第百二十五話 新たな気配
フィレックはラウダムスの背後からにじり寄ってくる闇に臆せず、大地の妖精に命令した。
「轟け、嵩増して奴らを飲みこめ…!」
途端に地面が大きく揺れた。土玉が勢いよく白い人の周囲を転がり、見る間に大きさを増していった。トールクが咄嗟にラウダムスを支えたが、ラウダムスはトールクの両腕を払い、そのまま流れるように両手を前に差し出した。
「【デューア、ミイアチューヴォ】! 【イル、ブダンラーグ】!!」
ラウダムスの呪文は天に届こうかという大音声だった。屋敷の屋根から何羽か鳥が飛び立った。今にもラウダムスたちを襲おうとしていた土玉は動きを止め、その場でサラサラと崩れていった。アイレスとファレスルは息を飲み、かすかに笑っているラウダムスを注視した。魔法自体は大がかりなものではないが、大地も空気もラウダムスを中心に渦を巻いているように見えた。
「…これがラウダムスの力なのかしら…」
「何が『魔法の達人じゃない』だよ。とんでもないな」
「あなた、変わった術を使うわね。どこで覚えたのやら、魔法も使わずに妖精を操るなんて。しかし、2000年以上デ・エカルテを統べている私の声以上に、この地の妖精が聞くものはありはしない。デ・エカルテの加護を受けているのはこの身。フィレック、あなたたちのためにも、この地の怒りを買わぬが得策よ」
フィレックの隣に控えた青年が何かを耳打ちした。フィレックも目だけでうなずく。
「……ひとまず引き上げる。我々はあきらめないぞ」
最も背の高い白い人がフィレックを抱き上げ、車椅子は別の青年が担いで走り去っていった。小高い丘の方へ曲がって見えなくなった。
「ラウダムス、追わないのですか?」
遠目の利くトールクはいつまでも眺めていたが、やがてラウダムスへ向き直って言った。
「ええ、構いやしないわ。どうせ私たちがどの程度の力を持っているか探りに来たのよ。放っておきましょう、リューンを探す労力が惜しいわ」
気のない様子でラウダムスは屋敷の門へ向かった。途中、リリイを呼び止めた。
「リリイ、リューンは近くにいるわ」
「本当ですか、ラウダムス様?」
「ええ。大地の妖精からかすかにリューンの魔力を感じたわ」
シシイも寄ってくる。
「そうですか。早速見回りに行きますよ」
「ええ……」
「ラウダムス様? 他に何か?」
少し考え、ラウダムスは声ひそめてふたりに告げた。
「リューンの他に、大地から別の存在を感じる。私の知らない男だわ」
「ラウダムス様……」
「何か未知の存在が大地に影響を及ぼしているわ。極秘に調べてちょうだい」
屋敷の窓から白い人が露営している焚き火の煙が見える。
「白い人の他の存在がデ・エカルテに潜んでいるようね…」
白い一の月が半月となって太陽を追って昇ってきた。