百三十四
「『予言』を開始させるためには、準備工程が非常に重要と考えました。
奇妙な話に聞こえるかもしれませんが、美園 仄香には、『予言』の内容に触れる機会を与えることなく、そして『予言』は確実に実行されなければなりません。
必要なのは、役割の分断でした。
そこで、『予言』の内容を知らずにME関連事業の発展に寄与する経営者としての美園仄香と、『予言』の内容を熟知し、美園仄香が正しい人生を送るための支援を行う研究者としての西藤 静香の2人が同時に存在する展開となりました」
そこで、有利香は話を中断して、水野をじっと見つめた。
水野が口を動かしたがっている素振りを見せたからだ。
「あっ……と………」
水野は、うろたえ気味に言葉を詰まらせた。
「訊ねたいことがあったのですが、一通りお話を伺ってからにします。
話の腰を折ってしまいました……すみません………」
有利香は、抱擁するような優しい眼差しを水野に向けた後、幾分か沈黙を挟んでから話を継続した。
「当事者意識というものは、どんなに優秀な人材であろうと、当事者本人になりきれない点で限界があります。
つまり、支援者が当事者のために完璧な働きを行うためには、支援者が当事者本人であることが最良なのです。
私は、自らを分断し、美園仄香として生かした『本人』を調整する立場となりました。
もちろん、私も仄香も人間としての営みを行っていくことになりますので、基本的には同じレールの上を進行するのですが、異なる使命と環境下によって変化していく価値観や、形成されていく感情とか、性質とか、そういった人間性の曖昧な部分まで揃えてしまおうとすると不都合な事態も起こりえます。
ある事象が影響して、2人同時に冷静さを失ってしまうのは、当然に良くないことです。
変わる必要があるのは、西藤静香の方でした。
・積極行動派
・社交的で野心家
・高い好感度と向上心
美園仄香に備わっていたこういったイメージを拭い取り、冷徹でストイックな人間になることを、私は目指しました。
これは、あくまでも、私のこだわりです。
『予言』を実現するための研究に没頭するにしても、私がどんな性質を持とうが関係ありません。
でも、私としては、美園仄香と共通する要素が、なるべく無い方が良いと思ったのです。
そうしてできあかったのが、西藤静香という人格でした」
* * *
パーヴェル・シュトキンは、自らを包むように流れる空気の淀みを観察し、「なるほど」と呟いた。
「最新型の『超小型保護具』か……敵からの『光弾』や『固体弾』を完璧に防御し、こちらからの攻撃も可能にする高性能なタイプだ。
アケミ、キミが用意してくれてたんだね」
暁海は笑顔で頷いた。
「美園会長から、賊の侵入についても想定しておくよう指示があって用意しました。
美園会長、さすがです」
「その保護は」
と、段 深緑に覆いかぶさるような姿勢のサロモン・ハーシュが割り込んできた。
「この子も守ってくれてるのかい?」
「もちろんですよ、サロモンさん」
暁海が快闊に答えると、サロモンは肩にこめていた力を緩めた。
リーダー格の賊は、『光弾銃』を構えたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。
ある程度、間合いが詰まったところで、賊の動きが止まり、手のひらで空間を撫でるような仕草をした。
「これ以上は近づけないようね。
見えない膜が、アナタたちを守ってる」
「何を企んでいるのか知らないが」
パーヴェルは、威嚇気味に低音域の声を震わせた。
「最新の防御システムで、我々は守られている。
今、引き下がると言うなら、我々もそれを許そう。
だが、キミたちが犯した研究員殺害の罪は、決して赦されるものではない。
いずれ、キミたちが何者であるかが突き止められ、拘束され、相当の罪を償ってもらうことになるだろう」
「最新の防御システムねえ………」
賊は愉快そうな笑みを見せ、着用している革製ベストの内側から、一見して電気カミソリのようなモノを取り出した。
パーヴェルは、それを一瞬で電撃銃と見抜き、警戒した。
「そんなモノを使って、何をする気だ。
ちなみにボクは、訓練でそれの耐性を持ってる」
「頑強なアナタへの攻撃手段で使うなんて無駄なことは考えていないわ」
賊は、不敵な笑みを崩さない。
「これは、200万ボルト超えでアンペアも高出力タイプ。
ヒトが触れると、マトモじゃなくなるのは確かだけど、私が相手にするのは、これよ」
賊の構えるスタンガンが前方に突き出されたのと同時に、激しい破裂音が響き渡った。
その後、ジリジリと小さな線香花火のような放電が連続し、パーヴェルたちの周囲を覆った。
「これは………」
暁海が息をのんだ。
「ナノプロテクターが破壊消滅されています。
スタンガンで、こんなことができるなんて……」
「普通のスタンガンでは無理だよ。
脆弱性と電撃による作用を計算した上で、対抗策を作ってきた。
明らかにナノプロテクターの仕様に関する情報が漏れてたな。
岡産業株式会社としては、致命的な事態に陥っていると助言しておくよ」
「ありがとうございます」
と、暁海はパーヴェルに向かって丁寧にお辞儀した。
「今、この事態は、どう解決しますか?」
「MEの流通量が十分ではないが、ボクなりに対抗策を仕掛けてみるよ」
パーヴェルが賊に立ち向かおうとしたとき、サロモンが背後から声をかけた。
「この子が……目を覚ましたようだ………」
パーヴェルの注意が段深緑の方に向いた。
「……あんたら………」
掠れた声が、囁き程度の音量で、かろうじてパーヴェルの耳に届いた。
パーヴェルの注意が逸れた隙をつくように、リーダー格ではない方の賊から彼の腹部を狙って『固体弾』が2発、発射された。
パーヴェルは、すかさずMEを硬化させたバリアで1発は凌げたが、もう1発はMEの確保量が少なかったので、やむなく自らの筋肉の最も硬い部分と自負する右下腕の中心で受け止めた。
「ぐっ……」
『固体弾』による激しい衝撃は、鍛え上げられたパーヴェルの筋力をもってしても肉体への食いこみを防ぐことはできなかった。
パーヴェルは、激痛を堪えるため、下唇を血がにじむまで噛みしめた。
賊の側もMEの限定された供給量の影響で、2発撃った次を繰り出すのに時間を要していた。
「パーヴェルさん!」
暁海が声を上げながらパーヴェルに右腕に触れ、『治癒』を試みようとする。
「ボクなら大丈夫」と、パーヴェルは暁海の好意を断った。
「それより、すぐ次の攻撃に備えないと……MEの流通が回復すれば、この程度の攻撃、防ぎようがあるが………」
「あんたら……ええヒトたちやな………」
再び段の声。
一同の注意がそちらに向く。
「ウチを庇って…ケガしたんやな……ウチのことなら大丈夫……今度はウチがあんたらを守ったげるわ………」
段は、薄く開いていた両目を大きく開き、賊たちを睨みつけた。




