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潜入、バザロフ家


 案の定、休暇は潰れた。


 マジふざけんな、と悪態をつきながらクッソ寒い雪景色の中、パトカーに乗り込んで暖房をガンガンつける。こうでもしないとやってられない。せっかく彼女と2ヵ月ぶりに会う千載一遇のチャンスだったというのに、銀行強盗共のせいで台無しだクソッタレ。


 あーあ、次は一体いつ会えるのか。そう思うとアクセルを踏み込む右足にも力が入るというものだ。エンジンを唸らせながら加速していくパトカー。助手席に座る相棒が「お、おい、もうちょい安全運転で……」と言うが、知った事か。こっちは休暇が吹っ飛んだんだ、せっかくの彼女とのデートの予定が……。


 とはいえ、憲兵が交通違反で切符を切られる、なんてのも笑えない。今回の失態にそんなのまで重ねてしまったら隊長に何と言われるか。ツキノワグマみたいな隊長の本気の拳骨はさすがに勘弁してほしいものだ。


 さすがに自重し速度を落とし、赤信号で停まる。


「にしても、バザロフもちょっと考え過ぎじゃないかねえ?」


 助手席でラジオのボリュームを弄っていた相棒が何気なく言った。


「昨日の強盗、盗んだのバザロフ家の資産だけだったってのはまあ確かにおかしいが……それがバザロフ家への犯行予告だなんて、ちょっと考え過ぎじゃね?」


「それもそうだよな……つーかアレだろ、バザロフ家ってあの警備が要塞並みにガチガチな事で有名な……」


「そうそう、それそれ。最新装備を持った私兵に戦闘人形オートマタ……しかも警備兵の待遇は俺たち憲兵よりも良いらしい」


「マジか」


「月給が40万ライブルなんだとよ」


「は? 倍かよ笑えねえな」


 毎月20万ライブルの収入と、退役後はしょっぼい年金に銀の懐中時計。そんな夢も希望もない憲兵やってるより、貴族お抱えの警備兵にでもなった方が懐は潤う。おこぼれに群がるハイエナみたいだ、と忌避する憲兵も多いが、実際にそっちに流れてしまう人員が多いのもまた事実。俺だって今やってる仕事が馬鹿馬鹿しく感じてしまったほどだ。


 どうしよ、転職しようかな……あんだけ入隊試験頑張って憲兵になったのにこれじゃあな、なーんて考えている内に信号が青に変わり、アクセルを踏んで再びパトカーを加速させる。


 これから向かうのはバザロフ家の屋敷。先日の強盗被害を受け、今度は自分の屋敷が襲われるのではないか、と危惧するバザロフ氏の依頼で憲兵も屋敷の警備に加わる事となったのだ。あれだけの警備があるのに憲兵まで加えるのは過剰じゃないかと思うが、憲兵隊の上層部も汚名返上に躍起になっていると考えると納得がいく。


 上層部は貴族とべったりだからな……どうせ、『これが汚名返上の最初で最後のチャンスだ』とでも言われたのだろう。冷蔵庫の中のウォッカを賭けても良い。


 屋敷が見えてきたところで、歩道で大きく手を振るコート姿の憲兵が見えた。何かあったのだろうかと路肩にパトカーを停車させると、その憲兵は助かったとでも言いたげな表情でこっちに走ってくる。


 随分と背が小さい奴だった。160……は無いだろう。150㎝とかそのくらいじゃないだろうか。下手したら子供と見間違えてしまいそうなほどのミニマムサイズ。こんな奴いたっけ?


「どうした?」


「ああ、助かりました。実はさっき強盗を見つけまして……この辺に潜伏しているようです。先日の連中と見て間違いないかと」


「なに?」


 まさかバザロフ氏の予測は正しかったと……?


 相棒に目配せし、パトカーを降りた。いつでも反撃できるよう、支給された4連発ペッパーボックス・ピストルのグリップに手を近づけながら、強盗の潜伏先を見つけたという小柄な憲兵の後についていく。


 まあいい、もしこれが本当なら大手柄だ―――そう思いながら路地裏に案内された次の瞬間だった。


 ドッ、と後頭部に鈍い衝撃が走ったかと思いきや、身体から力が抜け、意識が遠退いていって―――。


 ああ、そうか。


 意識を手放す直前に、俺は理解する。


 俺たちは騙されたのだ、と。


 昨日の強盗に、そしてこれからバザロフ家に踏み込もうとしている連中の正体。それは―――。












 クラリスの攻撃を見ていると、いつも加減をミスって人を殺さないかどうか心配になる。


 だってアレよ、素手で金庫の扉ぶち破るメイドさんなのよ? 鉄板をぶち抜ける右ストレートを当たり前のようにホイホイ出す人だから、金庫ぶち抜くノリで人間の頭までぶち抜いてしまいそうで本当に心配である。まあ杞憂だったけど。


 気絶した憲兵さんたちを近くのゴミ箱の中に隠し、代わりにパトカーに乗り込んだ。運転席にクラリスが、助手席に俺が、後部座席にモニカが座り、シートベルトを締める。


「グオツリーよりララバイ、パトカーを確保」


『了解、そのまま進んでください』


『身分証の偽装は完璧だ。問い詰められた時も事前に練習した通りにやれ』


「了解」


 あー、ちょっと緊張してきた。


 でもなんかこう、癖になりそうなスリルがある。何だコレ。


 さてさて、今回は上手くいきますかね……理想は一発もぶっ放さないで仕事を終える事なんだが。


 水路にかかる橋を渡ると、その先は貴族の屋敷が軒を連ねる高級住宅街だった。工場の経営者や貴族たち、とにかく有り余る資産を持つ金持ちたちが贅を尽くした屋敷に住み、明日生きていけるかも分からない貧民たちの暮らしを見下ろしあざ笑う―――そういう構図がこの国では当たり前になりつつある。


 まったく、貴族ってのは権威を振りかざして威張り散らすもんじゃないと何度言えば……富めるが故の義務ノブレス・オブリージュの原則を忘れたアホンダラがこんなに多いとは実に嘆かわしい。


 そんな高級住宅街の奥に、一際大きな屋敷が屹立していた。


 傍から見れば宮殿のようにも見える屋敷。教会を思わせる、騎兵槍ランスを思わせる高く鋭い屋根。信仰している宗教のシンボルなのだろうか、その穂先には翼を広げたキメラの彫刻がある。


 遠目から見れば確かに宮殿を思わせる屋敷だったが、近付くにつれてその印象は180度変わっていく。


 高い塀に過剰な魔力センサー、そして敷地内を巡回する戦闘人形オートマタに重装備の警備兵たち。豪華なつくりの屋敷とは裏腹に、敷地内はとにかく息苦しそうで優雅さの欠片も無い。貴族の屋敷というよりも、囚人を収監しておくための監獄プリズンを思わせる。


 一応、巡回中の戦闘人形オートマタの装甲には黄金の装飾エングレービングが施されているが……あれにゃ何の戦術的(タクティカル)優位性(アドバンテージ)もない。実用と観賞用は違うのだ。


 正門のところで車を止めると、警備兵が銃を背負いながら駆け寄ってきた。窓を開けて身分証(偽装済み)を提示すると、警備兵は身分証に貼り付けられている顔写真と俺の顔が一致するかどうかをチェックしてからそれを返却し、「よし通れ」と短く言って正門を開ける。


 ひゃははははコイツら馬鹿だ。


 ゲラゲラ笑いたくなるのを必死にこらえながら、スンッ、って感じの顔でとりあえず正門を通過。誘導員の指示に従って駐車場へパトカーを停め、バックミラーを見ながら制帽の位置を直して車から降りた。


 さてさて、第一関門は呆気なく突破。問題はこれからだ。


 最優先目標は疫病の蔓延にバザロフ家が関わっていたという証拠の確保。資産の強奪はおまけだが……できれば十分な額を奪って逃げたいものだ。そうじゃないと制裁の意味がない。


『俺の経験談だが』


 耳に装着した小型無線機からパヴェルの真面目な声が聞こえてくる。


『大概、貴族ってのは公にできないような書類は自分の書斎に隠してるもんだ。鍵付きの引き出しとか、本棚の裏に隠してる金庫の中とかな。まず書斎から探してみろ』


「了解」


 さてさて、では作戦通りに行きますかね。


 モニカの方をちらりと見ると、彼女は頷いてから俺とクラリスから離れた。どこかへと歩いていく彼女を見送り、俺たちはそのまま予定通り屋敷の中へ。


 モニカはどこにいったのかって? そりゃあお前、アレさ。パーティーにはクラッカーが付き物だろ? あれが有るか無いかで盛り上がりが違う……え、そんな事ない?


 まあいいじゃん、景気付けに一つ派手にやってもらおう。


 すれ違った警備兵に敬礼しつつ屋敷の中へ。一応、怪しまれたらアレなので俺たちの装備は警棒とフリントロック式のピストルのみ。そりゃあマスケットが全盛期の今の時代に最新のアサルトライフルなんか背負っていったら怪しまれるだろ。


 階段を上り、最上階へ。事前にパヴェルが調べてくれた情報で、屋敷の内部構造は頭に叩き込んである。書斎の位置、宝物庫の位置、そして逃走経路。全部頭の中のマップに焼き付いているから不備はない。


 階段を上がりながらちらりと窓の外を見た。雪の降り注ぐザリンツィクの雪景色を背景に、真っ白に塗装されたドローンが、機体の下部に搭載された小型カメラでこっちをガン見していた。パヴェルが脳波で飛ばしているドローンだ。


 コントローラーとかで飛ばしてるわけでも、自立型というわけでもないパヴェルのドローン。一体どんな技術を使っているのか本当に謎である。脳波ってお前SFかよ。


 そんなこんなで最上階まで上がり、バザロフ氏の書斎へ。扉の前にはペッパーボックス・ピストルに大型メイスという重装備の警備兵がいて、書斎にやって来る俺とクラリスに睨みを利かせていた。


「止まれ。貴様ら何の用だ」


「憲兵隊8番所より来ました。バザロフ氏に強盗の件についてお伝えしたいことが―――」


 クラリスが落ち着いた口調で言う。もちろん、こんな事で通してくれるとは思わない。警備兵だったらまだしも、憲兵はバザロフにとっては完全な部外者。そんな人間をホイホイ自分の書斎に立ち入らせるとは思えない。というか呼び止められずにここまで来たのが割とマジで奇跡というレベルである。


 まあ、そのくらいは予想の範囲内。だからここでパヴェルに一芝居打ってもらうとしよう。


「ダメだ、ここは関係者以外―――」


 警備兵の威圧的な言葉を遮ったのは、それよりも威圧的で重々しく、暴力の伴う咆哮―――銃声だった。


 銃声に続いて窓ガラスの割れる音。部屋の中からバザロフと思われる男性の情けない声が聞こえてきたかと思いきや、勢いよく扉が開き、中から初老の少し太り気味の男性が勢いよく飛び出してきた。


「旦那様!」


「き、貴様ら! 私を守れ!! かっ、金を払ってるのはこの私なんだぞ!!」


「くっ、狙撃だ!!」


「早く、バザロフ様を安全なところへ! ここは我々が!!」


 ピストルを引き抜きながら警備兵に言うと、メイスを抱えていた警備兵は大慌てでバザロフを庇うように立ち回りながら「すまん、頼む!」と叫んで、主人を連れてどこかへと立ち去っていった。


 そりゃあそうだよな、ご主人様に何かあったら大変だ。


 引き抜いたピストルを窓の外に向けて発砲。カチン、と落ちた撃鉄ハンマーが火花を散らし、真っ白な煙を吐き出してからフリントロック式のピストルが吼える。ドパン、ドパンッ、と無煙火薬とはまた違う銃声が轟き、弾丸が窓の外へと飛んでいった。


 さて、演技はここら辺にして、と。


 書斎の扉を閉め、内側から鍵をかけた。クラリスが鍵をかけたのを確認してから、窓の外に浮遊しているパヴェルのドローン―――機体の下部にマカロフ拳銃をぶら下げたそれに向かって軽く手を振る。


 さっきの銃声の正体はアイツだ。あれで外から書斎を適当に銃撃し、外にいる何者かにバザロフが狙撃されているかのように見せかけたのだ。


 命の危険に晒されたとなればバザロフは書斎を離れざるを得ない。そこに入れ違いで俺たちが踏み込めば、書斎の中は俺たちだけ、しかも密室となる。


 真っ先にデスクの引き出しを探った。中にはまあ色々と書類があったわけだが、疫病に関する記述は見られない。どれも今年の鉄鉱石の量はどうだとか、生産量がどうだの、従業員の解雇について(ヒエッ)だの、そういう記述ばかり。


 さてさてこっちの鍵付きの引き出しには何があるかなァ~?


 針金を取り出してピッキング。あっさりと解錠し、ニヤニヤしながら引き出しを開ける。


「……」


 ちょっとアレだ、アレだよこれは。


 セクシーな感じの効果音が欲しくなるような代物が、引き出しの中にあった。あのね、胸の大きなバニーガールのお姉さんがね、こっちに向かってお尻を突き出してる感じのイラストが描かれた、いかにも18歳未満の青少年の健全育成にちょっと問題がありそうな感じの危険物が。


 つまりはアレだ、エロ本だ。


「ご主人様……」


「……もらっとこ」


「ご主人様……」


 懐にエロ本を押し込み、捜索再開。


 鍵をかけていた理由はやっぱり、エロ本のためだけではないらしい。他の貴族とやり取りしたと思われる手紙に書類……そこにあったのは、どれもこれも赤化病に関する記述ばかりだった。


 第九生物研究所で培養させていた赤化病のウイルス、それをスラムに放つようにと明言した命令書の写しと、それを実行した貴族側からの返信……オイオイ嘘だろ、これ本当ならザリンツィクの貴族の9割が真っ黒だぞコレ。


 兄上……どうやら、釣れた魚は予想以上に大きいらしいですよ。



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― 新着の感想 ―
[一言] どっかの大使も鍵のかかるところにエロ本隠してたなぁ 持って帰るのか良いがチビちゃん達に見つかるなよ
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