2.騎士さんに、多分嫌われた
『☓※、☓』
『※※』
何か聞こえるのに、その意味が分からない。
それに、凄く寒い。寒くて暑い。
『※※?※』
なんだか聞き覚えがある声がして。その直後に何か口の中が酷く苦くて。
何で目が開かないんだろう。
なんか手を握られている? あぁ、嘘みたいに身体があったかくなってきた。
それに真っ暗で怖いはずなのにユラリユラリ揺れていて居心地がいい。
『…※※☓』
また話しかけられたけれど、私の意識はいつの間にか途切れた。
✢〜✢〜✢
「おっ、目が覚めたかな?」
次に気づいたら、目の前に、見知らぬ人のドアップが。
「あ、ゲホッ、ゲボッ」
口の中がカラッカラで声をあげたはずが、咳しか出ない。
「よいしょ、ちょっと触れるねぇ」
そう言われたと同時に背中に手が差し込まれて。
「どう?辛くない?」
あっと言う間に半身を起こしてくれた。背中に固めのクッションがあるのか身体はグラつかない。
「はい、水ね。あ、コップは持ってるから、その銀色のから吸ってね。うーん、利き手は筋肉のつき方からすると右手かな?暫く動かせないから左手の訓練も必要か」
「…あり、がとうございます」
金属のストローってあるんだと思いながら飲めば、やっとまともな声が出た。
「っ、あの私は」
そう、呑気に水を飲んでいる場合じゃない。チラリと周囲を見渡せば、なんか、到底バイトをしても買えなさそうな家具や飾り物が置いてある。上を見上げれば。
天井が高い。
それだけじゃなくて。確か、歩道橋を飲み物片手に歩いていた私は、急に森の中にいて。
「話、しても平気かな?」
「あ、すみません」
「全然。あ、僕はいちよう医者してるラディッシュ・ギルレイ」
ラディッシュって、あの飾りとかにする大根の仲間だよね。確かに鮮やかな赤い髪の毛は似ているかも。
「君は?」
「あ、片瀬 莉奈です」
名前を伝えたら、なんか悩んでる?
コンコン
「入って大丈夫か?」
「平気だよ。タイミングいいねぇ」
強いノックの後に現れたのは、背が高い男の人。
「紹介、まだだよね?分野は違うけど俺の同期で、この家の主。ブライト・ヴィステルで職業は騎士ね」
茶色い髪に緑の…あ、この目の人、知ってる。
「混乱してるよね。非常に言いづらいんだだけど、君はこの国じゃない場所から来た来訪者に間違いないと思う」
来訪者?
「でね、細かい事は後回しで先に君の身体を回復させたいんだけど。ブライト、ちょっと離れてくれる?」
私とブライトさんは、何故と同じ顔をしていた。
「君の屋敷だし、居てもいいけど遮断はするね。ほら、状況把握は必要でしょ?」
「おい、それ」
「はい、これでよし」
何がよしなのか全く分からないけど、騎士さんだという人が此方に向けて何か話しているけど、聞こえないし、まるで目の前に壁があるかのように叩いている。
「本当は同性が適任なんだけど、今日は手が空かなくて僕でごめんね。気を失った時の状況覚えてるかな?」
気を失う。
「…歩道橋を歩いていたら、人にぶつかって。ふらついて浮いた片足が地面についたら、森の中で」
「そっか」
「土の濃い匂いと鉄。周りを見たら夕方の色の中で甲冑の人と服の人が何人も戦っていて」
なんか、軽い頷きに促されるように記憶を辿っていく。
「一人、服の人と目が合ったなと思ったら目の前に来ていて」
あのニヤニヤした笑いを思い出したら、身体がふるえた。
「もう、駄目かなって思ったら、甲冑の人が前に立っていて」
「合ってるよ。ブライトだ」
チラリとラディッシュさんの背後に視線を向けたら、なんか騎士さんに睨まれている感じがして怖い。
「ちっ、ウザいよね。見えなくしちゃおう」
彼がパチンと指を鳴らした瞬間、曇りガラスのような物で周囲が見えなくなった。
「閉塞感あるか。これでどう?」
周囲が草原になった。風が吹きザザッという葉の擦れる音までする。
「…凄い」
「我ながらいい感じ。魔術師志望だったんだけどさ。まぁ今は医師やってるんだ」
なんだろう、ちゃんと男の人なんだけど威圧感とか全くない人だなとイタズラが成功したみたいな表情をみて和む。
「そう、それで話なんだけど、他にない?」
他に?
「ブライトが来る前に他に接触した奴いる?触られたりとか」
「いえ」
何でこんなに気を遣っているのか、やっと理解した。
「大丈夫です。すみません鈍くて」
何か男の人達にされてないか。もしされたら診察をしなきゃいけないから僕でごめんねと言ったのか。
「ただ、状況が分からないのと、また身体が寒くて」
そう、さっきから身体が酷く寒い。
「あ、もうそんな時間か!魔力が乱れてるんだ。ブライト、診察は終わり。悪い、早く流してあげて」
ラディッシュさんが、再びパチンと指を鳴らせば、あの綺麗な景色は跡形もなく、騎士さんが壁気怠そうに寄りかかっていて。
「ブライト!えーとカタ…」
「リナで大丈夫です」
「そう?じゃあ、リナ!暫くブライトに魔力を流して貰うから」
マリョクは魔力?
「君、今、結構不味いからね。ブライト来て」
ブライトさんが、ベッドの側に座り、手を差し出された。
「え、あの」
「ずっと寝ていたから知らないよね。彼の手を握ってみて」
急に言われても、ほぼ初対面の、近寄りがたい雰囲気の人だし。
いや、正直いうと怖い。
「悪いけど、早くしてくれないか」
「あ、すみません」
この後、騎士団に行かねばならないと言われて、その自分とは違いすぎる大きな手の近くまで手を伸ばせば、ぐっと握られた。
「相変わらず雑なぁ。夜会とか大丈夫なの?」
「警備にしか出ない」
「だろうなぁ。そんなだと扇で頬を叩かれるぞ」
二人が軽いやり取りをしている中、私は落ち着かなくて。
「あ、温かい」
数分だろうか。握られた手から温かさが腕、そこから更に身体全体に広がっていく気がする。
「本来、魔力循環は自然に出来るんだけど、君は来訪者だからなのか魔力が上手く使えていない」
魔力、私にもあるの?
「ああ、ただ蕾の状態なんだよね。極めつけは毒矢にやられて危うく死にかけたんだよ」
随分と寝た気がするのは、そのせいなのかな。
「で、ここ重要ね。魔力も相性があって、コイツが一番適性だったわけ。暫くはブライトから魔力調節を受けるように」
それって。
「毎回、この状態ですか?」
「手を繋ぐの嫌?本当は体液のが時間も手間もないけど、流石にどうかなと思って」
体液、血液とかかな。
「ブライト、あと三日間は六時間事な。三時間より動けるだろ?」
待って、目が覚めるまでずっと騎士さんか力をわけてくれたの?
「あの、大丈夫です」
「俺の目の前で死なれても気分が悪い」
「オマエ、口悪すぎ」
ため息をつかれてしまった。ラディッシュさんが、無愛想でごめんねぇと謝ってきたけど、私は何も言えなくて。
「生きる事をすぐに諦める者が理解できない」
あの時、自分はもう、いいかなって思っていた。
「おい、言い過ぎだぞ!」
「大丈夫です。全部、その通りですから」
ブライトさんとは、入ってきてから一度も目が合う事はなかった。
救いだったのはラディッシュさんが魔力供給とやらが終わるまで側に居てくれた事だった。




