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世界的女優と幼馴染な僕  作者: 河蛙
17/24

17 映画鑑賞②

 物語は、ひーちゃん──いや、ミツキがアメリカの大学に入学するシーンから始まった。

 そこから15分ほど、新しい環境に飛び込んだ彼女の様子が丁寧に、そしてリアルに描かれていく。


 この15分を観て、僕はある事に気づいた。

 この“ミツキ”というキャラクターには、ひーちゃん自身の面影が色濃く反映されているのだ。


 ミツキは成績優秀で、運動もできて、容姿も端麗。

 まさに、誰もが羨む“完璧な女性”として描かれていた。

 まるで──本物のひーちゃんのように。


 けれど、その“完璧さ”は、異国の地では逆に孤独を深める原因となっていた。


 肌の色も、話す言葉も、文化も違う彼女に対して、周囲は心を閉ざし、距離を置く。

 それどころか、「アジア人のくせに生意気だ」と、あからさまな敵意すらぶつけられる。

 最初は小さな無視や嫌がらせだったものが、次第に陰湿ないじめへと形を変えていく。


 誰も、彼女に手を差し伸べてはくれなかった。

 教師も、クラスメイトも、ただ見て見ぬふりをするばかり。

 そこにあるのは、ひとりきりで異国に立つ少女に向けられた、冷たく無関心な視線だけ──。


 そんな重苦しい展開が、過剰にならない繊細さで、息を呑むほどリアルに描かれていく。


 僕はすっかりこの物語に引き摺り込まれていて、そして同時に、強く胸を締め付けられていた。


 映画が始まって25分。


 劇中では、ミツキが渡米してからすでに二ヶ月の月日が流れていた。

 けれど、状況は何ひとつ好転していなかった。


 いじめは続き、無視は常態化し、教師すら事なかれ主義で目をそらす。

 ミツキは、ただそこに“存在している”というだけで、「異端者」として扱われていた。


 しかし、そんななか、ようやく──

 一人の青年が、彼女に手を差し伸べる。


 たぶん、彼が後にミツキの恋人になる人物なのだろう。


 彼は、いじめに加担していた生徒たちを毅然とした態度で追い払い、ミツキを助けの手を出した。

 けれど、ミツキはその手をすぐには取らなかった。


 長い時間、虐めに晒されてきた彼女は、たとえそれが救いの手であっても、簡単には信じる事が出来なくなっていたのだ。

 それでも彼は、急かすことなく、無理強いすることもなく、ただ静かに、そっと寄り添い続けた。

 まるで、凍てついた心を優しく温めるように。


 そしてその時間が、彼女の心を──ほんの少しずつ、だが確実に、溶かしていった。


 と、おそらく、動画の再生時間的に見て、ここまでが物語の前半だ。


 ここまで見ての率直な感想は、“完璧”だった。


 ストーリーの構成、演出の奥行き、俳優たちの演技、映像の美しさ。

 そのどれもが高い水準でまとまり、まるでひとつの芸術作品を観ているかのようだった。


 でも、何よりも圧倒的だったのは──

 主演である、ひーちゃんの演技だった。


 異国での孤独、不安、絶望。

 それでも希望を信じようとする、かすかな光。

 けれど、また傷つくのではという恐れ。

 そんな葛藤の揺れ動きを、ひーちゃんは繊細に、そしてリアルに演じていた。


 観ていて、ふと、ドキュメンタリーのような錯覚すら覚えた。

 それくらい自然で、深く、胸に刺さる演技だった。


 僕は思わず息を飲み、そして、心から感嘆した。


 これまで、ひーちゃんが出演した作品はすべて観てきたし、その実力も十分にわかっているつもりだった。

 しかし、その認識がまだ、不十分だったのだと、僕は思い知らされた。

 初めての恋愛ジャンルという挑戦にも関わらず、ひーちゃんは──やはり、完璧に演じ切っていた。


 ……なのに。


 なぜだろう。


 僕の中には、感嘆とは別の、得体の知れない感情が生まれていた。


 それを言葉にするのは難しい。

 ただ、青年とミツキ──つまり、ひーちゃんが親しく関わるシーンを見るたびに、胸の奥がチクリと痛むのだ。


 その痛みの正体が、僕にはわからなかった。


 自分でも説明のつかない、どこか落ち着かないその感情に戸惑いながら──

 僕はそれを胸の奥に押し込んで、物語の後半を追いかける為に、再び画面に目を向けた。


 映画は、物語の中盤へと突入していく。


 この時点で、ミツキへのいじめは、青年のおかげでようやく収まっていた。

 けれど、それで全てが解決したわけじゃない。

 長い時間をかけて心をすり減らし、居場所を否定され続けた学校という場所に、ミツキがすぐに心を開けるはずもなかった。


 教室では今も、彼女は誰とも関わろうとしない。

 無表情のまま、ひとりでいる時間を選んでいた。


 ──ただひとつ、例外があるとすれば、それは青年の前だけだった。


 青年の前でだけは、ミツキはほんの少し、柔らかくなる。

 他人には見せない自然な笑顔を、彼にだけは浮かべるようになっていた。


 ──ズキ。


 まただ。


 本来なら、これは感動すべき場面なのかもしれない。

 少しずつ、誰かとの距離を縮めていくミツキに安堵し、その変化に心を動かされるはずの場面だ。


 けれど──

 僕の胸の奥では、またしても、正体不明の痛みが走った。


 なぜかは分からない。

 でも、確実に心が反応していた。

 僕はその痛みを押し殺し、意識を映画に集中させようとする。


 けれど、そのあとに続く展開が、それをさらに難しくした。


 ミツキが青年の家に初めて上がるシーン。

 ミツキが青年と一緒に夕飯を食べるシーン。

 ミツキが青年とゲームをして楽しむシーン。

 ミツキが青年に告白するシーン──


 そして、ミツキが青年と初めて夜を共に過ごすシーン。


 物語が進み、ふたりの距離が近づいていけばいくほど。

 そのたびに、僕の中の痛みも比例するように強く、鋭くなっていった。


 ──見たくない。

 ミツキが、その青年と楽しそうに話す姿を見たくない。

 ミツキが、その青年に笑いかける顔を見たくない。


 そして、何より──

 ひーちゃんが、別の男と一緒にいるところなんて、見たくない。


 そんな感情が、どんどんと湧き上がってくる。

 本来なら、この映画を観ていて抱くはずのない感情たちが。


 気づけば、僕はこの映画を観るのが、どんどんと苦しくなっていた。


 ──なぜだろう?


 物語は明らかに、冒頭の重たい空気から、希望に向かって進んでいるはずなのに。

 なのに、僕の心は、それに反比例するようにどんどんと沈んでいた。


 そして、気づけば、物語は終盤に差し掛かっていた。


 ミツキと青年は、数々の困難をふたりで乗り越えながら、ついには国籍という壁さえも超え、結ばれることとなる。

 そして、周囲の祝福を受けながら、結婚式を挙げる場面──


 誓いのキスを交わす、その瞬間──


 僕は、心の中で叫びそうになっていた。


 ──やめろ。


 そんな言葉が、喉の奥まで込み上げてきて、それを必死に飲み込む。


 胸が苦しい。

 張り裂けそうなほど、締めつけられていた。


 なぜ?

 一体、何がこんなにも僕を掻き乱しているんだ。


 これはただの映画だ。フィクションの世界で描かれた、彼女の演じる“ミツキ”の恋の物語だ。

 それなのに、どうして僕は、ここまで拒絶反応を起こしている?


 どうして、彼女の幸せそうな表情を見るたびに、胸の奥がチクリと痛むんだ?


 答えは、どこにも見つからなかった。


 ただひとつ、分かっていたのは──

 僕の心は、明らかに何かに強く反応していたということだ。


 そして、そんな混乱のまま──

 物語は穏やかなハッピーエンドを迎え、画面は静かに暗転する。


 エンドロールが、静かに流れ始めた。


 「どうだったかな?」


 隣から、ひーちゃんの声がふわりと届く。

 柔らかくて、どこか期待と不安が混じったような響きだった。


 僕は、一瞬だけ返答に迷った。


 胸の奥に、言葉にできない感情が渦を巻いていた。

 ただの映画なのに、なぜか──ひーちゃんが、あの青年と笑い合ったり、触れ合ったりする場面が、どうしようもなく胸に引っかかっている。


 でも、それがなんなのか、自分でもはっきりとは分からない。


 だから、僕はその得体の知れない思いを一旦押し隠して、代わりに、素直に感じたことだけを選んで口にすることにした。


 「うん。すごく良かったよ。ひーちゃんも含めて、みんな配役がすごく合ってて、演技も自然だったし。ストーリーも、序盤の重苦しい雰囲気が、後半の平穏なパートへの伏線としてちゃんと活きてて、テンポも良かった。それに、事前にあらすじで触れられてた“人種差別”のテーマも、ちゃんと回収されてたね。特に、彼が学校中に向けて放送で訴えたあの場面──『君たちはミツキを、自分たちとは違う“モンスター”だと思ってるのか? 肌の色も、言葉も、国籍も、そんなものは関係ない。ミツキは、嬉しいことがあったら笑って、悲しいことがあったら泣く、そんな、君たちと同じ“どこにでもいる女の子”なんだ!』……あのセリフはすごく印象的だったし、作品全体のメッセージが、あそこで一気に伝わってきた気がする。本当に、全体を通して完成度の高い映画だったと思う。」


 それは、嘘偽りのない感想だ。

 少なくとも、この胸の奥で渦巻く暗い感情さえ除けば──映画としての出来栄えは、文句のつけようがなかった。

 きっと、この作品は大ヒットする。そんな確信さえあった。


 しかし、


 「……ホントにそれだけ?」


 ひーちゃんが、少し間を置いて、僕を見つめながらそう問いかけてきた。


 「え?」


 意表を突かれて、思わず聞き返してしまう。


 「これを見て、他に……何も感じなかった?」


 その問いに、僕は自然と口をつぐんだ。


 視線を向けると、ひーちゃんの表情はいつになく真剣で──

 その目には、ただの好奇心でも、演技の評価を求める女優としての目でもなかった。


 そこには、ひーちゃん自身の感情が宿っていた。

 切なさ、不安、そして……どこか期待にも似た、揺れる光が。


 ──“見終わった直後の気持ち”を、そのまま、私に伝えてほしいの。それが、私にはすごく大事なことだから。


 映画を見る前、ひーちゃんが言っていたその言葉が、今になって胸に蘇る。


 その時のひーちゃんの言葉と、今のひーちゃんの表情。

 

 僕は、そっと息を吸い込んだ。

 そして決めた。


 例えどう思われようと、この映画を見て感じたことを、全部──言葉にして、伝えようと。


 「ごめん。実は他にも感じたことがあるんだ。」


 「……なに?」


 「この映画、今言った様に、凄くよく出来ていると思う。ミツキが障害を乗り越えながら彼とハッピーエンドへ向かっていく。そんな王道展開で。」


 「うん。」


 「でも、何故か劇中でミツキがその彼と親しくしている所を見ると──嫌な気持ちなったんだ。本来は彼に徐々に心を開いていって、最終的に彼に恋心を抱くミツキに良かったと思う筈なのに、何故か、ドンドン仲が深まる2人も見てると、なんていうんだろう。率直に言うと、彼と親しくしないで欲しい。そう思っちゃったんだ。」


 ひーちゃんはただ黙って僕の続きの言葉を待つ。


 「彼がミツキと恋人になって、結婚して、本来ならハッピーエンドで良かったって思う筈なのに、凄く苦しくなって、最後、結婚式でキスするシーンなんて、やめて欲しいって思ったんた。とにかく、彼がひーちゃんと関わるシーンを見たく無かった。」


 僕はそう、この映画を見ていて、ずっと感じていた思いを全て正直にひーちゃんに言った。


 意味が分からないと思われるかもしれない。

 気持ち悪いと思われるかもしれない。

 嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。

 幻滅されるかもしれない。


 でも、例えそう思われたとしても、ひーちゃんが僕がこの映画を見て思った本当の気持ちを望むのであればと、勇気を出して言ったのだ。


 僕はガッカリさせてしまったかなと思い、恐る恐るひーちゃんの顔を見た。


 けれど──


 「……そっか。その言葉が聞けてよかったよ」


 ひーちゃんは、そんな僕の言葉を、まるで待っていたかのように受け止めてくれた。


 「え……? 聞けて、よかった……の?」


 「うん。ほんとによかった。……それを聞けて、私もようやく言う覚悟ができたから」


 「覚悟……?」


 意味が分からなかった。

 唯、今一つだけ分かっている事は、

 ひーちゃんは、僕の言葉にガッカリなんてしていなかったという事。

 むしろ──それを望んでいたかのように、少しだけ顔をほころばせていた。


 「えっと……僕、たぶんすごく変なこと言ったよね? 自分でも、どうしてそう思ったのか、まだちゃんとは分かってないんだけど……」


 僕がそう言うと、ひーちゃんはゆっくりとこちらに身体を向けた。

 そして、まっすぐな瞳で僕を見つめながら、静かに、けれどはっきりと言った。


 「たけくん。……私、たけくんのこと、大好きだよ。」

最後までお読み下さりありがとうございました!

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