プロローグ 人生、これからだったのに!
人生というものは、なかなか思いどおりにはいかない。
それでも、真面目に働いて、人に優しくして、困っている人がいればできるだけ手を差し伸べる。そんな生き方をしていれば、いつか自分にも幸せが巡ってくるのではないかと、あたしはずっと信じていた。
……いや、信じたかった、という方が正しいのかもしれない。
何しろ、あたしの人生は子供の頃から、あまり幸せとは言えないものだったのだから。
あたしの名前は愛実。日本で生まれ育った、ごく普通の会社員。
ただし、家族との関係については、あまり普通ではなかったと思う。
幼い頃から、なぜか家族の中であたしだけが冷たく扱われていた。ほかの家族には許されることがあたしには許されず、何か問題が起これば、まずあたしが責められる。どうしてそうなるのかと尋ねても、納得できる答えが返ってきたことはほとんどなかった。
理不尽極まりない。
高校生になってアルバイトを始めると、今度はその収入まで家族に取られるようになった。最初は家計が苦しいから仕方がないと思っていたけれど、働く時間が増えても自分の自由になるお金はほとんど残らず、欲しいものを見つけても我慢するのが当たり前になっていた。
それでも、高校を卒業すれば家を出られる。
そう考えていたからこそ、何とか頑張れたのだと思う。
そして卒業後、あたしは念願だった一人暮らしを始めた。
これからは自分で働いて、自分で稼いだお金を、自分のために使える。そう思ったときは本当に嬉しかったし、狭い部屋で食べた最初の夕食が、どんなご馳走よりもおいしく感じられた。
ところが、実家を出たからといって、家族との関係まで変わるわけではなく……
両親からは相変わらず金の無心が続き、断ろうとすると、どれほど生活に困っているのかを延々と聞かされる。あたしだって余裕があるわけではないのに、そんな話を聞いてしまうと、どうしても放っておけなくて。
「あたしにも生活があるんだから、これが最後だからね」
そう言って振り込んだお金が、いったい何度目の「最後」だったのか、もう数えるのも嫌になっていた。
最後という言葉は、どうやら私の実家では「次回もよろしくお願いします」という意味に変換されてしまうらしい。
そんなわけあるか! そんなわけあるか!
……と、心の中では大事なことなので2回×いや、何度も叫んでいたのだけれど、実際には振込先の口座番号を入力しているのだから、我ながら情けない。
そんなあたしにも、一応恋人がいたときがあった。
相手は年下の男性で、最初のうちは一緒にいるだけで楽しかった。家族から大切にされた記憶がほとんどないあたしにとって、自分を好きだと言ってくれる人がいることは、それだけで嬉しかったのに。
もっとも、その幸せは長く続かなかった。
彼はいつもお金に困っていた。
最初はデート代を私が負担する程度だったけれど、やがて家族の入院費が必要だとか、どうしても支払わなければならないものがあるとか、さまざまな理由でお金を頼まれるようになった。
もちろん、あたしだって簡単にお金が湧いてくるわけではない。会社の給料だけでは実家への援助と彼への出費を賄えなくなり、仕事が終わってからアルバイトへ向かう生活が始まった。
昼間は会社で働き、夜や休日にも働く。そんな毎日を続けていれば、当然ながら自由な時間はほとんどなくなる。
彼と会う時間も減ってしまったけれど、事情を説明すればわかってくれると思っていた。
だって、彼のためにも働いていたのだから。
ところが、ある日。
アルバイトへ向かう途中で、見覚えのある男性を見つけた。
彼だった。
しかも、隣には知らない女性がいる。
二人は楽しそうに笑いながら飲食店に入り、あたしは思わず足を止めてしまった。見間違いであってほしいと思ったけれど、何度確認しても彼に間違いない。
しばらくして、ガラス越しに見えるレジへ二人が向かった。彼が財布を取り出して会計を済ませる姿を見たとき、あたしはさらに驚くことになった。
彼が、会計を済ませていたのだ。
……え?
ちょっと待って。
あたしとのデートでは、いつもお金がないと言っていたよね?
財布を忘れたとか、今月は厳しいとか、給料が入ったら返すとか、そんなことばかり言っていたよね?
それなのに、ほかの女性とのデートでは自分で払えるんだ?
へええええ。
そうなんだああああ。
今思えば、あのときのあたしは相当怖い顔をしていたのだろう。彼がこちらに気づいた瞬間、楽しそうだった表情が見事に凍りついた。
一緒にいた女性に悪いと思ってその場からはすぐに離れたけれど、後日、彼とは当然、口論になった。
しかも話を聞いていくうちに、彼が説明していた家族構成や入院の話にまで嘘があったことがわかったのだから、もう笑うしかない。
いや、笑えないよね。
私が必死に働いている間、彼は別の女性と楽しくデートをしていたのだから。
これまでのことを思い返せば腹も立つし、悲しくもなる。けれど、それ以上に、どうしてあたしはこんなにも自分を後回しにしてきたのだろうという思いが強かった。
結局、彼とはその場で別れた。金返せ!!(返してくれなかったけれど)
そしてあたしは決めた。
もう、恋愛はこりごり。
少なくとも、誰かのために自分の生活を犠牲にするような恋愛は二度としたくない。ついでに、実家への援助も終わりにしちゃえ。
今までだって十分すぎるほど頑張ってきたのだ。これからは自分で稼いだお金を、自分のために使ったっていいはずだもの。
そう決めた瞬間、不思議なくらい気持ちが軽くなった。
これから何をしよっかなぁ? どこへ行こうかなぁ? んでもって、何を買っちゃおうかな?
考えてみれば、あたしは自分が何をしたいのかということさえ、ずいぶん長い間忘れていたような気がする。
でも、実は一つだけ、昔からずっと好きだったものがある。
異世界ファンタジーだ。
特に、異世界転生ものは大好物!
魔法が使える世界へ生まれ変わり、前世では考えられなかったような能力を手に入れて、自由気ままに暮らす。そんな物語を読むたびに、あたしもいつか異世界へ行けたらいいのにと、何度思ったことだろう。
もちろん、本当に転生できるとは思っていなかったけれど、空想するだけならお金もかからない。
もし異世界へ転生するなら、魔法は絶対に使いたい。できれば一つの属性だけではなく、いろいろな魔法を使える方が楽しそうだし、何でも収納できる能力も欲しい。頼もしい仲間がいてくれたら、なお嬉しい。
そんなことを考えながら小説や漫画を読む時間は、あたしにとって数少ない楽しみだったし、とんでもなく妄想も捗った。
これまでは出費を抑えるために電子書籍の読み放題サービスを利用することが多かったけれど、これからは好きな漫画を買いまくって、気になっていたアニメを見るために動画配信サービスへ加入して、推しキャラクターのグッズを買う!
そう思ったら、もう楽しくて仕方がなかった。
初めて好きな作品の電子書籍を大人買いした日は、本棚欄を眺めているだけでニヤニヤしてしまったし、届いたグッズを部屋に飾ったときには、思わず記念写真まで撮ってしまった。
誰にも遠慮せず、好きなものを好きだと言える。
欲しかったものを、自分のお金で買える。
たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて。
「よーし! これからは人生を楽しむぞー!」
誰もいない部屋でそう宣言したとき、私は心の底からワクワクしていた。今までの人生は大変だったけれど、これからはきっと楽しいことがたくさん待っている。
そう信じていた。
……まさか、その人生がこんなに早く終わることになるなんて、夢にも思わずに。
◇◇◇◇
その日、あたしはいつものように買い物を済ませ、家へ帰る途中だった。
頭の中では、今夜何を見ようか、何を読もうかと楽しい予定を考えていた。お気に入りのアニメの続きを見るのもいいし、購入したばかりの漫画を読むのもいい。明日は休みだから、少しくらい夜更かししたって問題ない。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に妙な足取りの男性がいることに気づいた。かなり酔っているらしく、ふらふらと左右に揺れながら歩いている。
大丈夫かしら?
そう思った直後、男性が進もうとしている先に、蓋の外れたマンホールがあるのが見えた。
「危ない!」
考えるより先に体が動いてしまった。
あたしは男性へ駆け寄ると、落ちないように思いきり突き飛ばした。男性の体が穴から離れたことを確認してほっとしたのも束の間、今度は自分の足が地面を踏んでいないことに気づく。
勢い余って、私の方が穴の上に。
……え?
ちょっと待って。
落ちるの、あたし?
助けた方が落ちるって、どういうこと!?
慌てて手を伸ばしたものの、何かにつかまることもできず、体はそのまま暗い穴の中へ吸い込まれていった。
こんなことなら、もっと漫画を買っておけばよかった。
いや、買ったところで読めないじゃない!
そんな自分でも意味のわからないことを考えた次の瞬間、あたしの意識は途切れた。
人生、これからだったのにぃぃぃっ!!
◇◇◇◇
「……ん?」
気がつくと、私は真っ白な空間に立っていた。
周囲を見回しても壁や天井らしきものは見当たらず、足元に地面があるのかどうかさえよくわからない。それなのに、なぜか普通に立っていられる。
不思議な場所。
というか、ここはどこ?
確か私は、マンホールに落ちて……。
「あっ!」
思い出した瞬間、思わず声が出た。
そうだ。あたしは酔っ払ったおじさんを助けようとして、自分が落ちたのだ。……ということは、もしかしてここは死後の世界なのだろうか。
それにしては、天国らしい花畑もなければ、地獄らしい恐ろしい光景もない。見渡す限り真っ白で、何とも殺風景な場所。普通なら何もないという恐怖に包まれそうだけれど、そういう感情は起きないっぽい。
「おお、気がついたか」
突然声をかけられ、振り返ると、そこには見覚えのある男性が立っていた。
「あっ! さっきの酔っ払いのおじさん!」
「……うむ。まあ、そうじゃな」
男性は少し気まずそうな顔をしている。間違いない。あたしが助けようとした、あの男性だ。
「よかった! 無事だったんですね!」
「うむ。おぬしのおかげ……と言いたいところじゃが、実はそうでもなくてのう」
「え?」
「まずは謝らねばならん。わしのせいで、おぬしを死なせてしまった。本当に申し訳なかった」
男性は深々と頭を下げた。
……死なせてしまった?
「えっと、つまりあたしは……」
「うむ。亡くなっておる」
やっぱり。
そうか。あたし、死んじゃったのね。
せっかく家族との縁を切って、恋人とも別れて、これからは好きなことをして生きようと決めたばかりだったのに。
買ったばかりの漫画だって、まだ全部読んでいない。続きが気になっているアニメもあるし、予約していたグッズだって届いていない。
それなのに、もう何もできないなんて。
「……あたしの人生、これからだったんですけど」
「うむ。本当にすまぬ」
「やっと自分のためにお金を使えるようになったんですよ? 読みたい漫画も、見たいアニメも、まだまだいっぱいあったんです!」
「……うむ」
「それなのに、どうしてこんなことに……」
悲しさと悔しさが一気に押し寄せ、私は思わずうつむいた。
すると男性は、しばらく考え込んだあと、意を決したように口を開いた。
「実はのう、わしは最高神なのじゃ」
「……はい?」
「いくつもの世界を管理しておる、最高神じゃ」
私は男性の顔をじっと見つめた。
最高神。
つまり、神様。
この人が?
マンホールに落ちかけていた、あの酔っ払いおじさんが?
「……神様って、お酒を飲むんですか?」
「飲むぞ。酒はうまいからのう」
「お寿司も食べるんですか?」
「もちろんじゃ。日本の寿司は実にうまい。あれは素晴らしい食文化じゃな」
おじさんは嬉しそうに頷いた。
……いや、そこまで堂々と答えられると、何だかこちらの方が間違った質問をしたような気になってくる。
「それで、日本へお寿司を食べに来ていたんですか?」
「うむ。ついつい酒も進んでしまってのう」
「進みすぎです!」
「面目ない」
最高神と名乗るおじさんは、素直に頭を下げた。
何というか、想像していた神様とずいぶん違う。もっとこう、威厳があって、近寄りがたくて、何でもお見通しという感じなのかと思っていたのだけれど。
少なくとも、酔っ払ってマンホールに落ちかける神様は想像したことがなかった。
「ところで、神様なら、あの穴に落ちても平気だったんですか?」
「うむ。わしはあの程度ではどうにもならん」
「……え?」
「そもそも、あそこはわしの世界へ通じる接点だったのじゃ」
あたしはしばらく黙って最高神を見つめた。
最高神も、何も言わずにこちらを見ている。
やがて、あたしはゆっくりと口を開いた。
「じゃあ……あたし、助けなくてもよかったんですか?」
「……そういうことになるのう」
「あたしの人生、返してくださあああい!!」
「すまぬ! 本当にすまぬ!」
最高神が慌てて頭を下げる。
いや、謝ってもらっても困る。
あたしの人生を返して!!
ようやく自分のために生きようと思えたのに、こんな終わり方はあんまりではないか。
最高神はしばらく申し訳なさそうにしていたが、やがて顔を上げると、あたしに一つの提案をした。
「おぬしには、本当に取り返しのつかぬことをしてしまった。そこで、せめてもの償いとして、別の世界で新たな人生を送る機会を与えたいと思っておる」
「別の世界?」
「うむ。わしが管理しておる世界の一つじゃ。もちろん、このまま生を終えることもできるが、もし転生を望むのであれば、できる限りの願いを叶えよう」
転生!?
異世界ってこと?
その言葉を聞いた瞬間、あたしは思わず顔を上げた。
「……もしかして、異世界転生ですか?」
「うむ。そう呼んでも差し支えなかろう」
あたしは少しだけ考えた。
確かに、買ったばかりの漫画も、続きが気になっているアニメも、予約していたグッズも心残りだった。ようやく自分のために生きられるようになったのだから、できることなら日本での生活をもっと楽しみたかった。
でも、家族とは縁を切ったし、恋人とも別れた。今のあたしには、どうしても日本へ戻らなければならない理由は仕事ぐらい。仕事だってあたしがいなくなったところで困る人は誰もいない……と思ったところで、自分の人生がちょっと寂しく思えた。
それなら、もう一度人生をやり直せるというのは、むしろ幸運なのかもしれない。
しかも、行き先はずっと憧れていた異世界だ。
そう考えると、残念な気持ちよりも、新しい人生への期待の方が少しずつ大きくなっていった。
「魔法はありますか?」
「あるぞ」
「魔物とか、従魔とか、守護霊獣とか、妖精とかも?」
「おるとも」
私は両手を握りしめた。
何ということだろう。
ずっと憧れていた異世界転生が、こんな形で現実になるなんて!
いや、そもそも死んでしまったのだから、手放しで喜んでいい状況ではないのだけれど。
でも、もう日本へ戻れないのなら、せめて次の人生くらい思いきり楽しみたい。
「転生します!」
「……決断が早いのう」
「だって、異世界転生ですよ!? ずっと憧れていたんです!」
「そうか。それならば、望む能力や特典を申してみるがよい」
「いくつまでですか?」
「数は気にせずともよいぞ」
「本当に?」
「うむ。わしにできることであれば、できる限り叶えよう」
あたしは思わずニヤッとしてしまった。
何しろ、異世界転生ものは昔から大好きだ。自分が転生するなら何が欲しいかなんて、何度も何度も考えてきた。
準備は万端である。
……まさか、本当に役立つ日が来るとは思わなかったけれど。
「まず、魔法は全部の属性を使えるようにしてください!」
「全部とな?」
「はい! 一つしか使えないなんてもったいないですから。木も火も土も金も水も、全部使いたいです。それから、光と闇もお願いします!」
「ふむ。七属性すべてか」
「金属性は錬金術もできるんですよね?」
「うむ。可能じゃ」
「それなら絶対に欲しいです! ものづくりもしてみたいし、便利な道具も作りたいので!」
最高神は感心したように頷いた。
「なかなか欲張りじゃのう」
「だって、せっかく転生するんですよ? あとから『あれもお願いしておけばよかった』って後悔したくないですから!」
「確かに、そのとおりじゃな」
よし。魔法はこれで決まり。
次は、異世界生活を快適にするための能力だ。
「それから、何でも入れられる収納能力が欲しいです。容量は無限で、できれば中に入れたものを自由に取り出せるようにしてください」
「よかろう」
「あと、守護霊獣も欲しいです!」
「どのようなものがよい?」
「スライムがいいです!」
最高神は少し意外そうな顔をした。
「スライムとな?」
「はい! しかも二匹お願いします。名前はもう決めているんです。スーとラー!」
「ほう。名前まで決めておるのか」
「もちろんです!」
スライムと聞くと、弱い魔物を想像する人もいるかもしれない。でも、あたしが欲しいのは、そんな普通のスライムではない。
どんな姿にも変身できて、人間の姿にもなれて、家や家具、乗り物にだってなれる。魔法も得意で、戦闘能力も高く、無限収納まで備えている。
さらに、読んだ本の内容を覚えたり、私の勉強を手伝ってくれたりしたら、これほど頼もしい仲間はいないだろう。
私は以前から考えていた理想のスライムについて、思いつく限り説明した。
最高神は最初こそ興味深そうに聞いていたけれど、話が進むにつれて、何とも言えない表情になっていく。
「……おぬし、それは本当にスライムでよいのか?」
「はい!」
「ずいぶんと多機能じゃのう」
「どうせなら、頼もしい方がいいじゃないですか!」
「まあ、そうじゃが……」
最高神は小さく笑うと、了承してくれた。
やった!
これで、スーとラーと一緒に異世界生活を楽しめる。想像しただけで嬉しくなってしまう。
「それから、前世の記憶は三歳の誕生日に思い出せるようにしてください」
「生まれてすぐではなく、三歳でよいのか?」
「はい。赤ちゃんのうちから大人の記憶があっても、何もできないでしょう? 三歳くらいなら少しは自分で動けるようになっていると思うので」
「なるほど。では、その日に記憶を戻すことにしよう」
「あと、魔法も三歳から使えるようにしてもらえますか? できれば、使い方も教えてほしいです」
「ふむ。それならば、三歳の誕生日に夢の中で再び会うことにしよう。そのときに、わしが直接魔法を授けてやる」
「ありがとうございます!」
あたしは嬉しくなって、最高神…様?の両手を握りブンブン振った。
最高神は、ほかにも希望があるなら聞くと言ってくれたので、異世界での生活を思い浮かべながら、細かなことまで相談した。
便利な能力も、頼もしい守護霊獣も、憧れていた魔法も、全部手に入る。前世では欲しいものを我慢することばかりだったけれど、今度は違う。欲しいものを全部手に入れた状態から人生が始まるのだから。
好きなことをして、好きなものを食べて、行きたい場所へ行く。困っている人がいれば助けたいけれど、だからといって自分の幸せまで犠牲にするつもりはない。
今度こそ、自由に生きるのだ。
「ほかに望みはないかの?」
最高神に尋ねられ、あたしは少し考えてから首を横に振った。
「大丈夫です! こんなにいろいろ叶えてもらえるなら、十分です!」
「そうか。では、そろそろ転生の準備をするとしよう」
最高神が片手を掲げると、あたしの足元に柔らかな光が広がり始めた。先ほどまで何もなかった空間が淡く輝き、体がふわりと軽くなっていく。
「今度こそ、幸せになるのじゃぞ」
その言葉に、私は大きく頷いた。
「はい! 絶対に幸せになります!」
光が少しずつ強くなり、最高神の姿が遠ざかっていく。
あたしは最後にもう一度お礼を言うと、目を閉じた。
前世では、ずっと誰かのために働いて、誰かの都合に振り回されてきた。
でも、次の人生は違う。
魔法もある。スーとラーもいる(はず)。何より、今度こそ自分の幸せを一番に考えていいのだ。チート能力で無双しまくる人生が待っている!
これ以上ないくらい、完璧な転生になるはずだった。
……そう。
あたしは、そのとき本気でそう思っていた。
転生先の家族について、何一つお願いしていなかったことにも気づかずに。




