↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に対する召喚術~その悪魔、返品不可につき。しょうがないのでとことん利用してやります~【10/9よりS2連載中!】  作者: 詩夏未帆
第三章:ノエル編 魔女と森の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/82

第78話:あの日の再演




 信じられない言葉に、ディアナは言葉を失う。


「燃やす? だって、あの大樹は——」

「ドライアドはいません。信じたくありませんが……おそらく、あれに呑み込まれてしまったんだと思います」


 硬い声が淡々とノエルから吐き出される。感情の感じられない、平淡な声。

 それが無性に、ディアナを苛立たせた。


「どうして? まだわからないじゃない。もしかしたら、あの蔓や種子だけ取り除いて、ドライアドを助ける方法があるかもしれないのに、燃やすだなんて」

「ディアナ様にはわかりません!」


 言い募るディアナに被せるように、ノエルが叫ぶ。

 その声には悲痛が溢れ、長年の孤独が響き渡るようだった。


「私たち魔女は、普通とは違います。精霊や妖精——普通の人には見えない、見たくもないものまでもが、見えてしまう。

 ディアナ様には、まだ手があるように見えるかもしれません。

 でも、魔女である私には、見えてしまう。

 ……もう、無理なんです!」


 紺の瞳が、きつくディアナを睨んだ。

 その瞳に浮かぶ絶望と、ある種の諦念が、ディアナにあることを思い起こさせる。


「魔女である私には、この森を守る義務があります。

 そのためなら、私はどんなことでもやります。

 ——そう、しなければならない」


 震える声が、かつての自分を呼び起こす。

 

 ノエルは、少し前のディアナと同じだ。

 役割に己を縛り、その道以外はないと信じ、他へ目を向けることを許さず。

 そうすることでしか、自分の存在理由を肯定できなかった、少し前の自分と。


 湧き上がる怒りに押され、ディアナはノエルの肩を掴む。

 かつての自分を叱るように。その顔を俯くことを許さないというように。瞳を伏せるノエルをまっすぐに見据えた。


「魔女としての考えなんか、どうでもいいわ。

 ——貴女は、どうしたいの」


 ノエルの目が大きく見開かれる。

 

「ドライアドは、家族なんでしょう?

 ずっと、一緒にいたんでしょう?

 ——悔しくないの? こんな、誰のものかもわからない悪意に、好き勝手されて」

「私、は……」

「綺麗事はいらないわ。偽りのない、貴女の本心を聞かせて」


 紺の瞳に透明な幕が張る。まるで、頑なに凍らせようとしていた心が、ディアナの熱にあてられ溶け出すように。

 くしゃりと表情が歪む。その頬を、一筋の涙が伝った。


「——助けたい。ドライアドを。

 このまま諦めるなんて、いや」

「それでいいのよ」


 身体を離す。ディアナは未だ不気味に蠢く大樹へ視線を戻した。

 蔓は意思を持ったように動いているが、最初以上の攻撃を仕掛けてこようとはしていなかった。

 もしかしたら、遠くから見守っている限りは敵意を向けてこないのかもしれない。


「もう手遅れ、という考えは捨てましょう。助けられることを前提に手段を考えるの。

 どうしたら、あの大樹からあの蔓と種子を引き剥がせると思う?」


 涙を拭き顔を上げたノエルは、もう狼狽えてはいなかった。

 静かに考え込むように黙り込んだあと、すっと指を大樹の奥へと向けた。


「大樹のもう少し奥に、ウンディーネの宿る泉があります。

 ウンディーネを召喚し、ドライアドの力を増幅することができれば、暴走を内側から抑えてくれるかもしれません」

「なるほどね。良い案じゃない」

「問題は、泉の位置が私たちがいるここよりも大樹に近いことです。

 召喚を行うには、泉の淵まで行かなければいけません。

 大樹の攻撃範囲に入ってしまうかも」


 それは確かに心配だ。

 召喚中、ノエルは身を守ることができない。もしも大樹の妨害にあってしまえば、命の危険にも繋がりかねない。

 何か代替案はないかと考えているディアナを横目に、ノエルは杖を取り出しながら言った。


「泉の向こう岸なら、大丈夫かもしれません。

 ディアナ様は、ここにいてください。もし私に何かあったら、すぐに村へ行って国へ報告を入れるようにお願いします」

「待って。私も傍まで——」

「だめです」


 ついていこうとするディアナをノエルは止める。


「私には魔法の心得がありますが、ディアナ様には身を守る術がありません。

 もし、ディアナ様に何かあったら、レナード様に顔向けができません。ここにいてください」

「でも、私が言い出したのよ? それなのに、何もしないなんて……」

「そんなことはありません」


 反論するディアナの言葉を、ノエルは微笑みながら否定する。


「ディアナ様は、私に勇気をくれました。

 それだけで、十分なんです」

「ノエル……」

「何かあったら、村へお願いします」


 それだけ再度言い残し、ノエルは木々の中へ入っていく。

 開けた場所を避け、ぐるりと泉まで回り込むつもりなのだろう。確かに距離を保っていれば少しは安心だ。

 どうか何事もなく泉まで辿り着きますように、とディアナは両手を組み祈る。


 ディアナの心配をよそに、大樹は特に大きな動きを見せなかった。

 これなら案外大丈夫かもしれない、と気を緩みかけたそのときだった。

 

 ぴくりと蔓が反応する。鋭く風を切り一直線にノエルへと向かう蔓は、激しい音を立て周囲の木々へとぶつかった。

 難を逃れたノエルは素早くその場を離れる。しかし一度射程内に入ってしまったからか、それともノエルの意図を見抜いているのか。

 蔓は執拗に彼女を狙い、その身体を絡めとろうと迫る。

 しかし周辺の木々がうまくノエルの身体を隠してくれ、蔓の攻撃がノエルに届くことはなかった。

 

 しばしの応戦のあと、蔓は不意に動きを止める。

 不気味なまでの静けさを保つ蔓は、まるで何かを考えているようにも見えた。


 何か起きる前に、早くウンディーネを召喚しなければ。

 ディアナと同じことを考えているのか、ノエルの足が速まった。あと少しで泉に辿り着く。

 そんなもう少しのところで、ノエルの足元が突然隆起した。


「え——っ」


 驚くノエルの足元から生えてきたのは、巨大な根。

 地を割り突き出した太い根はノエルの足元に絡みつき、容赦なく木々の中から引きずり出す。

 堪らずディアナは悲鳴を上げる。


「ノエル!」

「くっ——!」


 引きずられながら、ノエルは腰の袋から赤い石を取り出し呪文を唱える。

 生まれた炎が根を覆い、その熱に怯んだのか根は大きく身悶えた。

 ノエルの足を掴んでいた力が緩む。その隙に、ノエルは根から這い出し泉のほうへ駆けた。


 その後を追うように蔓が迫る。それに応戦するようノエルは杖を構えたが、蔓のほうが早かった。

 彼女の腕を蔓が打つ。弾みで手から零れ落ちた杖は、蔓の追撃に大きく弾き飛ばされてしまった。


「いけない……!」


 杖がなければ召喚はできない。杖が転がるのを見て、脇目も降らず、ディアナは木々の間から飛び出した。

 開けた場所に転がる杖を拾う。ノエルのほうを見るのと、視界に蔓が飛び込んでくるのは同時だった。


 やけに蔓の動きがゆっくりに見える。

 槍のように切っ先を向けた蔓が、ディアナの視界いっぱいに広がる。あんなものに身体を貫かれてしまったら、死は免れないだろう。

 想像した痛みと死への恐怖で身体は固まり、ディアナは庇うように両腕で顔を覆った。

 次に訪れる痛みに耐えようと、きつく目を閉じる。

 

 ——暗闇の中、衝撃が弾けた。

 耳元を何かが激しく燃える音が掠め、しかし熱は感じなかった。

 強い風がディアナの髪を乱し、その肩から留めていたはずのショールが滑り落ちる。

 誰かの気配に、ディアナは恐る恐る目を開いた。

 

 あの日(始まりの日)と同じ、黒い世界がそこには広がっていた。

 燃え上がる異質な炎が蔓を阻み、目に映るすべてのものを黒に染め上げていく。


 あの日と違うのは、たった一つ。

 黒づくめの背が、ディアナを守るよう大樹へ立ち塞がっていることだけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。