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お菓子よりも

「砂糖菓子の花嫁」のおまけみたいな話ですが、時系列的に「鉄仮面の貴公子」辺りなのでこちらに入れました。もしかして主役はジェラールかも…私は大好きなリリアーヌ&ギスランを出したかっただけなのですけど…

「リリアーヌ、いい香りだね?」

「ジェラール王子!どこからおいでなのですか!!」

 いきなり庭先から現れたジェラールにリリアーヌは驚いて持っていたお茶をこぼしそうだった。

「私にも一杯貰えるかな?」

「は、はい、もちろん」


 何時も突然やってくるジェラールだが決まってお茶の時間を狙って来るのだ。ふらふらしているように見える彼だが結構、忙しいらしい。その息抜きの場所としてもっぱら利用されているのが王城の近くにあるオベール邸だった。王城での公務が多いギスランが通いやすいようにと建てた別邸で妻のリリアーヌも今はそこに移り住んでいるのだ。

もちろん一番の息抜き場所はフェリシテの所なのだがそこは王宮の中なので、昼間は結構邪魔が入りゆっくり出来ないらしい。そこで遠くもなく近くでもない聞き上手のリリアーヌもいて、美味しいお茶とお菓子のあるこの場所がお気に入りという訳だ。


そしてそこにあるものが加われば最高だった。

で、もちろんその情報はしっかり入手済みで今日は来ていた。


「王子、今日は何かとても楽しそうですね?何か良いことでもございましたか?」

「ああ、そうだね。今から楽しいかなぁ~」

「今からでございますか?」

 そうだよ、と言って誰もがうっとりするような微笑を浮かべた。見慣れているリリアーヌでさえもドキリとしてしまう性質の悪い微笑みだ。だから思わず、頬を赤らめてしまった。

「リリアーヌ、顔が赤いよ。熱がある?」

「い、いいえ。何でもございません」

「そう?」


 自分が及ばす影響を十分知っているジェラールは愉しむように、また微笑んだ。

そして早く来ないかな~と思った。早く?誰が?


 そしてようやくジェラールが待った人物が現れたのだった。

「ジェラール!こんなところで何をしている!」

 大きな声にジェラールは、にっと笑って視線を送り、リリアーヌは驚いて立ち上がると振向いた。

「ギスラン様!今日、お戻りだったのですか?」

 言わずと知れたオベール公爵ギスラン。ジャラールの叔父であり、リリアーヌの夫だ。「叔父上、ご視察お疲れ様でした」


 ギスランは叔父と言う呼び方が気に入らないが、何度言ってもジェラールは直そうとしない。そのふてぶてしい甥をギロリと睨んだ。しかも自分の留守の間に屋敷に入り込んで、リリアーヌと仲良くお茶をしているのも毎度の事だが気に入らない。ギスランは足音も高くその二人に近寄ると、リリアーヌの座っていた横の椅子に、どかりと腰掛けた。そして腹立たし気にテーブルの上にあった菓子に手を伸ばした。


「あっ、ギスラン様、その菓子は駄目でございます」


 リリアーヌが慌てて止めたがギスランは何だ!と言うように方眉をつり上げた。

「それは私用の菓子なんですよ、叔父上」

 ジェラールは得意そうな顔で言った。

「何!リリアーヌ、どういうことだ!」

「あの…王子用というか…王子はあまり甘いのがお好きでは無いのでそういう味にしておりまして…ギスラン様はお好みではございませんから、お止めしました。申し訳ございません」

 ここ最近頻繁に来るジェラールの為に、リリアーヌは常備できる焼き菓子を作っていたのだ。しかしそれでもギスランは気に入らなかった。何時来ても良いようにしていること自体特別な感じで嫌だったのだ。


「リリアーヌ!お前は―――えっ?」

「あの、ギスラン様にはこれを…」

 激昂するギスランの前に出されたのは生菓子だった。たっぷりとしたクリームやジャムがのったとても甘そうなものだ。

「これは…」

「あの、ギスラン様は今回何時お帰りになるか分からないとおっしゃっていたので、何時お帰りになっても良いようにと毎日作っておりました。お疲れでしょうから直ぐに召し上がりたいと思いましたので…」

 リリアーヌは頬を染めて言った。


「愛されていますねぇ~叔父上は。私には日持ちする菓子で叔父上にはそれだものなぁ~」

「そ、そんな、王子を軽んじた訳ではございません!私…」

「ジェラール!お前にリリアーヌの菓子一つでもやるのは勿体無い!それをそんな事を言うなど論外だ!」

「はいはい、リリアーヌの菓子は全部自分のものだと言いたいのでしょう?ごめんね、リリアーヌ。君を責めた訳じゃないんだよ。叔父上をからかいたかっただけなんだ」


 ジェラールの楽しみの一つ。ギスランをリリアーヌのネタにからかうことなのだ。だから今日もわざわざ彼が戻って来る日時を聞きつけて来た次第だ。


「まったくお前は私を何だと思っているんだ!」

「何?もちろん、叔父上でしょう?だから親睦を深めたいなぁ~と思って」

「なら、留守の時に来るな!」

「何故?リリアーヌとは友達だし、元婚約者として昔からの顔なじみだしね」

 ギスランがその言葉に不快感をあらわにした。むっとして眉間にくっきりとシワが刻まれたのだ。〝元婚約者〟と言うのは禁句だった。しかしジェラールは嫉妬するギスランを見るのが何よりも好きだからよく使う言葉だ。


(それも今日は見られたし怒鳴られる前に退散しようとするかな…じゃ、その前にと…)


 ジェラールは、にやりと微笑んだ。

「ではお二人の邪魔をしたらいけないから帰るけど…あれっ?リリアーヌ、虫にでも刺された?」

 二人の険悪な雰囲気を心配そうに見ていたリリアーヌの首筋を指さして言った。

「えっ?」

「ああ、ごめん。口づけの跡かな?」

「えっ!」

 リリアーヌは驚いた顔をしたが、ギスランは立ち上がって彼女を見た。

「馬鹿な!そんなところに私は付けた覚えは無い!」

 リリアーヌは耳まで真っ赤になってしまった。

「ああ、ごめん。見間違えたぁ~じゃ、叔父上、久し振りだからってリリアーヌを食べ過ぎないように」

「ジェラール――っ!」


 ギスランが怒鳴った時にはもうジェラールの姿は出て来た庭の奥に消えていた。

「まったくあの馬鹿はユベールの時と全然変わらん!」

 悪態をついてリリアーヌを見ると彼女はもっと赤くなっていた。

 一応、首筋に視線を落とす。華奢な首筋には当然何も無かった。その視線に気が付いたリリアーヌは涙が滲んできた。

「私をお疑いですか?私は何も…」

 涙が溢れて言葉に詰まった。


(ジェラールの奴、今度会ったら許さん!波風たておって!)


「ああ、分かっている。あの馬鹿が私をからかっただけだ。私が付けたのはここだからな…」

 ギスランはそう言って彼女の胸元を指差すと、またかっと頬を染めるリリアーヌを抱き寄せた。そして身を屈めると彼女に口づけをした。

「………んっ」

 食べ過ぎるなとジェラールが言ったが本当にリリアーヌの口づけは甘い。食べ過ぎそうになる。ここは庭先だと思いながら仕方なく唇を解いた。煽られた訳では無いが…

(嫌、奴のせいにしておこう)


 自分の胸に身を預けているリリアーヌの頬に手を滑らせて顔を覗きこんだ。彼女は口づけの余韻で、ぼうっとしているようだった。

「リリアーヌ中へ入ろう」

「えっ?でも、お菓子は?」

 リリアーヌは、はっとして反射的に言った。

「菓子?ああ、それを食べるよりもお前が先だ。その跡も消えかかっているだろうしな。また奴にからかわれては堪らん。跡を付けた場所を二人でしっかり把握しようではないか?リリアーヌ」

「ギ、ギスラン様…」


 リリアーヌは真っ赤になって口をぱくぱくさせた。いつまで経っても恥じらいを無くさない彼女が愛おしい。ギスランは愛しい砂糖菓子のリリアーヌをさっと抱き上げた。

「ギ、ギスラン様!」

 そして彼女の胸元に顔を寄せて香りを確かめるように息を吸った。

「――やはりお前は甘い香りがする」

 そう呟くと、また赤くなったリリアーヌに軽く口づけを落とした。

 〝食べ過ぎないように〟と言った、はた迷惑な甥のにやけ声が浮かんできた。だからむっとして思わず声を出してしまった。

「ジェラール、うるさいぞ!」

「えっ?ジェラール王子?」

 リリアーヌは驚いて辺りを見回していると、その目をギスランが空いた手で塞いだ。

「何でもない。リリアーヌ、お前は他を見なくていい。私だけを見るんだ」

「――はい、ギスラン様」


「ジェラール、楽しそうね?」

 長椅子に寝転びながら上機嫌のジェラールにフェリシテは嫌な予感がした。

「そう?そうだね、楽しかったな。今頃は、ふふふっ…」

「どこかで悪戯をしたのでしょう?白状しなさい!」

「夫婦の絆の活性化をだね――うわ――っ!ちょっと待って!」

 フェリシテが怒って持っていた本を振り上げた。

「また、あの二人に余計な事をしたのでしょ!」

 ジェラールは頭を両手で庇いながら口を尖らせて言った。

「だって楽しいじゃないか。叔父上の反応が面白いんだよ。あの叔父上がリリアーヌにメロメロだからね」

「だからって駄目でしょう!からかったら!」


 フェリシテは振り上げていた本を王子めがけて下ろしたもののそれは彼に届かなかった。

手首をあっさりと掴まれ、引き倒されると胸に抱かれてしまったのだ。

「もうっ!ジェラール!放して!」

「嫌だね。口づけしてくれるまで自由にしてあげない」

 こうなってしまったら我が儘大王のジェラールは手が付けられない。本当に今日は機嫌が良いのだろう。甘やかす自分も悪いと思うが…

 フェリシテはおずおずと顔を上げてジェラールの唇にそっと口づけした。そしてさっと顔を上げる。

「したわ。もう良いでしょう?」

「う~ん、それは無いだろう?フェリシテ、口づけと言ったらこうだろう?」

 ぐるりと上下の体勢を入れ替えたジェラールに押さえ込まれたフェリシテは、彼の本気の口づけを受ける羽目になってしまった。

「きゃっ、ん、ん……っ」

 フェリシテは一つ勉強になった。上機嫌のジェラールは我が儘だけでなく、要注意だと―――


次は、帝国に戻ってティアナ&レギナルトの続編「星の記憶」です。

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