狐、伏す。降り立つは、赤き鳥。
ナドルは自身の手の届く傷に
毒粉をつかみ、叩きつけていく。
それ以外、手の届かない傷には
流線形を操り、身体を修復していく。
「はぁ……、はぁ……
まだだ、まだ……」
ナドルはもう治った傷にも
何度も毒を当てている。
傷を治すのと引き換えに
美しさと恐ろしさが同居した
その身体から輝きを失っていく。
「ゲ……、ゲホ……、ゲホッ」
毒の津波は引いていく。
それだけが、そこだけが
時間を巻き戻すが如く
毒は巨狐ナドルの元へ。
それらは、だらんと力なく
地へ接する尾を通して
はたまた、まだ辛うじて
力を保っている尾から
空中から吸い込まれていく。
金色は鈍くなり、輝きを失う。
辛うじて、尾だけは元の金色を残す。
身体のほとんどが灰色と化す。
皮膚はセメントのような見た目をもつ。
金毛の軽さと美しさなど消え、
カシャンカシャンと
毛同士がぶつかりあう。
「――あまりにおぞましい姿。
それが貴様が謳い、望み
崇拝せし法を、象る姿か」
大人ユミナのその言葉に
半狐ナドルは歯を食いしばる。
「お、おま、え……に
たかが、蛇の、なり損ない、め。
何が、ワかる」
「――他の意思に応えるは
力あるものだから成せしこと。
しかし、望みし者がなるは
容易くない。
命の器は、生まれし時に
決められるもの」
ユミナの尾が地を叩きつける。
そのわずかな揺れにナドルだけが
ガクリと体勢を崩す。
法廷の真ん中、被告人席の前に
転がり落ちる。
もはや立ち上がれず
悔しさから歯を食いしばり
上から見下さんとする三人を
ナドルは必死に威嚇する。
「貴様ら、貴様ら、貴様ら……。
私を、私を、この私を裁くのは
他でも、多でもない。私だ。
それを、私が、成さねば……ッ!」
* * * * *
「――ハーク君。鉄槍、
借りて、いい?」
ベルードが元の姿に戻り
ハークにそう問いかける。
「ベルード。何ヲ、すル?」
「大丈夫」
その眼はハークにではなく
目の前で床に伏したナドルを
怒りはない、ただ力なく眺める。
「ーーダメだ」
「頼む」
ベルードは頭を下げる。
ただ一言、その言葉に
ハークは戸惑った。
ベルードが鉄槍を使う
その理由が分からない。
まして、実の父親に対して
多くの感情が渦巻いているはず。
自分と家族を捨てたこと。
ベルードの兄貴を殺したこと。
兄貴の力を奪ったこと。
いままさにベルードを
ハークを、レムザを、博士を
イヴェル裁判官たちを
危険に巻き込んだこと。
実の父という男を前にして
唯一この場で、鉄槍だけが
対抗手段という状況。
いまここで、ベルードに
この鉄槍ウェネスを
渡していいのか。
もちろん、もしナドルが
最終手段と攻撃する時には
鉄槍を使えばいくらか制する
ことも可能だろう。
だが、どうなるかわからない。
もし、この法廷で、必要以上に
問題を起こしてしまったら。
――するんだ。必ず。
そして真実とやらを導く――
裁判が始まる前に
裁判官グーンが答えた言葉。
たった短い時間。たったそれだけで
ひとつの事件を、ひとつの問題を
終わらせていかねばならない。
それも、真実という
見たことも聞いたこともない
誰もが知らない終わりを
そこで見つける。
ハークは、考えた末
ベルードに向き直った。
「……近く二、イル、かラナ。
約束シてクれ。殺さなイ、と」
「――ありがと。約束する」
ハークは鉄槍ウェネスを
ベルードへ渡す。
* * * * *
鉄槍ウェネスを
受け取ったベルードは
その重さに驚く。
幼いハークが振るう代物だから
それ相応のものだと無意識に
決めつけていた部分があった。
しかし実際に手に取ったものは
ズシリと受け取った掌にのしかかった。
「(これを、振るってたワケ……?!
そっか。レグリシス山で色々あったって
レムザさんが言ってたっけ。
……そっか)」
鉄槍ウェネスをしっかりと
掴み持って、ナドルの元へ歩き出す。
竜の子ハークも
その側に付き添っていく。
「――親父、だっけ。
ナドル・ファタール……
でいい、ワケ?」
「……今更何をッ!」
ナドルが歯を食い縛り
ベルードへまだ動く腕から
まっすぐ爪による引き裂く
一撃を放つ。
「待テッ!」
ハークは見逃さず、止めようと
一歩踏み込む。
しかし両者の行動は
ベルードの長い両腕に制される。
「ハーク君。大丈夫」
ハークの腕はすぐに引っ込み
ナドルは急いで振り払った。
「この際、名前はいいか。
……ナドル。アンタは
母さんたちを捨てて
兄貴を殺して、力奪ってまで
法、てのが大事だったワケ?」
「……そうダ」
「――知っているか?
アンタが居なくなって
兄貴はすぐ出稼ぎに出て
それから間もなく母さんは狂った。
……返せよ。返してくれよ。
俺は、ただ、普通に兄貴や
母さんたちと暮らしたかったワケ」
「何も、分かってイない。
お前も、兄貴も、分かりはしない。
変えねばならない。それがたとえ
お前たちニ理解されずとも
ハるか未来の、お前たちを守るたメだ」
“ガキィィィンッ!”
ベルードは鉄槍ウェネスを振りかぶる。
ナドルの寸でをかすめ、地に突き刺さった。
ベルードはただその眼を
ナドルへ捉えたままである。
その一閃を
半狐ナドルは動じず
ただそれを眺める。
「法で幸せになるワケ……?」
「そウだ」
「家族よりも」
「あぁ」
「母さんは、じっちゃたちは
アンタの話すらしなかった。
誰もアンタのことを話さなかった。
それが、村の掟というワケ?
いなくなった奴を、知るーー」
「……村は、小さな社会。
掟、ルール、が、法だ。
法を、ルールが、すべてが
後継も、先人が、死が、生に
それが、そこでなく、外の
全てが、決められ――
それが、我慢……」
「社会……? どウいう……」
ハークがナドルの言葉に
どこか引っ掛かりを感じ
すぐ言葉が飛び出した。
「私なら、より良くーー。
私は、そう思っタ」
* * * * *
“ダダダダダダ……”
大人ユミナが、外からの音に気付く。
それは複数の足音。それも急いでいる。
音は近づいてくる。
「兄様! 誰かがやってきます!」
ユミナの突然の言葉に
ハークは一瞬、扉の方へと目を移す。
ハークの耳にも
ようやくそれがわかる。
集団。それも一塊になって
こちらへ向かってくる。
「特殊部隊、か……?
ベルード、急いで――」
振り返った時
ベルードは鉄槍を掴んだまま
ナドルを見つめ、立ち尽くす。
ナドルの身体が
ピキピキと音を立て始める。
足先から石のように変化している。
「アイツは、出稼ぎに出た。
スこし違う。北西、で
レっド・あシッドはーー」
ナドルが言い切る直前
身体はすべて石と化す。
毒と混ざった部分は砂となり
サラサラと床へと流れ落ちていく。
手の先から、足の先から
ガラガラと崩れ
そこに石像のように残る。
複数の足音は、法廷の扉を
勢い良く開けられる。
最初に扉から現れたのは
見覚えのある軍服の男であった。
* * * * *
「そこまでだッ! 犯罪者はーー」
勇んで入ってきたのは
駅間近でレムザたちに
襲いかかってきた
あの軍人であった。
しかし軍人は法廷内の様子に
予想とは違ったようである。
戸惑いつつも、全体を見まわし
瞬時に状況を把握しようとしていた。
「なんだこれは……?
ムッ! 貴様! 研究所職員!
なぜ拘束が外されている!?
――なんだこの場は!」
軍人の声に、ぞろぞろと
同様の軍服の人たちが数人入る。
「ッ! 貴様か! 確か……
イヴェル裁判官の親戚だったか。
お前、……この有り様の主犯か!
見知らぬ女もいるな!
貴様らはスパイだな!
総員! 奴らを殲滅せ――」
男が細剣を構えて
ハークたちへ向ける。
男の一言に軍人たちは
生き残りを捕まえんと駆け出す。
立ち尽くすベルードを守るべく
竜の子ハークと大人ユミナは
やむを得ないがもう一勝負、と
構えなおした。
“ミシッ”
建物が揺れる。
徐々に揺れは大きくなる。
「なんだ!? 地震か?!」
軍服の男は一度、他の軍人たちを止める。
天井に亀裂が入る。
それはナドルの上を中心とし
大きく入っていく。
“ピギャアアアァアアア!”
天井が崩れ、穴から現れたのは
まぎれもなく、巨大な鳥。
短く太い傷だらけのくちばしをもつ。
しかも閉じたくちばしから
収まり切らないほど
大きな牙が生えている。
その場にいる大人の誰よりも大きな
目で人間たちを見据えている。
赤黒い羽毛に覆われ
強い風圧を生み出すほど
強力な翼をはためかせる。
巨大な赤い鳥は、その巨体を
破壊して出来た穴にねじ込む。
その眼は、ナドルを狙っているようだった。
「ベルード! 上!」
「……な?! 親父ッ!」
ベルードはとっさに
石像となったナドルを守ろうと
赤い鳥に立ち向かった。
“ギャッ! ギャッ! ギャッ!”
赤い鳥は、ナドルの元へ降り立つ。
風圧により、間近にいたベルードは
裁判官席の机に吹き飛ばされ
叩きつけられた。
“ギャッ! ギャッ!”
「鳥が、石像を
食べて、いる……?」
ハークは目を疑う。
赤い鳥は喜んでいるのか
ナドルであった、彼の石像を
文字通り、食べている。
しかも、おいしそうに
欠片が飛び散るのを気にせず
食いつくしていく。
赤い鳥は一通り食べつくすと
天を見上げ、翼を広げる。
たった一薙ぎ。それだけで
一瞬にして穴をより大きく広げ
はるか空の彼方へと消えていった。
* * * * *
「な、ま、……、いや!
総員! 生き残りを殲滅せよ!
後で聞き出せ!」
軍服の男の一声に
あまりの事態の急変さに
拍子抜けしていた軍人たちを
目覚めさせる。
「待て。早計だ」
法廷内に響く声。
その主は、レムザに肩を借りる
グーン裁判官であった――
お疲れさまでした。
これを持って10話となります。
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2021.10のいづれかとなります。
決定次第、追記します。
*2021/10/15追記*
2021/10/18㈪に投稿再開します。
区切りの話を予定してます。
もう直前となりましたが
どうぞよろしくお願いいたします。




