オクトパス・レムザニット
"ヴォォォォォーー"
クジラ・エアディスのうなり声は
だんだんと小さくなる。
「……博士に報告すべき事が増えた。
急ぐぞハーク君。そしてユミナ」
「レムザさん。あのクジラってーー」
「――私の口から何とも言えん。
ただ、私が見た限り、あのクジラ
いや『彼』の喉らしき部分にあった
見慣れぬコブは喉仏と考えられる」
レムザは自身の喉仏を指差す。
ハークはそれを見聞きした後、
もう一度クジラ・エアディスに
目をやる。
クジラは声をあげている。
何度も何度も何度も
口を開けて、天へと向け
放っている。
まるで何かを叫んでいるようだった――
* * * * *
しばらく雪崩を使って
逃げ延びたある地点。
麓の駅へと着く頃には
ピタリと鳴り響かなくなる。
「うっ!」
ユミナがぺちぺちとイチモを叩く。
ハークとレムザが
その方へと目を向けると
イチモの傷は6割ほど治っている。
しかし槍に貫かれた部分は
完全には治らず、一回りほど
小さな傷跡となった。
イチモはその状態で、眠っている。
呼吸も安定しはじめていた。
「あぁ、ありがとうユミナ」
「う! うー!」
ハークは元に戻った人の手で
ユミナを撫でてやる。
それに無邪気に喜び、胸を張って
どうだ、と満足そうな表情である。
「しかし、不思議な力だ。
息を吹き掛けるだけで
傷が治ってしまうなんて
聞いたことがない。
ハーク君。ユミナはいつ出会った」
「レムザさんが白熊から守ってくれて
イチモのことを話した後すぐ、です」
「――場所は」
「そのときのすぐそこにあった
木の上から落ちてきた、んです。
そして、その木の根本。
雪に埋まって、ユミナと
関係ありそうな女性が
……お腹が破裂したような」
その話を聞いたレムザは首をかしげた。
どこかを見つめつつ、何かを考えている。
「その話が本当なら
その女の人を、私は見ているはずだ。
いや、見えるはずだ」
「見ていた?
雪の中に埋まってたのに?」
レムザは、固まる。
ハークの質問に、目線をそらす。
そして少し黙った後
ふぅと一息つく。
頭をガシガシ掻く。
よし、と意気込んだ様子である。
「うすうす気づいているだろうが
私のわるいことしての力は『タコ』だ。
それが種類問わず、概念としての……
つまりタコの特徴は一通り使えるという
また稀有な症例、と博士に診断されている。
その内の一つ、かなり正確に色や形を
判別できる眼を持っている」
レムザは片腕に力を入れて見せる。
そこからはタコの触手がうねうねと動き
局所的に透明化したり、色や形を変える。
「ーータコ?」
「む。知らないのか」
「……すみません」
「私も幼いときに何度か口にして以来
あまり捕れなくなったから
知らないのも無理はない。
研究所の図書室にある図鑑にーー
そうか見てないか。
一段落したら見てみるといい」
少しだけ残念そうな
表情を浮かべるレムザに
ハークは内心申し訳ないと思うのであった。
「う?」
ユミナはふたりの様子に首をかしげる。
何でもない、とふたりは答える。
ユミナはそのまま疾駆する先を眺める。
* * * * *
ーー見えてきた。
レムザの言葉に、ハークとユミナは
進む先に目を向ける。
駅。
ハークがイチモと降りて来た駅。
木造の、古そうな駅。間違いない。
「……しまった」
「どうしたんですか?」
「どうやって止まろうか」
「ーーはい?」
「……うーん」
駅の改札口。
そこでうとうとと
眠そうな眼をこすって
立っている男がいる。
"ドドドドドドドドーー"
「……おおぉぉぉぉぉ!?」
雪崩は駅舎手前で勢いを落とす。
それを見越してか、レムザは全員を
触手を使って担ぐ。
乗ってきた木々をバラバラに
雪崩によって被害のでないよう
小さく割って、跳躍する。
レムザの滑走は
着地まで見事にこなした。
雪を巻き上げつつ現れたその勢いに
駅員は腕を大きく動かして驚く。
「あれ、違う人だ」
駅員はハークとイチモが
降りたときとは別の人物であった。
突然現れたハークたちに驚き
駅員はあわてて身なりを整える。
「は、ははぁ。随分派手で。
お帰り、ですか?
ははぁ。都市部ではそれが
流行りで?」
「いや、急いでいたのだ。
すまないが、四人分の切符を
お願いする」
「あぁ。は、はいはい」
駅員はそう言われて
慌ただしく手を動かす。
レムザは懐に手を伸ばす。
その瞬間、ピタリと固まった。
駅員が切符を用意し
目の前でなぜか固まる男に
不信感を覚えた。
「あのー、何か?」
「レムザさん?」
「う?」
レムザは三人から視線を集める。
目線はだんだん下を向きはじめ
ふと、顔をあげた。
「ーーすまない。こちらだ」
レムザはその物を握りしめながら
駅員へと差し出す。
駅員は業務の流れとして
レムザから渡された物と
何気なしに切符を交換する。
しかし駅員は受け取ったものに
違和感を感じ、それを確かめた。
「お、お客さん。
こんなに要らんよ。
そちらさんは5倍ほど
乗せられっちまうよ?」
駅員の手のひらには
様々な貨幣がごちゃごちゃにあり
今にもこぼれそうなほどだった。
「む。そ、それは失礼した。
……いや、今は早く帰らねばならない。
余ったのは、より良く使ってくれ」
「いや、ちょ……お客さーん?」
レムザは三人を担ぎながら
切符を手にして足早に構内へと入る。
「ははぁ。都市部の人は
忙しいんだな。
こんなにお金置いてって……。
……なんかヌメヌメするな……」
貨幣から汗をかくように
水滴のようなものが滴っていた。
* * * * *
電車の発車汽笛が鳴る。
レムザは急いで階段をかけ上がる。
「待ってくれ!」
"ガシッ!"
レムザはちょうど出発する列車のドアを
透明にした触腕で止めつつ、乗車する。
その様子は、異世界の扉から
現れた魔王のように
物々しい雰囲気である。
「……なんだ。騒がしいな」
そう話しかける老人は
じろじろと四人に目を向ける。
ここまで読んで頂き
ありがとうございます。
便宜上、ここまでが8話となります。
続きます。
次話投稿予定は
2021.8.1(月)です。
9話を予定していますが
変更する場合もあります。
ご了承ください。




