毒、カマイタチ、巨大な尾
――親父……なのか?
ナドルの言葉に
ベルードは、ただその方を見つめる。
「――今さら気づいたか。
流石あの兄の力というべきか。
兄はすぐに気づいたぞ。
血縁とかいうもので、直感した。
運のない奴だった」
「……っ! 兄貴をバカにするな!」
ベルードは一歩踏み込む。
手足が強靭な狼のものとなる。
しかしその一歩は、地から離れない。
鼻が知らせる恐ろしさの一端。
「はは、それでいい。
狼が、目の前の相手を
それが何かを理解した、と見える。
それでは私に近づけないな」
「ならば――」
レムザはナドルの死角から
束ねた触腕による打撃を打ち出す。
不意の事に、ナドルは辛うじて
ひらりとそれを受け流した。
触腕はそのまま壁に突き進む。
しかしレムザはとっさに
触腕を壁に反射させる。
再度ナドルの背後を狙う。
"ふぁさ……"
狐の尾が揺れる。
その場にいる誰の眼にも見える。
色のある煙。
レムザはピタリと攻撃を止める。
「毒、か」
「ご名答」
* * * * *
ベルードはナドルの懐へ
一瞬にして飛び込む。
その目線の先にはナドルの心臓。
「喰らエッ!」
ベルードの両腕は
強靭な狼の腕となり
人が出せる以上の速さまで
腕を加速させる。
目の前のがら空きとなった
ナドルの心臓を、引き裂かんと
双爪を射ち出す!
「おっと」
ナドルはひらりと
最低限の動きでかわす。
腕の直線的な動きを
まるで観察するように
注視していた。
「ダろう、ナッ!」
だがベルードも知っていたとばかりに
そのまま手のひらを外に返す。
大きくその横一線を
思いっきり力任せに開いた。
しかしその一歩速く
ベルードの顎先に
ナドルの手のひらが置かれる。
「ーー良い判断てコトで。
だが、所詮は浅知恵。
子供の事を知り尽くせない
親は、いないッ!!」
一瞬、何の攻撃かと
ベルードが身構えた途端。
ベルードはそのまま
後ろの壁に勢いよく激突する。
「親殺し。あぁ可愛そうに。
まさかそんな、私を慕っていた
幼き日のお前の兄は、大人になり
怒りと憎しみの目で、睨んでた。
悲しい。悲しくて、とても、とても
最後まで、見ていられなかったよ。
こんな力すら扱えないなんて、残念だ。
惨め――」
ナドルは気づく。
両の足が見えない何かに
押さえつけられていることに。
「ハーク! 逃げろ!
ここは私がーー」
レムザからの一声。
ハークはユミナを抱えて
法廷出入口へと駆け出す。
「させません」
“ふぁさ……”
ナドルはその場で翻る。
それと同時に、尾から
大量の粉が散らばる。
「同じ手は食らわぬ!」
レムザは少し息を吸い
大きく吹き出す。
毒はレムザの息の勢いに負け
部屋の隅へと押しやられる。
「――凄まじい呼気。
さすがはレッド=アシッド初代。
赤い悪魔は健在で」
「……やけに詳しいようだ。
どこかで相対したか。
知る者は、もういないはずだが」
「……いいえ。ですが
話なら、刑務所で
聴きましょうかッ!」
ナドルは足元に絡み付く何かを
そのまま掴みとる。
ギリギリ……と
レムザとの力比べとなる。
* * * * *
「開かないっ!?」
「あうあー!?」
何度も出入り口の
ドアノブを回すハーク。
押しても引いても
ビクともしない。
「出られませんとも。
証人は多い方がいい」
「ハーク! ライターを使うんだ!」
レムザのとっさの叫びに
ハークは帰りの電車内で
煙の中で拾った物を取り出す。
しかしそれを取り出した瞬間
ナドルが掌で凪ぎ払う。
その動きによって舞った毒粉が
塊となってライターにまとわりつく。
ハークが着火しても火は点かない。
「火を――。2代目の過ちを眺めた
貴方がするので? 意趣返しにも
程があります」
「くそっ!」
「まずは応援を呼べなくしましょう」
ナドルはもう一度掌で凪ぎ払う。
それは毒の波
勢いそのままカマイタチの如く
ハークたちへ襲いかかる。
「ユミナっ!」
ハークはとっさに
ユミナの盾になるべく
後ろに隠す。
毒のカマイタチはハークの背を切りつける。
傷口にとどまり、体内へと侵入していく。
それはたった一度の薙ぎ払い
であるにもかかわらず
何度もそれは打ち出されていく。
* * * * *
ハークはこらえている。
何度も突き刺さる鋭い痛み。
そこから入り込む風と異物の感覚。
「あ、あう、に、にーちゃ……」
しかし今、自分の目の前にいる
例えわずかしか時間が経っていなくとも
幼い赤ん坊ユミナを守らねばならない。
とうとうハークは
ユミナに覆いかぶさるように
その場で倒れる。
「にーちゃ、にーちゃ……」
ユミナはハークを起こそうと
体を揺さぶってみる。
ハークの目はうつろである。
ユミナに揺さぶられているのは分かるが
体が思うように動かない様子だった。
「うっ! ふぅー! ふぅー!」
思い出したかのようにユミナは
ハークへと息を吹きかける。
傷口はゆっくりとだが塞がっていく。
しかし傷痕には、毒の色が混じり
膿んだような治り方をする。
「う、う、うあぁあ……」
ナドルはレムザを力押しで制す。
そして残ったユミナへと目を向ける。
「さすがに赤ん坊では
証人にはなりませんね」
ナドルの手がユミナに伸びる。
その手を、寸でで止める者。
ハークがそれを何とか引き留めていた。
「ユ、ユミナ、には」
「おや。これは意外。
では、あなたが証人として
この状況を見ていてもらいましょう」
ナドルの尾から漂う毒の煙は
帯となり、まるで生き物のように
ハークへと向かい始める。
「あ、あうあ! すぅー!」
「なっ!? 毒が?!」
ユミナは吸い込む。
ナドルの差し向けた毒煙を、吸う。
その勢いゆえに体が転がってしまうも
それでも吸い続ける。
ハークには毒はかからず
ユミナは必死に吸いこむ。
「う! すう、すう、すうーーっ!」
一時的であるものの
ナドルから放たれた毒は
尾に含まれていたものも吸い込まれる。
ユミナは吸い終えた後
あまりに量が多すぎたせいか
けぷっ、とげっぷが出る。
呆気にとられるナドルは
すぐに気を取り戻す。
「た、たかが毒を吸っただけ。
その内、この少年と同じく
身体を回り、その間に
もう一度ーー」
"ドタンッ"
何かがのたうつ音が聞こえる。
それはユミナから発せられた。
ユミナの腰辺りから
巨大な鱗に覆われた太い尾が生える。
「へっ、へっ……」
"へっくしゅっ!"
ユミナは大きなくしゃみを放つ。
先ほどまで吸い込んだ毒粉が
ユミナを包み込む。
くしゃみの回数が増え
毒粉は濃度を高める。
もうもうと毒粉は大きくなる。
「ユ、ユミナ……!
大丈夫、かっ……!?」
「(今のうちに……)」
そう思った瞬間
ナドルは止まる。
無意識から、本能から来る
ある種の直感。
『捕食される』
ナドルは、恐れた。
その方へと目を向ける。
――我が兄様に、何用か?
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
続きます。
次話投稿予定は
2021.9.17(金)です。




