義腕少年と磁器人形
レントの戦いから一週間が経った。
謎のヒーロー〈ジャグラー〉は今日もワイドショーとネットを賑わせていた。
幸か不幸か、この前よりもバッシングの比率は減っている……気がする。
病院での病院が功を奏したと言うべきか。
どうやら僕達の戦いの一部が病院の監視カメラにばっちり写っていたらしく、そこから
さらに工場での事件もACTからジャグラーではない可能性があるという発表があった。
実際に検証が難しく、ブランカとレントはほぼ同一個体である関係上、完全に潔白を証明することは不可能だけど、一応フォローがあっただけでもありがたい。
まあ、否定的な意見の方が優勢なのは変わりないんだけど。
ワイドショーのコメンテーターであるキャンサーの専門家を名乗る大学教授は、病院で戦ったこともジャグラーの自作自演と評していた。
死ぬ気で戦ったのにあんまりと言えばあんまりなんだけど、まあそこら辺は仕方がないか。
一方もう一人の功労者である渚沙はどうなのかというと、こっちはこっちで滅茶苦茶持ち上げられて、完全にヒーロー扱いだった。
まあそこら辺は異論は無いというか、僕自身が異論は許さない。
格好良かったもんなー、渚沙もブラストリアも。
やっぱりトランクからアーマーへの変形はヒーロー好きの浪漫だよね。
が、華々しい活躍の裏には、世間には到底見せられない一幕というのも存在するもので、渚沙は待機命令無視、登録外のRCユニットの使用の二コンボによって、上層部からこってり絞られることになったそうな。
渚沙が動いていなければ、死者ゼロ人という奇跡的な結果にはならなかったであろうことは一目瞭然なので、どっかの誰かさんのように除隊させられるようなことにはならなかった。
が、完全にお咎め無しなのはさすがにマズいと思われたのか、現在彼女は前よりもさらにセキュリティー(主に内側からの)がグレードアップした病室に軟禁改め監禁されることになった。(当たり前だけど筋トレは禁止)
面会も禁止されていたので、会話をするにはスマホが必須になってしまった。
大怪我(僕達のせいだけど)した状態であれだけ戦ったのだから、取り返しの付かない怪我をしていてもおかしくないんだけど、あっと言う間に快復して今日退院だと危機として話していた。
同居人B氏は、本当にあいつ人間なの? と首を傾げていたが多分人間だ。
「ねえ仁、こんだけテレビに出てるんだから、そろそろギャラ貰ってもいいと思わない?」
一方マジの人でなしである同居人B氏は、ベッドに寝っ転がり、ポテトチップスをむしゃむしゃ食べながらそんなことを言っていた。
ブランカはすっかり我が家に馴染んでいる。
異性が自分のベッドに寝っ転がっているのを普通のこととして受け入れているというのは思春期の男子として大丈夫なのかという疑問はさておき。
「ポテチ食うときはベッドから降りろよな……あとこう言うので普通ギャラは入らないんだよ」
「こっちが散々ネタ提供してるのに?」
「うん」
「あっちはそれでがっぽり稼いでるのに?」
「まあね」
「やっぱ殺す」
「だから、それは駄目って言っただろ。そんなことしたらただでさえ積み上がってるか怪しい信頼が完全にパーだ」
マイナス1からマイナス10まで大幅下落である。
「じゃあ百歩譲って」
「半殺しも駄目。無料で広告出してくれるとでも思えばいいだろ。こっちが何もしなくても勝手に取り上げてくれるんだし」
「そんなら宣伝すればいいじゃない」
「それだと一気に胡散臭くなるだろ。そんなことすれば絶対に脚が付くしね」
しかも半ば犯罪者扱いである僕は、その手の宣伝方法は極めてリスキーなのだ。
下手に投稿してそこから追跡されて追い詰められる……なんてオチは勘弁して欲しい。
テレビのスタジオでは、コメンテーターの皆さんの話し合いが益々ヒートアップ。
やれ我々を騙して世界を乗っ取るだとか、ただの愉快犯だとか、狡猾な殺人鬼だとか話が進んでいるのか進んでいないのか怪しくなって、見事に堂々巡りの様相を呈していた。
「で、実際はどーなのよ」
「ん?」
「世間を騒がせる謎のキャンサー〈ジャグラー〉――あんたの目的は一体何だっけ?」
悪戯めいた微笑を浮かべるブランカだが、口の端にポテトチップスの破片がくっついているのが何とも残念だ。
「決まっている。僕はヒーローになりたいんだ。だから、ヒーローに相応しい活動をしようってだけだよ」
困っている人が助け、脅かすものは排除する。
昔から僕がやることに変わりはない。
持っている力が増えたことで、助けられる範囲が増えたってだけだ。
しかしブランカはどこか不満があったようで、ぷくっと頬を膨らませていた。
「なんかここまで予想通りだとつまんない」
「どこに面白さを求めてるんだおまえは」
結構真面目に答えたつもりなんだけどな。
「富、名声、酒池肉林! 邪魔する奴はぶっ殺す! とか言った方が面白いのに」
「それ成敗される側の台詞じゃないか?」
結果的に人を助けたのならば、どんな動機でも構わないとは思うけど、さすがに僕はそんなこと求めてないぞ。
「ブランカは? 何かやりたいこと見つかった?」
僕が言った目的は、あくまでジャグラーの半分に過ぎない。
ジャグラーは僕一人ではない。
僕とブランカ、二人でジャグラーなんだ。
かつてブランカは、この世界に散らばってしまった自分の破片を全て回収し、〈ビスクドール〉として復活ことを目的に動いていた。
しかしそれは〈ビスクドール〉によって刷り込まれたもので、ブランカ本人の目的ではなかった。
レントを倒して一週間、すっかり元の調子に戻ったはいいけど、ブランカが本当にやりたいことは何であるのかを聞いていなかった。
「んー……」
ごろんと、ブランカは寝返りを打って答える。
「今でも、あたしは〈ビスクドール〉の――母さんとやらの破片を求めている。いくらそれが刷り込まれたものだと分かっていても、ね」
「そうか……」
一週間前、ブランカが復活できたのは象世界とやらで黛にハッパをかけられたからだそうで。
表には出て来ないものの、意識が復活していたことに安堵したのが半分。
まさかあのブランカを御することが出来るのかという尊敬の念が半分だ。
「だから、しばらくはそれに従って動いてみようかなって」
「え?」
ブランカの口から出て来た言葉に、思わず口からマヌケた声がこぼれ落ちた。
「レントを取り込んでみて分かったんだけど、あたしの力は増してはいるけど自我が揺らいだりはまるでしてないんだ。だからさ、全ての破片を集めてもあたしはあたしのままビスクドールの力がまるまる手に入るってことじゃないの? それに……」
ニッとブランカは笑った。
「……利用していると思っていた存在に乗っ取られるとかさ、最っ高に面白そうじゃない?」
「確かに、痛快と言えば痛快かもな」
「全ての破片を手に入れた後は、いっそのこと世界征服とかも面白そうよね」
「またまた冗談言って……冗談だよな?」
さすがにビスクドールと言えど、そこまでの力は無い……と、信じたい。
「ま、自分が何をしたいのかはそのうち考えるわよ。強いて言うなら今は……お腹が空いたから昼ご飯を食べたいって感じ」
そう言って空になったポテトチップスの袋をくしゃくしゃと丸めた。
充電中のスマホに表示されている時刻は12時4分。
確かに昼食には丁度良い時間だけど……
「この時間帯にポテチ一袋開けて昼食までご所望とか大丈夫なのか?」
結構なカロリー過多だと思うぞ。
「大丈夫なんじゃない? 多分」
清々しいまでに他人事だった。
確かにカロリーが蓄積されるのは黛の体であってブランカの体ではないんだが……後で悲劇を招くことがないようにならないよう、これからはヘルシーめなメニューにするか?
献立を練り直していると、ピンポーンと、来客を告げるチャイムが鳴った。
「宅配便かな? でも頼んだ覚えはないし……」
「あ、多分あたしかも。昨日アマゾンで本頼んだし」
「本?」
「ああ安心して。ちゃんと黛流歌のカードを使ったから」
「安心出来る要素あるかそれ……?」
「生命維持してやってるんだから、それくらい当然の報酬でしょ?」
確かにそう……なのか?
「ならせめて電子書籍にしてくれよ。そっちの方がスペースとらないし」
「分かってないわねー。紙の本は紙の本の味があんのよ。紙の本は視覚だけじゃなくて、嗅覚触覚でも味わうから当然情報量は多いからより楽しめるってワケ。利便性やスペースを取るって言う点では劣るけど、そのコストを払って余りあるリターンがあるんだから」
肩をすくめながら、ブランカは玄関へと向かう。
「……そのスペースのコストを払ってるのって僕なんだけどな」
何というか、確実に黛に毒され……じゃない影響受けてるなこいつ。
それはいいことなのか、それとも悪いことなのかは知らないけど。
頬をポリポリ掻きながら、さて何を作ろうかと思っていると、
「ま、黛流歌……!? なぜ貴様がここにいる!」
……なんか、聞き覚えしかない声が、聞こえて、きた。
「ここはあたしの家でもあんのよ、いちゃおかしいワケ?」
「なっ……私が入院している間にここまで弟を籠絡していたか……! ええい、そこをどけ! 私が話をつけてやる!」
「はぁ!? 勝手に入ってんじゃあないわよこの万年欲情女ぶっ殺すわよ!」
「仁! いるんだろう!? これはどう言うことだ説明してくれ!」
……なあ、ヒーローの先輩方。
このピンチ、どうやって乗り切ればいいですか?




