたルカは、恐る恐る瓶に口をつけ、人生初の炭酸飲料を口に含む。


 目を見開いたかと思いきや、呑み込みながら身体をぶるぶると震わせるルカ。もっふもふの長い尻尾までピンッと伸び、全身の毛が逆立っていた。


 何だコイツ面白いな。


「え、え、何このシュワシュワするやつ!? ノンナ、これ凄いよ!!」


 もう1本ルカに渡すと、ルカはストロベリー味のタンプルソーダを妹のノンナ(一応言っておくが血の繋がりはないらしい)に手渡した。


 首を傾げてから口をつけたノンナのリアクションも同じだった。両手で瓶を抱えながら口へと液体を含んだ途端に目を見開いて、尻尾も真っ直ぐに伸びて前身の毛が……何だアレ可愛いなオイ。


「なにこのしゅわしゅわ!?」


「あー、冷蔵庫にいっぱいあるからなー。瓶は捨てないでそこの籠に入れてね、パヴェルがリサイクルするから」


「「はーい!!」」


 いい子いい子。


 そろそろかな、と思いながらラジオのスイッチを切った。列車の中に居ても、外からうっすらとパトカーのサイレンの音が響いてくる。どうやら憲兵も今回の一件でかなり慌てふためいているらしい。


 まあそれも当然だろう。この街で一番の権力者の資産が盗まれたとなれば……。


 どーせザリンツィク憲兵隊の上層部はバザロフ家とべったり癒着しているのだろう。今回の一件でバザロフが憲兵隊上層部を怒鳴りつけたとなれば、憲兵も必死になる筈だ。下手をすれば責任者の首が飛ぶ……比喩表現としてか、それともストレートにそのままの意味になるかはさておき。


「そろそろだな」


「おう、そろそろだ」


 ブリーフィングルームの方からやってきたパヴェルが、俺たちの姿を見るなり言った。相変わらずオリーブドラブのツナギ姿で、腰には工具がいくつかぶら下がったホルダーがある。


 それにしても、コイツには見たところ獣人の特徴であるケモミミが見当たらないのだが……何の獣人なんだろうか。本人は前に「クマさんだぞー♪」って答えてたが。


 まさか人間じゃねえだろうな?


 いやいやまさか。だってこの世界の人間は120年前に突如として姿を消したのだ。生き残りが居るなんてありえない。


「というわけで実働部隊諸君、コスプレの準備を」


「コスプレ言うな」


 いや実質コスプレだが。


 空になった瓶を籠の中に放り込み、とりあえず自室へ。


 強盗計画第二段階―――次は憲兵に変装してバザロフ家へ潜入、疫病蔓延の証拠と、ついでに金目の物を盗んで脱出する。


 1号車の2階にある居住区へと向かい、自室のドアを開ける。部屋の壁には既に例のコスプレ衣装がハンガーに掛かった状態で用意してあった。オリーブドラブの上着とコートにズボン、ブーツまで。肩にある部隊章まで精巧に再現されている。


 信じられるか? これパヴェルの手作りらしいぜ? アイツは俺たちのスリーサイズを把握してるんだ。


 さて着替えるか、と思いつつ、クラリスに背を向けた状態で服を脱ぎ始めるミカエル君。一応言っておくが、この部屋は2人部屋。なのでここではミニマムサイズでキュートなミカエル君と、超弩級メガネ竜人メイドのクラリス氏の2人が住んでいる。


 当然ながら仕切りなんて無いので、着替える時はこうでもしないとその……ね、クラリスさんのね、Gカップのおっぱいが……ね? 分かるだろ?


 するすると後ろから聞こえてくる布の擦れる音に童貞ミカエル君はすっげードキドキしながらも、とりあえずワイシャツを羽織ってボタンをし、ネクタイを締めてからズボンに足を通す。


「ああご主人様、ネクタイが曲がってますわ」


「サンキュ……って服ゥ!!」


 ネクタイを直してくれるクラリスだが、まだ彼女は下着姿だ。水色の、特に飾り気のないシンプルな下着に覆われたGカップのおっぱいが重そうに揺れる。やっぱり大変なんだろうか、胸が大きいと……ミカエル君男だから分からないけど。


 あわわわわ、と尻尾をぴーんと伸ばした状態でとりあえずネクタイを直してもらい、ドキドキしながらも上着のコートを羽織る。


 制帽を被って手袋をし、鏡の前に立った。うん、これで誰がどこからどう見ても憲兵隊だ。偽装した身分証明書もあるし、質問された時の答え方もパヴェルから教わっているから大丈夫だろう。


 さてさてこれで準備完了……とは、ならない。


 バザロフ家に踏み込む前に、パトカーを調達せねばならないからだ。さすがにこればかりは盗んできた車を適当に再塗装して……なんて事では誤魔化せない。本物のパトカーを使う事が望ましい。


 部屋を出ると、憲兵の制服姿になったモニカが居た。冬服では男女共にズボン(というか冬場にスカートは辛いだろ)だが、衣替えの時期になると女性にはプリーツスカートが支給されるらしい。


 そっちじゃなくてよかった、と心の底から思った。だってもしそうだったら俺に支給されるの絶対そっちになってただろうから。


「さて、行きますかね」


 制帽の向きを直しながら、窓の外を睨む。


 宣戦布告は済ませた―――後は奴を、打ち負かすのみだ。




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[一言] 札束を両手で抱えながらコサックダンスで食堂車をぐるぐる回るって器用ね、貴女(田上はコサックダンスなんざできん)
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