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女友達

 走り去ったジョゼットは涙で前が霞んでいた。元々、喜怒哀楽の激しい彼女だが本当に悲しい時は声を殺して泣き、涙だけがはらはらと落ちる。

 ジョゼットは追って来たマティアスに、腕を引っ張られ無理やり振向かされた。その手を振り解こうと抵抗したが、逆に彼の手に力が入って払えなかった。

 マティアスは悲しみに耐えるように泣くジョゼットを見た。彼女は唇を噛み締め顔を背けて俯いた瞳から、大粒の涙を地面にぽたぽたと落して渇いた土に染みをつくっていた。


 マティアスは自分でも分からなかった。ジェラールの言葉では無いが…こんなことぐらいで頭に血が上り、心に浮かんだ思いをそのまま口に出すなど有り得ない事だった。言葉は出してしまったら取り消しはきかない。そんなことは政治の世界では許されないものだ。だから口に出す前はその先の先を読んで言う。もちろん表情を殺すのはお手の物だった。それをまだ保護さえ必要かと思う少女を傷つけてしまったのだ。


「言い過ぎました…戻って来て下さい」

 この言葉も今浮かんだ気持ちだった。

 ジョゼットは、はっとして顔を上げた。

「わ、私…でも…」

「―――私の負けです。女性でも子供でも仕事は出来るとあなたは証明しました。だから戻ってください」

「でも…私が嘘をついたのは本当だから…閣下を裏切ってしまって…」

 ジョゼットの止まりかけていた涙が再び溢れ出した。 

マティアスは珍しく困ったような顔をすると言い難そうに言った。

「言い過ぎでした…些細な事で怒った自分を反省しています。だから…あなたへの信頼は損なわれていません。その証に許可無く私に話すのを許します」


(許可無く話すのを許す?)


何の事なのかジョゼットは分からなかった。王族には許可無く先に話しかける事は許されないというのは宮廷作法だったので知らないのだ。

後日、レジスに言ったら驚かれた。そしてどういう事か教えられて納得した。マティアスが喋らなかったら一日中、誰も彼と会話しない事があり、違和感を覚えていたのだ。そしてレジスは付け加えた。許可を受ける者は本当に少数で、大貴族でも貰っていない者は多いと言う事だ。それを聞いてジョゼットは本当の価値が分かったのだった。

 

しかし今は何の事やら分からなかったが、マティアスが許してくれているという事は分かった。

「ありがとうございます。私のほうこそ本当にごめんなさい。これからも一生懸命頑張ります」

 そう言って乱暴に手で涙を拭おうとした手をマティアスが止めた。そしてハンカチを差し出した。それは几帳面な彼らしい清潔で折り目がきちんとついたものだった。

「これで拭きなさい。こんな状態で連れ帰ったら王子にまた色々言われそうです」

 ジョゼットはそれを受け取ると、にっこりと日向に咲く花のように笑った。

 それを見たマティアスは鉄仮面の筈の頬に朱がさしたような気がしたのだった。


 その次の日から〝魔の資料室〟は更に活気づいた。マティアスは男ばかりの中に女が一人という場面を想像して懸念していたが、それは心配無用だった。ジョゼットも本来の姿に戻ったせいか、更に活発で明るく場を和ませていた。それに男の子でも女の子でも関係なく彼女は皆の人気者だった。特に恋人のいない若者達は下心を抱いて、彼女に自分を良く見せたいと張り切っているようだ。

 そしてその〝魔の資料室〟を一層活気付けさせる事が起きたのだった。


「すみません。ジョゼット居ますか?」


 その女性の声にまず初めマティアスが目を上げて扉口を見た。そして気が付いた者達が見た時には、バサバサと資料が多量に落ちる音がしていた。それに伴ってマティアスの大きな溜息が…

「みんなどうしたの?」

 奥の方で仕事をしていたジョゼットが驚いて言った。皆が呆然と立ち尽くし手に持っていた資料を床に落としていたのだ。ひょいとその彼らの視線を追って見れば…

「あっ、フェリシテ!どうしたの?」

「ジョゼ!えっと、お邪魔かしらマティアス様?」


 フェリシテはそう言いながら扉を開いてしまうと、その後ろにはリリアーヌがいた。リリアーヌは恥ずかしそうに微笑むとお辞儀をした。

「リリアーヌ!うわぁ~久し振り!どうしたの?」

 ジョゼットは弾むように駆けて来た。フェリシテとはすっかり意気投合していたが、彼女がここに来るのは初めてだった。

「リリアーヌがジョゼの事を心配して会いに来たのよ」

「ありがとう!リリアーヌ!あっ、そうそう。みんなぁ~いつも差し入れしてくれるお菓子は彼女の手作りなんで~す」

「ジョ、ジョゼ、恥ずかしいわ…」


 どっと皆が興奮したように口々に礼を言った。それを受けて少し顔を赤らめたリリアーヌがスカートをちょっと持ち上げて礼をしていた。それがまた可愛らしくてどっと歓喜が起こった。

「ジョ、ジョゼ…」

 リリアーヌの頬がもっと赤くなって、ジョゼットの後ろに隠れてしまった。

 マティアスが又、大きく溜息をついて言った。

「ジョゼット、今日はもういいからフェリシテ達とゆっくりして来なさい」

「えっ?でも…」

「二人がいたら皆が仕事になりません。それにフェリシテ、貴女が此処に来たとしたらあの人が現れる筈ですから手伝わせます」


「あの人?」

 

ジョゼットは意味が分からなかったが、フェリシテは分かったようだった。苦笑いしながら肩をすくめて言った。

「代わりに頑張ってね、と伝えて下さい」

「はい、もちろん。頑張ってもらいます」

 何やら二人で取引めいたやり取りをしていたが、確かに皆はそわそわして仕事どころでは無かった。綺麗なフェリシテと可愛いリリアーヌ、彼女達がいたら迷惑だろうとジョゼットは思った。かといって折角来て貰ったのに追い出すのも申し訳なかった。

「はい、ではお言葉に甘えて行って参ります」

 周りは膨らんだものが一瞬で萎んだかのように、しゅんとなった感じだった。

「午後の休憩時間には戻って来て下さい。もちろん皆さんで。仕事が片付いていたらゆっくりお茶をしましょう」


 マティアスがしらっ、とそう付け加えた。その途端、周りの部下達がばっと動き出したのだった。呆れたジョゼットだったが成程と思って笑いながら出て行った。そしてその入れ替わりに現れたのが〝あの人〟ジェラールだった。

「えっ?フェリシテは?ここに来たんだろう?」

 辺りを見回すジェラールに、ちらりと視線を流したマティアスだったが、彼の目の前に資料の束を突き出した。

「はい、王子の仕事です」

「な、何?私はフェリシテが心配で来ただけで、こんな男ばかりの所だし」

「そのフェリシテがうちのジョゼットを連れて行ったから貴方はその代わりです。お願いしますよ」

「じょ、冗談じゃない!私は忙しいんだから帰る」

「フェリシテからの伝言です。代わりに頑張ってね、だそうです」

「う、むむ…」

「はい、どうぞあちらで」

 マティアスは資料を手渡し、更に資料がどっさり積みあがった机を指差した。

「嘘だろう?」

 今まで何度もここには来ていたが手伝う事だけは避けていた。しかしジェラールはとうとう手伝う羽目に陥ってしまったのだった。


「ねえ、フェリシテ、さっき言っていた〝あの人〟って誰?」

「ああ、ジェラールの事よ」

「えっ、王子?」

「そう。何時も、あそこには近寄るな!って、言っていたのよ」

「何で?」

 フェリシテはちょっと溜息をついて答えた。

「男ばっかりだから危ないってね」

「はぁ~何それ!」

「あの、私も良くギスラン様から言われます。殿方ばかりの職場には近寄らないようにと」

 ジョゼットは呆れてしまった。

「それって、あれ?」

 二人が頷く。

「そうよ。男のみっともない嫉妬。ジェラールなんか飛んで来るのよ。マティアス様はそれを十分ご存知だからああ言ったの。でもいい気味よ。今頃こき使われているわ」


 ジョゼットは王子がマティアスから、こき使われているのを想像して吹き出した。あの無表情な鉄仮面で次々と仕事を与えられているだろう。

「でも失礼よね?あなた達を信用して無いのかしら?駄目と言われたら行きたくなると思わない?」

 その提案にフェリシテはのって来た。

「いいわね、それ!そう言えばオベール公は今日、元帥府にいらっしゃるわよ。男ばっかりの職場にね。リリアーヌ、お菓子を作って差し入れに皆で行かない?」

「えっ?今からですか?」

「フェリシテ、それいい!ねぇ、リリアーヌそうしよう!私もリリアーヌの噂の旦那様見たい!」

「決まりね!」


 フェリシテが手を叩いて決めた。さあ、さあ、と言ってリリアーヌの背中を押して、フェリシテの宮の厨房に押しかけたのだった。

 そして三人で何とか仕上げたのはビスケットだった。リリアーヌ特製のギスラン用のものと、後で戻る予定の資料室で食べる物は三人で作った。

「うわっ、やっぱり私、女辞めたい!」

 焼きあがったビスケットを摘まんでフェリシテが嘆いた。

「え~っと、フェリシテって意外とお料理駄目なのね?」

 見事に形が不恰好になっていたそれを見たジョゼットは気の毒そうに言った。リリアーヌはその一つを摘み、口へ運んだ。


「大丈夫です。お味はとても良いですよ」


 フェリシテはほっとした顔をした。

「リリアーヌが言うなら安心したわ。私、女の子らしいのは大の苦手なのよ。リリアーヌが本当に羨ましい」

「私など取り柄はこれぐらいしか無いので…」

 リリアーヌは恥ずかしそうに頬を染めた。

「ああ~もうっ!リリアーヌったら可愛い!」

 ジョゼットが笑いながらリリアーヌに抱きついた。彼女は本当に女の子らしくて砂糖菓子のように可愛らしいのだ。

「ジョ、ジョゼ」


 ジョゼットは腕を解くとビスケットを詰めた籠を持ち上げ片目を瞑った。

「さあ、行こう!」

 三人共、自然に笑みがこぼれ、まずはリリアーヌの夫ギスランのいる元帥府へと向ったのだった。以前、フェリシテの夫選びの時にはよく訪れた場所だったので顔見知りも多い所だった。それでも久し振りに現れた彼女を見た者達は驚いて立ち止まる者、仕事の手を止めるもの様々だ。その中で一人の将軍が寄って来た。

「こんにちは、将軍。ご無沙汰しております」

「フェリシテ様、お久し振りでございます。今日は何か御用でございますかな?」

「私達、今日はオベール公に用がありまして」


 将軍は私達と聞いて連れの二人を見た。その一人が、昔一度見た事があったリリアーヌでは無いかと思い出したようだ。

「もしや、奥方様でしょうか?」

「はい。主人はおりますか?」

「はい、只今執務室にいらっしゃいます。お声をかけてまいりましょう」

 しかしフェリシテが必要無いと言って断ると、その部屋へ突撃したのだった。

 合図も無く扉が開く音に視線を上げたギスランは、驚いて持っていた印を落としてしまった。少し開いた扉の隙間からここに居る筈の無いリリアーヌが見えたからだ。


「リ、リリアーヌ!」


「申し訳ございません、ギスラン様。少しお邪魔させて頂きます」

「えっ?フェリシテも?それと…」

「初めましてオベール公爵様、ジョゼット・アルトーと申します」

 ジョゼットは挨拶をして入って来た扉を閉めた。

 ギスランはリリアーヌからよくこの彼女の話は聞いていたから初めて会うような気がしなかった。物怖じしないさっぱりとした性格のようで感じの良い娘だと思った。

「君の話はリリアーヌからよく聞いている。今はマティアスの所で頑張っているそうだな。その噂の君に会えて嬉しいよ」

「ありがとうございます!私もリリアーヌ自慢の旦那様にお会い出来て嬉しいです!」


「私の自慢?」


「ジョ、ジョゼ!」

 リリアーヌはまた頬を赤らめてジョゼットの腕を引っ張った。

「はい、お優しくて、強くて頼りになってとても素敵だと何時も彼女は言っていました 」

「ジョ、ジョゼ!」

「はははっ、それは良い話を聞いた。リリアーヌから嫌われて無いのだな」

「ギ、ギスラン様!私が嫌うなんて、そんなこと」

「ははっ、冗談だ。で、そなた達は何をしに此処へ?」


 ギスランは一応聞いてみた。彼女達が入って来た途端、執務室は甘い匂いでいっぱいになっている。その原因の籠に、ちらりと視線を送った。

「あの、ビスケットを焼いたので持って参りました」

 リリアーヌが籠の中からギスラン用に甘くしたビスケットの包みを取り出した。

「焼きたてだな?良い香りだ。早速頂こう。ありがとう、リリアーヌ」

 リリアーヌの手の中から一つを摘んで口に入れたギスランは、にっこりと微笑んだ。


(あらら、本当に可愛らしい)


 ジョゼットは初々しい恋人同士のように、見つめ合う二人を見ている自分の方が恥ずかしくなるようだった。しかも本当にリリアーヌが言っていたようにお菓子を食べる公爵が可愛らしかった。

 二人の世界を作っていたギスランだったが、あと二人がいる事を思い出して咳払いをした。

「皆もここでお茶をするといい。用意させよう」

「いいえ、これから皆で資料室に戻ってお茶をする事にしているんです」

 フェリシテはそう言って断った。

「リリアーヌも?」

「はい、お仕事の邪魔をして申し訳ございませんでした。失礼いたします」

「あ、ああ」

 三人はニコニコ笑って部屋を後にした。次は資料室だ!


リリアーヌが可愛いの一言です。フェリシテはもともと孤児だったのでジョゼットとは違和感なく付き合えると思いますが、リリアーヌは王族に嫁げる血筋のお姫様なのに本当に良い子ですよね。大好きです!そしてみんなでギスラン様の所に突撃するとか(笑)とても好きな話です。

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