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──諸々の経緯を聞き終えたクラウスの顔色は、案の定芳しくなかった。
「……つまり、そのふざけた力を持つ“創生の地図”とやらが、あたかも大陸北方にあると見せかけるために旅をしていたと」
「はい。アストレア神聖国も私の向かう先が北方であることを悟ってか、最近は何も仕掛けてきておりません」
今頃、アストレアが自国周辺を徹底的に調べている可能性はなきにしもあらず。
しかし北の動きは全て憶測ゆえ確証がなく、そういった意味でも頼れる後ろ盾が欲しいところだったとモニカは正直に語った。
対するクラウスは溜息まじりに背凭れに身を預け、その端整な顔立ちを微かに歪める。
「神の遺物がそれほどまでの力を誇るとは……私の知る聖遺物は、ただの遺跡でしかなかったものでな」
大公が思い浮かべているのは、恐らく帝国にある“青き宝”やレアードの“目覚めの森”だろう。どちらも特別に凄まじい力が宿っている様子はなく、ただ光の神々が残した軌跡であるとしか認識されていない。
アストレア神聖国の“全知の書”だけは未来予知という力が備わっているものの、かの国がカレンベル帝国にその中身を利用させることなど後にも先にもないことだ。ゆえにクラウスにとって、聖遺物一つで大地を変容させてしまう地図の存在は、にわかに受け入れがたいものだったのだろう。
「……モニカ嬢、少し前に私もアストレア関連で気になる話を聞いた」
「何でしょう?」
クラウスは長い脚を組み替えると、執務机に積まれた書類の山の向こう、大陸の地誌や歴史書が集められた書棚を見遣った。
「時の双子が“全知の書”を閲覧したそうだ」
「時の……双子?」
モニカが不思議そうにその単語を反芻し、ちらりとこちらを窺う。残念ながらグレンも聞いたことのない名前だったので、無言でかぶりを振っておいた。
二人の反応をそれぞれ見比べた大公は、件の双子について静かに語る。
「アストレア神聖国の大司教メム=アステア……彼の次位に当たる特殊な司祭でな。“全知の書”は彼らにしか読むことが出来ない、というのが最近になって分かった」
時の双子と称される所以などは未だ解明できていないが、カレンベル帝国の調査曰く、彼らが仰々しい儀式を行うことで初めて“全知の書”を閲覧することが可能になるそうだ。
しかし時の双子は滅多に人前に現れず、儀式によって閲覧した未来は例外なく大司教メム=アステアの口から公式に発表される。謎に包まれた双子ゆえ、正直なところ実在するのかどうかすら曖昧だったとクラウスは語った。
「最後の閲覧が行われたのは、シュレーゲル伯爵領に不審な影が出入りするようになった時期と重なる。双子は眉唾物だったが、どうやら真実と見て良いようだな」
「そのような方々が……大公殿下、儀式は頻繁に行われているのでしょうか?」
「いや。先読みの儀は年に一度と聞いている」
加えて“全知の書”は神の遺物。これと望んだ未来を希望通りに見れる保証もない。モニカの居場所や“創生の地図”の詳細をすぐさま言い当てられるようなことは、当分ないと考えて良いだろう。
しかし、アストレアが黙って次の予言を待つと言い切れないのもまた事実であった。
「……モニカ嬢。聡い君なら薄々分かっているとは思うが」
クラウスが顔を少し傾けると、やわらかな濡羽色の髪がその頬にかかる。すっかり日の暮れたシーランの夜空を一瞥した大公は、途切れさせた言葉の続きを紡いだ。
「近年のアストレアはどうにも過激さが増している。伯爵がその計画を立てた当時より何倍も。ダミーの地図を掴ませるにしろ、行方を完全に隠すにしろ、奴らが諦めることはないだろう」
「……」
「最悪、君の手足でも折って地図の場所を吐かせようとするやもしれん。妹君は運よく人質の立場から免れたが……そうなった場合はどうするつもりだった?」
「母との約束を果たすためなら、捕らわれる前に命を絶つ覚悟でございました。父も了承済みです」
あっさりと答えたモニカに動揺したのは、もちろんグレンだけではなかった。いやむしろ彼よりも過剰な反応を示したフォルクハルトが、とうとう主の前であることも忘れて口を開いた。
「も、モニカ嬢……っ」
「ですが」
学友の戸惑いを差し止め、モニカが不意にこちらを振り返る。
彼女はグレンの渋い顔を見て、あろうことか上機嫌に笑った。まるでその反応が見たかったとばかりに。
「それは本当にどうしようもなくなった場合の話です。大公殿下の元に参ったのも、計画を変更するためですから」
「…………」
まさか冗談のつもりだったのかこの女──全く笑えないグレンが頬を引きつらせれば、対するクラウスが哄笑を上げた。
「そう簡単に自死を選ぶようではフェルンバッハの人間とは言えんな。それで? 私にどうしてほしい」
「“創生の地図”を帝国に差し上げます、大公殿下。ただし現物はお渡しできません」
一見して矛盾したモニカの発言を中断することなく、大公は心得顔で続きを促す。
「新たな四つめの聖遺物がカレンベル帝国に渡ったという事実を、大陸中に公言していただきたく存じます。その上で、かの聖遺物は平穏を乱す危険な代物であり、不可侵の遺物であることから……カレンベル、アストレア、ベラスケス、レアードなどの主要国家が共同で監視を行う、と」




