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B.B.  作者: 浅野エミイ


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Vol.4 MASK man

 四月下旬。四人で昼飯を食べるのがいつの間にか当たり前になってきた僕らだが、今日はハルが所用で遅れるということだったので、三人で立ち入り禁止の屋上に向かって歩いていた。


「きっしー先輩は知ってる? 三年の覆面男」


「覆面男?」


 僕は舞くんから突然出た変な単語を復唱した。


「その名の通り、覆面をかぶってるんです。多分、うちの高校に通っている人間、ほとんど知っていると思いますよ」


 ユーイチくんが説明してくれた。でも、僕はそんなヤツ見たことない……と思う。今ひとつ確証が持てないのは、僕が周囲の状況や噂話に全くと言っていいほど無頓着だからだ。休み時間もほとんど音楽を聴きながら寝てるし。それが友達ができない原因なのかもしれないけど、自分からそういった話をしたいと思わないんだよな。


「三年のってことは、僕と同じ学年なの?」


「3―Dにいますけど、誰もその素顔を見たことがないらしいんです」


 うちの学校は普通の学校より校則が甘い面がある。生徒の自主性に任せるという理由らしいのだが、悪く言えば放任主義だ。でも、覆面の生徒って、ちょっと不気味じゃないか?


「誰か力尽くで脱がせてみたりしないの?」


 僕は舞くんに素朴な質問を投げかけた。そんなヤツがクラスに居たら、誰かしらふざけて覆面を取ろうとするもんだ。それが好奇心旺盛な男子高校生の姿じゃないかな。


「それがね、無理なんだよ」


 舞くんも噂をかぎつけて、一度覆面を外そうと試みたことがあるらしい。だが、運動神経抜群の舞くんの攻撃をよけて、逃げていってしまったようだ。相手も相当なヤツなのだろうか。


「それで逃げられちゃった後、先生達に怒られたんだ」


 舞くんの話を聞くと、なんでもその覆面男には顔に大きなやけど痕があり、それを見られないようにするために覆面をしているということだった。精神的に顔を見られるのが嫌な彼は、覆面で顔を隠すようになったらしい。だから教師陣も、覆面を取るように言わないし、逆に彼を擁護する立場にいるようだ。そういうことなら理解できる。そういった深い事情があるから、大げさに噂になることがなかったのではないだろうか。


「しかし、そんなヤツがうちの学年にいるなんて、全然気がつかなかったよ」


「きっしー先輩、周り見なさすぎ」


 呆れ顔の舞くんに、そう言われてしまった。なんだかショックだ。


「でも、その覆面男は、普段はずっとクラスから出ないらしいですよ」


 一緒のクラスにならなければ、気がつかないかもと、ユーイチくんが苦しまぎれのフォローをしてくれた。どうせ僕は、必要以上にクラスメイトと話してなかったよ。


階段を登りきり、屋上へ出る扉を引こうとした。が、何故か開かない。


「あれ、おかしいな」


 何度かガチャガチャノブを回してみる。勢いよく引っ張ると、やっと開いた。それと同時に人が僕の上に倒れこんできた。


「うわぁ!」


 僕は突然のことで大声を出してしまった。上に人が乗っているせいで、腹が圧迫されて苦しい。


「痛たた……」


 僕の上に乗っているやつも、どこかを打ったらしく痛がっていた。しばらくその体制でいたら、彼の後ろから、ハルの声が聞こえた。


「倫、舞、そいつを捕まえろ!」


 捕まえろ? なんなんだ? 急に聞こえたハルの声に条件反射して、相手の腕をつかんだ。


「うわっ!」


 舞くんも彼の肩を抑えている。二人に取り押さえられては、身動きできないだろう。


 僕は腕の先にある相手の顔を見て驚いた。さっき話していたばかりの覆面男だ。覆面といってもプロレスラーがかぶっている派手なものではなく、黒い毛糸の目だし帽みたいなものだった。


「二人ともサンキュー。さ、こっち来いよ」


 ハルは「離せ!」と叫んでいる覆面男の襟首をつかみ、屋上に戻っていった。突然のことで驚いた僕ら三人だったが、ハル達に続いて屋上に行った。




「こいつ、キーボード担当の壬生城井波みぶじょう・いなみな」


 ハルは覆面男の紹介をした。壬生城の手足は、ハルがさっきスポーツタオルを手錠のように巻きつけたので、身動きが取れない。この光景だけ見たら、「何のプレイだ!」とツッコミを入れたくなるよ。


 東田は、身動きできない状態から何とか抜け出そうと、うねうね動いていた。


「だから、僕はキーボードなんかやらないって!」


 またハルの強制勧誘か。僕らはやれやれといった感じでその場に座った。


「ハル、無理に誘うのは良くないよ」


 ハルに頼まれていて買っておいた、昼飯のおにぎりが入った袋を渡しながら、言った。無理やりな上に、力技で捕まえられている壬生城には、本当同情する。いくらなんでもやり過ぎだろう。ユーイチくんもそう思ったようで、スッと立ち上がり、壬生城の方に向かった。


「そうですよ。それにこうやって捕まえるのもよくありません」


 そう言って、壬生城の足のタオルを取る。


「あ、腕は結んだままにしろよ。逃げられたら困る」


 あくまでも唯我独尊なハルは、鮭のおにぎりを食べながら、いつものパックコーヒーにストローを刺した。すると横から「キュルルル」と、腹が鳴る音が聞こえた。言うまでもなく、壬生城だ。


「壬生城くん、昼飯は食べてないよね」


 簡単に想像がついた。終業ベルが鳴る五分前に、ハルがこっそりと教室を抜け出したところを僕は見ていた。多分、ベルが鳴ると同時に壬生城を捕まえたのだろう。その上僕に、何でもいいから昼飯を買っておいてほしいと四時間目の前に言っていた。これは確実に計画犯だ。


「ハル、相手の意思を無視してバンドに参加させるのは良くないよ。離してあげよう」


 僕はユーイチくんにかわり、今度は腕のタオルを解いた。


 ハルがなんで壬生城くんに目をつけたのかはわからないけど、こうやって力で捕まえてバンドに加入させても、いい音は出ないと思う。それに絶対『やらされ感』が出てしまう。バンドはやっぱり全員のやる気が必要だ。一人でもやる気が欠けてたら、どんなに他のメンバーが頑張っても、ダレた演奏になってしまう。僕だって六月までの期限付きバンドとはいえ、やるからには精一杯やりたいと思っている。それによくわからないけど、停学までさせられるかもしれないんだ。それだったら、最高のものをやり遂げたい。


 解放された壬生城くんだったが、何も言わずに僕ら四人の輪の中で座っていた。なんだかカゴメカゴメをしているような体勢だ。誰も何も言わない。異様な空気が流れた。


「バンドって」


 しばらくすると、くぐもった声が聞こえた。マスクの下から壬生城がしゃべっているのだ。


「ハル、何をする気なの?」


「別に。ただ、面白そうだからだ」


 ハルは壬生城くんに背を向けて、フェンスの方を見た。向かい側の校舎の屋上も立ち入り禁止になっているので、誰もいない。いるとしたらカラスぐらいだ。ハルはカラスを見て、何を考えているんだろうか。


しばらく様子をうかがっていた(と思う)壬生城くんだったが、立ち上がって屋上から出て行った。


「ハル先輩、あの覆面……じゃなくて壬生城って人と知り合いだったの?」


 舞くんは壬生城が出て行くと、すぐにハルに訊ねた。僕も実はそれが少し気になっていた。ハルのことを学校内で『ハル』と呼ぶのは僕らぐらいなものだと思っていたし、壬生城くんのさっきの様子だと、どうやらただの顔見知りという訳でもなさそうだ。まぁ、顔は隠れてるけど。


 コーヒーを飲みながら、ハルは答えた。 


「幼馴染だ。小五まで家が隣だった」


 舞くんは、その他にも色々聞きたそうだったが、あまり細かいことは話したくないような感じだった。それでもバンドメンバーとして、聞いておきたいことが一つあったから、僕は話を切り出した。


「壬生城くん、キーボードうまいの?」


「キーボードもうまいが、アレンジが超一流だ」


 一瞬、ハルの目がきらりと光った。ハルがここまで人を素直に褒めるなんて、ちょっと珍しい気がする。ともかく、壬生城はすごい素質を持った人間ということだけは理解できた。


「だけど、壬生城先輩、残念ながらバンドには入りたくないようでしたね」


 今日も弁当持参のユーイチくんが、先ほどの壬生城の様子を思い出した。口では『残念ながら』と言ってはいるが、心なしかちょっと嬉しそうに聞こえた。やっぱり生徒会副会長としては、校内で問題を起こされたくないんだろうな。


「それならさ、もっとすごい人入れようよ! 西園寺先輩とか!」


舞くんは、特大チョコチップ入りメロンパンをほおばりながら、意気込んだ。横でユーイチくんが、「食べるかしゃべるか、どちらか選べ」と注意したが、そんなのお構いなしだ。


「西園寺先輩ってすごいよね。全国コンクールで何度も優勝してて、高校卒業したら、音大行くって噂だよ。見た目も王子様って感じだし」


「西園寺の話はするな」


 ピシャリとハルが言った。明らかに怒気をはらんだ口調で。興奮気味に話していた舞くんだったが、突然ハルがキレたのに驚いて閉口した。


 僕はこの一連のやり取りで、ハルが西園寺を嫌っていることに確信を持った。いや、前から薄々気づいていたんだ。屋上でピアノコンサートのポスターを破っていたこともあったし。


 だけど、なんで西園寺を嫌っているのだろう。ギター野郎とピアノの王子様の共通点なんて、『同じ音楽』という以外、僕にはわからない。その『同じ音楽』かどうかも微妙だ。クラシックとロックは、やっぱり同じカテゴリには入らないと思う。


しばらくの沈黙をおいた後、ハルが話し出した。


「キーボードは壬生城井波だ。それ以外のヤツはバンドに入れない」


「で、でも、本人はやりたくないって」


 僕は語尾を濁した。嫌がっている人間に無理やり楽器をやらせてもダメなことは、ハルにもわかっているはずだ。


「やりたくないなら、やりたくなるように仕向ければいい」


 仕向けるって簡単に言うけど、そう簡単に人の心を動かせるのだろうか。ハルは自信たっぷりだ。


「ともかく、ミブ以外のキーボードは入れない。入らなければ、キーボード無しでいく」


 あれだけキーボードを入れることに固執していたのは、壬生城を入れたかっただけだったのだろうか。僕は挙動が怪しいハルを不審に思った。


『ハルはキーボードではなく、壬生城に固執している』――これが、バンドの結成に大きく関わることになったと知るのは、もう少し先のことだ。


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