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それは獣の枷のように


「「「かんぱーい!」」」


 カチンッ、とグラスを軽くぶつけ合い、なみなみと注がれた冷たいオレンジジュースを口へと運ぶ。普通、こういう場面ではお酒なのだろうが、ミカエル君はまだ未成年なのでアルコールは駄目なのだ。というか、多分ノンアルでも駄目だろう……アルコールが入っているか否か、という話じゃなくて、お酒の味がいまいち分からない。美味しいお酒もあるのだろうが。


 ともあれ、依頼は無事に完了した。獣の洞窟の中のゴブリンは全滅、繁殖は完全に阻止したし、スタッフにも確認してもらったので報酬は無事に支払われた。


 報酬9700ライブル。これを四等分し、1人あたり2425ライブルの取り分になる。これは全員の合意が得られたので既に4人分に分けられており、モニカの分は彼女に渡してあった。


 ハクビ村の管理局は受付嬢や俺たち以外に、今のところ誰もいない。だから実質的に貸し切り状態だ。


「いやー、それにしても凄かったわねぇミカの武器は」


 皿の上に山のように積み上げられたピロシキを一つ手に取り、口へと運びながら言うモニカ。相変わらずその話題かとちょっとばかり呆れたが、それが目的で依頼に同行してきたのだから、まあこうもなるだろう。


 それにモニカのおかげで掃討は楽に終わったのだから、文句を言うのも彼女に悪い。”天才魔術師”を自称するのはあながち嘘ではないらしいな、モニカ。


「ねえねえ、あれってもしかして”鉄血の魔王”が持ってた伝説の魔法武器?」


「鉄血の魔王?」


 きょとんとした顔で首を傾げるクラリス。それに対し、俺は目を細めながら、幼少の頃に本で読んだ内容を思い出していた。


 ―――鉄血の魔王。


 この世界に古くから伝わっているお伽噺だ。家族を皆殺しにされた竜人の少女が、仇である勇者を討つべく力を求め、同志たちと共に仇討ちを成し遂げるという血生臭い話。その後は復讐劇の過程で手に入れた圧倒的な軍事力を背景に、敵国をことごとく滅ぼし強大な軍事国家を築き上げるものの、最終的に国家は滅亡するという救いのないお伽噺だった。


 ”身の丈に合わない力は己を滅ぼす”という教訓を子供に教えるためのお伽噺であり、作者が誰なのかは今なお不明とされている。


 中には『この鉄血の魔王が人間たちを消し去ったのではないか』という、何の証拠もない都市伝説じみた説もあるのだが、さすがにそれは無いだろう。桃太郎が恐竜滅亡の原因だったと言ってるようなものだ。


 俺が目を細めた理由は、こんなところで昔にレギーナに読んでもらった絵本の題材が出てきたからではない。


 鉄血の魔王、と聞いて、ある人物をいつも頭に思い浮かべるのだ。


 こっちの世界に転生してきた時に、この現代兵器を召喚する能力を与えてくれた”自称魔王”。頭から捻れた角が不規則に伸び、九つの尾を持つ黒髪の美女。明らかに異世界の存在でありながら、前世の世界のクラシックを嗜む異質な存在―――あの女を、どういうわけか思い出してしまうのだ。


 もしや彼女が……?


「―――ミカ?」


 心配そうに名前を呼ぶモニカの声で、やっと我に返る。


「あ、ああ……いや、何でもない」


「本当?」


「ご主人様、もしや体調が……?」


「いやいやいや、何でもないから。大丈夫大丈夫」


 一緒に出されたオリヴィエサラダを口に運びながら、とりあえずなんともないことをアピール。冒険者のカロリー消費に合わせてか、ちょっとマヨネーズが多めに思える。屋敷でレギーナが作ってくれたのはもっとこう、食材の風味を生かしたような感じの……。


 もっと食材の味を生かしてほしいという二頭身ミカちゃんと、美味けりゃ何でもいいんだよという雑な二頭身ミカちゃんが脳内で論争を繰り広げる。それはまあ置いといて、他の料理にも手を伸ばすとしよう。身体を動かしたからか腹が減った。


「ところでさ、モニカの魔術もすごかったよなあ」


「ええ。騎士団とかからスカウトが来てもおかしくありませんわ」


「ふぇっ?」


 いきなり自分の話になり、こっちを向いたままぴたりと止まるモニカ。やがて真っ白な猫の尻尾を左右に振りながら、照れたような笑みを浮かべつつも胸を張る。


「と、とっ、当然じゃない。あたしを誰だと思ってるの? 天才魔術師のモニカ様よ?」


 あれだけの力があれば、今更銃にこだわる必要も無いのではないか……そう思ったが、口にする勇気はなかった。それは称賛する言葉であれど、モニカという1人の少女の内面に土足で踏み入るに他ならない発言だろうから。


 そういう距離感をしっかり把握しておくというのが、他人との付き合いで大事なのだ。どんな相手にもフランクに距離を詰めればいい、というものじゃない。そんなノリだから陽キャは嫌われるし俺も大嫌いなのだ。下手したら出合頭に右ストレートをぶち込みたくなるレベルで。


「ちなみに聞くけどさ、適性はどのくらいだったの?」


「うーん、B+くらいかなあ」


 やっぱり俺より上。


 あれだけ素早い魔力変換と波形調整ができ、水圧のコントロールも安定していたのだから少なくともB以上ではあるだろうと思っていたのだが、B+か。装備品で色々と整えてやればさらに上を目指せそうだ。


「ミカは?」


「俺はCだな……平凡だよ」


 可もなく不可もなく、というレベルである。前にも述べたが、魔力適性は装備品の質によって多少はブーストできるが、素の適性は生まれつきのもので変わることは無い。たとえ、どれだけ血の滲むような修練を積んだとしても、だ。


 とはいっても、ミカちゃん的には銃の補助として使えればいいかな、みたいな認識だ。銃撃のサポート、あるいは弾切れや装備品の喪失、何かしらの理由で銃が使えない状況下での戦闘の際に頼りになるから、修練は決して怠らない。


 出された料理を食べ終え、追加でデザートを注文。フルーツの盛り合わせが運ばれてきたので、真っ先にそれに手を伸ばす。


 カットされたリンゴを口の中へと詰め込み、もう一切れ手に取る。


「アンタ、果物好きなの?」


 チーズケーキを口へと運んでいたモニカが珍しそうにこっちをまじまじと見つめてくる。


「ハクビシンの獣人だからな」


「ああ……そういやそうだったわね。あたしの仲間って事?」


「残念ながらハクビシンはネコ科じゃなくてジャコウネコ科。似て非なる存在だよ」


 この辺は何の獣人として生まれてきたのか、という部分も大きく影響していると思われる。俺の場合ハクビシンの獣人なんだが、そのせいなのか野菜とかフルーツとかがやたらと好きになってしまったので、こういうのが食卓に並ぶと嬉しくなる。


 とはいっても動物の習性が全て獣人にも反映されているわけではないらしく、豚の獣人や牛の獣人でも肉は食べる。コラそこ、共食いとか言うな。ハクビシンだって中華料理だと食材扱いなんだぞ……食物連鎖だと割と下の方に位置してんだ、分かってんのかコラ。


 デザートを平らげ、一足先にカウンターの方へ。財布を取り出して900ライブル支払い、会計を済ませる。こういう時はいつもクラリスが先に会計を済ませようとするのだが、そうはさせない。いつまでもクラリスに頼りっきりというのもアレだし、俺も良いところを見せないと。


「はー、美味しかったわねえ」


「ちょっと濃いめの味付けだけど、それが疲れた体に効くんだよなあ」


 レギーナがこの発言聞いたら怒りそうだ。今思えば、彼女には本当にお世話になったと思う……食事の栄養管理もしっかりやってもらったおかげで、今のところ身体は健康そのものだ。


 不摂生は程々にしよう。


 さて、ここでパーティーは解散か。その話を切り出そうとしたその時だった。


「……見つけましたよ」


 ぞくりとしてしまうほど低い声がしたかと思いきや、管理局の建物の影から、灰色のコートとウシャンカを身に纏った大柄な男が姿を現した。


 コートの袖から覗く腕はブラウンの体毛に覆われていて、指先には鋭い爪がある。身長は明らかに2m以上あり、身体中が筋肉に覆われているようだった。ウシャンカの下から覗く顔は熊そのもので、彼が第一世代型の獣人―――より獣に近い形態の、獣人の初期モデルに分類されるタイプであることが分かる。


 おそらくはグリズリーの獣人なのだろう。普通の熊の獣人よりも明らかに身体が大きい。


「”セルゲイ”……!」


 間違いない、あの時モニカを探していた男だ。


 セルゲイ、と呼んだその男の顔を見たモニカの表情が一気に変わる。先ほどの仲間との雑談を楽しむ年齢相応の少女の顔から、まるで忌むべき敵を見るかのような、しかしどこか恐怖の入り混じった複雑な表情に。


「探しましたよ、お嬢様。まだ冒険者の真似事などしているおつもりですか」


 ”お嬢様”……?


 ぎょっとしながらモニカの方を見た。彼女、もしかして……貴族の……?


「さあ、帰りますよ。奥様がお待ちかねです」


「嫌よ。あたしは自由になるって、お母様の操り人形じゃないって言ったでしょう!?」


「お嬢様、子供の我儘はお止めなさい。奥様はあなたのために……」


「”あなたのため”? あたしがこうしてくれって、なんでもかんでもお母様が決めてくれって頼んだわけ!?」


 あー、何となく察しがついた。


 やっぱりモニカは俺の同類だったのだ。おそらくだが、彼女は貴族の出身で、幼少の頃から親になんでもかんでも決められる人生を送ってきたのだろう。世界はこんなに広いのに、自分には自由もなく親が敷いたレールの上をただただ走るだけの退屈な人生。それに嫌気が差し、屋敷から逃げ出した……セルゲイという男との会話を聞く限りでは、そういう背景がありそうだ。


 力が欲しいと言っていたのも、今ならば分かる。親の支配から抜け出すという事は、これからは自分の力で全てを切り開いていかなければならない。力がなければ生きてはいけない、弱肉強食の広い世界(オープンワールド)。だからモニカは力を求め、”鉄血の魔王”が使っていたとされる現代兵器に目を付けた。


 そう考えると、彼女にも途端に親近感が湧いてくる。


 生い立ちは異なるが、親に全てを支配される窮屈さというのは良く分かっているつもりだ。


 だから、どちらに味方するかというのは考えるまでもなかった。


「なあ、その辺にしといてやりなよ」


「ミカ……」


「モニカは嫌だって言ってるんだ。色々事情はあるだろうが、自由にしてやったっていいだろうが」


「何だね君は。赤の他人が口を出さないでくれないか」


「他人じゃねえ、モニカの仲間だ」


 まだ1回、依頼に同行しただけだけど。でもまあ、まだパーティー解散の宣言はしてないしセーフだろ。


 セルゲイの前に立ち塞がると、彼の目は苛立ったような目つきに変わっていった。赤の他人に邪魔されれば腹も立つだろうが、こっちもはいそうですかとモニカを差し出すわけにはいかない。


 彼が両手の爪を剥き出しにし臨戦態勢に入ったのを見て、こっちも背負っていた鉄パイプを手に取る。触媒化しただけの、何の変哲もない鉄パイプ。血を流さずに穏便に済ませたかったが……なるべく後遺症が残らない程度で済ませてやりたいものだ。


 こっちも戦闘態勢に入ったところで、モニカが俺の肩を掴む。


「やめなさい、ミカ」


「何でだよ」


「……死ぬわよ、アンタ」


「え」


「……あいつ、滅茶苦茶強いもの。アンタやクラリスじゃ太刀打ちできない程に」


 そんなにか、と驚愕している間に、そのままセルゲイの方へと観念したように歩き出すモニカ。戻って来い、と呼び止めるが、彼女はもう既に諦めたようだった。


 ここに居る3人が束になっても勝ち目はない、だから今まで逃げの一手だった―――つまりはそういう事だ。こうして遭遇エンカウントしてしまった時点で終わり(ゲームオーバー)だったのだ。


「ありがとね。ミカ、クラリス」


「モニカ……」


「短い間だったけど、楽しかったわ」


「……参りましょう、お嬢様」


 悲しそうに笑みを浮かべ、踵を返して歩き出すモニカ。その隣を歩くセルゲイが、威嚇するかのようにこちらを睨んでくる。


 ついて来るなら殺す、と言わんばかりの目つきに威圧され、足が動かなくなる。


 2人の姿が駅の方に消えていくまで、その金縛りは続いた。


「ご主人様……」


「……クラリス、先に列車に戻っててくれ」


「え?」


 報酬の入った革の袋を彼女に手渡し、鉄パイプを背中に背負った。


「お、お待ちください。どうなさるおつもりです。まさか……」


 そうよ、そのまさかよ。


 異世界に転生して、弱い立場に置かれて、虐げられる人たちの辛さが良く分かった。束縛される窮屈さが、親の敷いたレールをただ進むだけの人生がクソだという事も実感した。


 そういう境遇に加え、転生前からこの性格だ。困っている人は見捨てられない、馬鹿正直でお人好しな性格だから、あんなのを見せられて黙っていられない。


 偽善? 好きなだけ言えばいい。


 やらない善よりやる偽善、だ。


「ごめん。俺、アイツ見捨てられないわ」


「ご主人様!」


 呼び止めるクラリスを置き去りにし、俺も駅へと走る。


 ハクビ村を出る列車は1日に2本。


 その最終便が、そろそろ発車予定―――モニカを救うなら、残された時間は少ない。





 ―――急げ。





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