百三十九
「『裁定者』が、その権限を行使する前提条件として、いわゆる『不老不死の仕組』を完成させなければなりませんでした」
水野が『裁定者』と言葉を発したのに合わせて、有利香は、淀みなく、その説明を始めた。
「『不老不死』といえば」
と、水野が言う。
「羽蕗さんの再生の時に、『仕組』が完成した、と認識していましたが、これまでの西藤さんの話によると、ずっと以前から、その『仕組』が存在していたように思えます。
実際、その『仕組』を使って、静香さんとホノちゃんが分かれたんですよね」
「お察しのとおりです」
と、有利香は、謙遜気味に頷いた。
「遺伝子情報を基にして製造した『個体』に情報転送することによって、自身の『意志』を保有する別個体、いわゆる『疑似個体』を生み出す技術は、ルの考案によるものです。
そして、それを実現したのは私です。
ですが、その仕組を悪用しようと企てたのは、皮肉にも、私自身の別個体である仄香でした」
「ホノちゃんが謀反を起こしたことも、予言の範疇だったのでは?」
「お察しのとおりです。『仕組』の稼働が可能な期間と、仄香の謀反によって停止すべき期間は、予め計画されていました。
停止するための分割に関わる役割と、その『役務』についても同様です」
「その『役務』ですが、ホノちゃん自身にも3つある内のひとつの『再現』という役割がありましたよね。
わかっていたのに、なぜホノちゃんに、そんな重要な役割を与えていたのですか?」
「仄香は『危険因子』でしたが、秘密保持の観点では、信頼性の高い『個体』であると評価できたからです。
仄香は、私自身でもあります。
自分以外の誰かの利潤目的のために、その役割に相当する対価で譲ってしまうような倫理性に欠ける行為はしないと、確信があったからです。
それに、『再現』は『疑似個体』を作り出すのに有利な力です。
仄香の判断で、それをさせる必要性もあったからです。
たとえば、梨菜さんの再生とか」
「なるほど……それは、ル・ゼ・ジャセルの予言にも想定されていたのですね」
「そして、当初、『仕組』を使って製造した『疑似個体』として、仄香以外では、マグダラ・マグワイア、劉 梓朗といった容姿と遺伝子情報が異なる個体に対しても、おなじ『意志』を持たせました」
「いずれもIMEAを構成する重要人物たちですね」
「業界を最短で発展させる措置です」
「『15年』の根拠は、その最短期間だったのですね」
「お察しのとおりです」
有利香は、水野が理解を示したことに安堵し、緩く笑みを浮かべた。
* * *
「身分を証明できるモノはありませんか? パスポートとか」
窓口の中高年齢の男に訊かれ、段 深緑は戸惑いを見せた。
「そんなん持ってないわ。そもそも、ウチは、この国から出たことないんや」
窓口の男は、訝しげに目の前に立つ少女を見る。
両肩、腹部そして大腿が剥き出しになった水着のような露出の多い身なりで、年齢も10代もしくは未成年と思しき風貌で、しかも年齢確認ができない相手なら、常識的に受け付け拒否を繰り出すしかない、という判断に生き着く。窓口の男の思考は、至って問題はなかった。
「一応、名前と年齢を教えて下さい」
だが、男は、相手側の事情に対して配慮を試みようとした。
この行為の根拠は『優しさ』である。
男の人格は高評価できるものであり、多くの者たちから共感を得られたと思われる。
ただ、この時にした軽率な判断による行為が、その後の将来に与えた影響度までを考慮に含めると、はたして同様の共感が得られたかどうかは、微妙なこととなる。
「ウチは段 深緑。年は19歳や」
段の年齢を聞いて、窓口の男はホッと安心した。
「こちらに、名前と年齢を記入して下さい」
男は、クリップボードに挟まった入場者記録簿とボールペンを段の方に向けた。
「困ったな………」と、段はため息を漏らした。
「ウチは、字の読み書きができんのや」
「どんな漢字ですか」
男が代わりにボールペンを持って、段に訊ねた。
「『階段』の『段』に、『深い緑』や」
「これで合ってますか?」
男は、記録簿に名を書き、段に見せた。
「あ、そんな形や。合うとる。おじさん、おおきに」
男は、入場者を示す首掛け札を段に渡す。
「隣の面会室で待っていて下さい。それで、誰を呼べば良いですか?」
「ルビー・ザ デカや。ルビーに会いたい」
「ルビーさんですか……大ケガをして、昨日退院して戻ってきたばかりです」
「ウチも、それは聞いた。お見舞いに来たんや」
「今、連れてきます。少しお待ち下さい」
男は言って、事務所の奥に入っていった。




