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選択肢B:『もう少しだけ、思い留まる』


 ―――やっぱり、怖い。


 どれだけ呼吸を整えても、あの世で待っているクラリスや妻たち、子供たちの顔を思い浮かべても、その恐怖は消えなかった。


 煉獄の鉄杭(スタウロス)を握る手が、ぶるぶると震える。


 歯がガチガチと鳴り、身体の震えが止まらない。


 なんて臆病な男か。


 こんな無様な姿が、かのズメイ(ズミー)を打ち破った英雄であっていい筈がない。


 大丈夫―――ちょっとだけ、みんなの所に逝くだけだ。


 子を、孫を、曾孫を、子孫たちの成長を見届けた。


 自分で目にする事はないだろうと思っていた、イライナの民主化も見届けた。


 祖国が平和になっていくのを見届けた。


 かつての俺たちの冒険が、あの戦いの全てが、伝説へと姿を変えていくさまを見届けた。


 だからもう―――十分なのだ。


 為すべきを為した。


 遺すべきを遺した。


 既に俺という存在は空っぽなのだ。中には何も残っちゃあいない。


 もう、いいのだろう。


 この平和な国に、新たなステージへと進んだイライナという祖国に、旧き時代の大英雄という存在は必要ない。


 総ての伝説は神話となって、限りなく星空に近い場所で眠るのだ。


 あるいは星になって、人の仔の営みを見守るのだ。


 そうやって、人類の歴史は紡がれていく。


 先人たちの献身が地層のように積み重なって、より良い未来のための糧となっていくのだ。


 そのお鉢が、やっと……やっと、やっと、俺のところにも回ってきた。




 だから先立った皆も、許してくれるだろう。




























 本当に?


























 本当に、そうなのか。


 孤独に耐えかね、喪失感から逃げた男を、死に救いを見出してしまった臆病者を、クラリスたちは笑顔で迎えてくれるだろうか。為すべきを為したと見てくれるだろうか?


 ―――それじゃあ、ズメイ(ズミー)の呪いに屈したようなものじゃないか。


「ミカエル様!!」


 投げかけられた声に、ハッとした。


 振り向くとそこには、子孫たちの姿があった。


 城に俺の姿が無かった―――それだけではないだろう。きっと何か嫌な予感がして、慌てて霊園を覗きに来たのではないだろうか。


「……君が呼んだのかい、クラリス?」


 彼女の墓標は、何も言わない。


 どん、と全力で突っ走ってきた子孫が、胸に飛び込んでくる。


 もうどこにも行かないで―――全身全霊でそう告げるかのように両手でぎゅっと上着を掴むと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて精一杯叫んだ。


「じぃじ! いなくなっちゃやだぁ!!」


「……ごめんなぁ」


 そう、だよな……。


 まだ幼い子孫を優しく抱きしめて、静かに肩を震わせた。


 何と視野の狭い男か。


 結局、自分の事しか考えていなかった―――俺が喪失感に苦しんだように、遺される者たちも同じ苦しみを背負うのだ。だというのに俺ときたら、自分の事ばかり考えていた。死ぬ事ばかり考え、自害して救われる事ばかりを考えていた。


 彼らが悲しむであろう事を、全く考えずに。


 


『―――クラリスは、いつまでも待っていますわ』




 夕方の冷たい風に乗って、クラリスのそんな声が聴こえた気がした。








 段々と暗くなりつつある空の向こう。







 他の星よりも燦然と輝く北極星は、確かにそこにあった。



















 それから多くの時が過ぎた。


 疫病がイライナを襲えば錬金術を医療のために役立て、戦争が起これば子孫たちの前に立って戦地へと足を運んだ。


 きっとそれが、俺の役割。


 死を免れた代わりに、子孫たちが迷う事の無いよう導く存在であれ、と。


 彼女たちが―――仲間たちが、そう望んだのかもしれない。


 だから俺は、星でいよう。


 太陽ほど明るくもなく、月ほど美しくもない。


 けれども確かに光を放ち、旅人を導く星のように。


 イライナを、子孫たちを、迷わぬように導き、見守るのだ。


 それが俺の―――最期の任務なのだから。



















 3199年


 黒海 イライナ宇宙軍管理センター


 





《メインシステム、起動》


 生前のクラリスの肉声を再現したAIのシステム音声が告げるなり、狭く暗い艦橋の中に蒼い光が燈った。


 それは瞬く間に放射状に広がり伝播すると、暗かった艦橋の中に蒼いホログラムがいくつも投影され始める。無数のステータス画面が艦の隅々まで精査し船体、武装、ソフトウェアに問題がない事を報告してくると、船体の中央下部にゴンドラさながらにぶら下がっている艦橋の中、艦長席に座る俺に出向の可否を尋ねてくる。


 既にイライナ宇宙軍司令部から出航許可は出ていた。


「抜錨―――戦艦【クラリス】、発進」


《了解、戦艦”クラリス”発進します》


《サブエンジン1番から4番、点火》


《両舷、前進微速》


 抑揚のないAIの合成音声のやり取りを聴きながら、艦橋の中を見渡した。


 この【クラリス級戦略打撃型殲滅戦艦】は、全長680mの巨体を誇るイライナ宇宙軍の最新鋭戦闘艦である。


 その建造目的はただ一つ。


 ―――『ズメイ(ズミー)を生み出した宇宙文明が敵対的だった場合、これを滅ぼす事』。


 1907年に猛威を振るったズメイ(ズミー)は、かつての人類が”神”と呼んだ宇宙のどこかにいる高度な文明が生み出した()()()()()である可能性が濃厚となった。


 つまりこの宇宙のどこか―――最近の調査では銀河系中心部に文明の痕跡が確認された事から、ズメイ(ズミー)の生みの親はその近辺に存在する可能性が極めて高い。


 俺の任務はこの宇宙戦艦クラリスと3万隻の無人艦隊を引き連れ銀河系中心部へと進出。ズメイ(ズミー)を製造した地球外文明と接触し対話を行い、これが敵対的であった場合は地球に危害が及ぶ前に殲滅する事。


 そのためこの戦艦クラリスには、合計18基にも及ぶ60口径44㎝4連装中性子ビーム砲、120基の対消滅ミサイルランチャー、そして決戦兵器である艦首の『次元消去砲』が搭載されている。


 戦略打撃型殲滅戦艦の区分は、伊達ではない。


 その気になれば星系1つ、文明1つを消し去ることも可能な火力が、このクラリス1隻に詰め込まれている。


 戦艦クラリスの優美な艦首が、黒海の海面を割った。


 黒い船体と、無数に穿たれたスリットから漏れる蒼い光。


 空に上る太陽が水飛沫を煌めかせ、ダイヤモンドダストさながらに輝かせる。


《高度5000……10000……15000》


《パヴェル式対消滅反応炉、1番から8番まで出力正常》


《メインエンジン点火、10秒前。9、8、7、6、5、4、3、2、1―――点火》


 ごう、と後部のひときわ大きなエンジンノズルが火を噴いた。


 680mの巨体が瞬時に加速、地球の忌々しい重力すら容易く振り切って、あっという間に衛星軌道すら通過していく。


 アメリア宇宙軍の巡洋艦とすれ違い、互いにエールの意味を込めて発光信号のやり取りをした。もう、しばらく俺たちは地球に戻る事はないだろう―――下手をしたら、これが最期に目にする地球の姿になるかもしれない。


 地球外文明へのカチコミ―――3199年の歴史の中でも、初めての事例となる。


《月面基地”キリウ・ムーン”より無人艦隊が合流します》


「ん」


 月面基地『キリウ・ムーン』を出撃した他の戦艦や巡洋艦、空母に駆逐艦、砲艦といった様々な宇宙艦隊が、搭載されたAIによる統率された操艦でクラリスに合流。クラリスの艦橋、ちょうど俺の座る艦長席の後ろに搭載されたAI『シャーロット№1990』の指揮下に入る。


 このシャーロットもアップデートを繰り返し、今ではバージョン16000を超えている。人の手による整備を受けながらも1000年以上稼働したAIは、今のところこのシャーロットだけだ。


 3199年現在、シャーロットを超えるAIは未だに誕生していない。


 やがて、火星が見えた。


 大東亜連邦主導によるテラフォーミング計画により、火星が赤かったのは遥か過去の話。今ではあの紅い大地に海ができ、森が生まれ、独自の植生へと発展している。


 地球と見間違えるほど蒼く変貌した火星に向かって、俺は艦長席を立ち敬礼を送った。


 あの火星にも、シャーロットのメインフレームがある。


 かつては『シャーロットちゃん』と呼ばれていたAIの仔―――それを(コア)に据えたメインフレームが。


《火星基地”キリウ・マーズ”より入電》


「読んでくれ」


《”マタ逢ウ日マデ”……以上です》


「……ああ、また逢う日まで」


 次に会うのは、いったいいつになる事か。


 1000年後の未来か、2000年後の未来か……はたまた10000年の時の果てか。


 いずれにせよ、もう俺に”時間”という概念は関係ない。


 どんな苦難も生きて乗り越えるだけだ。


 そして子孫を、祖国を、地球をあるべき方向へと導いてみせる。


 それがきっと、先立っていた者たちの願い。


 俺は彼らの願いを背負い、どこまでも歩くのだ。


 どこまでも、どこまでも。


 道の果て、世界の果て、星の果てへと。


《全艦、ワープ準備完了しました》


《リガロフ艦長、ご指示を》


 目を瞑り、仲間たちの顔を思い浮かべる。


 1000年以上の時を経ても、彼らの顔は鮮明に思い出せる。


 随分と待たせてしまったが―――そっちに逝くのは、いつになる事か。


 もう1000年くらいなら待ってくれるかな、と冗談めいた事を思い浮かべて口元に小さな笑みを浮かべ、俺はAIに命じた。






「目標、銀河系中心部! 全艦ワープ開始―――旗艦クラリスに続け!!」






 










 どこまでも、どこまでも。








 




 星の果てへ。












 銀河の彼方へ。
















 俺たちの旅は、終わらない。


















 BルートED『終わりなき旅路』 


『ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件』 完





あとがき


 読者の皆様、ここまでお付き合いくださいまして本当にありがとうございます。2022年の連載開始時、まさかこんなに長続きするとは思っておりませんでした。この作品は『こうなるシリーズ』とは異なり、続編だとか三部作をやる予定はないため、やりたい事を全部詰め込んだ結果がこの1000話超えのボリュームでございます。


 ここまで続ける事が出来たのも、感想を下さったり、読んでくださる読者の皆様あっての事です。おかげさまで『ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件』も無事完走となりました。こうなるシリーズに続き4本目の完結でございます。


 応援くださった読者の皆様、SNSのフォロワーの皆様にも、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございます。皆様の応援無くして今の私はありません。


 さて、4年も続いたミカエル君の物語もマルチエンディングという形で完結となりました。2つの選択し、いったいどちらがミカエル君にとっての救いだったのか……続編の予定はありませんので、皆様の中でお好きな方を”正史”として扱ってくださいませ。


 ミカエル君はお気に入りのキャラクターなので、これでお別れになってしまうのも作者として寂しいばかりでございますが……『ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件』、これにて完結とさせていただきます。


 近日中に世界観を一新した新作を書き始められたらいいなぁ……などと思っております。性懲りもなく異世界転生×ミリタリー系の作品になると思いますが、そちらもよろしくお願いいたします。


 それでは皆様、本当にありがとうございました。次回作でお会いしましょう!

 

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― 新着の感想 ―
ミカエル君もやはり人の子、死ぬのは恐ろしいのでしょう。 とはいえ悠久の時を生きるのも、やはりミカエル君らしいと言えばミカエル君らしいですね。 しかし、あんなズミーなんぞを生み出す輩がまともに話に応じる…
ミカエル君の選択、そして旅の終わり。2つとも見届けさせて頂きました。 私も本当に長い間ミカエル君と旅をしてきたような錯覚を抱きます…Aエンドでも誰も責められませんが、ミカエル君らしいのはBエンドでしょ…
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