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B.B.  作者: 浅野エミイ


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Vol.14 LAST RUN 

 停学が解けて、最初の日。僕と涼は今までにないくらい、クラスメイトに囲まれていた。何だか嬉しい反面、今までは空気みたいな存在だった僕らに、いきなり馴れ馴れしく接してくるのはちょっと嫌だったけど、バンドのおかげで随分他人とのコミュニケーションがはかれるようになったかもしれない。


 僕らはそんな感じで、戸惑いながら人と接していたけど、一番心配だったのは西園寺だった。


 ユーイチくんの話では、随分回りの評価が変わってしまったらしいけど、大丈夫なのだろうか。


 僕は、休み時間に何気なくミブの教室へ足を運んだ。確かミブと西園寺は同じクラスだったはずだ。


 すると、何故だか入り口や窓にはたくさんの生徒達が集まっていた。


「あれが双子の壬生城と西園寺か」


「確かに同じ顔だけど、何で苗字が違うんだ?」


 どうやら皆、ミブ達を見にきたらしい。僕はちょっとそんな状態に腹が立った。まぁ、ライブをやったから、多少の野次馬はしょうがないと思うけど、二人は見世物パンダではないのだ。


「倫」


 人混みをかきわけて僕の前に現れたのは、涼だった。やはり彼も二人が心配だったらしい。僕らは顔を見合わせ頷くと、人混みの間を通って、二人の方向へ進んでいった。


「大丈夫?」


 人の波を抜けると、ミブが声をかけてきた。それはこっちの台詞だ。西園寺の方は、僕らと野次馬の顔を交代に見ている。


「何しに来たんだ?」


 西園寺が小声で僕らに訊ねた。


「何でって、心配だったから……」


 それ以外に何の理由があるというんだ。せっかく心配してきたというのに、『何しに来た』はないだろう。少し僕は腹がたった。だが、西園寺は意外にも僕らの方を心配してくれたようだった。


「今俺らと一緒にいると、貴志川たちも変に目立っちゃうよ。それにただでさえ先生に目を付けられてるんだから」


 ボソボソと、僕と涼にだけ聞こえるような小さな声で、注意してくれた。今までキツい言葉だけ投げていた西園寺だったから、僕らに優しく接してくれるようになったのが意外だった。


 今回の一件で、随分すっきりした顔つきになったように見えたし。良いように変化してくれたのは、僕らも嬉しかった。


「それに、那波は僕が見てるから大丈夫だよ。ありがとう」


 ミブがそう言ってくれた。こちら側の気持ちも受け取ってもらえたらしく、嬉しかった。


 それならば、ということで教室に戻ろうとした時だった。


 今までぎっしりいた人が、スッと左右に分かれて道ができた。そこを歩いてきたのは、生徒会長である秋川と榊だった。


「基以外は揃っているようだな」


 銀縁メガネの鼻の部分を中指で押さえながら、僕らを一瞥した。榊くんはというと、秋川の背後で、何だか僕らに悪そうに手のひらを合わせて謝っていた。


「西園寺の方はいい。壬生城、貴志川、月丘。授業が終わったら、生徒指導室に来るように」


 冷たい、機械的な口調で僕らに伝えると、踵を返してドアの方へ歩いていった。


 榊くんは、また僕らにこっそり謝ってくれていた。


「すみません、何だか上の方がかなり怒ったようで。僕もフォローしたんですが」


 当初は胡散臭いと思った榊くんだったが、ちゃんと約束通りステージの件は黙っていてくれたらしい。それだけでもありがたい話だ。


 でも、生徒指導室か。何だかもう一波乱ありそうな予感だった。




  僕らは放課後、生徒指導室へ向った。西園寺はいいと言われたが、本人がついていくと言いだしたので、結局四人で行くことになった。ユーイチくんが呼ばれていないのは、うまく正体を隠せたからだろう。舞くんは、榊くんに正体がバレていたけど、そのことも黙っていくれているみたいだ。  


 ノックをした後、引き戸をガラッと開ける。そこには秋川とゴリ山先生以下、風紀委員会の顧問の先生方が座っていた。


「もう、何を言われるか、分かっているよな」


 ゴリ山は僕らに質問した。僕らは黙って頷いた。自分でいうのもなんだけど、僕らは普段、素行が問題になっている生徒ではないので、怒られることと言ったら唯一つ。この間のコンサートぶち壊しの件でしかない。


「壬生城は覆面で目立っていたが、それは理由あってのことだろう。ただな、ともかくお前達がなんでそんな大それたことをやったことが納得できないのだよ」


 ゴリ山は、頭をかきながら言った。首の周りには、フケが飛んでいる。今のゴリ山には、間違っても近づきたくない。


「お前ら全員、基にそそのかされたんだろう?」


 僕たち全員の表情を舐めるように観察しながら、ゴリ山は聞いてきた。


 何でこんな質問をされるのだろう。しかもハルがまだ停学中のこのときに。なんでこんなコンサートぶち壊し事件を画策したのか知りたいのなら、ハルが登校してからでもいいはずだ。


 しかも、ゴリ山の言い方に若干引っかかったところがあった。『ハルにそそのかされた』という言葉だ。もしかして、今回のことは全てハルに原因を負わせて、退学にする気なのではないのだろうか。ハルは確かに停学になったことが多い。あと一回で退学だ。ここでハルが全てを計画し、実行に移すために僕らを利用したと考えるならば、ハルを退学にすることができるのだ。


 ゴリ山はそれを狙っているのではないか。確かにハルは不良の部類に入るかもしれない。でも、僕らとバンドをやっていたときは、本当に仲間を思いやっていた。西園寺のこともそうだ。結果、ミブも西園寺も、お互い良い方向に進み始めたと言うのに。


 多分ゴリ山は、ハルに全てを押し付けて、彼を退学に追いつめたいのだろう。その証人に僕らを呼んだのだ。


「さぁ、本当のことを言いなさい。基の差し金で、今回のライブに無理やりつき合わされたんだと」


 僕らはそんな教師達の言葉に、怒りを覚えた。ハルがいたからこそ、僕らは青春を感じられたんだ。つまらない学校生活から、いつもわくわくドキドキした生活を送れたんだ。そんな仲間を売るなんて、絶対できない。ミブも西園寺も同じ気持ちのようだ。もちろん涼も。だからこそ、僕らは自信を持って言える。


「ハル……いや、基くんが提案したのは確かです。でも、僕らも彼の気持ちと同じで、バンドをやりたいと思ったんです。彼だけに責任を背負わすのはやめてください。ハルを退学にするなら、僕も退学します!」


 僕はそう言い切った。受験前にこんなことをいうのは自殺行為だ。でも、僕の中で、今回のバンドは最高だった。いくら大学に入れなくったって、何とかなる。それこそノーフューチャーの精神だ。僕だけではない。涼も同じ意見だった。


「……僕も、ハルだけに責任を取らせない。やるなら罰を受けます」


「僕や那波だって、今回のライブで救われた部分があるんです。そのやり方が間違っていたかもしれない。でも、僕らは後悔してません!」


 ミブも西園寺も、しっかりとゴリ山の目を見据えていった。


 ゴリ山他、教職員がざわついた。ここまで僕らが本気でハルの弁護をするとは思っていなかったのだろう。


 ゴリ山はゴホンと咳払いをした。


「そういうことなら、全員で責任を取ってもらうことにするぞ。」


 細い目の奥が、ギラリと光った。僕らは唾を飲み込んだ。その瞬間だった。引き戸が乱暴に開けられる音がした。


「だ、誰だ!」


 教師の誰かが声をあげた。そこにはいつもミブがかぶっていた覆面と同じものをかぶったヤツらが三人、立っていた。


 ゴリ山も秋川も僕らも、驚きで声が出ない。そんな様子を無視して、三人組は僕らを引っ張った。


「行くぞ、お前ら!」


 この声は聞き覚えがある。そうだ、ハルの声だ。とすると、あとの二人は身長からして舞くんとユーイチくんか? ともかく三人に連れられて、僕らは全員生徒指導室を飛び出した。


 あっけにとられていた教師陣や秋川だったが、最後の涼が教室を出た瞬間、一斉に席を立って僕らを追いかけ始めた。


 階段をどんどんかけおりて、僕らは一階の昇降口に来た。ここまでくればとりあえず、追ってくるヤツはいないだろう、と思った矢先、ゴリ山だけが息を切らせながら追ってきた。


「お前らは、反省文十枚じゃ足りなさそうだな!」


 ゴリ山は、もはや人間の剛山先生ではなく、野生のゴリラになってしまったようである。ギラギラした目に、口からのぞかせる犬歯は、人間のものとは思えないほどだ。


 それでも僕らは何故だか全く恐い気がしなかった。全員で中指を立てて舌を出し、挑発した。それをきっかけに、ゴリ山は僕らを目がけて突進してくる。僕らは一気に昇降口を出て、隣の校舎の階段を一段抜かしに上った。


 屋上のドアを開けると、青い空が待っていた。今日は梅雨の間の晴天だ。僕らは、いつの間にかたっぷり汗をかいていた。


「はい、きっしー先輩」


 舞くんがスポーツドリンクを配ってくれた。どうやらここに逃げてくるのは、想定内だったようだ。


 全員に飲み物が行き渡ったのを確認して、僕はキャップを開けた。そのまま一気に中身を飲み干すと、ため息が出た。さすがに校舎内全力疾走なんて、体に堪える。疲れてその場で大の字に寝転んだ。他の皆も大の字になって、同じ空を見上げている。


「僕ら、逃げちゃったね」


 誰にともなく呟いた。


「今度は親に報告か?」


 涼が不吉なことを言った。このままだと、本当に大学危ないぞ。内申だって、今回の一連の大暴走でひどいことになっていることだろうし。


「まぁまぁ、これもこれで、いい思い出なんじゃない?」


 ミブがフォローした。


「っていうか、ハル! 停学中に学校来ていいのか?」


 僕が心配して言うと、ハルは飄々と


「覆面かぶってたから、大丈夫だって」


 なんて開き直る始末。


 ユーイチくんは、覆面をきれいにたたみながら、青ざめた顔で「もう僕はお終いだ……」なんて不吉なことを呟いていた。確かに、生徒会副会長が、僕らを逃がす手伝いをしてしまったんだからな。秋川にバレてたら、偉いことになるぞ。


「それよりお前ら、何を問いただされてたんだ? 俺もユーイチに連絡もらうまで、家で昼寝してたんだが」


 僕らは閉口した。ライブは全てハルのせいだと無理やり言わせられそうになったなんて、本人に言える訳がない。それに、僕らはハルに変な責任を負ってほしくなかった。だって、僕たちだって楽しんでいたんだから。ハルのおかげで、こうやって皆と関わって、何かをしでかすことができたんだから。


 だけど、僕らの考えはハルにすぐ見破られてしまった。


「どうせ、ゴリ山あたりに『基が首謀者で、全員無理やり協力させられた』とか言わされそうになったんだろ? あいつは本当に考え方が進歩しねぇなぁ」


 頭をかきながらニヤニヤするハル。


「でも、もちろんそんなこと……」


 ミブが言おうとすると、ハルは人差し指をミブの口の前に置いた。


「分かってるって。皆庇ってくれたんだろ? そんなことしなくてもいいのによ」


 庇ったのに、そういう言い方はないだろう。僕は口からその言葉が出そうだった。でも、ハルは分かってたのかもしれない。僕らが庇うことを。その照れ隠しで、あんなことを言ったのかもな。




「そういえば、ミブとハルは卒業したらどうするの?」


 一呼吸おいて、僕は二人に訊ねた。


 僕と涼は大学、西園寺は自分の力で音大を目指す予定だ。でも、ミブとハルに関しては、何も聞いていない。


「親は大学に行けとか言ってるけどな」


 ハルは寝たまま答えた。確かにこの間の模試の結果を見ても、かなりランクの高い大学へ入学はできる力は持っている。でも、僕は、あえて深くは聞かなかった。こういうことは自分で決めることだし、ハルの性格からして、言いよどんだとしても、もう結果は自分の胸の中に持っているのだろう。


「僕は、アメリカに行くかも」


 意外だったのはミブだった。アメリカなんて、突然すぎる。皆はそれを聞いて、身を半分起こした。


「僕、父さんみたいなアレンジャーになりたいんだ。樹さんも、活動拠点をアメリカに移すって言ってるし、いい機会かなと思って」


 僕らは口を閉ざした。あまりにも急な話で、頭がついていかなかった。頭を石で殴られたような感覚、という言い方が一番当てはまるのかな。短い間でも、僕らには絆ができていたんだと思う。それが、なくなってしまうのではないか。そういう不安があったんだと思う。でも、それを払拭してくれたのが、西園寺だった。


「ミブ、メールちゃんと送ってくれよ。俺たち、たった二人の兄弟なんだし。それに、皆にもな。海を隔てたって、地球にいる限りは皆、繋がってるんだから」


 西園寺は一連の騒動から、すっかりブラコン気味になってしまっていた。いや、もともとはそういう気質だったのかもしれない。だから話すきっかけを作ろうと、入れ替わりを画策したりしたのかもな。まぁ、これは僕の単なる妄想だけど。


 でも、そうだな。僕らの絆はなくなるわけじゃない。はなれ離れになっても、ずっと僕らの思い出として、残るんだから。


 


 感傷にひたっていると、携帯のバイブ音が響いた。皆自分のモノを確認する。今回は僕の携帯だった。着信は、姉貴から。本日二度目の嫌な予感。


「もしもし、倫? ちょっと今平気?」


「平気じゃない」


 そうひとこと言って切ろうとすると、「待ちなさいよ!」とギャンギャン大きな声が耳を当てるところから聞こえてくる。さすがにみんなも注目してきた。これじゃ、なかなか切れないので、仕方なく用件だけ聞こうと電話を耳に当てた。


「今日演る予定だったバンドなんだけど、うちにくる途中事故ったらしくって、丸々穴が開いちゃうのよ。それでさぁ、あんたたちのバンド、代わりに出てくれない?」


 急に来れるバンドなんて、あんたたちしか思いつかなくってさ、なんて姉貴は言う。僕はもちろん断るつもりだった。


「姉貴、でも僕らは……」


 そう言いかけて、周りを見た。いつの間にか僕を囲むように皆が携帯の話し声を聞いている。


「もちろんやるよね? きっしー先輩!」


「……今日もベースは持ってきてる」


「倫のとこにあるキーボード、借りられる? できればコルグのOASYSがあるといいんだけど」


 僕はハルの方を見ると、またいつものようにニヤリと笑って、親指を立てた。僕はみんなの顔を見て、クスッと笑い、「皆オッケーだってさ」と、姉貴に伝えた。


 


 僕が電話を切ると、いっせいに皆屋上の出口に走った。もう教師達も諦めて帰ったのか、一年生の廊下には誰もいない。僕らはそこを全速力でかけ抜けた。


 


 思えば僕らは、ハルに情熱の弾丸を打ち込まれたんだ。楽しいことや嬉しいことがあると、そこがずきずき疼く。もっともっと、刺激が欲しいと体が求める。だから、今しかないこの時代を精一杯感じなきゃいけないんだ。そして、思いっきり傷つけばいい。傷ついた分だけ将来の糧になる。




 ――今はただ、高く、速く、遠く、飛び出せ!


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